連載コラム『タキザワレオの映画ぶった切り評伝「2000年の狂人」』第2回
ソウルの女王と呼ばれた伝説の歌姫、アレサ・フランクリンの半生を描いた映画『リスペクト』(2021)。
生前のアレサから直接指名されたジェニファー・ハドソンが演じ、グラミー賞受賞歌手としての実力とアカデミー助演女優の演技力とで圧巻のパフォーマンスを披露。
本編を彩る名曲の数々とともに描かれるヒット曲誕生の裏や彼女の人生に纏わる試練の連続とは一体何だったのか。
前回に引き続き、今回も公民権運動が社会現象として世界を変えた1960年代を描いた話題作を取り上げます。
2021年11月5日(金)から公開された映画『リスペクト』を「伝記映画あるある」や「アレサを象るテーマ」を踏まえてご紹介します。
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映画『リスペクト』の作品情報
【公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
Respect
【監督】
リーズル・トミー
【出演】
ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、オードラ・マクドナルド、メアリー・J・ブライジ、マーク・マロン、タイタス・バージェス、ヘイリー・キルゴア、セイコン・セングロー、ヘザー・ヘッドリー、スカイ・ダコタ・ターナー
【作品概要】
監督を務めたのは舞台版『アナと雪の女王』(2018)の演出やテレビドラマ『ウォーキング・デッド』(2010)や『ジェシカ・ジョーンズ』(2015)のエピソード監督で知られるリーズル・トミー。
ローリング・ストーン誌が選ぶ「史上最も偉大な100人のシンガー」の第1位に選ばれたソウルの女王、アレサ・フランクリンを演じたのは、『ドリームガールズ』(2006)でアカデミー賞助演女優賞を受賞したジェニファー・ハドソン。
アレサの父親C.L.フランクリンをフォレスト・ウィテカー、支配的な夫テッド・ホワイトを『最終絶叫計画』(2000)シリーズで知られるマーロン・ウェイアンズ、「ブルースの女王」ダイナ・ワシントンをR&B歌手、メアリー・J.ブライジが演じています。
映画『リスペクト』のあらすじとネタバレ
1952年のデトロイト。
10歳にして、まるで30代のような落ち着いた歌声で人々の心を虜にする少女がいました。
彼女の名はアレサ(リー)・フランクリン。
説教師として有名な牧師の父、クラレンスが夜ごと自宅で開くパーティや教会の礼拝で歌うアレサは、天才少女として知られていました。
そんなアレサの唯一の悩みは、父と別居中の母と思うように会えないこと。
幼いアレサは、別居の理由について理解していなかったものの、母、バーバラと歌うことに幸せを感じていました。
バーバラが心臓発作で急死したのは、アレサが12歳の時のことでした。
あまりのショックに言葉を失い、悪い虫に心を支配されてしまう彼女に対し、クラレンスは厳しく接します。
1959年、アレサはクラレンスの指示に従い、教会をまわるツアーで歌っていました。
その後もクラレンスの命令によって念願の歌手デビューをコロンビア・レコードから果たします。
しかし、やりたいことのはっきりしないアレサのレコードは全くヒットしませんでした。
会社から要求されたのは、表現の幅をアピール出来るジャズ色の強い曲ばかりで、それはアレサの才能が十分に発揮できるものではなかったのです。
そんな時、アレサはレコーディングを行なっているニューヨークにてテッドと再会を果します。
以前、フランクリン家のパーティによく出入りしていたテッドにアレサは心を惹かれていたものの、クラレンスからは関わるなと忠告されており、2人は父親に内緒で仲を深めていきました。
人生の選択を父親に左右され続けてきたアレサはテッドを実家に連れて帰り、「テッドをマネージャーにしたい」とクラレンスに訴えるも、激怒したクラレンスに縁を切られてしまいます。
1966年、テッドとの結婚生活を始めたアレサは彼の尽力で、アトランティック・レコードに移籍。
しかし、テッドはレコーディングスタジオのオーナーとトラブルを起こし、アレサにも手をあげるようになっていきます。
テッドとの間に生まれた息子を抱え実家に戻ったアレサを彼女の家族は優しく迎えてくれました。
アレサが実家での生活に戻ってからしばらくして、アトランティックで手掛けたゴスペル色の強い『I Never Loved A Man (The Way I Love You)/貴方だけを愛して』が大ヒット。
それに続いて姉妹と共にオーティス・レディングの『Respect/リスペクト』をカバーしてスーパーヒットを記録。
アレサは一躍スターの座を手に入れます。
そんな中、心からの謝罪を表明したテッドとよりを戻したアレサは、もう一度彼にマネージメントを任せることにしました。
快進撃は続き、遂に「ソウルの女王」という称号を手にしたアレサ。
ところが、アーティストとしての方向性、社会運動参加への態度などアレサが自分の意見を通すようになると、テッドは彼女に対し支配的になっていきます。
