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Entry 2018/07/22
Update

やまなみ工房のドキュメンタリー『地蔵とリビドー』。映画感想レビュー

  • Writer :
  • シネマルコヴィッチ

2010年からNHK Eテレにて、日本初の障がい者のためのバラエティ番組と銘打って、障がいを持つ人たちが“お笑い”を目指した番組が『バリバラ〜バリアフリーバラエティー〜』。

当初、前代未聞なインパクトを見せたこともあり、視聴者からの物議と大きな反響を呼んだ『バリバラ』は、2012年から本格的に始動し、今ではNHKの看板番組のひとつになっています。

この番組のなかに登場するキャラクターのイラストを描いたり、バリバラドラマ第3弾『アタシ・イン・ワンダーランド』の舞台となったのは「やまなみ工房」のアーティストたちでした。

ドキュメンタリー映画『地蔵とリビドー』は、「やまなみ工房」のアーティストに焦点を当てた作品で、障がいはどこに存在するのか?強い衝動の源とは何かと問いかけています。

映画『地蔵とリビドー』の作品情報


©2018 ATELIER YAMANAMI

【公開】
2018年(日本映画)

【監督】
笠谷圭見

【キャスト】
やまなみ工房のアーティストたち、小出由紀子、エドワード M. ゴメズ、向井秀徳、ロジャー・マクドナルド、 中津川浩章、 丸山昌彦

【作品概要】
滋賀県にある「やまなみ工房」の通所するアーティスト88人の中から、数名により強くスポットを当てたドキュメンタリー映画。

「こんなんでも施設長です!」と語る「やまなみ工房」の施設長である山下完和をリーダーに、魅力溢れるアーティストの創作活動の様子と、その周囲にいる見識者たちのインタビューを交えた映像作品。

なかでも捜索活動を行うアーティストたちの様子は、彼らの創るということへの衝動の強さを物語っています。

映画『地蔵とリビドー』のあらすじ


©2018 ATELIER YAMANAMI

滋賀県にある障がい者施設「やまなみ工房」では、知的障がいや精神疾患を持つ通所生がアーティストとして活躍しています。

彼らアーティストは、一般的に芸術家と呼ばれる職業を行う人と同様に、日々創作活動を行っていました。

阪神タイガースのファンの吉川秀昭は、「め、め、はな、くち」と呟きながら、一心不乱に長い時間に渡って、粘土に割り箸を突き刺して行きます。

また、ダンボール集めの仕事に余念がない山際正己。彼は短時間の創作活動にも「ヤーマーギーワくんは、今日もガンバリマシタ!」と、独自のスタイルで孤軍奮闘しています。


©2018 ATELIER YAMANAMI

そのほかにも寝転びながら片肘を付き、墨絵を描く岡元俊雄。施設長の山下完和に恋心を抱きつつ、粘土造形で妄想を見せてくれる鎌江一美。

お気に入りのインスタントラーメンの「サッポロ一番」の袋をずっと見つめ、手でシワをつけていく酒井美穂子など、彼らの特殊なアート創作の活躍を見せていきます。

彼らを広く一般的に“アウトサイダー・アーティスト”と呼ぶジャーナリストや、その周辺にいる美術関係者のインタビューも交えて紹介しています。

何より「やまなみ工房」に通う彼らアーティストたちのユニークな創作スタイルや日常と創作の表現欲求の根源とは…。

映画『地蔵とリビドー』の感想と評価


©2018 ATELIER YAMANAMI

クリエーターを魅了させる「やまなみ工房」

本作品『地蔵とリビドー』は、自身もクリエーターとして活躍を見せる笠谷圭見が監督を務め、「やまなみ工房」のアーティストたちの姿を映画に収めた作品です。

笠谷圭見監督が「やまなみ工房」を訪れたのは今から6年前。それ以来、アーティストとして活動する彼らの創作意欲と、「やまなみ工房」の施設長である山下完和の人柄に魅せられ続けてきました。

笠谷監督以外にも本作『地蔵とリビドー』のなかには、多くのクリエーターが登場しています。

画家の中津川浩章やファッションデザイナーの丸山昌彦らも、「やまなみ工房」のアーティストの作品と、彼ら自身の人間性に強くリスペクトしている様子が映像に収められていました。

「やまなみ工房」を世界に繋げた山下完和

笠谷圭見監督が本作をチャプター分けした手法のなか、どうしても入れておきたかったのは「やまなみ工房」の施設長である山下完和の存在です。

山下完和が率いる「やまなみ工房」は、日本国内のみならず、世界的に活躍するアーティストである事例は映画の中でも紹介され、アートディーラー小出由紀子のニューヨークでの作品展から読み取ることができます。

