連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第15回
世界各国から発掘された映画、特にホラー映画が次々登場する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第15回で紹介するのは、呪われた”髪の毛”を描く『バッド・ヘアー』。
美しい女性の黒髪にケチをつけるつもりはありませんが、貞子も、伽耶子も長~い髪の持ち主。
大先輩のお岩さんも同じで、彼女の場合は抜け落ちたりするから怖いことこの上なし。長い髪は怪談映画の重要アイテムです。
そんな髪にまつわる恐怖を描いた本作。ただし主人公は黒人女性、舞台に1989年のアメリカのTV業界を選んだことで、独特の味わいを持つホラー映画になりました。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『バッド・ヘアー』の作品情報
【日本公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
Bad hair
【監督・脚本】
ジャスティン・シミエン
【キャスト】
エル・ロレイン、ジェイ・ファロー、リナ・ウェイス、ケリー・ローランド、アッシャー、バネッサ・ウィリアムズ、ジェームズ・ヴァン・ダー・ビーク
【作品概要】
TV業界で出世するには髪型を変えなければ。彼女が植毛したのは、呪われた髪の毛だった…。風刺スパイスも効いた新感覚のホラー映画です。
『Dear White People』(2014)がサンダンス映画祭で高い評価を集め、ブレイクスルー・タレント賞を獲得したジャスティン・シミエン。
この作品はNetflixオリジナルドラマ『親愛なる白人様』(2017~)に発展しました。人種差別を風刺し、笑いに変えたジャスティン・シミエン作のホラー映画が『バッド・ヘアー』です。
長編映画初主演のエル・ロレインが主人公を演じ、『レディ・プレイヤー1』(2018)で主人公の相棒エイチ(ヘレン)を演じたリナ・ウェイスらが共演。
TV局が舞台の本作に、ジャスティン・シミエン監督に賛同した多くの黒人ミュージシャンが出演しています。動画配信サービス米Huluが製作した作品です。
映画『バッド・ヘアー』のあらすじとネタバレ
ラジオのDJを夢見る幼き日のアナは、同居以来姉のよう親しい、いとこのリンダの手で縮毛矯正をされていました。
黒人の少女アナは縮れた髪をストレートにしたいと望み、取り寄せた矯正用の薬剤をリンダに施術してもらったのです。
しかしアナは痛みを訴えます。頭皮はただれ、髪が受け落ちました。動揺するリンダの前で悲鳴を上げたアナ。
1866年に創業されたマディソン社では、集めた人毛を材料に、エクステ(つけ髪)を製造していました…。
1989年のロサンゼルス。TV局で働くアナ(エル・ロレイン)は、今も縮れた髪と頭皮の痛みに悩んでいました。
音楽TV番組のVJ(音楽番組のホスト、ビデオジョッキー)の面接を受けたアナ。
彼女はダウンタウン・ジュリー・ブラウン(当時MTVのVJとして人気のあった黒人女性タレント)のようなスタイルで、黒人音楽を売り込むと自分をアピールします。
面接を打ち切られたアナ。会場の外には多くの着飾った女性候補者たちがいました。
彼女は勤務先はRMV放送局。そこは流行りのファッションを身に付けた業界人が行き交う場所です。
アナはミーティングに参加します。そこでRMVの今後の方針を話す上役のグラント・マディソン(ジェームズ・ヴァン・ダー・ビーク)。
会社からやっかい者として、お荷物の黒人音楽部門に回されたと語るグラント。望むところで、音楽業界の未来はヒップホップなど黒人音楽だと熱く語ります。
その方向性を巡り対立したのか、アナが秘書を務めるエドナの退職が発表されます。同僚のブルック・リン(リナ・ウェイス)やシスタ・ソウルと共に驚きの声を上げたアナ。
新たな責任者として赴任するゾラ・チョイス(バネッサ・ウィリアムズ)を紹介したグラント。
黒人初のスーパーモデルとして活躍したゾラは、自分は業界で成功の道を歩んでおり、RMVの番組もヒットさせると自信ありげに語ります。
