連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第21回
1月よりヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」では、ジャンル・国籍を問わない貴重な58本の映画を上映中です。
第21回は、ポルトガルの摩訶不思議な、ファンタジードラマ『ディアマンティーノ 未知との遭遇』を紹介いたします。
ポルトガルのサッカー選手で、国民的スーパースターであるディアマンティーノ。ところがW杯決勝戦で痛恨のミスを犯し、引退を表明します。
失意の中、初めて人生の意味と向き合った彼ですが、周囲の者の様々な思惑で様々な事件に巻き込まれていきます。
あまりにも純粋すぎた彼は、未知なる体験の果てに何を目撃するのでしょうか。
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CONTENTS
映画『ディアマンティーノ 未知との遭遇』の作品情報
【公開】
2019年(ポルトガル・フランス・ブラジル合作映画)
【原題】
Diamantino
【監督】
ガブリエル・アブランテス、ダニエル・シュミット
【キャスト】
カルロト・コッタ、フィリッピ・バルガス
【作品概要】
ポルトガルの現代を風刺し、海外映画祭で高評価を得た奇想天外なファンタジー映画。
引退したサッカー選手の旅する姿をベースに軸に、ネオナチや難民、クローンといったポルトガルの社会問題を描き、第71回カンヌ国際映画祭で国際批評家週間グランプリ&パルム・ドッグ審査員賞を受賞しました。
主演を務めたのは『熱波』のカルロト・コッタ。また共演に『リスボンに誘われて』のフィリッピ・バルガスがキャスティングされています。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ディアマンティーノ 未知との遭遇』のあらすじとネタバレ
父の思い出を語るディアマンティーノ。彼にとって父は良き存在でまだ子どもだった時には、よく教会に連れられてミケランジェロが描いた天井画を見に行きました。
ディアマンティーノは、自分は素晴らしいものを生み出す、現代のミケランジェロだと語ります。
お前はフィールドで輝いている。フィールドで人の信じられないものを作り出す。その父の言葉がディアマンティーノを支えていました。
2018年ワールドカップロシア大会の、準決勝のポルトガル対チリ戦。フィールドに立つディアマンティーノの前から、全てが消え去ります。
彼の前に現れたのは、巨大なフワフワの子犬たち。彼は幻想の世界の中でプレーしていました。
巨大な子犬たちの間を駆け抜け、フィールドを縦横無尽に駆け回るディアマンティーノ。このプレースタイルで、彼はポルトガルのスーパースターに登りつめます。
彼は見事ゴールを決め、チームは勝利しました。その後、ディアマンティーノは、海に浮かぶ豪華ヨットで家族と共に過ごしていました。
優しく彼を見守る父、そして彼を怒鳴りつけ、高圧的に指図する双子の姉たち、それが彼の家族でした。
明日はW杯決勝戦。ディアマンティーノの父は、お前は勝つかもしれないし、負けるかもしれないが、お前を愛していると語ります。
ヨットのディアマンティーノは、2人の女捜査官アイシャとルシアに監視されていました。彼が巨額の資産をマネーロンダリングしていると疑い捜査していました。
そんなアイシャとルシアは同性でありながら、結婚を約束している間柄でした。
ディアマンティーノは波間に漂うゴムボートを発見します。そこには多くの人が乗っており、彼はそれがアフリカから来た難民だと父から教えられます。
サッカーに没頭するがあまり、世間知らずであったディアマンティーノは、難民の存在をこの時初めて知りました。
ディアマンティーノは父と共に難民たちを救いますが、ボートには1人の女が立ちつくしていました。彼女は過酷な環境で子どもを失っていました。
海で目撃した難民の姿に、ディアマンティーノは大きなショックを受けます。
翌日のW杯決勝のポルトガル対スウェーデン戦。スコアは現在0対1ですが、ディアマンティーノはフィールドに、巨大なフワフワの子犬の姿を見ることができません。
昨日の難民の出来事がショックだったのか、彼の前には暗い海が広がっていました。
テレビで試合を観戦している父と双子の姉。その前でディアマンティーノはペナルティーキックを決めれず、チームは敗北します。
チームの敗北に怒った姉たちは、ディアマンティーノが女々しいのは父のせいだと責め立て、父はショックで亡くなります。
ディアマンティーノは後に、その時は完全に混乱していたと振り返ります。
無関心な双子の姉を残し、ディアマンティーノは1人で父の遺灰を崖から撒き別れを告げます。
父に代わって強欲な姉たちが、新たにディアマンティーノの代理人となりましたが、失意の彼は引退を決意します。
彼の決意に慌てる姉たちに、儲け話があると近づく者がいました。2人は大臣と呼ばれる車椅子の女、フェロの下に呼び出されます
