連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』第45回
日本公開を控える新作から、カルト的に評価された知る人ぞ知る旧作といったアクション映画を時おり網羅してピックアップする連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』。
第45回は、2024年5月31日(金)より新宿ピカデリーほかにて全国公開された『ライド・オン』。
世界的アクションスターのジャッキー・チェン扮する老齢スタントマンが、再起をかけてスタントに挑む姿を追ったハートフルドラマです。
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映画『ライド・オン』の作品情報
【日本公開】
2024年(中国映画)
【原題】
龍馬精神(英題:Ride On)
【監督・脚本】
ラリー・ヤン
【撮影】
スン・ミン
【美術】
スン・リー
【音楽】
ラオ・ツァイ
【キャスト】
ジャッキー・チェン、リウ・ハオツン、グオ・チーリン、ユー・ロングァン、アンディ・オン、ジョイ・ヨン、ユー・アイレイ、シー・シンユー、レイ・ロイ、ウー・ジン、スタンリー・トン
【作品概要】
2024年4月7日に70歳を迎えたジャッキー・チェン主演作。ジャッキー扮する一線を退いたベテランスタントマンが、とある目的から再び危険なスタントに挑む姿を描きます。
ジャッキーとは過去作で共演したユー・ロングァン、ウー・ジンのほか、『崖上のスパイ』(2023)のリウ・ハオツンや本作がスクリーンデビューとなるグオ・チーリンら若手が脇を固めます。
監督・脚本を、ジャッキー作品の影響で監督になったラリー・ヤンが担当。
日本語吹き替え版では、長年ジャッキーの吹き替えフィックスを務め、2023年3月末で声優業引退を発表していた石丸博也が限定復帰したことも話題になりました。
映画『ライド・オン』のあらすじ
かつて香港映画界伝説のスタントマンと称されたルオ・ジーロンは、現在は第一線を退き、3年前から育てているオス馬の赤兎(チートゥ)とともに、ボロボロになった撮影所に住み込みながら、エキストラなどの地味な仕事をこなす日々を送っていました。
札付きのチンピラのダミーから借金を重ね、チートゥを差し出すよう脅されていたルオ。さらにはチートゥの元持ち主であった亡き友人ワンと、大馬主として知られるホー総裁との間に起きた債務トラブルにより、抵当としてチートゥが連れ去られる危機にも見舞われます。
弁護士を雇う金がないルオは、やむなく疎遠になっていた1人娘で法学部学生のシャオバオを頼ることに。仕事を優先しすぎて今は亡き母と離婚した父を避けていたシャオバオでしたが、チートゥを伴って日銭を稼ぐ仕事をする彼を見かね、恋人の新米弁護士ナイホァを紹介します。
ある日、元弟子で今はスタントコーディネーターとなったデビッドがルオを訪ねます。ルオが町でチートゥを操ってダミーらチンピラたちを翻弄する様子を撮られた動画が拡散したことで、近日撮影予定の映画にチートゥと共に撮影に参加してほしいとオファーをしに来たのです。
借金返済のためにルオはオファーを快諾し、シャオバオもスタント契約事項のチェックをするアシスタントとして帯同。スタントの振り付けをチートゥに教えようとするも、なかなか覚えられず悪戦苦闘します。
撮影当日、プレッシャーからかルオの意志通りの動きが出来ずNGを連発するチートゥは、使い物にならないとして映画プロデューサーだったホーの持つ馬と交代させられてしまいます。
しかし、シャオバオになだめられて元気良く嘶いたチートゥを見たデビッドが、もう一度ルオたちにチャンスを与えるよう監督に嘆願。その期待に応え、撮影は大成功に終わります。
あらためてチートゥが欲しいと強く願うホーは、債務トラブルを白紙にしてチートゥを大金で引き取りたいと申し出るも、ルオは拒否。続々と仕事が舞い込むようになり、乗馬したままの転倒や爆発の中を駆け抜けるといった危険なスタントをこなしていきます。
スタントマンとしての血が騒ぎ仕事熱心になっていくルオを傍らに、父とチートゥの身を案じるシャオバオ。そんな中、ルオがチートゥに乗って崖を大ジャンプする撮影をする直前で、作られた崖のセットではジャンプする助走に必要な長さが足りない事が発覚します。
契約事項をよく確認せずサインしてしまい、撮影を断ればセット再建などの諸経費を全額負担しろと責められ涙ぐむシャオバオ。ルオは娘のためにチートゥに乗り決死のスタントをこなし、ギリギリ成功させます。この一件を機に、親娘の距離が縮まっていく2人。
しかしそんな中、ルオの弟子でスタントウーマンのインズが、撮影のミスで大怪我を負います。病院にかけつけ、同じく弟子で彼女の夫シアマオが涙する姿を見たルオは、あらためてスタントマンが危険と隣り合わせな仕事というのを痛感するのでした。
裁判に向けた準備の方で進展があり、チートゥはワンではなく別の所有者名義になっているために勝訴する可能性が大きくなったと安堵するルオは、シャオバオと共にナイホァの両親と食事会をすることに。
和やかに食事を終えるも、節々で粗雑な応対をしていたルオにシャオバオは「善き父を演じているだけ」と断罪し、チートゥにも無理をさせすぎだと非難。「仕事に口を出すな」というルオの言葉に「パパは昔と何も変わらない」と言い、喧嘩別れしてしまいます。
後日、シャオバオ抜きで騎馬アクションシーンの撮影に臨んだルオとチートゥ。しかし、危険なスタントの連続で前脚を痛めていたチートゥがよろけて、ルオが地面に叩きつけられます。突進してきた他の馬からルオを守るべく、チートゥは身を挺します。
ルオが入院したとの報せを受け、彼の身辺書類を探しに撮影所に向かったシャオバオは、金庫に幼き自分がルオと対面している防犯カメラ映像のデータと遺言書を発見。
