連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第6回
ヒューマントラストシネマ渋谷で1月4日よりスタートした「未体験ゾーンの映画たち2019」では、貴重な58本の映画が続々上映されています。
日本公開が見送られていた傑作や怪作映画をスクリーンで鑑賞できる劇場発の映画祭、「未体験ゾーンの映画たち」。
第7弾として紹介するのは、異色のホラー映画『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』。
1980年代のイラン・イラク戦争を背景に、イラク軍のミサイル攻撃に晒されたテヘランで、アパートに暮らす母娘を襲った恐怖を描くホラー映画です。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2019見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』の作品情報
【公開】
2019年(イギリス・ヨルダン・カタール・イラク合作映画)
【原題】
Under the Shadow
【監督】
ババク・アンヴァリ
【キャスト】
ナルゲス・ラシディ、アビ・マンシャディ、ボビー・ナデリ、アラシュ・マランディ
【作品概要】
戦時下のイランに不発弾とともにやって来た何かに怯える母と娘の恐怖を描く不条理ホラー映画。
母親シダー役に『イーオン・フラックス』に出演したナルゲス・ラシディが演じています。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映され、Netflixでは『アンダー・ザ・シャドウ』のタイトルで配信されています。
映画『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』のあらすじとネタバレ
1980年から1988年にかけて行われたイラン・イラク戦争。イラク軍はイラン各都市に爆撃、そして戦争は終盤を迎えていた。
戦時下のテヘランで、シデー(ナルゲス・ラシディ)は医科大学への復学を願い出ていました。
しかし彼女は学生時代、イラン革命の際に左派の運動に参加。その経歴から大学は彼女の復学を認めませんでした。
そして大学側は彼女に、もう二度と訪ねないように申し渡します。
アパートの隣人ファルーク夫人に預けた娘ドルサ(アビ・マンシャディ)を引き取ると、シデーは自室の戻りました。
夫のラジ(ボビー・ナデリ)が帰宅するとシデーとドルサが迎えますが、その時、停電がおきた途端、空襲警報のサイレンが発令されます。
親子3人はアパートの地下室に向かいました。娘ドルサは、「キミア」と名付けたお気に入りの人形を持って避難します。
そこにはアパートの住人たちが集まっており、その中にエブラヒム夫人と見知らぬ男の子がいました。
夫人はシデーに、この子は甥のメフディで、戦争で両親を亡くしたから引き取ったと説明します。
やがて警報は解除され、自室で休むシデー一家。夢を見たのか怖がるドルサを、オバケはいないと父は優しく諭します。
翌日、医者である夫に招集令状が届きます。心配するシデーに、彼は前回同様安全な任地だろうと言い聞かせます。
しかし不安に襲われたシデーは、それを打ち消すかのように「ジェーン・フォンダ」と書かれたビデオテープをデッキに入れ、流れる映像に合わせてエアロビを行います。
またシデーは、医学生時代の書籍を処分しようと片付けますが、鍵のかかった引き出しにしまってあった入学時に母から送られた一冊だけは、大切に保管しました。
帰宅した夫は、今回は前線に派遣されると打ち明けます。
そしてテヘランも危険になった、ミサイル攻撃も噂されていると、夫の実家への疎開を勧めます。
しかしシデーは強く拒否。言い合う2人の話題は彼女が復学できなかったことに及びます。
学生時代の政治運動と、直ぐに復学に動かなかった事実を指摘する夫。子育てに縛られていた事を言い張る妻。
夫は出征しますが、シデーは娘と共にアパートに残る選択を選びます。
