中島哲也監督が描く映画『嫌われ松子の一生』
「生れて、すみません」とことん不器用だった女の53年の生涯
あなたは「これで私の人生は終った…」と思ったことはありますか?誰もが人生を長く過ごしていれば、そう思うことは1度くらいはあるかもしれません。
映画『嫌われ松子の一生』の主人公・川尻松子は生涯に3回そう感じた出来事がありました。
山田宗樹の同名の小説を、2004年公開の『下妻物語』で注目をされた中島哲也監督が自ら脚本を手がけ、主演を中谷美紀が務めています。
映画『嫌われ松子の一生』は、強烈なキャラクターである松子を見つめることで、“あなた自身のなかの松子”と出会える作品です。
映画『嫌われ松子の一生』の作品情報
【公開】
2006年(日本映画)
【原作】
山田宗樹『嫌われ松子の一生』(幻冬舎)
【監督】
中島哲也
【キャスト】
中谷美紀、瑛太、伊勢谷友介、香川照之、市川実日子、黒沢あすか、柄本明、木村カエラ、蒼井そら、柴咲コウ、片平なぎさ、本田博太郎、奥ノ矢佳奈子、ゴリ、榊英雄、マギー、カンニング竹山、谷原章介、甲本雅裕、キムラ緑子、角野卓造、阿井莉沙、谷中敦、劇団ひとり、大久保佳代子、BONNIE PINK、濱田マリ、武田真治、木野花、荒川良々、渡辺哲、山本浩司、土屋アンナ、AI、山下容莉枝、山田花子、あき竹城、嶋田久作、木下ほうか
【作品概要】
映画『下妻物語』『告白』『来る』など人気作品が多いの中島哲也監督が、山田宗樹の同名小説を映画化。昭和22年、九州の片田舎で中学教師をしていた川尻松子の人生が、勤め先の学校で生徒の起こした事件をきっかけに狂い始めていく53年の生涯を描いています。
キャストには柄本明、木村カエラ、柴咲コウ、武田真治、土屋アンナ、宮藤官九郎、劇団ひとりなど、人気のある多彩な出演も鑑賞の楽しみな作品となっています。
2006年5月27日に東宝系にて公開され、主演を務めた中谷美紀は、第30回日本アカデミー賞主演女優賞、第80回キネマ旬報ベスト・テンでは主演女優賞を受賞しており、そのほか日本アカデミー賞ではスタッフが音楽賞受賞、編集賞を受賞。
映画『嫌われ松子の一生』のあらすじとネタバレ
川尻家の長女として生まれた松子は、サラリーマン家庭で何不自由なく暮らしています。
そんな松子には病弱な妹の久美がいましたが、大好きな父はそんな妹にばかり愛情を注ぎ、松子への関わりは二の次三の次でした。
松子は父親の気をひくために父親の期待に応えようと、喜ぶようなことばかりをして成長するいわゆるファザコンです。
逆に妹の久美のことは哀れながらも、父親の愛情を奪われて嫉妬する気持ちの方が勝っていました。
松子にとって父親との唯一の思い出は、入院する久美を見舞った帰りに立ち寄ったデパートでの食事と、屋上遊園地で遊びお笑いステージを観たことです。
松子はお笑い芸人の「変顔」のモノマネをして父親を笑わせました。
父親が笑ってくれることに歓びを覚えた松子は頻繁にその変顔をするようになり、次第にそれは窮地に追い込まれると苦し紛れに出てしまう癖になってしまいました。
松子は中学校教師になり充実した毎日を送っていました。松子の脳内はいつもキラキラと輝き、妄想しがちな性格も含めて幸せそのものでした。
そんなある日、修学旅行の宿泊先で現金窃盗事件が起き、松子の教え子の龍に容疑がかかります。
状況証拠で龍が窃盗をしたと誰もが疑う中、松子も疑う反面で信じたい気持ちで必死にそのことを隠そうと画策を練ります。
松子はあろうことか自分がやったことと罪をかぶり、自腹で窃盗された現金を返そうとしますが、持ち合わせがなく同僚の財布から現金を拝借し、返金したことでこの件は穏便に事が済みました。
しかし、松子が同僚の財布から現金を抜いたことが発覚してしまいます。
松子はそれもこれも龍が犯した窃盗の穴埋めをするためと言い訳し、龍には自分がしたことと同僚の前で証言するよう龍を説得しますが、「先生の罪をかぶり自分がやったと言えと脅されました」と翻されてしまうのです。
松子は学校を解雇され、そこから松子の転落の人生がはじまります。
映画『嫌われ松子の一生』の感想と評価
本作品『嫌われ松子の一生』で、ユニークなキャラクターを演じた中谷美紀は、第30回日本アカデミー賞主演女優賞、第80回キネマ旬報ベスト・テンでは主演女優賞など受賞。
確かに演技派で知られる中谷美紀が演じた松子の53年間のエピソードは劇的すぎて、一見、現実味からはかなり遠いものに思えます。
しかしそれは、ストーリーテーラーとしての演出力の高い中島哲也監督がにより、どこか非現実的に見せかけているだけで、ひとつ一つの出来事は、どこかで誰かが体験しているような出来事の集合体なだけで、実のところは“女の事件簿のよう”になっています。
つまり夫や恋人からのDV、騙され男に貢ぐために身を売り、果ては殺人まで犯してしまう。このようなニュースは、日常茶飯事でテレビなどで目にすることがあり、非現実や現実的に起きていることではなく、現実に確かにある出来事といえるでしょう。
例えば、身近なところで言えば、晩年の松子がアイドルに陶酔し生きる糧にしていくありさまは、とてもリアルであるではないでしょうか。
松子は父親や妹との関係や距離感がうまく図れずに、心は純粋でありながら屈折した性格で成人へとなっていきます。
また、困った場面に出くわすと変顔をしてしまったり、妄想の中に逃げ込んだり、与えることも求めることも極端に大きすぎて失敗してきた女性は、多かれ少なかれ見る者の心にシンクロしていく、心にしみいる“人間らしいキャラクター”なのです。
そんな松子の一生を人気実力ともに評価の高い女優、中谷美紀が渾身の演技で勤め、強烈なキャラクターである川尻松子こそが、中谷に「この役を演じるために女優になった」と言わしめたのです。
その結果、映画賞で数々の女優賞を獲得することとなりました。
まとめ
本作は“一見特異に見えてしまうキャラクターである川尻松子”という、どこにでもいるような一般的な女性を誇張して描いています。
父親からの愛情の渇望から満たされない思いを、妄想の世界へ逃避させる癖を身につけ、自らの人生を空回りさせてしまうという悲劇的なストーリーです。
しかし、映像表現の鬼才としても知られる中島哲也監督は、悲劇を悲劇のままで表すのではなく、お花畑やキラキラとしたポップな世界を挟むことで、人生の落差を極端に見せてくれました。
松子の不器用さや救いようもないお人よし、報われない愛の残酷さを誇大表現しながらも、とても女の子らしく、また独りの女性らしく、そして何より真に人間らしい愛すべき存在として、中島監督はストイックなまでに“ある種の優しさの眼差し”で松子を見つめた作品なのです。