連載コラム『シニンは映画に生かされて』第7回
はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。
今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。
第7回でご紹介する作品は、宇治茶監督の映画『バイオレンス・ボイジャー』。
劇画とアニメーションを融合した表現技法「ゲキメーション」によって描かれる、バイオレンスとグロテスクに満ち満ちた“異形”の長編アニメーション作品です。
CONTENTS
映画『バイオレンス・ボイジャー』の作品情報
【公開】
2019年5月24日(日本映画)
【脚本・監督】
宇治茶
【キャスト】
悠木碧、田中直樹、藤田咲、高橋茂雄、小野大輔、田口トモロヲ、前田好美、かんだみのり、オカノアキラ、武田康廣、樋口みどりこ、中沢健、Bugって花井、山本正剛、佐藤文則、松本人志
【作品概要】
長編デビュー作『燃える仏像人間』にてその独自の世界観が国内外にて高く評価された宇治茶監督が、監督・脚本・編集・キャラクターデザイン・作画・撮影を1人で担当し、全編を“アニメーション”と“劇画”を融合させた表現技法「ゲキメーション」によって描き切った長編アニメーション映画。
キャストには『魔法少女まどか☆マギカ』『幼女戦記』で知られる人気声優の悠木碧をはじめ、人気お笑いコンビ「ココリコ」の田中直樹と「サバンナ」の高橋茂雄、俳優の田口トモロヲ、悠木と同じく人気声優の藤田咲と小野大輔らが出演。また本作のナレーションを、自身も映画監督として活躍する松本人志が務めました。
映画『バイオレンス・ボイジャー』のあらすじ
日本のとある山奥の村で両親と共に暮らしているアメリカ人の少年ボビー(悠木碧)は、山向こうの土地へ引っ越したかつての友人に会いに行くために、親友のあっくん(高橋茂雄)や猫のデレクと共に出かけました。
その道中で、二人は寂れた娯楽施設「バイオレンス・ボイジャー」を見つけ、興味本位で中へと入ることにします。手持ちのお金は足りなかったものの、施設の運営者である古池(田口トモロヲ)の厚意によって無料で遊ばせてもらえることになりました。
手作り感満載のアトラクションに最初はガッカリする二人でしたが、次第に夢中になってゆきます。しかし、施設内で倒れていた少女を発見したことで、事態は急変します…。
映画『バイオレンス・ボイジャー』の感想と評価
『バイオレンス・ボイジャー』全編を構成している、デジタル隆盛のアニメーション業界を逆らうかのような「ゲキメーション」には、本作を鑑賞した誰もが目を惹かれるでしょう。
しかしそれ故に、本作が非常に多くの謎を孕んだ映画であることは見落とされがちでもあります。
本記事ではその謎について、短い時間/文章の中ででき得る限りご紹介させていただきます。
主人公ボビーの“元ネタ”
まずはじめに、本作の主人公ボビーの“元ネタ”について触れてゆきます。
ボビーは、山奥の村で両親とともに暮らしているアメリカ人の少年。「ボビー」とは皆から呼ばれている愛称であり、本名は「ロバート・ヒューストン」と言います。
実は、彼の名前には「明らかにコレだろう」という“元ネタ”が存在します。
それが、『エルム街の悪夢』『スクリーム』で知られるウェス・クレイヴン監督のカルト・ホラー映画『サランドラ』です。
ウェス・クレイヴン『サランドラ』(1977年アメリカ公開、1984年日本公開)
「先に死ねる者は幸福である」「戦慄のジョギリショック」という日本配給時に付けられた意味不明なキャッチコピーは、ホラー映画通であれば一度は聞いたことがあるであろう『サランドラ』。
その劇中に登場するキャラクターの一人が「ボビー」であり、そのボビー役を演じたのが「ロバート・ヒューストン」なのです。
『バイオレンス・ボイジャー』を制作した宇治茶監督は、インタビューにて「1970〜80年代に活躍されていたホラー映画監督からの影響は強い」と答えています。その言葉を踏まえれば、『サランドラ』からのキャラクター名/キャスト名オマージュは濃厚でしょう。
また、「謎めいた場所に迷い込んでしまったことで、ある恐怖に遭遇する」「そこに潜み住んでいたある家族によって、多くの犠牲者が生み出されていた」という物語展開/設定、人間を殺し得る猛犬が登場するなど、『サランドラ』と『バイオレンス・ボイジャー』の間には他にも共通点が存在します。
