連載コラム「山田あゆみのあしたも映画日和」第5回
今回ご紹介するのは、『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』です。
大飯原発の運転差し止め判決を下し、現在は退官して脱原発を訴える活動に注力している樋口英明さんが出演。
さらに被災地福島の農家の人々、環境学者の飯田哲也さんらが登場し、脱原発について、そしてエネルギー自活・自給の話へと展開するドキュメンタリー映画です。
それでは、本作の見どころについて解説していきます。
CONTENTS
映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督】
小原浩靖
【キャスト】
樋口英明(元裁判長)、河合弘之(弁護士)、近藤恵(二本松営農ソーラー)、飯田哲也(環境学者)
【作品情報】
監督・企画・製作を務めたのは小原浩靖。TV-CMを中心に企業プロモーションなどの映像広告を手がけ、作品数は700本を超えます。
2020年『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』ドキュメンタリーを初監督し、第26回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、第38回日本映画復興賞奨励賞を受賞。
主題歌を務めたのは白崎映美。JAL沖縄キャンペーンCM、映画『平成狸合戦ぽんぽこ』の音楽、シンディ・ローパーのアルバム及び武道館ライブ参加、海外ツアー等で支持を集めています。
東日本大震災を経て、東北、福島さいいこといっぺこい!「白崎映美&東北6県ろ~るショー!!」を結成。
2014年1stアルバム『まづろわぬ民』リリースし、ロック、歌謡、民謡と形にとらわれないスタンスで精力的にライブ展開中。近年は舞台、映画やTV出演、執筆などで活動の場を広げています。
映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』のあらすじ
2014年。 関西電力大飯原発の運転停止命令を下した樋口英明 福井地裁元裁判長は、定年退官を機に日本のすべての原発に共通する危険性を社会に説く活動をはじめました。
それは、原発が日本で頻発する地震に耐えられない構造であることを指摘するシンプルかつ、誰もが分かる揺るぎない “樋口理論” でした。
そして、日本中の原発差止訴訟の先頭に立つ弁護士・河合弘之は、この“樋口理論” をもって新たな裁判を開始。
逆襲弁護士の異名をとる河合と元裁判長 樋口がタッグを組んで挑む訴訟の行方はいかに!
一方、 被災地福島では放射能汚染によって一度は生業を離れた農業者・近藤恵が農地上で太陽光発電するソーラーシェアリングに農業復活の道を見出します。
近藤は、 反骨の環境学者・飯田哲也の協力を得て東京ドームの面積を超える日本最大級の営農型太陽光発電農場を始動させます。
福島で太陽光発電農業を実践する農業者たちは口々に言う、 「原発をとめるために!」と。
脱原発への確かな理論と実践、 被災から立ち上がる不屈の魂、そして若き農業者たちのふるさとへの思い。
原発事故11年目の今、 エネルギー映画の決定版が誕生しました!
映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』感想と評価
映画から考える日本の未来
2022年7月14日(木)に岸田文雄首相が、今冬の電力需給のひっ迫に備えて、最大で9基の原発を稼働する方針を表明しました。
確かに、電力のひっ迫は大きな問題として、私たちの実生活に影響を及ぼしています。しかし、原発事故から11年。あの時の悲劇はまだ多くの人の脳裏に焼き付き、その被害によって以前の暮らしを失った人々がいるというのも事実です。
このタイミングで『原発を止めた裁判長 そして原発をとめる農家たち』が、9月10日(土)に公開されます。
これは、原発をとりまく現状を、タイトルの通り「裁判長」と「農家たち」の2つの視点から描いたドキュメンタリー映画です。
裁判や原子炉の構造などについては、難しいように思えますが、本作は専門用語を並べ立てるようなことは一切ありません。
専門知識や予備知識がなくても分かる表現をしているのが大きな特徴といえます。
原発再稼働に反対の人も、賛成の人も、今必要なのは、自ら多様な情報を得ること、そして、わたしたちが暮らす日本の未来について考えることです。