大臣の思惑でディアマンティーノは人体実験の対象となりますが、姉たちは金が手に入れば何をしても気にしないと、あっさり契約書にサインします。
国民的スターであるディアマンティーノの動向は、ポルトガル中の注目を集めていました。
彼の関心は、今も次々と到着する難民たちにありました。難民の孤児たちが施設に集められていると知ると、彼は養子をとろうと決意します。
一方怪しげな契約を交わした姉たちは、彼に良い医者を見つけたと説明し、ランボルギーニ博士の元に通うように指示します。
テレビショーに出演したディアマンティーノは、引退の決意を告げ、難民の孤児の里親となると宣言します。
番組を見ていた捜査官のアイシャとルシアは上司に提案し、アイシャがディアマンティーノの養子となり、潜入捜査を行う計画を立てます。
胸を隠し難民の少年、ラヒームとなったアイシャは、修道女に扮したルシアに連れられ、ディアマンティーノに引き合わされます。
ラヒームと出会った彼は、全く疑わず大喜びして迎え入れます。
ラヒームの父親となったと心から喜び、彼に愛を注ぐディアマンティーノ。養子をとるのは人気取りの発言と思っていた姉たちは、ラヒームに冷たく当たります。
彼は自分の好物である、ワッフルとミルクを持ってラヒームの前に現れます。国民的スターの無垢な姿にラヒームに扮したアイシャは笑います。
夜、ラヒーム少年からアイシャに戻り、ディアマンティーノのパソコンを調べますが、彼のフォルダには無邪気な写真しかありませんでした。
翌朝ラヒームに戻ったアイシャは、迎えの車に乗り込みランボルギーニ博士の研究所に向かう、ディアマンティーノの姿を目撃します。
その車には「ポルトガルは小国ではない」と書かれていました。
研究所にはしゃべる貝や、しま模様の魚など様々な実験動物がいましたが、僕も実験動物だったとディアマンティーノは振り返ります。
博士に分析され、質問には子供好きで性体験は無いとディアマンティーノは答えます。彼の思考は子供と同じと判断されます。
博士の判断で彼にクマノミの遺伝子が注入されます。それは彼の体に女性化を促すものでした。
彼が留守の間姉たちはラヒームに辛くあたり、使用人の様に家を掃除させます。
帰宅したディアマンティーノがそれを知るとラヒームに心から詫び、二度と目を離さないと約束します。
こうして彼は、CM撮影の現場にもラヒームを連れていきました。ディアマンティーノは大航海時代の扮装をして撮影に臨みます。
撮影が終わると、ラヒームと遊び戯れます。彼にはラヒームだけが心を許し、対等に付き合える相手でした。
帰宅すると、彼はラヒームに自分の父の映像を見せ、パパは僕のヒーローだと誇らしげに語ります。
修道女に変装したルシアが面会の名目でディアマンティーノ邸に現れ、ラヒームとして潜入しているアイシャと接触します。
ルシアはアイシャにディアマンティーノについて尋ねますが、彼の人柄に触れたアイシャはハエも殺せない人だと告げます。
彼は無実だが、姉たちがオフショア口座を持っていると報告したアイシャは、久々に再会したルシアとベットで戯れます。
ルシアが去り夜が来ると、アイシャは改めて姉たちのパソコンを調べた結果、「ディアマンティーノ計画」の存在を知ります。
アクセスを拒否されますが、アイシャがハッキングすると計画のキャンペーン映像が現れます。
ディアマンティーノのクローンを作り、最強のサッカーチームを作ってポルトガルの威信を高める。
そして国民の民族意識を高め、EUからの離脱を図る。その計画への賛同を求める内容でした。
政府機関をハッキングしたこと、また権力者に不都合な内容を知ったアイシャらの捜査は危うくなります。
アイシャの身を案じたルシアは、ラヒーム少年の面会に現れ今後の捜査について語ります。ルシアはアイシャが捜査から手を引くことを望んでいました。
彼女を案じるあまり、ルシアは思わずラヒーム少年を「アイシャ」と叫びののしります。
それを聞いた姉たちは「アイシャ」の名と、修道女に扮したルシアの言葉使いを不審に思います。
ディアマンティーノのCM撮影は最終日を迎えました。
ゴールを決め、シャツを脱げと監督から指示されるディアマンティーノ。しかし彼には悩みがありました。
ランボルギーニ博士にうけた遺伝子操作の結果、彼の胸は女性のように巨大化していたのです。
監督にうまく説明できず、結局胸をさらしてしまうディアマンティーノ。
それでもCMは完成します。ポルトガルは偉大な帝国、しかし今はEUに侵略されているとのメッセージが流されます。
ディアマンティーノは何も知らずに、政治的に利用されていたのです。
今日も彼は研究所向かいますが、そこにアイシャも潜入します。彼女はディアマンティーノの身を案じて行動していました。
ランボルギーニ博士はディアマンティーノのホルモンバランスが危険な状態になっても、かわまずクローン製作の作業を続けます。
その頃姉たちは、ラヒームの部屋に仕掛けた隠しカメラの映像を確認します。
