素人ヒーローがレンチで悪人を制裁!バイオレンス満載のブラックコメディ
DCコミックスのヴィラン(悪役)が一堂に会するアクション『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(2021)の公開を控えるジェームズ・ガン監督の、2010年製作の映画『スーパー!』。
ドラッグディーラーに奪われた妻を取り戻すべく、自作のヒーローに変身した中年男が巻き起こす騒動を描いたブラックコメディを、ネタバレとガン監督の波乱万丈な映画人生を交えてレビューします。
映画『スーパー!』の作品情報
【公開】
2011年(アメリカ映画)
【原題】
Super
【監督・脚本】
ジェームズ・ガン
【製作】
ミランダ・ベイリー、テッド・ホープ
【編集】
カーラ・シルバーマン
【撮影】
スティーブ・ゲイナー
【キャスト】
レイン・ウィルソン、エレン・ペイジ、リヴ・タイラー、ケビン・ベーコン、マイケル・ルーカー、リンダ・カーデリーニ、ネイサン・フィリオン、 ロブ・ゾンビ、ウィリアム・カット、ジェームズ・ガン
【作品概要】
お手製のコスチューム姿でヒーローに扮した中年男が、町の犯罪を撲滅する様をコメディタッチで描く2010年のアメリカ映画。
テレビドラマシリーズ「ジ・オフィス」(2005~13)で注目されたレイン・ウィルソンが主演と製作総指揮を兼任し、共演に『JUNO/ジュノ』(2007)のエレン・ペイジ、『アド・アストラ』(2019)のリヴ・タイラー、『COP CAR/コップ・カー』(2016)のケヴィン・ベーコンといった顔触れを揃えました。
監督・脚本は「スクービー・ドゥー」シリーズ(2002~04)や『ドーン・オブ・ザ・デッド』(2004)の脚本で注目され、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズ(2014~17)でヒットメーカーの仲間入りを果たしたジェームズ・ガン。
日本では2011年7月に劇場公開されました。
映画『スーパー!』のあらすじとネタバレ
田舎町のダイナーでコックをしているフランクは、見た目もさえない中年男性ですが、2つの“輝かしい瞬間”を誇りにしていました。
1つは同じ店で働いていた美人のサラが結婚してくれた時、そしてもう1つは引ったくり強盗を追っていた警官に、「あっちに逃げたぞ!」と教えた時でした。
しかしある日、そのサラが町で悪名高いドラッグディーラーのジョックと駆け落ちしてしまいます。
薬物依存症に苦しんでいたサラの弱みに付け込んだのだと、怒りのフランクはジョックに詰め寄るも、彼の手下のエイブらに返り討ちに。
絶望したフランクは、キリスト教原理主義者向けのテレビチャンネルで放送されていたヒーロー、ホーリー・アベンジャーを観て感化。さらに不気味な触手によって頭部を割かれ、むき出しの脳みそに“神の手”が触れる妄想に囚われ、自らヒーローになることを決意します。
コミックショップの女性店員リビーから、アメコミヒーローについてアドバイスをもらったフランクは、全身真っ赤なコスチュームを自作し、モンキーレンチを武器とする「クリムゾンボルト」に変身。
麻薬売買人や少年買春者、引ったくり強盗、行列に横入りした男らを、次々とレンチで半殺しにしていきます。
「シャラップ、クライム!」と叫び、ヒーロー活動をするクリムゾンボルトですが、マスコミからは危険人物扱いされることに。
そんな中、ダイナーに現れたリビーから、ホームパーティに誘われるとともに、「あなたがクリムゾンボルトの正体では?」と探りを入れられます。
正体がバレる前に急いでサラを救出しようと、ジョックの邸宅に侵入したフランクですが、エイブに撃たれ負傷。エイブに身元を知られているため、やむなくパーティ中のリビーの家に逃げ込み、助けを求めます。
予想どおりクリムゾンボルトがフランクと知り狂喜乱舞のリビーは、自分をサイドキック(相棒)にしてくれと懇願。
「ボルティー」というヒーローを名乗ったリビーは、友人の車に傷を付けた男の顔面をブロンズ像で潰そうとしたり、フランクを見つけて追ってきたジョックの部下の脚を車で粉々にするなど、やりたい放題。
徐々にクリムゾンボルトを支持する市民が出てくるなか、リビーのあまりの行動に引いてしまうフランクですが、武器店でジョック宅に潜入する装備を買い込むのでした。
映画『スーパー!』の感想と評価
ジェームズ・ガンの山あり谷あり映画人生
1970年代から一貫してB級作品を製作するトロマ・エンターテインメントで、キャリアをスタートさせたジェームズ・ガン。
低賃金に喘ぎながらも彼は、演出補、予算管理、脚本執筆、撮影助手、タイムキーパー、仕出し、セット作り、そして時に俳優と、映画制作のありとあらゆるノウハウをトロマで体得します。
クレジットこそトロマ創設者のロイド・カウフマン名義ですが、『トロメオ&ジュリエット』(1996、日本未公開)で実質的な監督デビューを果たし、さらに師匠カウフマンの自叙伝のゴーストライターまで担当。
この自叙伝の文才をワーナーブラザース上層部に見込まれ、ホラーコメディアニメ『スクービー・ドゥー』の実写映画版の脚本を依頼されたガンは、トロマ時代に培ったノウハウを活かし、効率良く撮影できる脚本に仕上げます。
かくして完成した『スクービー・ドゥー』(2002)は、見事全米初登場1位を記録するヒットとなり、さらに『ゾンビ』(1978)のリメイク『ドーン・オブ・ザ・デッド』(2004)では、“走るゾンビ”という新解釈を盛り込んだ脚本を執筆し、これまたヒットに導きます。
映画界で、まさにサクセスストーリーの王道を歩み出したかに見えたガン。ところが、メジャー作品初監督作のSFホラー『スリザー』(2006)が興行的に惨敗したことで、長い低迷期に入ってしまいます。
『スリザー』(2006)
本作『スーパー!』は、そんなガンが低迷していた2010年に製作。
トロマ時代を思わせる低予算ながら、レイン・ウィルソン、エレン・ペイジ、リヴ・タイラー、ケヴィン・ベーコンら第一線で活躍する俳優がこぞって出演したのも、ひとえにガンの人徳の成せる業といえます。