アレサの人気が高まるほどに、テッドの態度は威圧的になり、1968年のヨーロッパ・ツアーの最中に決定的な出来事が起こります。
アレサに対し暴力を振るうテッドをタイム誌がスクープしたのです。
記事に対し怒り狂うテッドの姿を見て、遂にアレサは自分を信じる決意を固めました。
自分の“声”だけを信じ、パリの満員のステージに立ったアレサは、客席にいる夫を見据えて語ります。
「この曲を不当な扱いを受けている人に捧げます」と。
魂の叫びが溢れ出す『Think/シンク』の熱唱に、客席は興奮と熱狂の渦に飲み込まれていきました。
この時、「ソウルの女王」が誕生したのです。
映画『リスペクト』の感想と評価
半生の波瀾万丈を抽出する法則
雑なくくり方ですが、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005)や『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)『ロケットマン』(2019)など、代表曲をタイトルにしたミュージシャンの伝記映画の物語は7つのパートで構成されています。
(1)才能に恵まれながらも売れない下積み時代を過ごす
(2)自分の本当のやりたいことを見つける
(3)ヒットし賞賛を受ける
(4)トップスターになり更なるビジネスに着手
(5)支えてきてくれた人たちとの軋轢や衝突
(6)依存症や自堕落な私生活で身を滅ぼす
(7)初心に帰る
本作においてはこれを17〜29歳までのアレサに当てはめていました。
彼女の生涯について既に知っている人にとっては確認作業のようであり、伝記映画を見慣れている人にとっても次の展開が予想できる。
これはつまり、どれ位のタイミングで感動ポイント、泣かせにくるのかの予想がつくことを意味しています。
決して楽しめないわけではなく、初見時には「ここでその曲を使うのか」という驚きが残されており、持ち歌のテーマが物語の文脈に則している「答え合わせの快感」を味わうことが出来るのです。
60年代〜70年代の描き方
コメディ・セントラルのアニメ『サウスパーク』(1997)では、シーズン23のエピソード2にて⑸や⑹パートを「当人のセクシュアリティと安直に結びつける昨今の流行り」として揶揄していましたが、本作における該当パートでは女性である彼女が社会・家族から背負わさせる属性や責任とは社会構造の問題によるところが大きいとしていました。
半生を描く中で物語の背骨になるセンセーショナルなトピックは2つ。
1つ目は母親です。
本作冒頭の幼少期のエピソードでもアレサが別居状態の母親と一緒に住みたがっていること、歌うことを楽しんでいるのは母親の影響によるものだということが描かれています。
過剰な言い方にはなりますが、幼いアレサが常に人形を抱え大事そうに愛でているのは、彼女の母親を欲するマザーコンプレックスの現れと考えられます。
歌う機会や場所は父親によって与えられたものでしたが、歌う動機に関しては亡き母親と繋がるためであったことは、依存症から立ち直る母親の歌う『Amazing Grace』のシーンからも明白です。
また本作の物語は分かりやすいパターナリズムの否定、フェミニズム的に家父長制からの脱却を志向していません。
知られざるNASA職員の活躍を描いた『ドリーム』(2017)のような最近のトレンドとも言える、ポリティカリー・コレクトを主眼にしたアプローチはしていなかったのです。
オーティス・レディングのオリジナルをカバーしたアレサの『Respect』は女性解放運動のテーマ曲となりますが、この曲の完成は史実通り白人男性によるバックバンドとのセッション・レコーディングを通して行われたことが描かれます。
アレサのリードによってバックバンドが活気的になる様子から、それが黒人女性への偏見を払拭した演出として機能していると理解できますが、描写としてあっさりしていることは否めませんし、これが『ドリーム』(2017)のような、虐げられていた存在が見返す爽快感のようなものとして演出されていないことは確かです。
物語の結末として、父親と社会運動への参画などだ対立した挙句、ゴスペルへ復帰することで父親の作った居場所へ戻るという着地だけ見ると、父権主義に屈服したまま終わるように見えてしまいます。
マッチポンプな文章で恐縮ですが、これは掻い摘んだ言い方をしたせいでそう見えているだけで、クライマックスは彼女が立ち直る手前のシーンなのです。
本作で最も劇的かつ丁寧にエモーショナルを演出したシーンは『Amazing Grace』を歌う母親によって彼女が救われる場面。
演じるジェニファー・ハドソンも母親が悲惨な事件に巻き込まれた過去があるため、監督のリーズル・トミーは、最大限の配慮をして撮影に取り組んだと言います。
2つ目は性的虐待と信仰。
幼少時にアレサが受けた性被害は本作が意図的に回避した場面でもあります。
しかし伝記映画として、史実に対するある程度の誠実さゆえか、抽象的な描写に留めていました。
教会に行く準備を姉妹でしている中、アレサだけが「髪の毛をとかしたくない」と言います。
アフリカ系女性のアイデンティティの重要な部分を占める髪の毛を触られたくない、そのままにしておきたい気持ちと言うことを聞かないお仕置きを甘んじて受け入れようとするシーンが、前日の夜パーティに来ていた近所の男に何をされたかを物語っていました。
実際アレサは12歳で長男、クラランスを出産しています。
まだ幼い彼女のお腹が大きくなっているカットが画面に映るのは一瞬ですが、本作においてもそれだけで非常に強烈な印象を残しました。
10歳で母親を失った彼女がその2年後に自身母親になってしまうのは、信仰上中絶という選択肢が与えられていない不自由さが背景にあり、子どもが背負いきれない重荷を女性として生まれたことで背負わされてしまうことを意味しています。
大人になり歌手としてデビューしヒットした後も、アレサは父親、夫、レコード会社といった男性社会からモノとして扱われ続けるのです。
ここを掘り下げてもっと分かりやすい女性の自立を描く作品にするのも、アプローチとしては考えられていたことでしょう。近年の作品らしく政治色を押し出すことも出来たでしょうし、2021年に作られる映画としては、そちらの方が主流です。
しかし本作が描いた時代の政治的要素、彼女自身直接関わった社会問題はある程度意図して排していたと考えられます。
これは映画本編から逆算した仮説で、非常に誤解を招きかねない表現ですが、社会運動は片手間で出来るからでしょう。
アレサ・フランクリンは歌手としての活動と同等、またはそれ以上に社会運動家として熱心に活動し、現在におけるジェンダーの意識向上運動の礎となったほどの功績を残していますが、それら彼女の献身による偉業は、歌手としての運動と併行して成されたものです。
つまり社会運動の功績に焦点を合わせなかったのは、歌手としての活躍を描く方を優先したのと同時に偉大なる社会問題への功績とは、ハードコアにコミットせずとも成し遂げられることを意味しているのではないでしょうか。
ミュージシャンとして成功するために、父親、レコード会社の男性、そして夫に追従せざるを得ない前半の局面は社会構造の問題であるため、物語にカタルシスをもたらすような彼女を含む女性の社会的地位向上に直接紐付かないのです。
伝記映画としての脚色部分を加味しても、彼女が自力で権利を勝ち取る物語にし難い部分だったのでしょう。従って本作の印象として、昨今のポリティカリーコレクトネスやフェミニズムの潮流にあわせた作品の中では描写として控え目であったり、掘り下げが不十分に感じる箇所も大いにある作品でした。
しかし予告編でも使われていた『Think』を歌い、「ひもの紳士」と揶揄されていた支配的な夫からの脱却を遂げるシーンでは、テンションがジェットコースターのように上昇していく興奮と感動を覚えます。
まとめ
今回はアレサ・フランクリンの半生をジェニファー・ハドソンが演じた伝記映画『リスペクト』をご紹介しました。
人気曲の多いミュージシャンの伝記映画ならではの「ここでその曲を使うのか」という快感があり、歌のテーマと物語とがシンクロする感動と興奮は本作でしか出来ない楽しみ方です。
昨今のポリティカル・コレクトネスに則れば、父権制からの脱却をメインテーマにするだろうと予想されていましたが、それらは彼女の母親との関係性や社会運動における功績との兼ね合いにより意図的に廃されたのではないかと考えられます。
それゆえ両親の離婚によって離れ離れになった兄との関係性や出産、複数回の離婚など、波瀾万丈のパーソナルライフについて映画の方向性をブレさせないために排除ないし、回避したのでしょう。
どのような描き方をしたとしても、アレサ・フランクリンの功績は彼女だからこそなしえた偉業であることに変わりはあひません。
同年に公開されたドキュメンタリー『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』(2021)で描かれた1972年の教会でのライブをそっくり演じてしまうジェニファー・ハドソンの勇敢さは新しいアレサ像の更新を成し遂げました。
そしてエンドロールで流れる本人映像、2015年のケネディセンター名誉賞でのパフォーマンス『(You Make Me Feel Like)A Natural Woman』では劇中舞台から40年以上経った彼女の姿が映し出され、ハドソンが演じてきたアレサ像との答え合わせが行われます。
解釈は観た人に委ねられますが、本人が指名したという事実を除いても、ジェニファー・ハドソン以上にアレサ・フランクリンを演じられる役者はいなかったことが完全に証明されたラストでした。
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タキザワレオのプロフィール
2000年生まれ、東京都出身。大学にてスペイン文学を専攻中。中学時代に新文芸坐・岩波ホールへ足を運んだのを機に、古今東西の映画に興味を抱き始め、鑑賞記録を日記へ綴るように。
好きなジャンルはホラー・サスペンス・犯罪映画など。過去から現在に至るまで、映画とそこで描かれる様々な価値観への再考をライフワークとして活動している。