連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第20回
世界の様々な国や地域で作られる、様々な映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第20回はデンマーク発のアクション映画『アンコントロール』。
移民問題に揺れるEU諸国。中でもデンマークは厳しい移民政策をとる国として知られています。
彼らにとって欧米各国で起きた、虐げられた環境に暮らす人種的に差別された人々と、治安を担う警察の対立に端を発する暴動は、決して他人事ではありません。
そんな暴動がデンマークで発生したらどうなるか。暴動に巻き込まれた警官の姿を描きつつ、差別と偏見の感情を抱いて生きる人間の姿を描いた社会派アクション映画を紹介します。
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CONTENTS
映画『アンコントロール』の作品情報
【日本公開】
2021年(デンマーク映画)
【原題】
Shorta / Enforcement
【監督・脚本】
フレデリック・ルーイー・ウイー、 アンデルス・オルホルム
【キャスト】
ヤコブ・ローマン、サイモン・シアーズ、ウズレム・サグランマク、タレク・ザヤット
【作品概要】
警官の暴力事件が引き金となり、大規模な人種暴動が発生。その渦中に取り残された警官の脱出劇を描くクライム・アクション映画。
2020年ベネチア国際映画祭に出品され、デンマーク映画アカデミーが開催するロバート賞に11部門ノミネート、内2部門受賞するなど高い評価を得た作品です。
TVドラマや短編映画を手掛けてきたフレデリック・ルーイー・ウイー、脚本家として活躍してきたアンデルス・オルホルムが共同で監督・脚本を手がけました。
『THE GUILTY ギルティ』(2018)のヤコブ・ローマンと、トーキョーノーザンライツフェスティバル2019で上映された、『ウィンター・ブラザーズ』(2017)のサイモン・シアーズが出演しています。
映画『アンコントロール』のあらすじとネタバレ
本作の原題”Shorta”は、アラビア語で”警察”を意味する言葉です。
とある場所で若者を拘束する警官たちの姿。首を押さえつけられた若者は、息が出来ないと訴えますが警官は手を緩めません…。
後日。武装した警官の乗るヘリコブターが、空からデンマークの街を監視していました。ニュースは昨日の抗議活動で、15名が逮捕されたと伝えています。
アラブ系移民の若者、タリーブ・ビン・ハッシが逮捕直後に病院の集中治療室に運び込まれて以来、移民たちの間で警察への怒りが高まっていました。
ヘリは本部に、現在街は平静だと報告します。移民の女の子が道路に描いた大きな目は、まるでヘリを見つめているようです。
警察署内でトレーニング中の警官のジェンス(サイモン・シアーズ)。ロッカールームで、何やら話し込んでいる同僚たちの姿を目撃しました。
トレーニングを終えた彼に、上司はマイクと組んでパトロールに出て欲しいと言いました。彼が無茶をしないよう見守る必要がある、と付け加える上司。
朝のミーティングに警官たちが集まります。彼らの責任者は盗難車を運転して逮捕され、その際の負傷で入院したタリーブの容態次第で、街の治安状況は一変すると警告します。
移民が多く住む地域、特にタリーブの地元スヴァルガルデンには近寄るなと指示しました。
ハッシに暴行を加えたとされる警官、コゥフォードとポールセンはどうなるのかという質問に、通常通り処分が決まるまで謹慎だと答えた責任者。
穏健な警官たちからは、過激に振る舞う警官たちの中心人物と見れらるマイク(ヤコブ・ローマン)と言葉を交し、ジェンスは同じパトカーに乗って出発します。
無口なジェンスに何かと話しかけるマイク。彼は結婚しているのに勤務中は指輪をしないジェンスを勘ぐり、冷やかしました。
パトロール警官として普段通りの職務をこなす2人。休憩中ラジオのニュースはタリーブの事件で、警官が逮捕時に不当な暴力を振るったと報じます。