とりわけペイジは、出演した『インセプション』(2010)のPRで来日する予定をキャンセルしてまで、コミック・コンベンション(「コミコン」の通称で知られる、アメコミファンが集う大規模イベント)で開かれる本作のパネルディスカッションに参加する義理堅さを見せたほど。
公開規模こそ小さかったものの、本作でのヒロイックかつバイオレンス描写が話題となり、ディズニー・マーベルの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の監督に抜擢され、続編の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー・リミックス』ともどもヒットに導きます。
これで完全復活を果たしたガン…だったはずが、2018年7月、Twitterで過去にツイートした内容が原因で、ディズニーからシリーズ3作目の監督を解雇されることに。
詳細は割愛しますが、この騒動の際も「ガーディアンズ~」の出演者たちがガンの再雇用を求めたことからも、いかに彼が愛された人物がうかがえるというもの。
どん底に落ちたかと思えば一気に頂点に登り、かと思えば再びどん底に……。まさに山あり谷ありな映画人生をたどってきたジェームズ・ガンなのです。
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の出演者たちによる、ジェームズ・ガン監督の復帰嘆願声明
If you please, read the statement written and signed by The Guardians of the Galaxy cast in support of James Gunn’s reinstatement as director of GOTG Volume 3. pic.twitter.com/TjNA9RF6M8
— Zoe Saldana (@zoesaldana) July 30, 2018
ヒーローの存在意義
本作が日本公開されたのは2011年7月。その約半年前には、普通の高校生がヒーロー活動をする『キック・アス』(2010)が公開されました。
設定が似ているため、『キック・アス』とよく比較された本作ですが、本筋のテーマは大きく異なります。
コミック原作をベースに、バイオレンス描写をアップテンポかつコミカルに演出したエンタメ要素の高い『キック・アス』に対し、ジェームズ・ガンによるオリジナルストーリーの本作は、コミックの擬音や吹き出しを使ったポップな演出はあるものの、とにかく陰惨で痛々しいです。
ガン監督は、本作を心理学・哲学者のウィリアム・ジェームズが書いた『宗教的経験の諸相』の映画化だと語っています。
熱心に神に信仰を捧げる者は、他人からすれば常軌を逸しているようにしか見えないという、宗教の不条理を突いたこの書籍どおり、敬虔深い主人公フランクは神に救いを求めるあまり、その神から啓示を受けた者として、ヴィジランティズム(自警行為)に目覚めていきます。
お手製ヒーローのクリムゾンボルトに扮したフランクは、神に代わって悪さをした人間にレンチを振り下ろしていきますが、傍から見るとそれは単なる犯罪行為に他なりません。カトリック教徒の家庭に生まれたガンが、バイオレンス描写を陰惨にした理由がここにあります。
ヒーローと狂人は紙一重……それをもっとも表わすのが、フランクの相棒を勝手に名乗るリビー=ボルティーです。
正義の名の下に、友だちの車に傷を付けた男の顔を潰そうとする彼女を見て(「ヒーローは殺しをしちゃダメなんて知らなかった」というセリフが強烈)、フランクは自分がやってきた行為を自省します。
それでも終盤、フランクは妻サラを奪ったジョックに夜襲をかけますが、このクライマックスは『タクシードライバー』(1976)を思わせます。『タクシードライバー』も、腐敗したニューヨークを浄化するというヴィジランティズムに目覚めた男が主人公でした。
帯同したリビーの死という悲劇を生むも、それでもフランクは「割り込みも麻薬売買も児童虐待も悪いことには違いない」として、自分が始めたヒーロー活動のけじめとしてジョックを葬り、サラを救います。
にもかかわらず、そのサラがフランクの元を離れて新たな家庭を築いたことで、彼自身が求めていた幸せは手に入りませんでした。
それでも、結果として自己犠牲を払ってまでサラに幸せを与えたフランクは、真の意味でヒーローとなったのです。
ちなみにガン監督は、ベストなスーパーヒーローが登場する作品として『ニューヨークの恋人』(1980)を挙げています。
日本ではDVD化されてないものの、本作に大きく影響を与えているこの作品、いつか日の目を見る日がくることを期待したいものです。
『ニューヨークの恋人』(1980)
まとめ
『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(2021)
そんなジェームズ・ガンの新作『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』は、お気に入りのアメコミヒーローとしてスーパーマンやバットマンを挙げ、『マン・オブ・スティール』(2013)の監督候補にもなっていた彼にとっても、満を持してのDCコミックス映画。
前述のディズニー解雇騒動直後にすぐ監督オファーをしてくれたワーナーの恩に報いるかのように、はみ出し者のヴィランたちが大暴れの、原点のトロマ精神あふれたバイオレンス&グロテスク描写が満載となっています。
はみ出し者集団が活躍するストーリーは、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズで描いていますが、そもそも初のヒット脚本作『スクービー・ドゥー』も、落ちこぼれな犬と少年少女たちのストーリーでした。
幾度のどん底を経験した“落ちこぼれ”監督ジェームズ・ガンの再起作『ザ・スーサイド・スクワッド』とともに、彼の作家性が詰まった本作『スーパー!』をおさらいするのも一興かもしれません。