カメラ映像は離婚後もシャオバオの姿を見たいとして取り寄せたもので、遺言書には自分に何かあればチートゥの所有者をシャオバオにすると記載されていました。
借金を抱えたのも、8年前のスタントの失敗で大怪我を負ったことで負債を抱えたのが原因と知ったシャオバオは、病院のベッドに寄り添い悲しみます。
ルオはスタントマンの仕事を辞めることを決意。退院後、撮影所にて過去にルオがスタントをこなしてきた映画を共に観ながら涙する2人。
ルオの元に、再びダミーたちが現われチートゥを奪おうとします。チートゥと共に三度彼らを撃退したルオは、スタントの仕事で稼いだお金を渡し「真面目に働きたいのなら明日から来い」と、武術の素養があるダミーに指南するのでした。
ジャッキーのためのジャッキーにしか作れない映画
本作『ライド・オン』は、初主演作から50周年、日本上陸45周年、そして生誕70周年とまさにアニバーサリーづくしとなったジャッキー・チェン最新作となり(中国では2023年にジャッキーの誕生日の4月7日に公開)、香港アクション映画で役無しのスタントマンからキャリアをスタートした彼がベテランスタントマンのルオを演じるという、まさに自身の半生を反芻するような内容となっています。
年齢的にも体力的にも、今のジャッキーに20~40代の頃のような激しいアクションを求めるのは酷というもの。宣伝コピーこそ「アクション超大作」と銘打たれていますが実質的なアクションは少なく、スタントダブルを使って顔が分からないように細かくカット割り編集されています。
それでもアンディ・オン扮するダミーらチンピラたちを相手に、身の回りの道具を使った工夫を凝らした定番バトルを見せてくれますし、終盤では高層観覧車のゴンドラの上に立つシーンを自ら演じています。
そして何といっても、ルオが過去にスタントをこなしてきたシーンとして、ジャッキー自身の過去作のフッテージ映像をそのまま使用しているのが、ファンとしてはたまらないものが。
そのほか、ジャッキー作品を観てきた人ならニヤリとするような小ネタが随所に散りばめられていたりと、まさしくジャッキー以外の俳優には務まらない、ジャッキーでないと作れない作品です。
娘、そして息子同然に育ててきた馬のチートゥとの親子愛がテーマなゆえに、ストーリー展開がベタなのは、中国映画ということで許容しましょう。
スタントマンは「ノー」とは言わない。でも…
ラストでの「全スタッフ、全スタントマンに捧げる」というテロップが象徴するように、本作はアクション映画に携わってきた者たちへの謝辞があります。
1970年代から隆盛となった香港アクション映画に携わったスタントマンたちには、危険を顧みないスタントが観客を魅了するという考えが少なからずありました。ドキュメンタリー『カンフースタントマン 龍虎武師』(2023)では、そうしたスタントマンたちの歴史をひも解く一方で、香港でスタントマンを目指す若者が減少しているという現状も明かされます。
スタントマン志望者が減っている要因の一つに、安全面を考慮して生身の人間ではなく、CGを多用するようになったことが挙げられますが、本作でも、チートゥに乗って大ジャンプに臨むルオに、後輩スターのユァンや監督が「CGを使うから実際には跳ばなくていい」と告げるシーンがあります。
ちなみに、ユァン役を現中国アクション映画を牽引するウー・ジン、そして監督役を数多くのジャッキー作品を手がけてきたスタンリー・トンが演じているというのが、実にひねりが効いています。
そんなユァンたちの意向に納得できず、「スタントマンは『NO(ノー)』とは言わない」と自らスタントをやろうとするルオ。『カンフースタントマン』でも証言者の1人が力説するこの言葉が、いかにスタントマン共通のプライドでもあったかというのが伺い知れます。
ただ本作では、そうしたスタントマンとして築き上げたプライドが絶対であるとはせず、自身の命や家族も大事だということも描いています。それを象徴するのがユァンのセリフ「スタントマンにとって跳ぶのは簡単だが、辞めることは難しい」です。
お金のため、プライドのために「ノー」とは言わず様々なスタントを続けて家族を犠牲にしてきたルオ。しかし自身の命や、娘のシャオバオとチートゥの大切さにあらためて気づき、ようやく辞めないことに「ノー」を言うのです。
生身のスタントが売りだった隆盛期のジャッキーアクションを観てきた者としては、CG使用のアクションはどうしても味気なく感じてしまうもの。かといってアクション俳優全員に「『ノー』とは言わないスタント」を求めたりはしません。『カンフースタントマン』を観た後では余計そう思います。
でも、還暦を超えても最低限の安全を確保した上で自らスタントをこなすトム・クルーズや、「ジョン・ウィック」シリーズ(2015~2023)で斬新なコレオグラフィを確立したキアヌ・リーヴスからは、血沸き肉躍る香港アクション映画の影響が見て取れます。
今でもアクションスターの第一人者と称される一方で、『1911』(2011)や『ナミヤ雑貨店の奇蹟 再生』(2018)など、非アクションの主演作もあるジャッキー・チェン。
個人的にジャッキーは「泣く」演技も定評があると思います。過去作でも涙を流すシーンはありますが、本作での彼はとにかくよく泣きます。「年を重ねると涙もろくなる」ではないですが、ジャッキーほど泣き顔が映えるスターはいないでしょう。
宣伝コピーに「これが人生の集大成」とありますが、もちろんこれを集大成とせずに、今後も意欲的に映画製作に着手してほしいものです。
次回の『すべての映画はアクションから始まる』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)