連載コラム『シニンは映画に生かされて』第11回
はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。
今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。
第11回にてご紹介する作品は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『フォレスト・ガンプ 一期一会』で知られる世界的巨匠ロバート・ゼメキス監督の最新作『マーウェン』。
ヘイトクライム(憎悪犯罪)によって心と身体に深い傷を負いながらも、“フィギュアの写真撮影”という空想と創作の行為によって立ち直ろうとした実在の写真家マーク・ホーガンキャンプの半生を描いたヒューマンドラマです。
CONTENTS
映画『マーウェン』の作品情報
【公開】
2019年7月19日(アメリカ映画)
【原題】
Welcome To Marwen
【監督】
ロバート・ゼメキス
【脚本】
ロバート・ゼメキス、キャロライン・トンプソン
【キャスト】
スティーヴ・カレル、レスリー・マン、ダイアン・クルーガー、メリット・ウェバー、ジャネール・モネイ、エイザ・ゴンザレス、グウェンドリン・クリスティー、レスリー・ゼメキス、ニール・ジャクソン
【作品概要】
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『フォレスト・ガンプ 一期一会』『ザ・ウォーク』で知られるロバート・ゼメキス監督の最新作。
ジェフ・マルムバーグ監督のドキュメンタリー『Marwencol(現代:マーウェンコル)』で取り上げられた写真家マーク・ホーガンキャンプの知られざる実話を劇作品として映画化したヒューマンドラマです。
また主演は、ゼメキス監督と同様にマルムバーグ監督のドキュメンタリーを見たことで自ら出演を申し出たというスティーヴ・カレルが務めています。
映画『マーウェン』のあらすじ
バーからの帰り道、5人の若い男たちに暴行を受け瀕死の重傷を負ったマーク・ホーガンキャンプ(スティーヴ・カレル)は、脳の障害と襲撃に対する重度のPTSDを患ってしまいました。
まともな治療も受けられなかった彼は、セラピーの代わりにフィギュアの撮影を始めます。
自宅に築かれた空想の街「マーウェン」では、G.Iジョーのほーギー大尉と5人の美しいバービー人形が、絶えず街を襲撃しようとするナチス親衛隊との戦闘に日々を費やしていました。
マークの撮影した写真は近隣の人々の理解と協力という援助によって評価され、やがて個展が開かれることになりました。
マーウェンのおかげで戦う勇気を得られたマークは、これまで避けていた暴行事件の裁判で証言しようと決意しますが…。
ロバート・ゼメキス映画の集大成
参考映像:ジェフ・マルムバーグ監督『Marwencol(現代:マーウェンコル)』予告編
ゼメキス監督はマルムバーグ監督のドキュメンタリー『Marwencol』を観終わらないうちに長編劇映画のアイデアが浮かび、すぐに映画化権の取得をユニバーサルの会長ドナ・ラングレーに依頼したと言います。
彼は劇映画である本作の中でマークの半生を描く一方、フィギュアたちをCGによって動かし、空想の街「マーウェン」の物語もともに映画化しました。
ゼメキス監督はその理由について、ドキュメンタリーにおいてマークが自身が撮影した写真の中で起こっている緻密な物語を自ら語る場面に触れています。
写真の一枚一枚を連続して繋げて観せられる映画ならば、マークが語らずともフィギュアたちの物語を知ることができる。
その上で、「彼が創造した世界を基に、人形たちに“生”を与えて彼らに何が起こっているのかを表現したら、パワフルで壮大な、今まで見たことがない映画が誕生すると思った」と、ゼメキス監督は語っています。
「今まで見たことがない映画」を生み出すため、ゼメキス監督は最高のスタッフ陣とともに徹底的にこだわりを追求しました。
キャスト陣の顔と身体をスキャンしたデータを基に3Dデザインを行い、さらにそのデザインされたデータを基に精巧なフィギュアを製作。「キャスト陣の人間性を失うことなく本質を捉え、しかしフィギュアとしての人形らしさは失われていない」という本作に相応しいフィギュアによって撮影を行われました。
またフィギュアたちの動作はキャスト陣のモーション・キャプチャーによって撮影。さらにフィギュアたちの表情は、事前に撮影したキャスト陣の顔をフィギュアの顔にデジタル処理によって貼り付けることで表情による豊かな感情表現を実現。「マーウェン」で暮らすフィギュアたちにより明確な“生”を与えました。
CG技術を用いた映像表現の追求。それは本作のみならず、ゼメキス監督が自身のフィルモグラフィーの中で連綿と継続してきた命題でもあります。
映画『マーウェン』は写真家マーク・ホーガンキャンプとそのドキュメンタリー『Marwencol』に触発されて制作された作品ではありますが、その全容はCG技術を用いた映像表現を追求し続けてきた巨匠ロバート・ゼメキス監督がこれまで築き上げてきた成果の集大成的作品でもあるのです。
“赦し”を自らの手で見つけ出す物語
映画の終盤において、マークの分身的存在にして「マーウェン」に暮らす軍人のフィギュアであるホーギー大尉は、「マーウェン」内に建つ教会にて、マークがその存在に怯え続けていたナチス親衛隊の将校と対決します。
それ以前の場面でも、ナチス親衛隊の兵士たちの手によって拷問部屋と化すなど、教会はホーギー大尉にとって因縁深い場所です。またホーギー大尉が拷問されている理由について、マークは「人と違うから」とだけ答えます。
マークは女性用ハイヒールを収集していること、それを履くことがあることを酒に酔った勢いで明かしてしまい、それが原因で5人の男たちに暴行を受けた過去があります。
