連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第23回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第23回は、ソビエト連邦の真実を暴こうとする若きジャーナリストを描く映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』。
世界恐慌の最中、繁栄を続けるソビエト連邦に疑問をもったイギリスのジャーナリスト、ガレス・ジョーンズは単身モスクワに乗り込みます。
当局の目をかい潜りウクライナの地でジョーンズはソビエト連邦の“偽りの繁栄”の真実を目の当たりにします。妨害工作に阻まれながらも真実を暴こうとあがく実在した若きジャーナリストの戦いを描きます。
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CONTENTS
映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』の作品情報
【公開】
2020年(ポーランド・イギリス・ウクライナ合作映画)
【原題】
Mr. Jones
【監督】
アグニエシュカ・ホランド
【脚本】
アンドレア・ハウパ
【キャスト】
ジェームズ・ノートン、バネッサ・カービー、ピーター・サース、ジョゼフ・マウル、ケネス・クラナム、クシシュトフ・ビチェンスキー、ケリン・ジョーンズ、フェネラ・ウールガー、ミハリナ・オルシャンスカ
【作品概要】
若きジャーナリスト、ガレス・ジョーンズ役にはドラマ『戦争と平和』(2016)、映画『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』(2020)などのジェームズ・ノートン。他の共演者には『ミッション:インポッシブル フォール・アウト』(2017)、『ワイルド・スピード スーパーコンボ』(2019)のバネッサ・カービー、『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』(2017)、『完全なるチェックメイト』(2015)のピーター・サースガードと英米の実力者俳優が顔を揃えます。
監督を務めるアグニエシュカ・ホランドは、アンジェイ・ワイダ監督の映画に脚本を担当し、映画『ドイツの恋』(1985)、『コルチャック先生』(1991)など数多くの映画を手掛けました。監督作としては、『太陽と月に背いて』(1996)、『ソハの地下水道』(2012)など。
映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』のあらすじとネタバレ
ロイド・ジョージ(ケネス・クラナム)の外交顧問であり、ヒトラーに取材した経験を持つ若きジャーナリスト、ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)は世界恐慌の最中、繁栄を続けるソビエト連邦に疑問を感じています。
取材の必要性を政治家たちに説きますが、相手にされず予算削減のため外交顧問の職を解かれてしまいます。
それでも疑問の真相を知りたいジョーンズは外交官としてではなく、フリーランスの記者として単身モスクワに渡ります。
モスクワに滞在しているベルリンで知り合った記者・ポールに電話をしますが、ポールが何かを伝えようとした矢先、交換手に電話を切られてしまいます。
モスクワに着いたジョーンズはニューヨーク・タイムズモスクワ支局長であるウォルター・デュランティ(ピーター・サース)に会います。
デュランティにモスクワに来た理由を聞かれるとジョーンズはソビエト連邦がなぜ繁栄を続けているのか、スターリンの資金源を知りたい、自分の疑問の答えが知りたいと答えます。
友人である記者のポールの手引きで来たが知っているかとデュランティに尋ねます。
ポールは強盗に襲われて死んだと言います。ジョーンズは驚き、詳細を尋ねますが、デュランティは答えません。自分に何かを伝えようとしていたポールの電話を思い出し、ポールは何かに巻き込まれて殺されたのではと疑います。
ホテルに向かったジョーンズでしたが、宿泊は2泊しか許されず、モスクワから出ることも禁じられます。
デュランティに誘われ、モスクワ滞在の記者らが集まる会合に向かうと、酒を飲んで酔っ払って、アヘンを吸う騒ぎを目の当たりにし、ピューリッツァー賞を受賞した記者でもあるデュランティの堕落した様子に驚きます。
会合の帰り、ニューヨークタイムズの記者・エイダ・ブルックス(バネッサ・カービー)にデュランティのデスクに記事を置いてきてほしいと頼まれます。
エイダの記事を読み、感心したジョーンズは、ポールのことなどエイダから聞き出そうとしますが、彼女は答えません。そして家に帰ろうとするエイダの後ろには当局の監視役がついていました。
エイダが何か知っていると感じたジョーンズは、エイダに家を尋ねます。壁の向こうにいる監視に会話が聞こえないように音楽をかけたエイダはダンスをするふりをしながら、ポールがウクライナに行こうとして殺されたことを伝えます。