番組見直しで現在企画中の番組は中断、近日中に自分のアシスタント・ロザリンが面談をセッテングし、全員から意見を聞くと伝えるゾラ。
現在放送中の音楽番組”The Block” は継続する。新番組が成功すれば、ポップカルチャーの未来は変わるとグラントが語って、会議は終わりました。
局を去るエドナにアナとブルック、シスタ・ソウルは将来の不安を訴えます。数ヶ月後には自分の製作会社を立ち上げる、その時は声をかけると告げるエドナ。
ヒットチャートの紹介番組”The Block”のホスト、ジュリウス(ジェイ・ファロー)は、人気スター・サンドラ(ケリー・ローランド)のMV(ミュージック・ビデオ)を紹介します。
サンドラの容姿を品定めして、良いリラクサー(縮毛を矯正するローション)を使っているんだなどと好き勝手に話す、アナたち黒人女性スタッフたち。
アナはジュリウスと付き合っていました。しかしジュリウスは関係を終わりにしたい様子です。トイレで涙ぐむアナに声をかけるブルック。
華やかなTV業界で働くアナはインターンに過ぎず、自宅は荒廃地域のアパートで、家賃を滞納し大家に催促されていました。
翌日、勤務中のアナはロザリンから、新たな上司ゾラとの面談に呼ばれます。
元の上司エドナはあなたを心配していた、と語るゾラ。番組”The Block”のアイデアを出したのはあなたかと聞かれ、アナは自分がホストになるはずがジュリアスが選ばれたと答えます。
新番組のアイデアを聞かれ、様々なジャンルの黒人音楽を取り扱う、視聴者参加型のライブ形式のカウントダウン番組を提案したアナ。
興味を持ったゾラに、彼女はすぐ企画書を渡すことができました。不安をよそに新しい上司はアナを評価したようです。
部屋から出ようとするアナに、髪は誰がセットしているのか尋ねるゾラ。
自分だと答えると、あなたはその容姿でTV局内の誰からも場違いな存在に思われていると指摘します。
VJの面接に落とされるのも当然。自分の部下となって上を目指すなら、身だしなみを変えねばと告げるゾラ。
承知したアナに、ヘアサロン”ヴァージーズ”の名刺が渡されます。
アナは久々に叔父の家を訪ね歓迎されます。叔父は大学で黒人の伝承を研究する教授でした。
彼は奴隷に伝わる民話の研究は、黒人への抑圧の歴史を学ぶことだと語ります。そんな昔話の1つ「苔頭の少女」が話題になります。
おとぎ話だと関心を示さないアナに、白人が先住民や黒人を支配してきた歴史を示し、我々は西洋の価値観に支配されていると言う叔父。
TV局でインターンとして働く姪の苦境を察した叔母は、アナに金を持たせました。
別れ際に叔父は、つい大学教授の立場で熱く語ってしまったとアナに詫びます。しかし我々の伝承は学んで欲しいと、黒人民話集の本を渡します。
その本には「苔頭の少女」の話も載っていました。
叔母から得た金で、アナはヘアサロン”ヴァージーズを訪れます。アシスタントに先まで予約は埋まっていると告げられても、強引にスタイリストに直談判するアナ。
熱意に負けたのか、スタイリストは彼女に待つよう言いました。
他の客が姿を消した遅い時間に、スタイリストはアナに声をかけます。彼女をアナを様々なエクステを保管した部屋に案内します。
髪は特別な仕入先から調達した、とスタイリストは説明します。何か特別なものを感じ、人毛製のストレートヘアのエクステを選ぶアナ。
スタイリストはアナの頭にエクステを縫い込みます。彼女は痛みに涙を流しますが、成功を得るために耐え続けます。
皮膚に針を刺され出血し、痛みで失神するアナ。目覚めた時、処置は終わっていました。
施術中の失神はよくあると語るスタイリスト。こうしてストレートの黒髪を手に入れたアナ。
最初の1週間は痛みがあるがその後馴染んでくる。髪は絶対に水に濡らさず、渡した専用のオイルでケアするよう説明するスタイリスト。
彼女が憧れるアーティスト、サンドラがサロンに現れます。アナは彼女と会話しました。
帰宅したアナは酒と痛み止めを飲みます。やって来た大家のタネンは、家賃の催促と値上げを告げて去ります。
寝付けない彼女は昔話の「苔頭の少女」を読みます。白人の家で働く奴隷の少女は仕事の後に森の中で、黒い苔に覆われた木を見つけました。
真っ直ぐな髪に憧れていた彼女はそれを盗み、かつらの様に自分の頭に付けました。苔で出来た彼女の髪は、白人の主人を襲います…。眠りにつき、奇妙な夢を見るアナ。