ニュースを聞いて、タリーブは時速200㎞で車を走らせていた。事故になれば犠牲者が出たが、それを報じないのはフェアじゃないと言うマイク。
話題を変え何か失敗談は無いか聞いたマイクに、自分はミスをしないと答えたジェンス。しつこく問われ彼は、インターン中の失敗を語りました。
インターン中、倉庫で催涙弾を落とし煙を警察署内に充満させたと告白したジェンス。そして2人は大笑いします。
その時拘置所にはロマの男が2人いて、大変な目にあったと言うジェンスに、ロマをジプシーと呼ぶマイクは、奴らにいい教訓になっただろう、と話します。
ジプシーを犯罪者呼ばわりし、彼らはデンマークの税金を無駄にしていると言うマイク。
その話題に乗らないジェンスは、前を走る後部座席に少年が乗る車に目を付け、本部にナンバーの照会を求めます。
不審な車はスヴァルガルデンに入りました。緊張した表情で追跡する2人。
マイクが車を停めさせると、中から少年が逃げ出しました。車の中には移民のギャング団の幹部オスマンがもう1人の男といました。
警官たちは彼らが、少年を自分たちのギャング団にスカウトしていたと睨みますが、何の証拠も犯罪性もありません。
近隣に住む移民の住民たちが、遠巻きに彼らを見つめます。オスマンを解放した2人。
本部は無線で、2人に危険なスヴァルガルデンから早く離れろと指示します。
2人は情報を得ようと、移民たちの自警団の集会場に向かいます。そこにはリーダーのサミのように、パトロールに加わりたいと訴える少年イザがいました。
警官のジェンスは、移民の若者をギャングから引き離し、地域を改善する活動に参加させる団体のリーダー、サミとの協力関係を維持していました。
しかし今日の相棒のマイクは、移民たちが自ら治安を守る活動に関心がありません。オスマンが若者をギャングに勧誘していると告げるジェンス。
突然サミを呼ぶ声がします。外に出るとTVのレポーターが、移民の若者にタリーブの事件に関するコメントを求めていました。
番組に都合の良いことを喋らせようとしている、とレポーターに指摘する若者たち。サミはトラブルにならぬよう、若者たちをマスコミから遠ざけます。
レポーターは警官2人にも質問します。ジェンスはコメントを拒否し、我が国には報道の自由があると言うレポーターに、この地区はデンマークでは無いと告げるマイク。
馬鹿にした態度をとったカメラマンに迫るマイクを、ジェンスは落ち着くよう説得します。駐車していたパトカーには、「くたばれ警察」と落書きされていました。
走り出したパトカーの中で、移民の若者は犯罪者予備軍だと悪態をつくマイク。パトカーの前を横切った若者が、こちらを睨みつけた言い車を止めます。
マイクに職務質問された若者は、アモス・アル・シャミ(タレク・ザヤット)と名乗ります。高圧的な尋問をするマイクの顔を、スマホで撮影するアモス。
その態度に怒ったマイクは、アモスの所持品を乱暴に調べ、身体検査を行います。その光景はジェンスの心配をよそに、周囲にたむろする者の注目を集めます。
移民の若者たちが集まり始めますが、アモスを挑発するマイク。ジェンスの説得でようやく彼を解放しました。
パトカーに乗り込んだジェンスに、何か言いたい事はあるかと尋ねたマイク。その時パトカーに物が投げつけられます。
物を投げた若者グループを追うマイク。パトカーで回りこみ、アモスを捕えたジェンス。
2人は逮捕したアモスを後部座席に乗せ、車を走らせました。そこに警察本部から入院中のタリーブが死亡した、暴動に警戒せよとの連絡が入ります。
マイクが何か言おうとした時、パトカーに投石が命中します。脱出を試みますが、次々石が投げられました。ジェンスは状況を本部に報告しました。
視界を失ったパトカーは衝突して止まりました。車から出たジェンスは、迫ってくる暴徒の群れを目にします。
移動手段を失った警官2人は、アモスと共に近くのアパートに逃げ込みます。本部に無線で救援を要請するジェンス。
