連載コラム『シニンは映画に生かされて』第3回
はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。
今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。
第3回でご紹介する作品は、老人ホームで働き始めた青年が心の葛藤に苦しみもがく姿を描いた、三野龍一監督のヒューマンドラマ映画『老人ファーム』。
様々な「吹き溜まり」によって構成された世界に訪れる、「決壊」の物語です。
CONTENTS
映画『老人ファーム』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【原作】
MINO Bros.
【監督】
三野龍一
【脚本】
三野和比古
【キャスト】
半田周平、麻生瑛子、村上隆文、合田基樹、山田明奈、堤満美、亀岡園子、白畑真逸
【作品概要】
映画制作ユニット「Mino Brothers」の兄・三野龍一が監督を、弟・三野和比古が脚本を担当した、二人にとって初の長編作品です。
本作は、カナザワ映画祭2018「期待の新人監督」部門で観客賞を受賞したほか、TAMA NEW WAVE「ある視点」、日本芸術センター映像グランプリ審査員特別賞、新人監督映画祭ノミネート、さぬき映画祭2019への正式招待など、数々の映画祭で高い評価を獲得しました。
映画『老人ファーム』のあらすじ
母親が病気になったことをきっかけに、和彦は仕事を辞めて実家へと戻ってきます。
やがて彼は老人ホームで働き始めましたが、慣れない老人たちの介護、仕事を終え帰宅しても母親の愚痴を聞かなくてはならないという過酷な日々の始まりでした。
施設の方針やそこで働く同僚らの考え方に疑問を持ちながらも、和彦は入居者が楽しく笑顔でいられる理想を抱き続け、日々の業務を誠実にこなしていきました。
そして、職員たちに反抗的な態度をとり、自己主張することを躊躇わない入居者アイコに感化された和彦は、ホームでの仕事に生きがいを見つけようとします。
しかしながら、アイコの施設からの失踪をきっかけに、彼の心は大きく揺らぐことになります。
映画『老人ファーム』の感想と評価
老人ホームという「吹き溜まり」
老人ホームという場所における「介護」という仕事が、得られる報酬に対して余りにも過酷過ぎる労働環境と重過ぎる責任の中で行われていることは、すでに隠蔽のしようがない公然の事実として知られています。
しかしながら、その事実、すなわち超々高齢社会とされる日本における深刻な問題が改善される兆しはなく、現在もその事実は現状として存在しています。
超々高齢社会という問題を「誰か」が放置し、そのようにした責任を転嫁し続けた結果、老人ホームという現場へとその責任が流れ着く。
或いは「誰か」に放置され続けた高齢者たちが、老人ホームへと流れ着く。それは、死を間近に控える生命がそこへ流れ着いたことをも意味します。
流れ着いた責任が、死を控える生命が流れ着く空間。それはまさに「吹き溜まり」なのです。
故郷=地方という「吹き溜まり」
映画『老人ファーム』で描かれている「吹き溜まり」は、主人公の和彦が働く老人ホームだけではありません。
そもそも、和彦が帰ってきた故郷そのものが、「吹き溜まり」と言えるのです。
母親が病気になる前、和彦は元々故郷から遠く離れた土地で暮らしていました。
その彼が戻ってきた故郷は、そこで暮らす人々の雰囲気をはじめ、どこか閉塞感に満ちています。
故郷、言い換えれば地方では、人口の減少やそれに伴う経済の衰退などといったやはり深刻な問題に溢れています。その主な原因の一つに、「首都圏」を代表とする巨大な都市生活・経済圏への過剰な人口集中があります。
退廃すら現れつつある過度な繁栄が都市にもたらされている一方で、人口減少という皺寄せが地方へと流れ着き、都市での生活が困難になった者たちも、そこへ流れ着き留まるようになる。
繁栄の代償。それを都市に暮らす「誰か」が払わなかったために、地方へと流れ着く。
老人ホームという「吹き溜まり」がある地方という空間そのものが、巨大な「吹き溜まり」として存在するのです。
ダムという「吹き溜まり」
そして、「吹き溜まり」という空間をより象徴的に表してるのが、劇中で映し出される大きなダムです。
ダムは人為的に河川や湖の水を堰き止めて貯水し、必要となった際に水を適宜放流する施設です。
水を堰き止め、そこに留める。それは、水が不可欠な人間社会を成立させるために作られた、人工の「吹き溜まり」なのです。
また、人間などあらゆる生命を生かしてくれる水は生命の象徴であり、そんな水を留めるダムは、老人ホームと同様に生命の「吹き溜まり」でもあるのです。
「吹き溜まり」に訪れる「決壊」
本作で描かれている様々な「吹き溜まり」をこれまで取り上げましたが、最後に取り上げたダムは、「吹き溜まり」という性質だけでなく、もう一つ別の性質が劇中にて描かれています。
それは「解放」、いえ、「決壊」という性質です。
ダムから水が放流される際、その量は必要分に制限され、全ての水が一気に放流されることはほぼありません。
しかしながら、ダムから「全ての水が一気に放流される」光景を見ることができる瞬間は少なからずあります。それは、ダムが「決壊」する瞬間に他なりません。
ダムという「吹き溜まり」そのものが崩壊してしまうものの、そこに留められていた全ての水は「吹き溜まり」から放たれる。「決壊」とは、崩壊という痛みを伴う「解放」の瞬間でもあるのです。
映画『老人ファーム』の物語においても、崩壊という痛みを伴う「解放」、すなわち「決壊」の瞬間が訪れます。
その瞬間が観客たちにもたらすのは、快楽のみを与える単純なカタルシスなどではなく、「自己」という感情の「吹き溜まり」を省みるための一片の勇気なのです。
三野龍一監督、「Mino Brothers」とは
本作を監督した三野龍一(左)と脚本を担当した三野和比古(右)
三野龍一監督は1988年生まれの香川県出身。
京都造形芸術大学映画学科を卒業後、助監督として映画・テレビドラマの現場に参加して経験を積みます。
「Mino Brothers」とは、監督が自身の実弟である三野和比古と共に結成した映画制作ユニットであり、兄が監督を、弟が脚本を担当しています。
映画『老人ファーム』は、兄弟にとって初の長編監督・脚本作品にあたります。
まとめ
「吹き溜まり」という空間とそこに溜まってゆく諸問題や人々を描く中で、その先にある「決壊」の瞬間を劇的に捉えようとした映画『老人ファーム』。
その「決壊」の瞬間とは具体的にどのようなものなのか。またその瞬間に至るまでに、一体何が起きたのか。
その答えは、ぜひ劇場に赴いてお確かめ下さい。
映画『老人ファーム』は、4月13日(土)から4月26日(金)にかけて、渋谷ユーロスペースにて劇場公開されます。
次回の『シニンは映画に生かされて』は…
次回の『シニンは映画に生かされて』は、2019年4月5日(金)より公開中の映画『Be With You 〜いま、会いにゆきます』をご紹介いたします。
もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。