夜、母を呼ぶドルサ。彼女はオネショをしていました。
何かがいると怖がる娘は、邪悪な精霊“ジン”がいると母親に話しますが、母シデーはおとぎ話だと取り合わず、その説明にドルサは納得しません。
ドルサはメフディに、“ジン”の話を聞かされていました。
翌日、シデーはエブラヒム夫人を訪ね、メフディが娘に怖い話をしないように頼みます。
しかし夫人は不審がります。メフディは両親が亡くなって以来、何も喋らなくなっていたからです。
ある夜、前線の夫から電話がかかってきます。
海外の報道でミサイル攻撃の可能性があることを知らせてきたのです。
海外のラジオ放送を聞くシデーに空襲警報が鳴り響きます。彼女はドルサと共に地下室に逃れますが、辺りは轟音に包まれます。
倒れた者がいると、住人はシデーに救命を頼みます。
アパートの最上階にいったシデーは、屋上を破って突き刺さったミサイルと、その脇で倒れている男を目にします。
風の吹き抜ける部屋でシデーは、救命処置を行いましたが、男は助かりませんでした。
不発であったミサイルはアパートから撤去され、屋上に開いた穴にはシートが被せられます。
シデーの部屋も物が散乱し窓は破れ、天井に大きなひびが入っていました。
すると、ドルサが人形の「キミア」が無いと母シデーに訴え、人形は「あの人」にさらわれたと言い張ります。
周囲の混乱を振り切るかのように、ビデオテープをテレビで流してエアロビに打ち込むシデー。しかしその夜もドルサは怖い夢を見ます。
翌朝、「キミア」は上に階に連れていかれたと激しく主張するドルサ。
今度はシデーのビデオテープが紛失、彼女が探しても見当たりません。
窓の修理人が来ると、シデーはビデオデッキと他のテープを隠します。それが戦時下のイランの生活でした。
危険な状況になったテヘランのアパートの住民は次々去っていき、その中にいたミサイル攻撃で父を失った住民は、シデーで行なってくれた処置のお礼を伝えます。
ミサイルが落ちた直後は父は元気でしたが、再び目にした時には何かを見て恐怖したと伝えると、テヘランから去って行きました。
ファルーク夫人は、パリにいる息子の元に身を寄せることができないかと考えています。
その夜、シデーは自室に何者かがいると気配に気付くと騒ぎになり、隣人が駆け付けます。
しかしそこには誰もおらず、夢を見たのだと忠告しますが、彼女には現実感のある体験でした。
翌日、シデーはゴミ箱の中に、壊されたエアロビのビデオテープを見つけます。
一方のドルサは、階上の部屋のドアを叩き、人形の「キミア」を返してと叫びます。
しかしその娘を連れ戻したシデーは、ビデオの件を娘のせいだと叱ると、母娘の関係は険悪な関係となります。
そんな騒ぎの後、エブラヒム夫人は引き取った甥メフディが不幸をもたらした、“ジン”を連れて来たと語ります。
夫人は彼らは風と共にやって来きて、“ジン”に大切にしているものを奪われた者は、もう逃れられないというのです。
迷信深い話を聞かされたシデーですが、不安になりファルーク夫人から“ジン”について記された、人類学の本を借りることにします。
その書籍には、「恐怖と不安のある場所に、風が吹くという一節が記されていました。
ファルーク夫人もパリへと去りましたが、シデーは何かの気配を感じつつもアパートでの生活を続けます。
ビデオテープがない中でにエアロビを行っても気は休まりません。
また娘ドルサは発熱し、彼女を病院へ連れて行きます。
容態を診た旧知の小児医(アラシュ・マランディ)は、家庭に問題がないかを尋ねます。医師はドルサの健康を害した原因は、様々なストレスではないかと疑います。
その帰り道、メフディを見かけた母娘は、少年を車に乗せアパートに向かいます。
無口であったはずのメフディが「ドルサの人形はどこ?」と語ります。
アパートに着くと、今度はエブラヒム夫人一家もメフディと共に去っていきました。
シデーは改めて部屋の中で、ドルサの人形探しますが見つかりません。
その夜、空襲警報のサイレンが鳴り響くと、母娘は地下室に逃れますが、そこには、もう2人の姿しかありません。
2人が部屋に戻ると、風が吹き抜けています。