しかし警察は各所で発生した暴動の対応に追われていました。救援は回せず、自力でスヴァルガルデン地区を出て、救出ポイントに向かえと告げる本部。
ジェンスとマイクは、アパートの地下の洗濯室で制服を隠す衣服を調達します。逃げるには邪魔なアモスを解放しようと、ジェンスは提案しました。
必ず連行する、それに解放すればアモスは暴徒に我々の所在を告げると反論するマイク。やむなくジェンスは、アモスに協力を求め脱出ルートを聞き出します。
本部に対し、自力でスヴァルガルデン地区を出るので、指定した駐車場に迎えを寄越して欲しいと連絡するジェンス。
制服の上に服を着て変装した警官2人は、アモスと共に脱出を図りますが、その途中で略奪を受ける商店を目撃します。
暴徒たちを叩きのめした2人に、こっちへ来いと商店主が声をかけました。
アモスと共に逃げ込んだ商店には、アラブ人の経営者家族がいました。通報しても警察は来ない、守ってくれないと訴えます。
商店主らにとって、アモスのような移民の若者の一部に振る舞いは、生活を破壊する許し難いものでした。
生命維持装置につながれていた警察の暴力の被害者、タリーブは家族の決断で人工呼吸器が止められ、死亡したと伝えるTVのニュース。
それに怒った移民たちがデンマーク各地で暴動を起こし、すでに23名の逮捕者が出たと報じます。
厳しい状況を覚悟し、ネックレスに下げた婚約指輪にキスをしたジェンス。
2人だけになった時マイクは彼に、お前は信用できるかと訊ねます。死亡したタリーブが暴行された現場に、ジェンスはいました。
タリーブを死に至らしめた警官のコゥフォードとポールセンは、間違った行動をとったが、それは恐怖から起きた一瞬の判断ミスだ。
それは彼らの人生を破壊するに値せず、我々警官は互いを助け合わねばいけない、と説得するマイク。
彼はジェンスに、罪を問われている警官に不利な証言はしないよう求めます。ジェンスが黙っていると、自分たちの置かれた危険な状況が明らかになります。
それは暴動の起きたスヴァルガルデンの街を逃げる、ジェンスとマイクの映像がSNSで広がっている事実でした。
これを見た暴徒は2人の警官を襲いに集まるでしょう。この店に隠れていても暴徒が来るのは時間の問題、ジェンスとマイクは脱出を決意します。
3人は白昼の街の中を進みます。ジェンスは逮捕したアモスを知っていました。彼の友人がコーチをしていたサッカーチームで、アモスは活躍していた選手でした。
話題はサッカーに移ります。移民の若者はアーセナルが贔屓チームだと言うマイクに、警官が好きなのはレアル・マドリードだと言い返すアモス。
そのレアル・マドリードはスター選手をかき集める、金満チームだと指摘するアモス。サッカーの話で和んだ空気が漂います。
なぜチームを辞めたのかと聞かれ、揉めたチームメイトが自分にナイフで脅された、と訴えたと話しました。
それは嘘だが誰も移民の若者の言い分は信じない。争うだけ無駄だと悟り、サッカーを辞めたと話すアモス。
3人は目的の駐車場に着きました。民間車を装った警察車両が待っています。
無線で間違いなく迎えの車両だと確認したマイク。しかし近づこうとした時、暴徒が車に火炎ビンを投げました。
燃え上がる車を見て、動揺を隠し引き返す3人。その姿を暴徒の1人が、スマホで撮影していました。
彼らはスヴァルガルデン地区の住人に監視されています。そしてバイクの一団が迫ってきます。
映画『アンコントロール』の感想と評価
アメリカで度々発生している、警官の過剰な暴力に対して反発して起きる人種暴動。2013年にSNSで「ブラック・ライヴズ・マター」という言葉が拡散し始めます。
2020年5月にミネアポリスで発生したジョージ・フロイド事件をきっかけに、全米で大きな抗議運動が発生し、「BLM運動」は頂点に達します。
この運動に反発する動きも現れて全米を二分する対立が発生し、アメリカ大統領選挙にも大きな影響を与えました。
そんな警察と黒人の対立構造を、そのまま移民問題に揺れるデンマークで再現した映画が『アンコントロール』です。
