連載コラム『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』第4回
この世には見るべき映画が無数にある。あなたが見なければ、誰がこの映画を見るのか。そんな映画が存在するという信念に従い、独断と偏見で様々な映画を紹介する『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』。
第4回で紹介するのはデンゼル・ワシントン、ラミ・マレック、ジャレッド・レトが共演した映画『リトル・シングス』。
ミステリー・サスペンス映画ファン必見の一本です。ジャレッド・レトは本作の演技で、2021年ゴールデングローブ賞の助演男優賞にノミネートされました。
今回は日本では劇場公開されず、豪華キャストが共演しながら少し埋もれた感のある、ハリウッド製サスペンス映画を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『リトル・シングス』の作品情報
【製作】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
The Little Things
【監督・脚本・製作】
ジョン・リー・ハンコック
【出演】
デンゼル・ワシントン、ラミ・マレック、ジャレッド・レト、クリス・バウアー、テリー・キニー、ナタリー・モラレス、マイケル・ハイアット、ソフィア・ヴァジリーヴァ
【作品概要】
管轄外のロサンゼルスを訪れた保安官は、その地で連続殺人事件の捜査に加わりました。彼は現地の刑事と共に容疑者を追いつめます。しかし容疑者逮捕に執念を燃やす彼らの行動は、思わぬ展開をもたらします。
監督は『オールド・ルーキー』(2002)や『ウォルト・ディズニーの約束』(2013)、『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』(2016)のジョン・リー・ハンコック。
『グローリー』(1989)でアカデミー助演男優賞、『トレーニング ディ』(2001)でアカデミー主演男優賞を獲得したデンゼル・ワシントン。
そして『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)でアカデミー主演男優賞を獲得したラミ・マレック、『ダラス・バイヤーズクラブ』(2013)でアカデミー助演男優賞を獲得したジャレッド・レトの、豪華俳優陣が共演した作品です。
映画『リトル・シングス』のあらすじとネタバレ
1990年10月。夜道を1人車を運転していた女性(ソフィア・ヴァジリーヴァ)は、突然現れた怪しい車に追われました。彼女は車を捨て逃げると、そこにトレーラーが走って来ます。助けを求めて道路に飛び出し、トレーラーを停める女性…。
カリフォルニア州カーン郡で保安官代理を務める、ディークことジョー・ディーコン(デンゼル・ワシントン)は、上司から起訴中の強盗犯の証拠を手に入れるよう、ロサンゼルスへの出張を命じられます。
車でロサンゼルス郡保安局の科学捜査科に向かったディークは、証拠品を受け取りにはロサンゼルス署の、ファリス警部(テリー・キニー)のサインが必要と告げられました。
彼とファリス警部は旧知の仲です。警部を訪ねたディークは、証拠品の検査が終わる明日まで待て、その間昔の同僚たちに会えと言われます。彼は以前ロサンゼルス署に務めていたのです。
ロサンゼルス署では、2ヶ月で4人の女性が殺害される事件を抱えていました。ディークはその記者会見でスピーチする男が、自分の車を駐車違反でレッカーしようとしたジム・バクスター刑事(ラミ・マレック)と気づきます。
連続殺人事件の捜査は難航していました。大卒で優秀な刑事と信頼するバクスターの反対にもかかわらず、事件をFBIに委ねようとするファリス警部。
仲の良かったサル刑事(クリス・バウアー)と言葉を交わすディークを、何者かとバクスターは同僚に尋ねました。彼があの有名なジョー・ディーコンと聞き驚くバクスター刑事。
サル刑事と語るディークの前にバクスターが現れます。彼はサルに連続殺人と思われる新たな事件が起きたと告げ、意見が聞きたいとディークにも同行を求めました。
現場は停電したアパートで、そこには何度も刺された若い女ジュリーの死体がありました。
ディークを”コロンボ”や”コジャック”(コロンボ同様、ドラマ「刑事コジャック」(1973~)の主人公の刑事)と呼ぶバクスター刑事は、挑発するように彼の意見を求めます。
