連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第25回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が2022年も開催されました。
傑作・珍作に怪作、待望の復活を遂げた名作などさまざまな映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」。今年も全27作品を見破して紹介して、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第25回で紹介するのは、インドが舞台のヒューマンドラマ『シティ・オブ・ジョイ』。
『ダーティ・ダンシング』(1987)、『ゴースト ニューヨークの幻』(1990)、『ハートブルー』(1991)で世界的人気を獲得した故パトリック・スウェイジ。
彼の生誕70周年を記念し30年前に製作・日本公開された作品が、4Kデジタル・リマスター版で甦りました。伝説の感動巨編を紹介します。
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CONTENTS
映画『シティ・オブ・ジョイ』の作品情報
【製作】
1992年(フランス・イギリス合作映画)
【原題】
City of Joy
【監督】
ローランド・ジョフィ
【原作】
ドミニク・ラピエール
【キャスト】
パトリック・スウェイジ、ポーリーン・コリンズ、オム・プリ、シャバナ・アズミ、アイーシャー・ダルカール、シャマナン・ジャラン、アート・マリク
【作品概要】
当時人気絶頂だったパトリック・スウェイジが、本作に賛同しノーギャラで出演を引き受けた映画です。
『キリング・フィールド』(1984)や『ミッション』(1986)の名匠ローランド・ジョフィ監督が、ラリー・コリンズと共に映画『パリは燃えているか』(1966)の原作ノンフィクションを記した、ドミニク・ラピエールの著作「歓喜の街カルカッタ」を映画化した作品です。
この作品に賛同し、当時人気絶頂のパトリック・スウェイジはノーギャラで出演を引き受けました。
『カルテット! 人生のオペラハウス』(2012)のポーリーン・コリンズに、『ぼくの国、パパの国』(1999)や『英国総督 最後の家』(2017)のオム・プリ。
『ベンガルの夜』(1989)や『漆黒の井戸の底から』(2020)のシャバナ・アズミ、『トゥルーライズ』(1994)やドラマ『ボルジア 欲望の系譜』(2011~)のアート・マリクらが共演しています。
映画『シティ・オブ・ジョイ』のあらすじとネタバレ
テキサス州ヒューストンの手術室。青年医師のマックス・ロウ(パトリック・スウェイジ)は少女を救おうとしていましたが、彼女は息を引き取りました。
絶望のあまり、父に医師を辞めると告げたマックス。父はいずれお前は辞めると思っていた、お前は私を失望させたと言い放ちます……。
その頃インドでは、ハザリ(オム・プリ)とカムラ(シャバナ・アズミ)夫婦と子供たちのパル一家が、牛車に乗り、旅していました。
ビハール州で暮らすパル一家は土地を失い、貧困にあえいでいました。このままでは年頃の娘アムリタ(アイーシャー・ダルカール)が結婚する際の持参金も用意できない、カルカッタで稼ぎ金持ちになると語るハザリ。
彼は両親に見送られてバスに乗り、妻と娘と2人の息子を連れ列車でカルカッタに到着します。下の息子シャンブーは駅の雑踏で家族と引き離されます。
兄のマヌジや父ハザリが呼びかける中、シャンブーは物乞いをする人々の顔を見て驚きます。彼らはハンセン病の患者でした。
シャンブーは家族の元に戻ります。田舎から来たパル一家は大都会カルカッタに圧倒されます。泊まる場所のあての無い彼らは、川沿いの空き地で野宿します。