無論、多くのホラー映画が似たような物語展開/設定を採用していたり、「犬なんてしょっちゅうホラー映画に出るだろう」と一概には言えませんが、『サランドラ』からのオマージュは決してキャラクター名/キャスト名のみではないことは明らかでしょう。
そして『サランドラ』だけでなく、『バイオレンス・ボイジャー』には多くのホラー映画からのオマージュが散りばめられています。それを探してみることも、本作の楽しみ方の一つとしてオススメ致します。
橋を渡ってしまった子どもたち
次に、本作のタイトルにもなっている恐怖の娯楽施設「バイオレンス・ボイジャー」の建つ場所にまつわる謎について考察してみます。
主人公ボビーと親友あっくんは、引っ越した友人たかあきが暮らす隣村へと向かう途中で「バイオレンス・ボイジャー」の看板を発見し、興味本位で施設を訪ねようとします。
その際、ボビーとあっくんは川に架けられた橋を渡ります。そして施設へと辿り着き、死すらも招く未曾有の恐怖に巻き込まれてしまうのです。
「川に架けられた橋を渡ったことで、死と恐怖が蔓延る異界へと訪れてしまう」。その行為と結果は、どうしても「三途の川渡り」を連想してしまいます。
三途の川渡りとは、彼岸あるいは冥界に向かう過程にまつわる信仰/伝承です。一般的には「渡し舟に乗って川を越える」という描写で知られていますが、平安時代末期までは「橋を渡って川を越える」とも信じられていました。
もし、彼岸あるいは冥界を「死と恐怖が蔓延る異界」と捉えるとしたら、映画劇中における「橋で川を越える」という行為はまさに三途の川渡りと重なります。
また、主人公ボビーをはじめ、「バイオレンス・ボイジャー」の恐怖に襲われるのはその殆どが子どもです。
そして子どもであるボビーらが「バイオレンス・ボイジャー」施設内の「ロボ捨て場」で目にした、廃パーツの残骸が散乱する風景は、鬼によって打ち崩された石が散乱する「賽の河原」の風景を連想させます。
三途の川に存在するという賽の河原。本来仏教とは関わりがなく、あくまで民間信仰内での俗信に過ぎないのですが、「ロボ捨て場」でボビーたちが遭遇する惨劇を目にすれば、そこが「死と恐怖が蔓延る異界」の一部であると確信できるでしょう。
“おかあさん”の正体
そして、本作において最も謎に包まれているのが、「バイオレンス・ボイジャー」の最奥に鎮座する肉塊のようなナニカ“おかあさん”の正体です。
鳥のような頭部を持った、しかし鳥としての肉体はほぼ持ち合わせていない肉塊。
その奇怪な姿を目にした瞬間、孵化直前のアヒルの有精卵を茹でた料理バロットを連想される方は多いでしょう。
“おかあさん”が鳥に近いナニカなのではないかという仮説は、劇中におけるいくつかの描写からもその裏付けとなるものを見受けることができます。
例えば、「バイオレンス・ボイジャー」施設長である古池の息子であり、彼によって肉体を改造されたたかしが“おかあさん”から与えられる白い液体は「PIGEON MILK」と名付けられています。
「PIGEON MILK」とは、日本語に訳すと「素嚢乳」。鳥類が生後間もない雛を育てる際に、親鳥が体内の素嚢という器官で分泌する液状の物質であり、同じく素嚢で保管し柔らかくしていた固形物とともに吐き戻すことで、雛に食事を与えます。ハト目の鳥類に多く見られることから「PIGEON MILK(ハトの乳)」と呼ばれています。
それは理不尽な暴力と死に塗れた本作の世界観において、平和の象徴である「PIGEON(ハト)」にまつわるナニカが「VIOLENCE(暴力)」を生み出す原因となっているという非常にシニカルな状況を描きたかったとも考えられますが、やはり“おかあさん”が鳥に近いナニカであることを示すために鳥の特徴である「PIGEON MILK」を描いたのでしょう。
また、たかしをはじめ、“おかあさん”の傍らに設置されている、赤い液体に満ちた水槽に浸されることで肉体が変化してしまった子どもたちが装着している頭部パーツに、鳥のようなクチバシが付いていることも見逃せないでしょう。
“親鳥”としての“おかあさん”、そして“雛”としての改造された子どもたち。その関係の構図は、もはや否定できません。
しかしながら、“おかあさん”の外見から抱いた「バロット」という印象、子どもたちの異形化と水槽、たかしの“復活”とその生命維持に深く関わっている事実から、“おかあさん”が鳥に近いナニカではなく、鳥以上のナニカではないかと考えることができます。
