グリーンイメージ国際映像祭は、毎年開催され、2019年で6回目を数えます。
映像祭の意図として「楽しむ感覚を大切にしながら、自然とともに生きていく意識を世界の人々と育むこと」と公式パンフレットにあるように、様々な環境問題に関する正しい知識と情報を得ることが出来ます。
各国の映像作家たちが制作した映像には“世界の現実”が映し出されており、問題意識も高まるでしょう。
さらに制作側の作家たちにとっても貴重な交流の場となっています。
CONTENTS
第6回グリーンイメージ国際環境映像祭とは
長年、日本映画界を牽引してきた映画評論家の佐藤忠男氏が実行委員長を務める映像祭には、厳正な審査によって大賞が決まるコンペティションとしての重要な役割もあり、優れた環境映像が世界へ向けて紹介される場を担っています。
第6回グリーンイメージ国際環境映像祭は、2019年2月22日(金)〜25日(日)まで、日比谷図書文化館コンベンションホールで開催されました。
今回、応募された作品は48の国と地域から163作品もの数が集まり、世界レベルで環境問題への関心の高さがうかがえます。
その中からグリーンイメージ賞10作品に入選され、さらに大賞作品が選ばれます。
佐藤忠男のプロフィール
実行委員会の委員長 佐藤忠男
日本映画大学 名誉学長/教授/映画評論家
1930年に新潟県新潟市生まれ。日本を代表する映画評論家であり、世界中の知られざる優れた映画を紹介し、映画界全体の発展に寄与しました。
映画を中心に演劇、文学、大衆文化、教育などの広い分野におよび評論活動を半世紀以上続け、100冊を超える著書を発表。
1956年に「日本の映画」でキネマ旬報賞を受賞。その後、芸術選奨文部大臣賞、紫綬褒章、勲四等旭日小綬章、韓国王冠文化勲章、フランス芸術文化勲章シュバリエ章受章、モンゴル国政府優秀文化人賞、毎日出版文化賞、国際交流基金賞、神奈川文化賞等多数受賞しました。
入選作品『流れに抗って』の作品情報
【制作年】
2018年
【制作国】
ロシア
【プロデューサー・監督】
ドミトリー・タルハノフ
『流れに抗って』のあらすじ
アンヴァル・アビーは生涯に渡り、クイビシェフ・ダム湖に沈んだ故郷の村に帰ることの夢を見続けています。
しかもその夢が現実にとなることを願っています。
わずかに島となって残った場所で、アビーは先祖の墓を探そうとしました。
そして同じく、ロシアの別の場所では、新たな水力発電所の建設計画がすすめられていました。
最後に残された村も、ほぼ何も無くなってしまいますが、未だそこに住む人たちもいますが…。
『流れに抗って』の感想と評価
サスペンスフルなドキュメンタリー映画
故郷の村がダム湖に沈んでしまい、住む場所を失ってしまったアンヴァル・アビー。
彼は先祖の精神が息衝くこの土地に拘り続け、いつの日か帰りたいと望んでいます。
水没せずに陸地として残された場所で先祖たちの墓を必死で探すアビー。キャメラは彼の孤独な姿を追い続けます。
特にその後姿が印象的です。彼は深い藪の中へ分け入っていきます。
そのあまりの荒れ具合に、途中、キャメラの視界が奪われてしまいます。
再びキャメラが向けられると、アビーの背丈をこえる草が彼の背中に影を差して老人の孤独が際立つのです。
観る者は、何か凄いものをみせられていると直感することでしょう。
被写体との距離を保ち続けるキャメラがアビーの歩みに合わせてさらに進んでいくと、藪がひらけ、水辺がみえてきます。水の下に墓地がある。アビーが言います。
ここで画面には音楽が流れ始めます。取り出したビニール袋に紙を入れるアビーの手元が捉えられた後、彼は再び藪の中へ戻っていきます。
キャメラは水辺に立ち尽くすように留まり、右方向へ移動し、藪に覆われた水辺をゆっくりと映していきます。
音楽がムードを高め、キャメラと一緒に置いていかれた観客はまるでサスペンス映画をみているような気分にさえなってきます。
果たしてこれはドキュメンタリー映画なのでしょうか。
終始、画面に張りつめている不穏な雰囲気もサスペンス映画そのものです。感覚的には中国のジャ・ジャンクー監督の作品がもつ空気感に近い特徴を持っています。
現実の風景と真実の音
このような村は実は他にもありました。
キャメラは、多くの住民が移住した後、事務処理をするために残っているのだという一人の女性を追います。
彼女は瓦礫の中を歩き回り、わたしたちを案内していきます。ほとんど無人状態のこの村では、人の声が聞こえるはずもなく、自然の音がむなしく響き渡るばかりです。
水や風の音。氷と氷がぶつかる衝突音。雨音。鳥の鳴き声。人が草むらを歩く音。ボートのモーター音。取り壊されていく家の屋根が軋む音。チェーンソーの轟音。廃墟となった病院らしお建物の内部では、遠くの方から聞こえてくるわずかな人声が反響しています。