次の日ハザリは街中で職を探し、頼りにした住所を探し求めます。雑踏をさまよう一家に同じビハール州出身という男が声をかけました。
男は同郷の者同士で助け合おうと言い、いとこが留守にしている家を1ヶ月貸すと申し出ます。感謝し僅かな所持金から家賃を払うハザリ。
住む場所を確保して喜ぶ一家。同じ頃、カルカッタに現れたマックスはホテルにチェック・インします。
荷物を運ぶボーイの男は、彼に女性、望むなら男を紹介すると持ちかけますが、マックスは断ります。彼の手元に人生の再出発を説くパンフレットなどがありますが、それをゴミ箱に捨てたマックス。
部屋でくつろぐパル一家の前に、この家の住人が現れます。ハザリは騙され、住人が留守にした家を貸されたのです。
ハザリは事情を説明しますが、怒った本当の住人に追い出されます。パル一家はあてのない大都会に追い立てられました。
ホテルのマックスの部屋に、ボーイの男が強引に若い女プーミナを置いていきます。彼はまだ未成年の彼女を帰そうとしますが、酒を注いで差し出し居座るプーミナ。
その夜パル一家は野宿していました。ふがいなさを詫びるハザリを妻のカムラがなぐさめます。これは神の試練だと受け入れたものの、これからどうするか夫婦は悩みます。
マックスはプーミナに連れられ、裏社会の顔役アショカ(アート・マリク)が根城にする酒場にいました。
プーミナはアショカの指示でマックスに酒を勧めます。すっかり酔いつぶれて店の外に出るマックス。彼の前にアショカの手下が現れます。事態を悟り抵抗したマックスに襲い掛かる手下たち。
その騒ぎに野宿中のハザリが気付きました。袋叩きにされるマックスを見て大声で叫ぶハザリ。その声を聞き、アショカ一味は逃げ出します。
貴重品を奪われたマックスは命は救われます。一味が去り助けに現れたプーミナと共に、ハザリはマックスを病院に運びました。
目覚めた彼の前に、貧民街で病院を運営する女性ジョアン(ポーリーン・コリンズ)がいました。彼女はマックスを、インドで愚かに振る舞い、トラブルに巻き込まれた旅行者と見ているようです。
マックスを助けたのは、ハザリとプーミナだと教えるジョアン。散々な目にあった彼に、ここは「City of Joy(歓喜の街)」だと告げました。
ジョアンはこの貧民街で、貧しい者を診る粗末な病院を運営していました。外に出てここはスラムだと確認するマックス。
アイルランド人らしいジョアンは、週に3日来る若いインド人医師スニルと病院を運営していました。彼女はマックスが医者だと知ると、働いてみないかと声をかけました。
もう患者は診ないと言う彼に、あなたに貸しがあると告げるジョアン。彼がホテルに戻れるよう人力車を手配し、これで貸しは2つだと告げました。
心配し付いて来たハザリに、マックスは地元の人間かと尋ねます。ビハール州出身で、金貸しに農場を奪われ働きに来たと語るハザリ。
人力車に乗るマックスを見たハザリは、脚力に自信のある自分はこの仕事が出来る、と考えます。人力車の車夫に、ハザリは一度引かせて欲しいと頼みました。
マックスがそれを許します。ハザリの引く人力車に乗りホテルまでの道を走り抜けるマックス。
ホテルに到着したマックスはハザリと握手して別れます。ハザリは車夫に人力車を引かせて欲しいと頼みます。
ハザリは車夫の男の紹介で、地域の有力者の屋敷を訪ねます。そこにはアショカやプーミナの姿もありました。
車夫の紹介でアショカに人力車を引かせて欲しいと頼むハザリ。貧しいハザリたちを馬鹿にする態度のアショカの前に、父親のガタク(シャマナン・ジャラン)が現れます。
ガタクこそ、この地域を仕切るボスでした。ハザリがここで車夫として働く事を認め、その証の鈴を彼に与えるガタク。