新たなヘアスタイルで出勤したアナを、TV局にいる誰もがを受け入れたように思えます。しかし頭皮の痛みが彼女を苦しめます。
ロザリンは上司のゾラが、アナの会議への参加を望んでいると告げました。
了解したアナは、切った指の傷口に植毛した髪が不自然に入っていると気付きます。
会議では今後の番組を巡り、ゾラとアナの同僚ブルック・リンたちの意見が対立します。自分の意見を補足しろとアナに告げるゾラ。
頭の痛みが気になっていたアナは、突然の指示に適切な言葉が浮かびません。同僚たちはアナがゾラに付いたと思いました。
ゾラはアナの企画を実行するつもりです。6週後に新番組を立ち上げるとの話に、ブルックたちは動揺します。
急な展開にアナも驚きます。構わず企画を進めろと告げるゾラ。話の中で恋人のジュリアスのVJへの抜擢は、彼がゾラと関係をもったからと知りました。
アナはジュリアスに怒りをぶつけますが、彼は悪びれた様子を見せません。別れを告げ立ち去るジュリアス。
自宅に戻ったアナの部屋にリンダが現れます。食事を共にしたリンダは、音楽業界で成功を目指すアナを応援していました。
彼女が子供時代に録音したテープをプレゼントし、帰って行くリンダ。
ところがリンダを帰した時、鍵をかけ忘れた扉を開け、大家のタネンが入ってきます。
酔っていたタネンは無理やり関係を迫ります。思わず手にしたカッターナイフで刺すアナ。
怒ったタネンが襲ってきます。すると彼女の髪はタネンの腕に巻き付いていきました。
男の倒れる音に気付くアナ。髪は長く伸び、息絶えたタネンの傷口から血を吸収します。
彼女は何が起きたか理解できません。タネンの遺体を窓から捨てると、見事ゴミ箱の中に落ちました。
翌朝、彼女が起きて外に出ると、警察が遺体を回収しています。
強欲なタネンは酔って転落して死んだらしい、とアナに話しかける近所の住人。
不安を抱えながらも、アナは職場へと出勤します。
映画『バッド・ヘアー』の感想と評価
参考映像:Netflixオリジナルドラマ『親愛なる白人様』シーズン3
髪の毛が大暴れする映画、を想像した人は驚いたでしょう。本作は黒人差別の社会階層的・文化的根深さを背景に作られた風刺ホラー映画です。
『親愛なる白人様』を生んだジャスティン・シミエン監督らしい、この人の作品なら大物黒人ミュージシャンも集結するはずと、納得した作品です。
なぜ本作は1989年の設定にされたのでしょうか。まずその背景から解説します。
黒人音楽文化は当然ながら長らく存在し、様々な分野・人物に影響を与えていますが、アメリカの音楽業界では長らくマイナー扱いされた存在でした。
その中で黒人音楽のアーティスト・関係者は、インディペンデントな環境で活躍し、独自の文化を築いていました。
しかし1970年代、アメリカ音楽市場マーケットの10%以上を黒人音楽が占めると、大手企業が進出を始めます。
独自性を保っていた黒人音楽レーベルは力を失い、作家性と利益の追求の間で黒人音楽の関係者は分断されます。
この時代に成功を収めた「ジャクソン5」、そしてマイケル・ジャクソンの経歴は、当時の状況を代表するものです。
黒人音楽市場は今まで以上の成長を遂げますが、同時に業界の白人経営層によるアーティストの選別が行われ、白人層に売れる黒人音楽が商品化されるようになります。
80年代、マイケル・ジャクソンやライオネル・リッチーらの活躍で、黒人音楽はポップミュージックの世界を席巻します。
そしてヒップホップ音楽、MTVの登場は黒人音楽人気を決定的なものにします。現在、世界のポップカルチャーはこの影響抜きに考えられません。
同時にこれは、黒人音楽がアメリカの白人層が支配する音楽業界に組み込まれ、商品化され独自性を失った歴史でもありました。
これが本作の時代背景であり、作品を理解する手助けになるでしょう。
ストレートな髪は”白人化”の象徴
世の中には様々な差別が存在します。その最たるものは黒人差別でしょう。
この問題が根深いのは、多くの黒人が西洋白人文明の価値観に幼い頃から接し、無条件に受け入れていることです。
本作の主人公は幼い頃に、ごく自然に自分の縮れた髪を否定する感情が芽生え、ストレートな美しい髪に憧れを抱きます。