ディークは久々に会った女検視官のフロ(マイケル・ハイアット)に声をかけます。バクスターの言葉にかまわず、彼は事件現場の向かい側の空き室を調べました。
窓から被害者の遺体を眺めるディーク。その状況は彼がかつて捜査した、殺人事件の現場によく似ていました。
現場に同行した女刑事のジェイミー(ナタリー・モラレス)に指示を出すバクスター。彼に意見を求められたディークは、自分の管轄内で同様の事件があったと答えます。
ロサンゼルスの夜の通りには、犠牲者のような若い女が多数立っています。そしてジョキング中の女性ロンダが1人になると、その後をつける車がありました。
翌朝、バクスターと共に朝食をとると約束した店に現れたディークは、上司から起訴中の強盗犯の件は片付き、証拠品は必要無くなったとの連絡を受けます。
現れたバクスター刑事は、事件の容疑者として近くに住むのぞき常習犯を連行したと伝えます。帰ろうとするディークに、容疑者の取り調べを見学させるバクスター。
ディークはバクスターに、容疑者にメアリー・ロバーツについて問いただせと指示しました。その名を聞いた容疑者は何も答えませんが、ひどく動揺します。
ディークは容疑者をかつて厳しく尋問していました。彼は警察署を出て科学捜査科に向かい、今回の殺人と同様の事件が自分の管轄内であったと告げ、旧知の検視官フロから事件の資料をもらおうとしました。
フロは似た事件があるとのディークの言葉は嘘で、彼が事件に強く関心を抱いていると気付きます。それでも優れた捜査官の彼を信じ、検査した結果を渡そうと用意するフロ。
彼女が姿を消すと、検死台の上の犠牲者ジュリーの横に座り、彼女の立場になりあの夜の出来事を再現し、遺体に語りかけるディーク。その姿をフロは目撃しました。
彼女はディークを信頼していましたが、彼の目に宿るものは純粋な「善」ではないと指摘し、そして「私たちがした事への戒め」と告げ、ディークにキーホルダーの付いた鍵を渡します。
ディークは犯行現場のアパートに戻り、部屋の冷蔵庫は1週間前から故障しており、電器店に修理を手配していたと大家から聞きました。そして部屋の椅子に座るディーク。
殺害された後、犯人によって移動された遺体の状況は、彼がかつてこの地で同僚のファリスやサルと共に、捜査した5年前の事件に酷似していました。
その夜、ディークは夜の女がたむろする安ホテルに部屋をとります。5年前の捜査資料を壁に貼り眺める彼の前に、殺人事件の被害者の女たちの姿が浮かびます。「事件はまだ終わっていない」とつぶやくデューク。
翌朝警察署に出勤したバクスターは、ファリス警部から昨日取り調べた容疑者が自殺したと知らされます。そしてバクスターに、ディークは事件現場で何をしたか尋ねるファリス。
類似した事件を捜査中で見学しただけと説明したバクスターに、ファリスは彼は今は刑事ではない、5年前に左遷されたと告げました。
5年前の殺人事件の捜査にのめり込み、ディークは半年の間に停職と離婚と心臓病を経験し、そして異動させられたとファリスは教えます。
奴が異動した結果、君が刑事になった。疫病神のディークに関わるなと忠告するファリス警部。ディークは休暇を取った、今回の事件の捜査に関わるつもりだと警告します。
ディークは事件現場のアパートから、冷蔵庫の修理を依頼された電器店を訪れ従業員名簿を確認します。2番目に訪れた電器店に、彼の様子を伺う怪しい男がいました。
バクスター刑事の捜査は行き詰っていました。彼はジョキング中行方不明になり、捜索願いが出された女ロンダの両親を訪ねます。
その夜、水中に遺棄され発見された遺体をバクスターが調べていると、ディークが現れました。サイレンを鳴らさずゆっくり走って現場に向かうパトカーと救急車の後をつけ、ここに来たと説明するディーク。
バクスターは彼に、取り調べた容疑者が自殺した事実を伝えます。しかしディークは全く動揺しません。
あなたはファリスたちに敬遠されている、と指摘したバクスターに、ディークは自分をかばってくれたようだが、そんな行為は君の出世に影響すると警告します。
それでも君への感謝の印だ、この中に犯人がいるかもと、ディークはバクスターに電器店の従業員名簿を渡しました。
バクスターは礼を言い、なぜ15年間検挙率トップのあなたは出世しなかった、とディークに訊ねます。