こうしてハザリは車夫の仕事を得て、スラム街に一家で住む家も紹介されました。ようやくカルカッタに居場所を見つけたパル一家。
ハザリは家族にに金を稼ぎ故郷に仕送りをし、娘アムリタの結婚に備え持参金を貯めると約束します。スラム街で人力車を引く練習をし、営業を開始するハザリ。
最初に乗せた女学生が、ハザリを気に入り日々の通学に利用すると言いました。幸先良く固定客を得たハザリは幸運に感謝します。
金品を盗まれカルカッタから出れないマックスは、街でバイクに乗るアショカを見かけ追いますが、警官に制止されました。
警官ともめるマックスの姿を見たジョアンが仲裁に入ります。警官から解放されたマックスに、これで貸しは3つだと告げるジョアン。
彼女はまだ病院でマックスが働くことを望み、彼は心の傷から解放されず、あてもなくインドを旅してると見抜いていました。
自分を癒したいなら、まず自分自身を許しなさいとの彼女の言葉に、気まぐれでこの地に来ただけと答えるマックス。彼は病院を手伝うハザリの妻カムラを目にします。
病院の運営資金はスイスの慈善団体と元夫から得ていると語るジョアン。彼女は自分が個人を愛するのが苦手で、多くの人を愛するのが得意の変わり者と認めました。
あなたは何を信じる、との彼女の問いに、ダラス・カウボーイズ(アメリカン・フットボールチーム)と答えるテキサス出身のマックス。
病院から出ようとしたマックスに、ハザリの息子マヌジとシャンブーが声をかけます。ジョアンから距離を置こうとする彼も、子供たちには仲良く接します。
そんなマックスにあなたが理解できないと告げるジョアン。彼女は人間には選択肢は3つしかない。それは「逃げる」、「傍観する」、「飛び込む」の3つだと言いました。
ハザリが上客を得た幸運を、近所のスラムの住人たちは我がことのように喜びます。2人の息子はハザリに、住民たちの子供と仲良くするマックスを食事に誘って良いか聞きました。喜んで承知したハザリ。
マックスはパル一家と食事しました。そしてマックスと家族の前で、ハザリは故郷から持ってきた種を鉢に植えます。
故郷の土で何かを育てたいと願うハザリは、種をこの地の水で育て、美しい花を咲かせ結婚の日を迎えた娘アムリタの髪を飾りたい、と言いました。
会話の中でインドの父親たちに結婚する娘の持参金を用意するのは、義務であり名誉でもあると知るマックス。
そこにカルカッタを流れるフーグリ川(ガンジス川の支流)近くに住む、体の不自由な貧民アノワールが訪ねてきます。
彼の妻ミータが難産で苦しんでいる、助けて欲しいとジョアンに訴えます。彼らは差別されるハンセン病患者で、頼れるのはジョアンの病院しかありません。
今日はスニル医師が不在です。マックスに力を貸して欲しいとジョアンは訴えました。
使える医薬品も不足していますが、あり合わせの道具で妊婦と子供を救おうと決意するマックス。
ミータの元に向かうマックスとジョアンを手伝おうと、ハザリとカムラ夫婦も同行します。ハンセン病の感染を恐れる夫に、心が清ければ恐れる事は無いと告げるカムラ。
マックスはジョアンとカムラの手を借り、難産の子を無事取り上げます。マックスも周囲の人々も新しい命の誕生を喜びました。
日が昇ると一同は家路につきます。マックスに常勤の医師として働いて欲しいとジョアンは望みますが、マックスは断ります。
彼女の度重なる願いに腹を立て、このスラム街で行う善行など微微たるものだと声を荒げるマックス。
その言葉にジョアンも腹を立て病院のドアを閉めます。動揺するマックスに、ハザリとカムラはあなたは良い心の持ち主だと声をかけます。
ホテルに戻ったマックスは、紛失したパスポートやビザの再取得や銀行からの入金に3週間以上かかると知らされ、ホテルのオーナーに事実を告げました。
事情を了解したものの、支払いまでの担保にマックスの航空券を取り上げるオーナー。
