連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第10回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信サービス【U-NEXT】で鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第10回は、ミラン・トドロヴィッチ監督が人魚伝説をモチーフにしたリベンジ映画『マーメイドNYMPH』です。
地中海のバルカン半島にあるセルビアの映画界から、怪しいまでに美しい人魚に焦点をあてた映画『マーメイドNYMPH』は、長きにわたって世界中の海で伝えられてきた、怪しい歌声によって男たちを海に引きずり込んだ人魚の姿を描いた作品です。
そして、青く澄んだ海とナイスバディなビキニ姿の女性、また、曰く付きの孤島で繰り広げられる死が香るミステリー事件とは?
キャストには『ハロウィン』(2007)のクリスティーナ・クレベに、『9デイズ』(2002)のドラガン・ミカノヴィッチが集結。何といっても人魚以上の皆殺しジャンゴとして知られる、元祖血まみれマカロニ西部劇のフランコ・ネロが参戦しています。
B級映画らしいお色気と、スーパーゲストで贈る、ミラン・トドロヴィッチ監督の人魚映画『マーメイドNYMPH』をご紹介します。
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CONTENTS
映画『マーメイド NYMPH』の作品情報
【公開】
2014年(セルビア)
【原題】
NYMPH
【監督】
ミラン・トドロヴィッチ
【キャスト】
クリスティーナ・クレベ、ドラガン・ミカノヴィッチ、ナタリー・バーン、フランコ・ネロ、ミオドラグ・クロストヴィッチ、スロボダン・ステファノビッチ、ソフィヤ・ラジョビッチ
【作品概要】
ゾンビ映画『ゾーン・オブ・ザ・デッド』(2009)のミラン・トドロヴィッチ監督が、数々の人魚伝説を基に現代に新たに蘇らせたミステリー・ダーク・ファンタジー作品。
キャストには『ハロウィン』のクリスティーナ・クレベ、『9デイズ』のドラガン・ミカノヴィッチを起用し、共演に『続・荒野の用心棒』のフランコ・ネロがニコ役を務めます。
また『セルビアン・フィルム』のミロスラブ・ラコブリージャが人魚のデザインを担当しています。
映画『マーメイド NYMPH』のあらすじとネタバレ
ある夜、港の波止場で若い娘がトップレスになり、彼氏を誘惑して淫らにイチャついていました。しかし、カップルの男性が暗い水面を覗き込むと、突如、何かに支配されたように海へと飛び込みます。
突然の事態に気がどう転した女性は、自身の服装など気にする間も無く助けを呼びます。すると、潜水夫のような長靴を履いた初老の男性が舟の錨を持って近づいて来ます。
女性は「助かった」と心で思うまもなく、鋭利な錨の先を喉に突き立てられ殺されます。
ある日、アメリカ人女性のケリー(クリスティーナ・クリーブ)とルーシー(ナタリー・バーン)は、ルーシーの元恋人のアレックス(スロボダン・ステファノビッチ)のいるモンテネグロにバカンスにやって来ます。
彼女たちがバカンスを楽しもうとプールサイドでくつろいでいると、お目当の地元のことに詳しいアレックスが、現在の婚約者ヤスミンと迎えに来てくれました。
以前に何ごともなかったケリーとアレックスは気さくに話しますが、かつて恋人同士だったルーシーは、アレックスとは訳ありのようで上手くは話すことができませんでした。
その後、ボートで自宅付近の港に着いたケリーら4人は、見知らぬ初老の男(フランコ・ネロ)を見かけます。やがて夜になってケリーとルーシーが来た再会を楽しむ、お祝い酒を飲み始めます。
酒に酔ってきたヤスミン(ソフィヤ・ラジョビッチ)は、ルーシーとアレックスの過去の関係について、嫉妬で問いただします。すると、アレックスはヤスミンに何もないと気をそらせて、再び4人は飲んで踊りに興じます。