身の回りに白人文化が溢れ、それが最上だと刷り込まれた人間には、当然の成り行きでしょう。
成長した彼女は、音楽業界で黒人文化の担い手になるはずでした。しかしこの分野で成功を掴むには、業界を支配する白人文化に同化せねばなりません。
彼女が社会的成功を得るために身に付けたストレートな髪は、黒人を精神的・文化的・経済的に支配する”呪い”そのものだった…。これが本作の恐怖の正体です。
かつて奴隷農場を経営し、かつらの製造で黒人から体の一部、女性の魂と呼べる髪まで奪い、1989年に黒人音楽を搾取の対象とした白人の男。
この人物がジェームズ・ヴァン・ダー・ビークの演じる、同一の男であることは、今も昔も白人による支配構造が、アメリカの黒人を様々な形で束縛していることを現しています。
一見リベラルな白人に潜む差別感情と、同時に黒人の肉体への屈折した憧れを、風刺として描いたホラー映画『ゲット・アウト』(2017)と本作が並び評されるのも当然です。
再現された時代とパロディを楽しもう
本作はこのテーマを描くために、わざわざ1989年を舞台に選びました。
よって本作には様々な当時の黒人アーティストの名が登場します。また現代の黒人アーティストが、当時活躍した人物をリスペクトした姿で登場します。
悪役と同時に犠牲者でもある、スーパーモデル出身で白人社会に迎合し成功を収めた女を演じたのは、バネッサ・ウィリアムズ。
彼女は1983年黒人初のミス・アメリカに選ばれ、当時の状況の中で様々な経験の果てに、成功を掴んだ黒人女性の先駆者です。
その人物が本作で演じた役はセルフパロディであり、アメリカの黒人の置かれた環境への皮肉を含んだメッセージそのものです。
本作に存在する、言外のメッセージを読み解くとより面白くなる本作。しかしアメリカ黒人文化に馴染みのない我々には、少々理解し辛いもの。
日本でアメリカ製黒人映画が今一つ人気が無いのも、こういった要素もあるのでしょう。
本作は髪が人を襲います。確かに怖いが、視覚化するとバカバカしい要素もあります。このコミカルな部分も本作は表現していますが、少々不発気味。
クライマックスはスラッシャー系映画のパロディを強調していますが、全体の暗いトーンと比較すると浮き気味で、コメディとしては今一つの感があります。
黒人ホラー映画なんだから、もっと楽しいおバカな要素を強調して、と思うのも映画ばかり見る私に知らぬ間に刷り込まれた、文化的価値観が芽生えさせた差別意識でしょうか…。
まとめ
アメリカの黒人にとって、差別構造は様々な呪縛である。それこそがホラーだと教えてくれる映画『バッド・ヘアー』。
決して意識高い系の映画ではありません。ジャンル映画のフォーマットで、80年代黒人文化をリスペクトして描いた楽しい作品です。
現在活躍する、世界的人気を誇る黒人アーティストは、白人社会に迎合して成功を収めた人物ばかりでしょうか。
時代は変わりました。大きな影響力と発信力を身に付けたアーティストの一部は、世界を変えるために行動しているのはご存知でしょう。
日本の漫画やアニメの多くのキャラクターも、西洋の価値観=例えば金髪・青い目を良しとする、それを刷り込まれた末に誕生したものでしょうか。
海外の方から指摘されると、返答に困る問いかけかもしれません。
黒人差別に反対する運動を、極論的に復讐を望む行為だと受けとる人もいます。そんな考え方や運動方針は差別の解消より、世の中に賛成・反対の2極化をもたらします。
差別とは歴史的・文化的に築かれた構造的問題。それをどう解消するかを考えない限り、差別に反対する運動は社会の分断を進め、現状を良しとする輩を利するだけです。
そんな問題意識を『バッド・ヘアー』から教わりました。でも本作のバネッサ・ウィリアムズ、最後はイっちゃってます。
流石にこの演技はやり過ぎじゃない、バネッサ・ウィリアムズ…。そんな視点で見ることも、映画ファンは忘れないで下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第16回は血塗られた赤いドレスが、あなたを奇妙で狂気に満ちた世界に案内する。妖し過ぎるホラー映画『ファブリック』を紹介します。お楽しみに。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら