連載コラム『大阪アジアン映画祭2019見聞録』第6回
今や話題作に欠かせられない、実力と人気を兼ね揃えた俳優の井浦新が主演を務めた映画『嵐電』。
京都を物語の舞台に、鈴木卓爾監督が恋愛模様を幻想的に描いた本作は、5月24日より一般劇場公開を予定しています。
第14回大阪アジアン映画祭では、『嵐電』をオープニング作品として一足先に世界プレミア上映いたしました。
京都市街を走る路面電車をモチーフに、人と電車。そして時間と空間が交錯する3つの恋愛を紡ぐ映画『嵐電』をご紹介します。
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映画『嵐電』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【脚本・監督】
鈴木卓爾
【キャスト】
井浦新、大西礼芳、安部聡子、金井浩人、窪瀬環、石田健太、水上竜士
【作品概要】
鈴木卓爾監督が准教授を務める京都造形芸術大学映画学科と東映京都撮影所などと連携し、劇場公開映画を作る“北白川派”のプロジェクトの一貫として製作されました。
映画のタイトルである「嵐電」は、京都市内を走る路面電車・京福電気鉄道嵐山本線の通称です。沿線風景や路面電車からの眺めのほか、過去と現在、虚と実の間を行き来するさまざまな世代の男女の姿が描かれます。
今や実力と人気を併せ持つ井浦新が主人公の作家・平岡衛星を演じ、衛星の妻の斗麻子に劇団「地点」の安部聡子、ヒロインの小倉嘉子に『ナラタージュ』(2017)の大西礼芳、東京から来た俳優の吉田譜雨に『きらきら眼鏡』(2017)の金井浩人が扮します。
そのほかオーディションで選出された京都造形芸術大学映画学科の学生13名も出演します。
映画『嵐電』のあらすじ
夜更けに路面に線路が映り、古びた路面電車「嵐電」が駅に停車すると、二人の女性が車内に乗り込みます。
嵐電が闇の中に消えていくと、「最終電車が行ってしまったね〜、これから私たちの時間ね〜。今日はもう一本電車が通ることになっている〜キツネとタヌキが来る日だわ〜」という不思議な歌とともに一台の嵐電が暗闇から浮き上がり…。
次の朝、青いジャンバーの男が嵐電の横を歩いていきます。彼は鎌倉からやってきたノンフィクション作家の平岡衛星でした。
ゴミ置場で近所の人が挨拶を交わし、「嘉子ちゃん、お早う。行ってらっしゃい」。声をかけられた若い女性の小倉嘉子がゴミを出し、嵐電に向かって歩いていきます。
踏切近くの観光客たちが嬉しそうに向かいの広隆寺へ渡っていき、駅では8ミリカメラを持つ男子高校生の有村子午線が、嵐電を待ち構えています。
衛星は嵐電の走る線路のそばに部屋を借り、鎌倉にいる妻に電話を掛け「嵐電の近くにアパート借りた、3万円。風呂は寒いよ…」と呟きます。
衛星が小さな卓袱台にノートを広げ、嵐電にまつわる不思議な話の取材を始めると、「キツネとタヌキの電車に男女二人で乗ると、二人は別れることになる」という言い伝えを聞きます。
ある朝、カフェで働く嘉子は、お弁当作りを手伝い、太秦撮影所に他の女店員とお弁当を持って出かけます。
撮影所では映画リハーサルのため、東京から来た駆け出しの俳優・吉田譜雨がセリフの練習をしています。
見学している嘉子に「京都弁を相手になって、チェックしてくれませんか」と助監督から頼まれます。
はじめのうち嘉子は躊躇っていましたが、だんだんと真剣に指導し始めていきました。
一方、嵐電の駅では、いつものように8ミリカメラを手にした子午線が、嵐電を撮影しています。
衛星がなぜ嵐電をいつも撮影するのか尋ねると、「同じ型じゃなくて、色もマッピングも全然ちゃうよ」と子午線が嬉しそうに語りました。
青森から修学旅行で京都にやってきた高校生のグループが横を通り、その中にいた女子高生の北門南天が、子午線を見つめています。
その後、南天は子午線に夢中になり、友達と別行動をして何度も子午線に会いにやってきます。
夜アパートで、衛星は妻との思い出を回想。それは妻の斗麻子とかつて嵐電の街で過ごした日々でした。
ある日、子午線の高校に南天がやってきました。「転校してきた!」と南天は、子午線の教室で待っていました。
南天の真っ直ぐな想いに子午線は戸惑い、教室から出ていきます。二人で嵐電の駅に行くと、暗闇からあのキツネとタヌキの電車が現れます。
電車のドアが開くと、あの歌とともに人間の姿をしたキツネとタヌキが二人を招きます。
それから、嘉子は譜雨に直接京都弁の指導を頼まれ、撮影所に通うことになっていました。彼女は京都弁の指導でと言われながらも、譜雨から嵐山へデートに誘われます。
嘉子はいずれ東京に帰ってしまう譜雨に対して、自分が遊ばれているように感じ、自信がない思いをぶつけます。
逃げる嘉子を譜雨が追いかけながら駅に着くと、あのキツネとタヌキの嵐電の姿が現れます。
一方、衛星が夜ふと布団から起きると、横に斗麻子が寝ていました。
彼女はぎっくり腰で横になっていましたが、嵐電を見たいと起き上がるので、衛星が彼女を支え駅までゆっくりと歩いていきます。
駅に着くと、あのキツネとタヌキの嵐電がやってきました。
子午線と南天、嘉子と譜雨、そして衛星と斗麻子は、キツネとタヌキの電車に乗るのでしょうか…。
映画『嵐電』の感想と評価
「嵐電」というモチーフの魅力
映画冒頭の夜中に走行している嵐電は、いつの時代の風景なのだろうと一瞬錯覚するような映像かもしれません。
ストーリーが進むにつれて、敢えてアナログ的に映したものだと分かりますが、それでも嵐電そのものが、今の時代に実際の人を運ぶ交通機関として現役であるともにどこかで時代の趣を感じるのではないでしょうか。
それはなんといっても、レトロなブリキの玩具のような車体が印象的だからでしょう。
嵐電の車内に入ると一両の車体に左右長椅子が連なり、下車する前に運転手が木窓から料金箱の前に顔だけ覗かせて応対します。
ひとつ一つの駅がほとんど無人駅で、その駅を降りた途端道のど真ん中だったり、人家の前だったり…。そんなところも他の電車とは違った魅力があります。
映画の中にも出てくる太秦にある広隆寺は、駅を降りてすぐ渡った所にあり、奈良の中宮寺の仏像に並び称されるほどの国宝第1号の弥勒菩薩「半跏思惟像」があります。平日も多くの観光客や修学旅行生が訪れます。
また嵐電が走る嵐山のさらに北にある奥嵯峨は、平安時代から風葬の地とされ、野晒しになった遺骸を埋葬し1000体の石仏を祀る化野念仏寺があります。
そんな昔からの変わらない日常の中に、聖域のような非日常がふっと垣間見える嵐電が幻想的なモチーフであり、この映画の最大の魅力です。
本作全編に渡り、あちこちにタイムトラベルするような嵐電の魅力が感じられような作りになっているのも、やはり京都ならではであり、「嵐電」だからこそでしょう。
鈴木卓爾監督も実際、「長い歴史のある嵐電には、人間の日々の営みとは異なる時間尺のような大きな流れを感じる。夜にヘッドライトを付けて走る姿は幻想的でもあり、電車が背負っているものも映したい」と語っています。
魅力的な若手俳優たち
鈴木卓爾監督が准教授を務める京都造形芸術大学映画学科の学生の中から、オーデションで選ばれた俳優が、映画『嵐電』には登場します。
特に高校生カップルの子午線の初々しい演技と、南天の大胆な行動に目を奪われものがあります。
石田健太扮する子午線が、いつも8ミリカメラを持ち嵐電を追いかけるオタクっぽい表情が真剣なほど、微笑ましさを感じもします。
子午線が南天に向かって「俺、電車だけやから」とつれなく言う一方で、南天役の窪瀬環が「今まではカメラで好きなものを撮ってたけど、今は撮ったものが好きになる」と、子午線に告白する真っ直ぐな表情が、観るものも切なく魅了します。
ふっと、“誰もが通ってきた青春のように”心の奥がキュッと締まって、目頭が熱くなる10代への思い出に吸い込まれるような場面です。
また、嘉子と譜雨のやりとりには観客側が歯がゆくなります。20代という誰もが自分の将来を考え悩むもどかしさを、嘉子が見事に表現しています。
嘉子役の大西礼芳は、在学中に高橋伴明監督の『MADE IN JAPAN~こらッ!~』(2011)で、当時1回生ながら主役に抜擢されました。
卒業後は連続テレビ小説『花子とアン』(2015)、『べっぴんさん』(2016)行定勲監督の『ナラタージュ』(2017)などに出演している今や若手大注目の女優です。
嘉子が元彼に会って少し恥らいながらも微笑む表情や、東京に帰った譜雨ともう一度会えるように助監督が仕事を持ちかけた時の力が入る演技は、圧巻!きっと多くの観客が嘉子に心を重ねることでしょう。
そして何よりも、まるで若い2つのカップルを包み込むような主人公の彗星を演じた井浦新。この俳優なくして、映画『嵐電』は有り得なかったと言えるほどの存在感を見せてくれます。
井浦新の存在感
バックパックを担ぎ青いジャケットを着た井浦新演じる平岡衛星。目元が涼やかながら、何か心に秘めたものを持つような思惟のある所作や、姿が観客の心に印象的です。
京都の不思議な言い伝えを訪ね歩きながらも、ふと夜になると安アパートから鎌倉にいる妻に電話をかけ、言葉少なに交わす会話の一言が、意味深な余韻を残し、夜にヘッドライトをつけて走る嵐電と重なっていきます。
「自分が変わったのではなくて、人に言われて変わったと思う」と、嵐電の駅近くのコーヒーショップのマスターに言われ、井浦新扮する彗星はマスターと無言で見つめます。
妻の斗麻子との長年の積み重ねた距離を感じている自分を、どうすべきか。
躊躇いとこれからの不安定さを幻想的な嵐電の風景に重ね、いつも嵐電に寄り添っている彗星の気持ちをナチュラルに演じています。
まとめ
この作品のストーリーの後半に、駅前のコーヒーショップでフィルムカフェが開かれます。マスターのアイデアで地域の人々や嵐電ファンを招き、昔の嵐電の8ミリフィルムを楽しむ企画です。
小さな店内に沢山の観客が集まり、懐かしい映像が現われる度に歓声が上がります。
静かに観る人や微笑んでいる人、涙が潤んでいる顔も見えます。彗星は彼らを包み込むような眼差しで見つめていました。
一途に気持ちを伝え合う高校生カップルを応援しながらも躊躇う自分を見つめ、将来の不安と向き合いながらも繋がっていこうとする社会人の二人を見つめつつ、彗星自身も次へ向かっていく決意をしたのでしょう。
生きるということは、過去と現在、虚と実を行き交う日々の営みの中で、自分の意思を決めていくことだと観客に語りかけるような映画『嵐電』。
ぜひ、映画『嵐電』に乗車し、新たなるスタートへ歩み出しませんか。
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