テレビや新聞、ネットニュースやYouTubeなど、情報収集する方法は人によって違いますが、映画館はネットを遮断し集中することができる特殊な環境です。
90分に凝縮された情報を得るのはとても効率的であり、自分とは遠い存在だと思っていた物事について、深く考えるきっかけになるはずです。
シンプルかつ明快な「樋口理論」
本作には、タイトルになっている「原発をとめた裁判長」である樋口英明さんが登場します。
2014年に福井県の大飯原発の運転差し止め判決を下し、翌年に高浜原子力発電所の再稼働差し止め仮処分を決定した裁判長です。
樋口氏が原発を止めるべき根拠としている「樋口理論」について、知っている人はどれくらいいるでしょうか。
本作では、グラフを使って説明されているのもあり、とても単純明快な理論だと分かります。
この理論は、原発の耐震性の低さからくる危険性を指摘しています。
簡単に説明すると、「日本の原発の耐震性は700ガルで設計されているものの、日本では700ガル以上の地震が、過去20年に30件以上起きている。よって安全性が保証できないので原発を止めよう」というものです。(※ガルとは地震の観測地点での振動の激しさを表したものです。)
例えば、3.11東北地方太平洋沖地震の揺れの大きさは2933ガル。これに対して事故を起こした福島第一原発1~6号機の耐震設計は600ガルでした。
2007年の新潟県中越沖地震の揺れの大きさは1018ガル。これに対して、3000箇所以上の故障によって運転不能となった柏崎刈羽原発1~7号機は450ガルでした。
ちなみに、ハウスメーカーの耐震設計は三井ホームで5115ガル。住友林業で3406ガルです。
住宅よりも低い耐震性というのも驚きですが、刈羽原発の耐震設計は2018年に1209ガルに引き上げられ、全国の原発の耐震設計が全て引き上げられていることにも注目すべき点だといえます。
住宅と違って耐震テストを行えない原発は、コンピューターのシミュレーションによって耐震設計が定められています。
樋口氏は「老朽化するに従って、耐震性が上がっていることが極めて不思議で怪しい」と訴えます。
この樋口氏の訴えやシンプルな「樋口理論」は、地震が頻発する日本において耐震性の低い原発を再稼働することに対する危機感を、私たちに投げかけています。
まとめ
原発に関する理論や司法についてだけでなく、「ではどうやってエネルギーを補うのか」という部分について、エネルギー自給へと展開するのが、本作の特徴であり最大の見どころです。
福島県二本松でソーラーシェアリング事業に取り組む、株式会社Sunshineの代表の近藤さん、有機農家の大内さんをはじめ複数の農家の人々が原発事故当時の体験やソーラーシェアリングへの熱意を語ります。
ソーラーシェアリングとは、畑の作物の上にソーラーパネルを設置することで、作物は日光の力で育ち、ソーラーパネルは太陽光で電力を生み出す。農家が土地を有効活用し、電力を販売する事業のことです。
原発事故によって、放射性物質を浴びた作物を抱えて大打撃を負った農家が、苦境を必死に乗り越え、今度は再生可能エネルギーのために取り組む姿は、根気強さと熱意にみなぎっています。
脱原発を進めることと、原子力に代わるエネルギーを見出すことは切り離して考えられません。
原発の被害を受けた人々の多くは脱原発を叫んでいます。しかし、原発の問題は彼らだけの問題でも、原発が置かれている地域だけの問題でもありません。
電力エネルギーの恩恵を受ける今の時代を生きる私たちの問題であり、これからの時代、未来に対する責任だと思います。
この作品を見た後に、原発再稼働に賛成派の意見も調べ、双方の主張を調べて知ることも大切です。偏ることなく事実を知ることは、自分とこれからの日本を守る上で大切なことなのです。
『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』は2022年9月10日(土)、ポレポレ東中野ほか全国順次公開。
山田あゆみのプロフィール
1988年長崎県出身。2011年関西大学政策創造学部卒業。2018年からサンドシアター代表として、東京都中野区を拠点に映画と食をテーマにした映画イベントを計13回開催中。『カランコエの花』『フランシス・ハ』などを上映。
好きな映画ジャンルはヒューマンドラマやラブロマンス映画。映画を観る楽しみや感動をたくさんの人と共有すべく、SNS等で精力的に情報発信中(@AyumiSand)。