スラム街ではジョアンの病院にハンセン病患者が出入りすることに、感染を恐れる住人が不安の声を上げていました。
差別されるハンセン病患者のアノワールは金を持参し、マックスが話していた治療薬を入手し、治る可能性がある者を救えないかジョアンに訴えます。病院に常勤医がおらず力になれないと断るジョアン。
そこにマックスが現れます。ジョアンに航空券を取り上げられ、数週間なら病院を手伝うと彼は申し出ます。
半年、いや3ヶ月と長い滞在を望むジョアンに呆れ、9週間か飛行機が飛ぶまで、との条件で病院勤務を約束するマックス。
彼はパル一家を訪ね、出産の際に助手を務めたカムラに、病院を手伝ってないか頼むと夫ハザリも承知しました。
今日のハザリは、常連客の女学生と母親を買い物先に送る役目を務め、カルカッタでも有数の美しいサリーを売る店に向かいます。
店先に並ぶサリーを見て、娘の結婚の際にこんな衣装を着せたいと望んだハザリ。
病院で働くマックスは生き生きしていました。出産後の貧しいミーナに赤ん坊用の粉ミルクを与え、病院に出入りしていたプーミナには、男相手の商売を辞め学校に行けと告げます。
帰宅したハザリは妻に代わり家事をする息子を目にします。カムラが病院に務め、息子が家事をしている事に表情を曇らせたハザリ。
病院の務めを終えたカムラが、マックスとジョアンと共に現れます。一同は子供たちと会話をしますが、手紙を開いたジョアンの顔は曇ります。
それは病院の家賃の値上げを告げるものでした。マックスと共に地域を支配者ガタクを訪ねたジョアン。
貧しい人に無料で医療を提供する病院を応援して欲しい、と訴えるマックスに、豊かな国の医師のあなたには金は1枚の紙に過ぎないと告げるガタク。
しかしこの地に住む私には、金は貧困にあえぐ人々の世界から遮る壁だ、この美しい壁を私は誇ると主張します。
壁の反対側に住む人々の魂も美しい、とマックは主張しますがガタクは相手にしません。
ジョアンはハンセン病の療養施設を作りたいと訴えますが、ガタクは偏見を持つ住人に反対されるだけだと告げました。
連中は他人のために動かない。貧しい者は貧しいままにすれば飼い慣らせると語るガタク。
彼は机の上に置いたニワトリの首に、重りを乗せ大人しくさせます。貧しい者は負担を強いれば大人しくなる、ガタクはそう告げました。
その態度に怒り殴りかかろうとするマックスを、ジョアンを含めた一同が制止します。色をなす部下たちに、ガタクは騒ぐなと言いました。
ガタクの元から去ったジョアンは、マックスに地域のボスに逆らうのは危険だと警告します。しかし聞き流して明るく振る舞うマックス。
地域の住民たちも家賃の値上げに動揺します。集まった彼らの前で、ガタクは君たちを首に重しを置かれ、身動き出来ぬニワトリ呼ばわりしたと叫ぶマックス。
しかしいずれこの地を去るマックスと、この地に暮らす私や住民たちは立場が異なる、と告げたジョアン。
住民は同意し、ハザリもガタクに与えられた仕事のおかげで生活でき、彼に忠誠を誓ったと話します。
皆は従順な羊のように振る舞っているだけだ、と叫ぶマックス。その言葉を聞き住民たちは騒ぎます。
話を聞いていたカムラは、マックスは我々のために行動してくれている、彼を応援しようと話しました。
その言葉に従い、支配者のガタクに対し立ち上がろうと意見はまとまります。しかし彼に従い車夫の職を得たハザリの顔は、不安の色が隠せません…。
映画『シティ・オブ・ジョイ』の感想と評価
インドの大都市・カルカッタ(現在はコルカタと呼ばれますが、本作製作・公開時の名称を使用します)を舞台にした、感動の名作映画が復活しました。
1985年にドミニク・ラピエールが発表した小説の映画化作品です。当時のインドを知ることができる貴重な作品ですが、この映画は本当に「良作」なのか?と疑念を抱く方もいるでしょう。