「未体験ゾーンの映画たち2021」の上映作品『デンマークの息子』(2019)といい、デンマークのこの問題への関心の高さが感じられます。
結果として時代を反映したアクション映画
2020年9月にベネチア国際映画祭で上映され、10月に本国で公開された本作。誰もがジョージ・フロイド事件とその後の暴動、そして「BLM運動」と結びつけるのも当然です。
しかし当然ながら、この映画の企画はそれ以前に開始しています。2人の監督は企画から映画の完成までに、6年間の月日を費やしました。
デンマークで人気の犯罪映画のジャンルで、新たなスタイルの作品を作ろうと挑んだ2人。
フレデリック・ルーイー・ウイー監督は、本作は1992年末に警官が左翼活動家に暴行を加えた事件から着想を得た、と語っています。
結果として移民問題に揺れるデンマークや、同じ問題を抱える世界を風刺する映画となった本作。
ラストでそれぞれの立場に立つ者も、全て同じ人間。そんな希望を描けたのは良かったとアンデルス・オルホルム監督は語りました。
暴動と逃走劇の舞台となるスヴァルガルデン地区も架空の場所。デンマークの観客に「この場所なら起こりうる」といった印象を与えない舞台として、様々な場所で撮影して作り上げたものです。
警官映画・逃走劇映画としても楽しめる作品
参考映像:『ベルファスト71』(2014)
本作をあえて社会派映画として捉えず、犯罪映画として見つめましょう。
2人の警官、良い警官と悪い警官が犯罪地域をさまよう映画と見れば、デンゼル・ワシントンがアカデミー主演男優賞を獲得した『トレーニング デイ』(2001)を思い出させます。
孤立無援で”敵地”から脱出する主人公を描いた映画も多数ありますが、民族間の対立・暴動が背景にあり、途中住民に匿われるところなどは『ベルファスト71』(2014)に類似しています。
企画の出発点は、こういった映画のデンマーク版でしょうか。2人の監督は警官を主人公にした、見どころの多いスリルあるアクション映画を作りたかったと語っていました。
そして現在世界に渦巻く2極的な対立構造。それがなぜ固定化し継続するのか、それを映画はテーマとして追及します。
力を入れ何度も脚本を書き直して描いたのは、最初に警官のマイクがアモスを身体検査をするシーンだと振り返る2人の監督。
このシーンでマイクは加虐者として振る舞い、アモスは犠牲者になる。しかしそれを目撃する警官のジェンスは、どちらに付くべきかのジレンマに陥る。
周囲の目に晒されることで、彼は更に身動きが取れなくなる、その姿を描いた意味を監督は強調しています。
また脚本を書いた段階で音楽をイメージしたとも語っています。映画の舞台、架空のゲットーであるスヴァルガルデン地区は、同時に映画の主人公でもある。
街が一変して狂暴な姿を見せる場面などで、力を発揮するのはBGM。これらの表現も監督たちが、最初から強く意識したものでした。
まとめ
重い政治的なテーマを描いているようで、逃走アクション劇でもある『アンコントロール』。
本作は政治的テーマよりも、対立構造に置かれた人間が遭遇する、様々な状況を描いたことで、誰もが身近に感じるメッセージ性を与えられました。
両監督もアメリカのジョージ・フロイド事件以降の様々な出来事が、あまりにも自作と類似した事実に驚きます。
一連の事件が起きる1年前には撮影を終えていた、将にこれは現実が映画に追いついた結果だと思うと、インタビューに答えていました。
様々な立場の人々が対話を始める事、対話を続ける重要性を描いた本作。
それを娯楽映画で描いた事で、多くの人々が難しい問題を話題にするきっかけになれば良い。そう願っていると最後に語った監督たち。
その願いは、本作を見た方には伝わったのではないでしょうか。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第21回は、ヤコペッティ監督没後10年企画として、伝説のモンド映画が甦る!『世界残酷物語』を紹介します。お楽しみに。
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