そして先ほどの女性がとうとうと語る独白。観客の心は、それを“真実の声”として聞くはずです。
故郷を失くした人の中には、希望も失い、現実にうちひしがれている者もいます。この先どうなるのかしら、それは分からない…。
カウンターでナナカマドを弄ぶ女性がそう呟きます。
村には「ケウリ村は永遠に!」という標語がありますが、そんな願いほど現実から遠いものもありません。現実こそが真実なのです。
それは、虚空に響く音のポリフォニーが全編を通して語って聞かせてくれたことなのです。
取り壊された家の木材がトラックの荷台に積み上げられ、次々運ばれていきます。
帰郷を願う住人たちの思いとは裏腹に現実はあまりにも厳しいものです。画面からは次第に音が消えていきます。
アビーと事務処理の女性がこの現実を十分に理解しているかはわかりません。
“無音の世界”で今日も一人、茂みを進んでいく孤独な二人の姿。
環境破壊はとどまるところを知りません。電力問題についてニュース番組で説明するプーチン大統領。ダム建設に関する映像の数々。この世界は“喧騒のイメージ”で溢れ返っているのです。
入選作品『おばあちゃん、エコに出会う』の作品情報
【製作年】
2018年
【製作国】
シンガポール
【プロデューサー】
ポー・コクイン
【監督】
ポー・コクイン
『おばあちゃん、エコに出会う』のあらすじ
シンガポールに住む15歳のエマ。
彼女は多くのティーンエイジャーのように、ゴミで窒息しそうな地球を救いたいと願っています。
しかし71歳になる祖母エミーは、リサイクルに関心がありません。
この2人が、どちらが勝つかを賭けて「7日間ゴミをゼロ」への挑戦を始めますが…。
『おばあちゃん、エコに出会う』の感想と評価
グリーンイメージに相応しいクリーンなシンガポール映画
アジア屈指の経済大国シンガポール。そこには世界の富が集中し、商機を狙うビジネスマンが各国から押し寄せています。
1人当たりのGDPの水準もトップクラスで、行政の管理が行き届いている大都市は、治安もよく、ポイ捨て禁止が標語のクリーンなイメージの国です。
そんな清潔感のある国に15歳のエマと彼女の祖母ミルドレッドは暮らしています。
高度な教育システムが完備されているシンガポールでは、社会に対する学生たちの意識が高く、環境問題に関心のあるエマは日々リサイクルに取り組んでいます。
しかし2世代も違う祖母は環境問題に無関心。ゴミの分別すら怠っています。
そこでエマは「7日間ゴミゼロチャレンジ」を祖母に提案します。最初は嫌がっていたミルドレッドでしたが、やはり孫娘と一緒にいる時間が増えたことは嬉しかったようで次第に協力的になっていきます。
今まではゴミ箱に捨てていた生ゴミを、計画的な廃棄物処理を実践する施設に持っていったり、週末に不要品フリーマーケットに参加すると意外な思いつきをしたりもします。
こうして新しいことだらけの7日間のチャレンジが無事終了し、小さな瓶1つにゴミが収まり切りました。
長期的な廃棄物処理計画に成功しているシンガポールの取り組みにスポットを当てた本作は、グリーンイメージに相応しい作品でしょう。
まとめ
2019年、第6回として開催されたグリーンイメージ国際環境映像祭。
今回、審査員特別賞受賞作品した、ロシアで制作されたドミトリー・タルハノフ監督の『流れに抗って』は、かつてダムに沈んだ村の住人アビーと、今、まさに沈みゆく村に残る住人の姿を描くドキュメンタリー作品。
また入選作品のシンガポールで制作された『おばあちゃん、エコに出会う』は、15歳のエマと71歳の祖母エミーが世代的価値観の違いをユーモアセンスたっぷりに描きながら、リサイクルを実践することで、互いの距離感に寄り添い育む作品でした。
この他、2019年は10作品がグリーンイメージ賞の選考に選ばれました。いづれの作品も今の時代と、社会を映し出した“最前線”の映像作品です。
佐藤忠男氏は最終日となる25日に開かれた表彰式の挨拶に立ち、この映像祭は規模が小さいように思われるが、ここがきっかけとなって、日本各地の環境問題に興味がある上映会で選ばれた作品は広がっていくと熱く語りました。
また環境問題をテーマにした映像祭が盛り上が理を見せることは、世界各地で環境問題が危惧されている現状だとも述べ、多様性のある社会のひとりとして、知らない地域と人に目を向け、映画を教材として学んでいく必要があると締めくくりました。
日本にいる環境問題に関心ある人々が、世界の環境問題とどのように向き合っていくべきなのか。このグリーンイメージ映像祭への参加をきっかけにして、一人一人が具体的に考えていく必要がありそうです。