劇中にて、彼は周囲の人々から、男たちが犯した罪は「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」であり、その罪を重罰によって償わせるためにも裁判で証言をすべきだと助言されます。しかし、マークはなかなか裁判に赴くことができず、一度は出席してもPTSDの発作が出てしまいました。
自身に与えられた傷に見合う、罰を他者に与えることができない。その理由を、劇中のマークは自身の抱える“依存”の象徴的存在であるフィギュア“ベルギーの魔女”に寄り添われながら語っています。
それは、「自分のせいだから」です。
男たちに暴行されたのも、その後ひとりぼっちになってしまったのも、全部自分のせい。自分が人と違うから。自分がおかしい存在だから。
マークは自身が深い傷を負った原因や自身に向けられた憎悪が生じた原因を、他者と異なる嗜好を持つ自己に見出してしまった。加害者が背負うべき罪を、自己に押し付けてしまったのです。
マークがホーギー大尉への拷問を教会のミニチュアセット内で撮影したのは、自己の内にある罪をより明確に描くためでしょう。そして、“憎悪”の象徴であるナチス親衛隊の将校との決戦の場にして、“依存”の象徴である“ベルギーの魔女”との訣別の場を教会にしたのも、自己に押し付けていた罪と戦い、訣別するためだったのです。
ここで重要なのは、マークはあくまで、「マーウェン」とホーギー大尉などそこで暮らすフィギュアたちの物語の中で、自己に押し付けてしまった罪と戦い訣別した点にあります。
それは、彼が他者との関係性に依存したことで導かれた決着ではなく、空想の街「マーウェン」という創造された別の自己を通して辿り着いた決着であることを意味しています。
自己を癒し、自己の罪を赦すのは、他者ではなく自己である。
その素晴らしい実例を、マークと「マーウェン」が辿り着いた決着が示しているのです。
そして、その自己による自己との決着には、その過程において他者との関わりが不可欠であった。社会的存在である人間の心にとって最も大切と言えるその真実を、マークは改名した街の名によって観客たちに伝えます。
その改名された街の名とその由来については、ぜひ劇場にてご確認ください。
ロバート・ゼメキス監督のプロフィール
1951年生まれ、アメリカ・シカゴ出身。
南カリフォルニア大学スクール・オブ・シネマティック・アーツを卒業し、友人で脚本執筆のパートナーでもあったボブ・ゲイルとともにスティーブン・スピルバーグのアシスタントとして働き始めます。
1973年、スピルバーグ製作総指揮のもと『抱きしめたい』で長編監督デビュー。その後も『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』(1984年)『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作(1985~90年)『ロジャー・ラビット』(1988年)と大ヒット映画を続々と監督し、ハリウッドきってのヒットメーカーとなります。
1990年代に入るとプロデュース業にも進出。自身の監督作である『永遠に美しく…』(1992年)のほか、ピーター・ジャクソン監督の『さまよう魂たち』(1996年)などで製作を務めました。
1994年の『フォレスト・ガンプ 一期一会』ではその年のアカデミー賞作品賞と監督賞を受賞し、主演のトム・ハンクスにもオスカー賞の受賞をもたらしました。
再びハンクスとタッグを組んだ2000年の『キャスト・アウェイ』『ホワット・ライズ・ビニース』を監督したのち、『ポーラー・エクスプレス」(2004年)『ベオウルフ 呪われし勇者』(2007年)『Disney’s クリスマス・キャロル』(2009年)といった作品の制作を通してモーション・キャプチャーによる映像表現を追及しました。
2012年の『フライト』で久々に実写映画を監督。その後も『ザ・ウォーク』(2015年)『マリアンヌ』(2016年)と実写映画をを撮り続けてきました。
まとめ
ロバート・ゼメキス監督は、本作の主人公にして写真家のマーク・ホーガンキャンプの作品について以下のように語っています。
ホーガンキャンプの物語は人生を生き抜くための強い意志を語っていた。私たち誰もが生きるための苦しみを抱えていて、苦しみを癒すのは普遍的なテーマだ。彼が経験したほど深刻な苦闘は滅多にないかもしれないが、誰もが自分自身を癒す必要性を理解している。彼は人生の最も苦しい期間に終止符を打つために、苦悩を表現する必要があった。それは芸術の重要な目的の1つで、彼はそれを写真という方法を使って表したが、私は彼がそうしなければならなかった理由が深く理解できる。誰もが芸術で自分を表現することによって癒しを得ることができるんだ。
(映画『マーウェン』パンフレットより抜粋)
自らの苦悩を何かで表現することで、自己の心を癒す。それはたとえ芸術という形式でなかったとしても、誰もが経験していることでしょう。
そして、ゼメキス監督のマークが写真という方法によって表現した理由への深い理解は、監督自身もまた、写真の血を引き継いで生み出された映画という方法によって表現を続けてきた理由と重なるのでしょう。それを踏まえると、映画『マーウェン』はマークの伝記的映画であると同時に、映画監督ロバート・ゼメキスの半自伝的映画でもあるわけです。
ゼメキス監督は、映画によって自身のどのような苦悩を表現し、自らの心を癒してきたのか。
その答えは、彼の最新作にして集大成でもある本作を観ることで理解できるのではないでしょうか。
映画『マーウェン』は2019年7月19日より全国ロードショー公開です。
次回の『シニンは映画に生かされて』は…
次回の『シニンは映画に生かされて』は、2019年7月26日(金)より公開の映画『よこがお』をご紹介します。
もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。