では、鳥以上のナニカとは、何か。
それは“神”、それも、日本神話において最も謎めいた神の一柱である「ヒルコ(蛭子、蛭子神、蛭子命、蛭児)」ではないかということです。
ヒルコとは、男神イザナギと女神イザナミの間に生まれた第一子でありながらも、不具であったことからオノゴロ島から船で流され捨てられたという逸話を持つ神であり、その逸話を除けばほぼ文献に登場することがない謎めいた神として知られています。
その「生まれて間もなく親に捨てられた」という逸話から、生まれてあまり日の経たない赤ん坊、胎児、流産または人工妊娠中絶により死亡した胎児のことを指す「水子」という言葉の由来ともされています。
「不具の赤ん坊」としてのヒルコ。それは、“おかあさん”のもと、赤い液体に満ちた水槽の中で異形へと変化していった子どもたちの姿と重なります。
そもそも、フィリピンの名物料理バロットのグロテスクさ、すなわち卵の中から現れる、孵化することも成鳥となることもできなかったアヒルの雛の姿そのものが、「おかあさん」の姿のみならず、ヒルコの姿、水子の姿を連想させます。
そして、ヒルコの正体に関する仮説の一つに、「女性の胎盤」説というものが存在します。それは「おかあさん」が持つ“親鳥”という性質と一致することを意味しています。
「女性の胎盤」という“親”の性質。「不具の赤ん坊」という“子”の性質。
「PIGEON MILK」によってたかしを育てているという“親鳥”の性質。バロットへと調理され大人になれなかった憐れなアヒルの雛と似ているという“雛”の性質。
“親”と“子”、“親鳥”と“雛”という矛盾する対の性質を、ヒルコも“おかあさん”もそれぞれ併せ持っているのです。
その決定的な証拠材料となる描写はないものの、「“おかあさん”=ヒルコ」説を踏まえながら本作を鑑賞してみると、映画『バイオレンス・ボイジャー』が秘める神話性を他にも気づくことができるかもしれません。
宇治茶監督のプロフィール
1986年生まれ、京都府宇治市出身。2009年京都嵯峨芸術大学観光デザイン学科卒業。
大学の卒業制作展にて、自身初となるゲキメーション作品『RETNEPRAC 2』を発表。2010年にはゲキメーション作品の第二作『宇宙妖怪戦争』を制作し、京都一条妖怪ストリートにて公開。
上記のゲキメーション作品二作をきっかけに、2011年より『燃える仏像人間』の制作を開始。2013年にはゆうばり国際ファンタスティック映画祭をはじめ、ドイツ・韓国・オランダなど、国内外の数々の映画祭に招待されたのちに全国公開。さらに2013年度第17回文化庁メディア芸術祭では、エンターテインメント部門にて優秀賞を受賞を獲得しました。
そして、2019年5月24日に公開される『バイオレンス・ボイジャー』は、監督にとって、初めて全編ゲキメーションのみで制作した長編アニメーション映画にあたります。
すでに20以上の国内外の映画祭に正式出品され、アルゼンチンのブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭では審査員特別賞を、カナダのファンタジア映画祭ではアニメ部門にて観客賞・銅賞をW受賞しています。
まとめ
本記事でご紹介した本作の謎は、ほんの一部に過ぎず、映画『バイオレンス・ボイジャー』を全て説明できたとは到底思えません。むしろ考察を進めてしまったことで、より本作における謎が深まったといえます。
しかし、謎が謎を呼び、もはや胡散臭さとキナ臭さばかりが氾濫するその世界観こそが本作の魅力であり、本作を制作した宇治茶監督自身も、敢えて本作における設定の説明をギリギリまで削っているように受け取れます。
たとえ映画全編をを観たとしても全ての謎は解消しないという「後味」。
だからこそ、劇場を後にしたのちも観客は本作の世界観に取り憑かれ、その解けることのない謎について飽くことのない考察を続けるのです。
映画『バイオレンス・ボイジャー』は2019年5月24日(金)より全国ロードショーです。
次回の『シニンは映画に生かされて』は…
次回の『シニンは映画に生かされて』は、2019年5月31日(金)より公開の映画『長いお別れ』をご紹介します。
もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。