シデーは“チャドル”(イランの女性が全身を覆う衣装)の様な布をまとった、何かがいるのに気付がつきます。
それには本体が無く、布だけとなって飛び去り、天井のひびの中へと姿を消します。
しかもドルサは、姿の見えない女性と会話しており、恐怖した母娘は着の身着のまま夜の街に飛び出しました。
2人は巡回していた宗教警察に捕えられます。
映画『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』の感想と評価
温故知新なモンスターが登場する映画
ホラー映画が続々世に生み出されるにつれ、様々な新たなモンスターが誕生してきました。
それとは逆に映画では、昔から存在する有名なモンスターを復活させます。
本作はそのようなモンスターの1つ“ジン”を、新たな視点でスクリーンに甦らせた映画なのです。
しかし“ジン”、ディズニーアニメ『アラジン』のランプの精、“ジーニー”のイメージだけで考えてはいけません。
古来よりアラブ・ペルシャ世界で“ジン”は、人では無いが、人と同じように思考する超自然的な存在の総称。
妖怪・精霊と似たもので、映画の中で語られた通り、コーランにもその存在が記されているのです。
革命後のイランの人々を描写
本作はイラン革命後、イラン・イラク戦争下の1980年代半ば以降のテヘランの姿を描いています。
何かとアメリカの目の仇にされているイランですが、革命以前は中東でも最も世俗的で開明的であった国。
現在イラン・イスラム共和国の名で、イスラム教を国教とする国ですが、その一方で共和国でもあります。
決して原理主義一辺倒ではなく、制約はあっても今も西欧の文化や物品に馴染んで暮らす人が多数いる国です。
それはイスラム革命の影響が最も強かった、この映画の時代でも同じです。
「ジェーン・フォンダ」のビデオを見ながらエアロビをするシデーに、ドルサが見せてくれとねだるのはミュージックビデオ。
イスラム社会であっても、人目を気にしつつも、そんな生活があったのです。
アパートの住民もクルド人がいたり、親族が海外に暮らす者がいるアパートの人間模様。
映画の中に散りばめられた、そんな異国の情報に接するのも楽しみ方のひとつかもしれませんね。
主人公を追い詰めたのはモンスターなのか⁈
女性に厳しいイスラムというイメージがありますが、本作もそのようなイスラム社会を描いたものでしょうか?
若き日に政治的活動に参加、積極的に社会に関わろうとしたシデーは、学ぶ事を拒絶され、世に出る事を拒まれます。
結婚した彼女は子育てに追われますが、夫はそれを高く評価せず、その上で復学に熱心でなかったと彼女を責めます。
彼女の疎開拒否は、夫の実家に入ることを嫌った理由はからの行動でした。
戦時下とはいえ、自立的な生活を望んだが、結局は家に縛り付けられるシデー。
ところが、娘は“ジン”の策略とはいえそんな彼女を「面倒見てくれない母」として責めるのです。
シデーを追い詰めたのは、宗教警察でもモンスターでもないのです。
それは他の社会の女性や日本の女性も感じている、何かではないでしょうか。
まとめ
本作『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』に登場するモンスターの“ジン”は、全身を布で包んだ姿をしています。
それはアラブ社会の伝説に従った形ですから、必然的な姿で登場しただけかもしれません。
しかし、敬謙にイスラム教の教えに従う、イランの女性が身に着ける“チャドル”の形で、“ジン”は母娘を襲い、包もうとします。
これは女性を抑圧するものの象徴だと見ることもできます。
本作のように、モンスターが何かのメタファーとして描かれている映画は、他にも多数あります。
この映画に現れた“ジン”に、果たしてあなたは何を見るのでしょう。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」はデビュー作『マジカル・ガール』で脚光を浴びたカルロス・ベルムト監督最新作『シークレット・ボイス』を紹介いたします。
お楽しみに。