1960年代後半のカウンターカルチャー全盛期、西洋の価値観に幻滅した多くの人々がインドの哲学・宗教に可能性を求めました。世界的スターであったビートルズが、初めてインドを訪れたのは1968年です。
年配の特撮番組ファンなら、『レインボーマン』(1972~)はインドの山奥で修業した…のをご存じでしょう。この頃世界はインドに対して過剰な期待を抱き、やがて実体を知り幻滅を覚える者が多数現れた歴史があります。
またインドのスラムで貧民やハンセン病患者などの救済に専念した修道女、マザー・テレサの名は多くの方がご存じでしょう。
彼女は人道支援活動のシンボルとなりノーベル平和賞を受賞。その影響力で世界を動かし、1997年没するとインドで国葬に付され、カトリック教会から2003年に”福者”、2016年に”聖人”とされる人物です。
一方で彼女の活動内容を疑う声も存在します。彼女の人脈・金脈は清廉潔癖とは言い難い、地元の人々にキリスト教価値観を押し付けた、などの批判の声も上がりました。
何より現代の視点では、これは“キリスト教徒の白人が劣った有色人種を救う”、欧米人が好む「白人の救世主」物語そのものではないか、と指摘する意見も現れています。
この歴史的経緯を知る方なら、本作は人々インドに対して様々な”幻想”を抱いていた時期に創作された物語ではないか、と警戒する方もいるでしょう。
そういった意見も踏まえて、30年ぶりに劇場公開された本作を解説していきます。
本作のモデルになった偉人を紹介
原作小説「歓喜の街カルカッタ」は人力車の車夫ハザリ、若いアメリカ人医師マックスが主人公の物語ですが、実はマックスが活躍するのは物語の中盤以降です。
原作には冒頭から登場するもう1人の主人公、スラムに望んでやって来たヨーロッパ人神父が登場しますが、映画には登場しません。
カルカッタのスラムで人々と生きる事を選んだ神父は、カースト制度やハンセン病患者への差別、スラムを支配するボスの存在の中で人々を救おうと奮闘します。
そしてこの神父とマックスは、スラム街にハンセン病患者の病院を作ろうとマザー・テレサ(本人として登場します)を訪ね、助力を求めます。
この映画に登場しない神父には、スイス人で看護士の資格を持つ宣教師、ガストン・ダヤーナンドというモデルとなる人物がいます。
彼はスラムで生きる中でキリスト教の布教に拘らず、様々な宗教や慣習を持つ人々を受け入れ、ハンセン病患者と結核患者のための診療所を設立します。
彼は1992年にインド国籍を収得します(ダヤーナンドの名はこの時から使用します)。インドの中で生きる事を選んだ彼は、その後も数多くの診療所を作り、多くの看護士を養成しています。
ジャーナリスト出身の原作者ドミニク・ラピエールは、本作の登場するエピソードは真実で、登場人物の多くに(マザー・テレサのように)本名を使用している、その上で描いたフィクションだと説明しています。
彼が以前に記したノンフィクションを知れば、本作も相当取材を重ね書かれたものだと理解できます。彼は妻と共に「City of Joy」を何度も訪ね、知り合った友人と交流を重ね、本作の収益の半分をスラム街の子供を支援する活動に寄付しています。
映画にこの神父は登場せず、ジョアンと言う女性に変更されました。同じく登場しない当時人気のマザー・テレサの性格の一部を持つ、観客が理解しやすいキャラクターに置き変えたのでしょう。
ジョアンはアイルランド人のようですが、コソボ生まれのマザー・テレサはアイルランドの修道女会に入って活動を開始します。ジョアンがスイスの慈善団体の支援を受けるのは、スイス出身のガストン・ダヤーナンドへのオマージュでしょうか。
マザー・テレサよりもインドに根付いた活動を行い、現地の人々からも敬意を持って受け入れられたガストン・ダヤーナンドは、記事執筆時点ではまだ健在で活動を続けているようです。