なにか誤魔化されたヤスミンは、酒を飲み過ぎで気分が悪くなり寝室に入ります。ケリーとルーシーはここへ来たことについて話をした後、ケリーが散歩に行きました。
ルーシーが独りでいると、案の定、かつて交際関係にあったアレックスがやって来ました。2人はそれぞれの状況を知りながらも、さらに燃え上がるかのようにキスをして抱き合います。
翌朝。ケリーとルーシーを含む4人は、ある島にある軍施設の跡地にボートで向かいました。
しかし、当時10歳であったケリーには、泳ぐことができなかったため、溺れた弟を助けられないというトラウマがありました。彼女以外は海に入り、水遊びを楽しみます。
そのとき、ヤスミンが海中で何者かに、足を引っ張られたと叫びます。アレックスは魚だろと取り合いません。
しかしそれは、悪ふざけで足を引っ張っていた、ヤスミンの地元友人のボブでした。陽気で人懐っこいボブを、夕方からの食事に誘う約束をすると、彼は去って行きます。
その後、沖合に見える島に行ってみたいとケリーは言いますが、アレックスはすぐに断りました。
夜になりケリーとルーシーに、地元の美味しいと評判の店で食事をしていた5人。ケリーが再びあの気になる島の話を始めます。
アレックスがあの島はマムラ島だと語り出しすと、あそこは刑務所跡であったり、ファシズムの拠点に使用された場所で、島の周囲も岩礁地帯の為、自分のボートでの上陸は出来ないと言います。
するとお調子者のボブが口を挟み、自分のボートなら行けると5人を島に行くことを提案し、誘いました。
その時、奥のテーブルにいた初老の男は、島には近づくなと言い捨てます。男は港でケリーらが見かけたニコと言う名の男でした。
ニコは「あの島は大虐殺が行われた血みどろの島だから立ち入るな」と強く制止します。そして娘を探していると新聞の切り抜きの写真を見せると、その女性は先の埠頭で殺された若い娘のようでした。
映画『マーメイド NYMPH』の感想と評価
「人魚伝説」のクリーチャーたち
本作『マーメイド NYMPH』は、古くから伝わる人魚伝説を題材にして、現代に外敵としてのモンスターを蘇らせた映画です。
上半身が人間で下半身が魚という人魚は、日本に昔はいたとされており、ミイラ姿として保存されたものをテレビや雑誌で、ご覧になった方も多いことでしょう。
他にも、アンデルセン童話の『人魚姫』もよく知られていますが、最も知られているのは、案外、宮崎駿監督の『崖の上のポニョ』(2008)かも知れません。
その他にも、ジョニー・デップが主演を務めた人気シリーズの4作目となる、『パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉』(2011)で、当時新人女優であった、アストリッド・ベルジェ=フリスベが、透き通るように白い肌の人魚、シレーナ役を演じていました。
また、2015年のポーランド映画『ゆれる人魚』でも、人魚のシルバー役(姉)をマルタ・マズレクが演じ、ゴールデン役(妹)をミハリーナ・オルシャンスカが務めていました。
元々、人魚伝説の起源は、ギリシア神話に登場する魔物セイレーンだと言われています。海の岩礁で魅惑的な歌で唄い、その美声で船乗りたちの心を惑わせ、船を沈めてしまうとお話です。
しかし、本作『マーメイド NYMPH』をB級映画の喜びの視点で読み解くと、実はモンスターの人魚の存在や、お色気の水着姿などの女性は、作品の本質からは遠いところにあります。
自分たちのエリア(陸・大地)に侵略してくる外敵(他国・民族・内的紛争など)であり、そこで行う「復讐」こそが、かつて血で染またセルビアで作られる意味があるのです。
B級映画の伝説「皆殺しのジャンゴ」
参考映像:『続・荒野の用心棒』(1966)