翌朝バクスターは、妻子と暮らす自宅にディークを朝食に誘いました。彼の妻に問われ、今はカーン郡で保安官代理を務める巡査だと自分を紹介するディーク。
彼を信頼したバクスターは、ファリス警部に隠れて夜に会って情報を交換し、連続殺人事件を協力して解決しようと提案します。
バクスターと別れると、離婚後他の男と再婚した元妻マーシャの家を訪れたディーク。彼はマーシャとぎこちなく言葉を交わしますが、彼女は元夫が今も過去の事件に拘り、不器用に生きていると悟りました。
自殺した容疑者の取り調べの際、ディークが名を出したメアリー・ロバーツを調べたジェイミー刑事は、彼女を含めた5年前の3人の娼婦殺しが未解決とバクスターに報告します。
その夜ディークと会ったバクスターは、現在起きている女性連続殺人事件の被害者は6人だと彼に告げました。
犯人は被害者に性的な暴行は加えず、噛みついたり拷問して快楽を得ていました。殺害後も遺体と過ごし動かして手を加えるなど、異常な行動をとっていると確認する2人。
なぜ5年前の事件を追っていると訊ねたバクスターを、ディークはその犯行現場に案内します。2人の女の遺体が岩に並べられ、もう1人の遺体は離れた場所にあったと説明するディーク。
残された証拠では犯人を逮捕できず被害者に責任を感じ、事件を心に抱え込んだとディークは告白します。
被害者たちに仕える「天使」として、彼女たちの無念を晴らそうと心身をすり減らしたディーク。彼はバクスターに、決して「天使」になるなと助言しました。
事件を終わらせると語るディークに、5年前の事件は娼婦殺しだが今回は違う、と指摘するバクスター。彼は別々の犯人と睨んでいましたが、5年前は今回の練習だと推理するディーク。
バクスターはディークに、彼が渡した電器店の従業員名簿の中に、2人の男の逮捕歴があったと教えます。ディークへの協力は事件を解決のためだ、足を引っ張るなと告げたバクスター刑事。
今回の犠牲者ジュリーは、ヴィーガンですが肉を食べていました。犯人に強要され食べた肉は何だ、と質問するディーク。ローストビーフと告げたバクスターに、彼は小さな事(The Little Things)が重要で、時にそれが命取りになると教えます。
バクスターと別れたディークは、そのまま逮捕歴のある1人の男の家に向かいました。男の車のメーターで走行距離を確認し、ゴミを捨てに現れた男に車を買いたい、トランクのサイズは大きいかと尋ねるディーク。
当惑する男の出したゴミ袋を回収し、ホテルに戻ったディークはかつての同僚サル刑事に、先程の男アルバート・スパーマ(ジャレッド・レト)に、車を売った記録があるか調べて欲しいと頼みます。
ゴミ袋の中に残っていたピザのかけらを科学捜査科に持ち込み、フロに歯型を調べさせるたディーク。犠牲者の体に残る歯形と一部は一致しますが、証拠には不十分でした。
電器店の勤務するスパーマを見張るディークは、彼がローストビーフを出す店に入る姿を目撃します。
ディークが彼の乗る車を尾行すると、スパーマはストリップクラブに入ります。そしてスパーマが夜の街に立つ女に声をかける姿を目撃するディーク。
その頃バクスターの妻は、深夜眠れずにベットから抜け出し、1人考え込む夫の姿を目撃していました…。
映画『リトル・シングス』の感想と評価
映画が動画配信で楽しめるようになった現在、爆発的な話題作・人気作は様々なメディアを通じ、より多くの観客が鑑賞するようになりました。また低予算ジャンル映画・インディーズ映画には、配信で世界の観客に提供できるチャンスが与えられています。
その一方で割を食う感がある映画が中規模の作品。知名度のある俳優が出演し、決して少くない製作費で作られる映画で、2010年代前半までは映画館に観客を集め話題となる力をもった作品が、以前のような興行収入を稼がず、注目も集めない状況に陥りました。
その結果、ハリウッドでは低予算映画以上~大作映画未満の中規模作品が作りにくい状況が続いています。映画業界は配信向けドラマ製作にシフトしたり、中規模の映画をどうセールスするか、試行錯誤を繰り返しています。
デンゼル・ワシントンはかつて『ボーン・コレクター』(1999)で、「身動きできない元科学捜査官の探偵」を演じ殺人鬼と対決、話題となっています。
その彼を主演に製作された『リトル・シングス』、かつてなら全国ロードショーされた作品ですが、本作は日本ではDVD販売及び配信での公開となりました。
映画公開のルールの変化に翻弄された作品