画面にはアイシャとルシアが戯れる姿が映っていました。
翌日、ラヒームの正体がアイシャと気付いた姉たちは、暴力を振るい彼女を責め立てます。
アイシャが自分たちの秘密を暴いたと悟った姉たちは、アイシャの口を封じようとします。
そこにディアマンティーノが帰ってきます。もう博士に会いたくない、僕は胸が大きくなっていると彼は訴えますが、姉たちはとり合いません。
姉が離れたスキに、彼の前にラヒームが現れます。ラヒームが姉に傷つけられた知ったディアマンティーノは、2人で逃げ出します。
映画『ディアマンティーノ 未知との遭遇』の感想と評価
ポルトガルの聖なる愚者の物語
本作の主人公ディアマンティーノは無垢な愚か者。胸にさらしを巻いたとはいえ、妙齢の女性を少年と信じて疑わない存在です。
映画の中で彼は空想に生き、子どもの様に振る舞う無欲な人物。純粋に喜び泣く姿に、彼を疑って捜査していたアイシャも魅入られていきます。
そんな彼が海を渡ってくる難民の姿を知り(聖なる愚者ゆえ、この歳まで全く知りませんでした)、ショックを受け真正面から向きあいます。
知恵のある者は難民問題の理由を考え、割り切りって日常を送り、時に迫害することすら正当化します。
しかし愚者は純粋に、当たり前のように手を差し伸べます。愚者は時に、誰もが切り捨て目を向けない問題を、我々に付きつけてきます。
こういった聖なる愚者の代表といえば、日本では芦屋雁之助主演のテレビドラマ『裸の大将放浪記』であり、何と言っても映画で有名なのは、トム・ハンクス主演の『フォレスト・ガンプ 一期一会』です。
参考映像:『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1995)
本作に登場するディアマンティーノが、どの様な人物であるか、ご想像頂けたでしょうか。
『フォレスト・ガンプ』よりも野心的な映画
ロバート・ゼメキス監督の『フォレスト・ガンプ/一期一会』は、アカデミー賞の主要な賞を総なめにした日本でもファンの多い感動的な映画です。
ところが『フォレスト・ガンプ』の原作小説のファンは、映画に大きな不満を持つ方が多いとご存知でしょうか。
映画のフォレスト・ガンプは、愚かでも才能と無垢によって成功し幸せを掴みますが、原作の彼の人生は山あり谷あり、波乱万丈の人生をおくります。
トンデモない職に就いたり、ナンセンスな体験をしたり、フォレスト・ガンプの語る物語は、彼の実体験か、はたまた空想のホラ話に過ぎないのか、これが原作での彼の姿です。
企画段階では監督にテリー・ギリアムの名があがったと聞けば、どんな物語か想像できるでしょう。
完成した映画は純粋な愚者(=素朴で政治的でない人間)が、知恵ある者(=ヒッピー文化や社会運動といった、カウンターカルチャーに染まった者)より幸せをつかむ姿を描いています。
原作の持つブラックな部分、それを通しての現代社会への風刺といった部分は、映画では見事に切り捨て、無知で政治的でない人間を讃えます。
“ポルトガルの『フォレスト・ガンプ』というべき本作”。あの名作映画より、その原作に近い性格を持った作品です。
愚者のファンタジーを通して描いた現代のポルトガル
2018年W杯ロシア大会で決勝まで進むポルトガルチーム。ここで既にポルトガルの人々に対して、本作は大いなるファンタジーだと提示されています。
ファンタジーと聖なる愚者の視点を通して難民問題、富裕層のマネーロンダリング、科学技術の暴走、国の右傾化といった現代ポルトガルの抱える諸問題を風刺しているのです。
それを声高に叫ぶのではなく、愚者の行動を通して愉快に、映画的表現で美しくもナンセンスに描き出す。これが本作の魅力です。
愚かなディアマンティーノは、少年そして我が子と信じた女アイシャと最後に結ばれます。しかし彼女はレズビアンです。
アイシャと結ばれる時、遺伝子操作を受けた彼は見事な胸を持っていました。
深い意味が込められた美しいラストシーン。ハッピーエンドですがこの映画、最後まで一筋縄ではないのです。
まとめ
日本の映画チラシのキャッチコピーに「海外映画祭でまさかの高評価!」と紹介された『ディアマンティーノ 未知との遭遇』、その言葉に相応しい作品です。
この摩訶不思議な作品の監督・脚本を手掛けたのはガブリエル・アブランテス、ダニエル・シュミット(スイスの映画監督・故ダニエル・シュミットとは別人)です。
共に新進気鋭の若手監督。あまり馴染みのない国の、新たな才能が手掛けた映画を発見できるのが「未体験ゾーンの映画たち」の楽しみの一つです。
ポルトガルで生まれた物語として、映像的にも完成度の高いユーモアと風刺に満ちた本作。
奇妙で愉快な映画を体験したい方に、ぜひお薦めいたします。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第22回は『君の名前で僕を呼んで』のティモシー・シャラメが主演するSF青春スリラー映画『シークレット・チルドレン 禁じられた力』を紹介いたします。
お楽しみに。