本作『マーメイド NYMPH』を観る際に、セルビアという“馴染みの薄い国で製作された映画”なんだと、珍しさを感じられた方もいたでしょう。
この映画を観て、作品冒頭の人魚による若い男性を引き込み殺害する流れは、人魚映画そのものと言えます。また、人魚が男に恋をしてという件も、「人魚姫」として頷くのは容易です。
しかし、その直後に長くつを履いた殺人鬼の男性が、若い娘の喉元を切り裂く描写に、「あれ、これ人魚映画じゃないんだ」、製作陣のテーマや意図はと、すぐに人魚映画の違和感と共に、課題を投げかけられます。
結論から申し上げれば、若い娘の父親はニコであり、単に行方不明で探しているのではなく、ニコは娘の復讐に燃えています。
ニコを演じてるのは、“皆殺しのジャンゴ”の名優フランコ・ネロであり、マカロニ西部劇の全盛期の中心的な人物でした。
参考映像の『続・荒野の用心棒』(1966)は観たことはなくとも。クエンティン・タランティーノ監督の『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012)の元ネタオマージュであり、本家本元!血だらけ残酷なガンマンのジャンゴも、出演していたことはご存知ではないでしょうか。
つまり、本作は「人魚伝説」に「伝説の皆殺しのジャンゴのキャラクター」を掛け合わせたB級映画プンプンの作品です。
美人な人魚をお色気目当てなファンもいたかもしれませんが、本作は初老の男の復讐リベンジのドラマが本質だと言えるでしょう。
それが証拠に、「皆殺しのジャンゴ」について知らないが観ると、ラストは予算が無いから尻切れとんぼで終わった映画だと、早合点するでしょう。それはあまりに気が早い。
だって、あのジャンゴですよ、ニコは。自分の娘や、かつての仲間を殺害してきた人魚は、悪党ども(外敵な侵略者)ですから、当然、人魚皆殺しの血祭りです。(ジャンゴの殺しの法則として…)
見せる必要もなく、描く必要もない想像の様式美が存在しています。
本作の結末の復讐に煮え切らない方に、補足としてフランコ・ネロのマカロニウエアスタンの映画予告をいくつかリンクしておきます。
参考映像:『ガンマン無頼』(1966)
参考映像:『真昼の用心棒』(1966)
参考映像:『ガンマン大連合』(1970)
まとめ
歴史の闇をダークファンタ爺さんで描く
映画『マーメイド NYMPH』は、人魚伝説を基に新たなる物語を再構築した作品です。
美しい地中海を背景にしたミステリアスなダーク・ファンタジーなのですが、セルビアという国の成り立ちもあり、「ヤラレたらヤリ返せ」のリベンジ精神を描いた作品です。
残酷な模写はホラー系列からの派生ではなく、マカロニウエスタンの西部劇を観て入れば納得の描写と言えます。
もちろんゾンビ映画『ゾーン・オブ・ザ・デッド』(2009)を制作したのミラン・トドロヴィッチ監督なのですが、それ以前にセルビア人として一端が作品に反映するのは、映画人として至極当然のことです。
1941年にかつてのユーゴスラビア王国は、ドイツとイタリア両国に占領された歴史。あるいは、クロアチア独立によって、セルビア人、ユダヤ人、ロマ人などを民族浄化という、何十万人のジェノサイドを経ています。
「人魚というキャラクター」を外敵な侵略者(海のみならず陸続きの隣国)とし見立てて、その歌声というプロパガンダでの扇動とする。
それらによって、家族や仲間を虐殺した者へ復讐すると考えれば、「皆殺しのジャンゴという伝説的キャラクター」をぶつけることこそ、真の意味で「ダークなファンタジーのリベンジ映画」が時空を超えて確立したと言えるでしょう。(これもクエンティンぽいとも言える…)
映画『マーメイド NYMPH』でも、観光に来るアメリカ人の設定、過去のファシズムの件があるのも、そんな背景があってこそです。
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