山下完和は「こんなんでも施設長」ですと、自身の個性的な風貌を揶揄しながらも、思慮深い人物であることは誰もが魅力を感じる点ではないでしょうか。

本作品のチャプター4の「対話は、ときには沈黙による」の映像では、通所する利用者の各自と山下完和のコントや漫才のようなやり取りを見せています。

それは何気ない様子に見せながらも、山下完和の一切彼らを特別視しない、見下したりはしないことに基づいたコミュニケーション能力の高さに笑いながら引き込まれてしまいます。

2018年7月20日、東京のSHIBAURA HOUSEで開かれた笠谷圭見監督と山下完和の上映会のトークショーのなかで、山下完和は「やまなみ工房」のアーティストが創作するアート作品をジャガイモと例えました。

「やまなみの利用者はジャガイモを作っていて、外部から訪れるアーティストたち(健常者の作家たち)が、そのジャガイモを料理してくれる感じです。このジャガイモ誰が作ったんだ?あ、やまなみか!そんな感じです」

このように述べたところ、会場では、障がいのある人が作ったアート作品をジャガイモと比喩したことに、あっけにとられ静まり返ったとき、「ありゃ、少し違ったかな」と、会場の反応を語っていた山下完和。

しかし、このジャガイモ発言は、“利用者のアート作品の実像の真理”を突いたものだと実感させられました。

「やまなみ工房」にいるアーティストは、自分たちが何か特別なことをしているという意識でアート制作や創作活動をしてはいないからです。

この例えには、真にジャガイモの美味しさである、彼らが作ったアート作品を大切にしている山下完和の気持ちが見え隠れしたものでした。

実際に「やまなみ工房」のアーティストたちが無尽蔵に、生涯に渡って作品を作り続けられる訳ではありません

そのことも、一般的に健常者と呼ばれるアート作家たちと、何ひとつ変わらない人間だから、才能は枯渇することもあるからです。

2000年代初頭に山下完和と初めて出会った際に、彼が口にしていたのは「自分は彼らの可能性の門を閉じてはいけない、それが役割ですわ」と笑顔で話してくれました。

「やまなみ工房」のアーティストたちが、現在、ニューヨーク、パリ、スイス、イタリアなどでアーティストとして活躍しています。

そんな彼らを世界と繋げたことに山下完和の存在は大きいでしょう。

障がいというものは障がい者にあるのではなく、「人と人の間に障がいはある」のだという山下完和の言葉

今日も滋賀県にある「やまなみ工房」では、山下完和とアーティストたちの“喜劇的な非日常”であるコントの時間が繰り広げられています

それこそが生きているという、笑いのある豊かな生活だと、あらためて本作『地蔵とリビドー』を観賞しながら深く考えさせられました。

まとめ

本作品『地蔵とリビドー』で取り上げられた、アーティストの吉川秀昭や山際正己ほか、通所メンバーたち88人は、今日も滋賀県にある「やまなみ工房」に在籍しています。

自由であることは何か。そこにいる利用者と施設職員によって、それぞれが自分たちで進む道を決めていく彼ら。

誰かが労働の末端として与えた作業を安い賃金で働くことを選択せず、一般的な人たちを同じ価値基準に当てはめて役に立つとか、立派なことだとするのでない価値からも離脱しています。

「やまなみ工房」では、何か失敗が許され、失敗が活かされるような雰囲気があることに、外部から遠巻きで見た人や施設に足を踏み入れた人の“まるで楽園のようだ”と例える声を耳にします

しかし、そのことを山下完和はキッパリと否定します。

やまなみ工房を見つめ直したドキュメンタリー映画『地蔵とリビドー』は、彼らが何者であるかの一端を映し出し、そして、彼らは人間としてカッコいい存在であることを一般と同じように昇華させています。

個人的には、笠谷圭見監督が映像に残したチャプター9「若き芸術家たちの肖像」は、飛び切り可能性に満ちたシークエンスと言えるでしょう。

昨今の映画俳優たちは、同じような顔に美容整形し、いったい自身が何者なのか分からない存在へと化けて生きています。

表情豊かな「やまなみ工房」のアーティストたちは、映画俳優のアクターとして活躍して欲しいと、言い切れるほど、イケメンと美女たちのポートレートだと感じさせてくれます。

個性やキャラクター、またはユニークさは、彼らのリビドー(衝動)として溢れていくものなだけでなく、彼らを見つめていたいという観客にもリビドーはあるのかもしれませんね。

映画『地蔵とリビドー』をぜひ、お見逃しなく!

本作品の上映スケジュール

2018年11月10日(土)〜
シアター・イメージフォーラム(東京)

2018年11月13日(火)
Fleisher Art Memorial(PAAFF映画祭)(アメリカ)

2018年12月1日(土)~
京都シネマ(京都)

2018年12月8日(土)~
シアターセブン(大阪)

2019年1月30日(水)
Harvard University(アメリカ)

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