連載コラム『シニンは映画に生かされて』第15回
はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。
今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。
第15回にてご紹介する作品は、主演・草彅剛×監督・市井昌秀の話題作『台風家族』。
一筋縄ではいかないダメ家族が巻き起こす騒動を、皮肉、悲哀、そして愛と希望をもって語ろうとする、“普遍的”なファミリードラマです。
CONTENTS
映画『台風家族』の作品情報
【公開】
2019年9月6日(日本映画)
【原作】
市井点線
【脚本・監督】
市井昌秀
【主題歌】
フラワーカンパニーズ「西陽」(チキン・スキン・レコード)
【キャスト】
草彅剛、MEGUMI、中村倫也、尾野真千子、若葉竜也、甲田まひる、長内映里香、相島一之、斉藤暁、榊原るみ、藤竜也
【作品概要】
銀行にて現金強奪をしたのちに行方をくらましてしまった両親の仮想葬儀、そして財産分与のために実家へと集う家族の顛末をブラックユーモアたっぷりに描いたファミリーコメディ。
本作の原作(妻との共同名義「市井点線」として小説を発表)、脚本、監督を務めたのは『無防備』『箱入り息子の恋』で知られる市井昌秀。本作の物語は市井監督が構想から12年間温めてきた“両親の思い”を形にしたものでもあります。
そして主演を務めるのは、映画・ドラマ・演劇と多岐に渡って活躍する俳優の草彅剛。2017年に新たなスタートを切り、その活動展開は常に注目の的を浴びています。
さらに草彅と共演するキャストには、尾野真千子、MEGUMI、中村倫也、榊原るみ、藤竜也など、豪華キャスト陣が並びます。
映画『台風家族』のあらすじ
2000万円の銀行強奪をし、一時世間を騒がせた鈴木一鉄とその妻・光子の夫婦。
2018年夏。その事件から10年、事件後行方不明になった両親の仮想葬儀と財産分与を執り行うために、鈴木家のきょうだいは実家へと集まることを決めました。
鈴木家の長男であり、妻の美代子と娘のユズキを引き連れ10年ぶりに実家に帰ってきた小鉄は、どんな仕事も長続きしない、忍耐力の無い男でした。
しばらくすると長女の麗奈が、遅れて次男の京介がやってきました。
そして、見せかけだけの葬儀が始まります。
居間の中には大きな空っぽの棺が2つだけ。
ところが、待てど暮らせど末っ子の千尋はやって来ません。
とうとう葬儀が終わった時、実家のインターホンが鳴ります。しかし、ドアの外には千尋ではない男が立っていて…。
“外側の物語”の介入がもたらす真実
「銀行強盗をしでかしたのちに失踪した両親の仮想葬儀と財産分与のために、残された子どもたちとその家族・縁者が今は空き家となっている実家へと集う」。
その設定ゆえに、本作の物語の大半は鈴木家の実家内で展開されてゆきます。
さらに台風という自然現象によって鈴木家の人々は実家に残ることを強いられ、ただの一軒家が半ば密室といえる状態にさえ変化します。
「台風によって密室となった空間で物語が展開される」と聞き、相米慎二監督の映画『台風クラブ』(1985)を連想された方は少なくないと思いますが、そんな“一筋縄”では済ませないのが、映画『台風家族』です。
半密室劇で展開されてゆく物語に対し、脚本も執筆した市井昌秀監督はとても辛味の効いたスパイスを一つまみ入れています。
それが、中村倫也演じる鈴木家の三男・千尋がしでかす“あること”です。
その“あること”をきっかけに、半密室にして一家族にとっての“内側の物語”の舞台である鈴木家へ、鈴木家の外で同じ時間を進み続けている“外側の物語”が介入してきます。
“外側の物語”の介入を可能とするギミック。それが“あること”を物語に登場させた理由であり、ただの半密室劇では済まない映画『台風家族』の魅力と市井監督の妙の一部分でもあるのです。
そして“外側の物語”の介入は、「鈴木家の財産分与を巡る騒動」という“内側の物語”の不毛さを皮肉たっぷりに鈴木家の人々へと伝えます。
その一方で、「そもそも、両親はなぜ銀行強盗なんてバカな真似をしでかしたのか?」という残された鈴木家の人々が深く探ることを避けてきた真実、“内側の物語”に生き続けてきたがゆえに触れることができなかった真実も、“外側の物語”の介入によって明らかになってゆくのです。
では、“あること”の正体、そして「“外側の物語”の介入」の全容とは。それは劇場にて本作を楽しみつつも、ご自身の目でお確かめください。
“内側の物語”にいても見えない真実
そして、“内側の物語”に生き続けてきたがゆえに触れることができなかった真実とは、両親の銀行強盗と失踪の理由だけではありません。
それは、草彅剛演じる主人公・小鉄の実像もまた同様です。