危険だから国に帰った方がいいというエイダの忠告を聞かず、ジョーンズは当局の目を盗んでウクライナ行きの列車に乗り込みます。
列車に乗り合わせた乗客に話しかけられ、共に料理を食べますが、嫌な予感がしてジョーンズはトイレに行くふりをして別の車両に移ります。
その乗客は当局がジョーンズを連れ戻すために派遣した人でした。
大勢の市民が乗っている車両に乗り込んだジョーンズは荷物からオレンジを取り出して食べると、その様子を乗客がじっと見つめます。食べ終えたジョーンズが何気なくオレンジの皮を落とすと乗客が群がり必死で皮を食べます。
驚きながらもジョーンズは隣の乗客にお金を払うからコートをくれと頼みます。するとお金はいらないからパンをくれと言います。
何とかウクライナに辿り着いたジョーンズの目の前には驚くべき風景が広がっていました。
映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』の感想と評価
ホロドモール
ソビエト連邦の“偽りの繁栄”の真実を暴こうとした若きジャーナリストを描く映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』。
本作では700万人以上が亡くなった“ホロドモール”と呼ばれる大量虐殺を描いています。その犠牲者の多くはウクライナ人です。
本来ウクライナは肥沃な大地でした。しかし、そこに目をつけたスターリンが個人農業を統合し、集団農場を推し進め、高すぎる穀物調達計画を掲げました。
結果、集団化はうまく行かず、天候不順出会っても変わらない穀物調達により多くの農民が全てを売り払い、飢えに苦しむこととなりました。
当局は計画の失敗が全土に知れ渡ることや、農民の抗議が広がることを恐れ、飢饉に苦しむ現状を隠蔽し情報がモスクワなど都市部に伝わないようにしていました。
「真実」を伝えること
監督を務めたアグニエシュカ・ホランドは、本作で描かれている“真実”の隠蔽や、政府と連携し、忖度するマスコミといった問題は、現代における報道の問題にも直結していると言います。
疑問を感じ、スターリンに取材をしたいと訴えるも相手にされず、意気揚々とモスクワに単身乗り込んだジョーンズが目にしたのは、ニューヨークタイムズのデュランティをはじめとした当局に迎合した記者たちでした。厳しい監視下の中権力側につくことでうまく立ち回っているのです。
また、デュランティをはじめ多くの人は“大義に犠牲はつきもの”“大義を前に個人の野望など霞む”とジョーンズに突きつけます。確かに権力側につくことは保身の一つであり、共通の目標に突き進めば責任を伴うこともないでしょう。
声なき犠牲者のために声をあげることは大きなリスクを伴います。だからこそ、ジョーンズのように突き進む強さが現代においても人々の心をうち、目を開かせるのです。
残念なことにガレス・ジョーンズは1935年8月に満州国を取材中に盗賊に誘拐され、30歳を迎える直前に射殺されてしまいます。一方デュランティは1957年に73歳で亡くなります。
ジョージ・オーウェル『動物農場』誕生秘話
ジョージ・オーウェルの小説といえば、全体主義のディストピアを描いた『1984』と共に有名なのが、『動物農場』です。
1945年に発表された『動物農場』は人間の農場主に対して虐げられてきた動物たちが革命を起こし、動物たちで農場経営をはじめるも次第に豚のリーダー・ナポレオンが独裁者と化してしまう。ナポレオンのモデルはスターリンであると言われ、スターリン主義や共産主義に対して痛烈な批判を込めた作品です。
本作はジョージ・オーウェルがタイプしているシーンから始まり、ガレス・ジョーンズの物語が展開されます。若きジャーナリストとジョージ・オーウェルの出会いが『動物農場』が誕生するきっかけになっているというジョージ・オーウェルファン必見の映画でもあるのです。
更に、終盤に登場し、ジョーンズが記事を掲載することを許諾した実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストはオーソン・ウェルズ監督の映画『市民ケーン』(1966)で主人公ケーンのモデルともなった人物です。
2020年には映画『市民ケーン』の脚本家ハーマン・J・マンキウィッツをゲイリー・オールドマンが演じたNetflixオリジナル映画『Mank マンク』(2020)が話題にもなりました。チャールズ・ダンスが演じていたのがウィリアム・ランドルフ・ハーストです。
まとめ
イギリスの若きジャーナリストがソビエト連邦の“偽りの繁栄”の真実を暴こうとする姿を描く映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』。
隠蔽され今なおその事実が広く知れ渡っていない、ソビエト連邦の負の歴史である“ホロドモール”の惨状を伝えるだけでなく、隠蔽工作に巻き込まれるも信念を貫き、真実を伝えようとしたジョーンズの姿勢は現代を生きる私たちの目を開かせてくれます。
更に、ジョーンズとジョージ・オーウェルの出会い、『動物農場』の誕生秘話というサブストーリーにも繋がる見応えのある映画です。
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