パトリック・スウェイジが出演を望んだ背景
『シティ・オブ・ジョイ』の原作は、カルカッタの貧困街の実情を綿密に取材して描かれたものであり、当時のインドに対するイメージだけで書かれたものではありません。
この作品の映画化に強い関心を示し、ノーギャラで出演したのがパトリック・スウェイジです。
『アウトサイダー』(1983)で注目を集め、『ダーティ・ダンシング』でアイドル的人気を獲得したスウェイジ。
彼はエミリオ・エステベスやアンソニー・マイケル・ホール、ロブ・ロウといった、当時”ブラット・パック”と呼ばれた若手スターと同列に語られ、その一員のように扱われます。
しかし”ブラット・パック”の主要メンバーより10歳程年上で、母親の影響で幼少よりバレエの教育を受け劇団で活躍していた、真面目な性格の彼はアイドルとして扱われることに抵抗があったようです。
ちなみにNetflixの映画の舞台裏を紹介するドキュメンタリー、『ボクらを作った映画たち』の『ダーティ・ダンシング』の回は、そんな彼の性格が製作現場で軋轢を生み、同時にそれがの傑作誕生に昇華される経緯が描かれています。
『ダーティ・ダンシング』やパトリック・スウェイジのファンのみならず、映画が好きな方にぜひお薦めしたいドキュメンタリーとして紹介しました。
『ゴースト ニューヨークの幻』に出演後の1991年、ピープル誌に「最もセクシーな男」として紹介されるスウェイジ。そんな彼が世間の人気に逆らうように出演したのが『シティ・オブ・ジョイ』です。
徹底的に現地を取材し描かれた本作を監督するのは、カンボジア内戦下の大量虐殺を告白した映画『キリング・フィールド』のローランド・ジョフィです。
スウェイジが何を望んでこの映画に出演したのかは明白です。表面的なインドへの関心や、「白人の救世主」物語の先にのある、人間の苦悩と賛歌の物語が描かれました。
まとめ
インドのカルカッタ(コルカタ)を舞台に人々の苦悩に満ちた営みと、人間への希望を描いた『シティ・オブ・ジョイ』。
後にパトリック・スウェイジは1982年に父親を失って以来、約10年間アルコール依存症に苦しんだと語っています。これは彼の人気が高まり、そして本作に出演した頃の時期に重なります。
この後アルコール依存症のリハビリに専念するため、一時期芸能活動を休んだスウェイジ。彼は休業期間中、牧場で馬を育てることに専念しています。
その後俳優業を再開しますが、2008年すい臓癌と告白。闘病しつつ活動を続けますが2009年9月に死去、彼の遺灰はニューメキシコの牧場に撒かれました。
彼の人生を踏まえて今、本作を鑑賞すると新たな意味が見い出されるのではないでしょうか。
本作に出演したインド俳優陣にはこの後、インド国内や海外で活躍している人物が多数います。
ラストで幸せな婚礼の日を迎えた、ハザリの娘アムリタを演じたアイーシャー・ダルカール。彼女が何者か熱心な『スター・ウォーズ』ファンならご存じでしょう。
彼女は『スター・ウォーズ EP2 クローンの攻撃』(2002)で、ナタリー・ポートマン演じるパドメ・アミダラの後を継ぎ、惑星ナブーの君主となったジャミーラ女王を演じています。
そしてアンソニー・ホプキンスがアカデミー主演男優賞を獲得した『ファーザー』(2020)にも出演しています。
様々な形で活躍している、インドの俳優陣にも注目して本作をご覧下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回第26回はロッククライマーの女性が危険な岸壁で、単身卑劣な男たちに挑む!山岳アクション映画『クリフハンガー フォールアウト』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)