中規模の作品と紹介しましたが、ワーナー・ブラザース映画はこういった映画公開が難しい中、本作を3千万ドルの費用を投じ製作しました。アメリカでは全国劇場公開と同時に配信でも公開されています。
2021年1月29日に全米公開された本作は、劇場公開映画では初登場1位を獲得、配信でも最初の月に300万世帯が視聴したと発表されています。劇場・配信同時公開作としては健闘していますが、製作費に見合った成功かと問うと微妙な結果になりました。
感染症の影響が残る中での公開ですが、この方法が果たして正解だったのか。アカデミー賞レースもにらんで公開された作品は、急遽配信が決まった結果、満足なセールスが出来なかったのでは、と不満を述べる関係者もいたそうです。
「ゲームのルールは変わった。私たちは、それに対応する必要があった」。本作のジョン・リー・ハンコック監督は経緯をこう振り返っています。
さて本作の舞台は1990年。スマホは無くポケベルや公衆電話が現役。科学捜査技術や法的な制約が、犯罪捜査を難しくしていた時代です。
そんな背景でミステリーを描くのが目的と思いましたが、実は本作の脚本はハンコック監督自身が、1993年に書き上げたものでした。
チャンスが訪れたら、映画は作るべきだ
クリント・イーストウッドが監督・出演し、ケビン・コスナーが主演した『パーフェクト ワールド』(1993)の脚本を書き、一躍注目を集めたジョン・リー・ハンコック。
彼がこの時期に書いた『リトル・シングス』の脚本を、まずスティーブン・スピルバーグが映画化しようしますが、内容が暗すぎると断念します。
次いでクリント・イーストウッドが映画化を検討、またウォーレン・ベイティも興味を示します。そしてダニー・デビートが映画化を試み、脚本を読んだブランドン・リーは映画化されるなら、ぜひ自分が出演したいと望んでいました。
しかし結局製作は開始されません。その後ワーナー・ブラザース映画の重役とハンコックは、数年ごとに本作脚本のミーティングを実施、今は誰が興味を持っているという話を行います。
それでも映画化には至らず、重役からはもっと判り易い、一般受けするラストに変更してはどうか、との提案されました。その言葉は正しいと認めながらも、自分はその案に興味が持てなかったと語るハンコック。
本作のプロデューサー、マーク・ジョンソンは「この脚本は必ず映画化する」と変わらず彼に言い続けてくれました。
そしてジョエル・コーエン監督作『マクベス』(2021)撮影に入る前の、デンゼル・ワシントンが本作の主演に決まり、ハンコック自ら監督となって映画の製作が開始されます。
どんな映画にもタイムリミットがある。「脚本が完成し、映画を作れる時が来れば、行動に移り製作を開始するか、もしくは映画化のチャンスが永遠に失われるかだ」。ハンコックはインタビューでこう語っていました。
多額の製作費を費やし、3人のアカデミー賞俳優が出演した本作の撮影は2019年11月、無事終了しました。しかしその後、世界はパンデミックに襲われます。映画を公開するルール、「ゲームのルール」はまた変わったのです。
まとめ
残念なことに埋もれた感がある、見応えあるミステリー映画『リトル・シングス』。この作品を製作環境、公開状況を交えて解説してきました。
本作に影響を与えた作品としてオーソン・ウェルズの『黒い罠』(1958)を挙げているハンコック監督は、この映画を「良いことを行うために、悪事に手を染める男たちの物語」と紹介しています。
複雑なキャタクターを演じるデンゼル・ワシントンの、演技中の心の動きを見るだけで楽しかった、と語る監督。ラミ・マレックは彼の演技に応じる十分な力量を持っていた、とも話しています。
そして演技に遊びや、様々なチャレンジを盛り込んだジャレッド・レト。撮影現場での彼の演技は予測不能だったと説明してくれました。
3人の演技を見るだけでも興味深い、「興行の難しい中規模の作品」と片付けられない映画『リトル・シングス』。本作の存在に気付き興味を持った方は、ぜひ一度ご鑑賞下さい。
映画が配信で公開されるようになって以来、このような作品が増加しています。このコラムでは可能な限りそんな映画も紹介するつもりです。
どうか皆さんも、少し埋もれた感のある面白い映画に出会った時は、どうか身近な映画ファンに教えてあげて下さい。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)