性格に難があるために仕事は長続きしないが、失踪した父・一鉄(藤竜也)と同じくらい金に汚い小鉄。長男として失踪した両親の仮想葬儀を執り行い、財産分与も取り仕切るのも、遺産を少しでも多く手に入れたいからに過ぎません。
また父・一鉄が営む葬儀社の家業を継ぐのを拒み、俳優という夢を叶えるために上京したにも関わらず結局その夢を諦めてしまったことを、出ていった彼の代わりに家業を手伝わされた弟や妹たちからは根に持たれている始末。
そのあまりのクズっぷりは、鈴木家の子どもたちの中でダントツと言えます。
実の娘であるユズキからは嫌われ、「自立しなよ」と諭されてしまう場面もある小鉄。それでも自身のクズっぷりに対し開き直り、誰よりも遺産を手に入れようと躍起になります。
ここまで来るとどこまでも救いようのない人物像ですが、それはあくまで、鈴木家という“内側の物語”に生きている人々から見た小鉄像に過ぎません。
「“内側の物語”に生きているからといって、“内側の物語”を把握しているとは限らない」。それはそのまま「家族だからといって家族のことを把握しているとは限らない」と言い換えることができます。
小鉄はどうして金に汚いのか。どうして俳優という夢を諦めてしまったのか。
その真実を知った瞬間、小鉄という人間が良くも悪くも“人間らしい”こと、そしてのちに明かされる両親の真実を併せて知ることで、長男・小鉄と父・一鉄があまりにも“似た者同士”な“親子”であることに気づくのです。
市井昌秀のプロフィール
1976年生まれ、富山県出身。
漫才コンビ「髭男爵」の元メンバーであり、関西学院大学に在籍していた頃から芸人を目指し活動を続けていました。しかし1999年に「髭男爵」を脱退。やがて劇団「東京乾電池」に入団し、研究生として約一年間俳優として活動しました。
その後映画製作を学ぶためにENBUゼミナールへ入学。2004年に卒業すると、2005年に『隼』が第28回PFFで準グランプリと技術賞を、2007年に『無防備』が第30回PFFでグランプリと技術賞とGyao賞、第13回釜山国際映画祭・新人監督作品コンペティション部門で最高賞(ニュー・カレンツ・アワード)を受賞するなど、一躍注目の映画監督となります。
2013年には、ミュージシャンにして俳優としても活躍する星野源の初主演を飾った『箱入り息子の恋』を監督。同作にて第54回日本映画監督協会新人賞を受賞しました。
今回監督した映画『台風家族』では、妻であり女優の今野早苗との共同ペンネーム「市井点線」で小説『台風家族』を発表。映画の劇場公開を後押ししました。
まとめ
「実家に執り行われる、失踪した両親の仮想葬儀と財産分与」という設定に基づく半密室劇。
家族という“内側の物語”を強調する物語構成を取りながらも、そこに家族以外の第三者という“外側の物語”を介入させることによって、“内側の物語”に生きているがゆえに見えない、或いは触れられない真実を明らかにしてゆきます。
けれども、その物語構造は決して特殊なものではありません。
「“内側の物語”における真実が“外側の物語”の介入によって解明される」と言えば小難しいことのように聞こえますが、「家族だから分からないこと、触れられないことがある」「けれども、“家族以外の誰か”という些細なきっかけが、家族と向き合う時間を作ってくれる」と言い換えれば、それは途端に普遍的な家族の物語となるのです。
市井監督は本作の公開に際してのインタビューにて、以下の言葉を述べています。
市井家には、台風にまつわる重要な思い出があるんです。
僕が小学生の頃、実家のカーポートが大型台風によって丸々吹き飛び、それが電線に引っかかって周囲が停電になるという事件がありました。じきに台風が去った後、なぜかはしゃいでしまった市井家の四人は真夜中にも関わらず家を飛び出し、50メートル走などをみんなでワイワイやったんです。その思い出を鮮明に覚えていたことから、家族と台風をつなげた作品を描きたいと思い始めたんです。
(「Cinemarche」市井昌秀監督インタビュー記事より抜粋)
市井監督にとっては、台風という自然現象もまた普遍的な家族の物語の一部であり、「映画『台風家族』の12年間にわたる構想期間」という家族と向き合う時間を作ってくれたきっかけだったのです。
一癖も二癖もある家族たちの、一風変わった遺産騒動の物語。ですがその正体は、市井監督が12年の年月を経てついに完成させた、普遍的な家族の物語です。
だからこそ、本作を鑑賞する多くの人々に笑い、涙、そして一味違う感動をもたらしてくれるのでしょう。
映画『台風家族』は2019年9月6日(金)より全国ロードショー公開中です。
次回の『シニンは映画に生かされて』は…
次回の『シニンは映画に生かされて』は、2019年9月13日(金)より公開の映画『ある船頭の話』をご紹介します。
もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。