連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第2回
ポスト・コロナの映画界で敢然と、世界の埋もれた佳作から迷作、珍作まで紹介する、「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第2回で紹介するのは、闇世界の格闘大会を描いたアクション映画『デスマッチ 檻の中の拳闘』。
格闘系のアクション映画といえば、カンフーやムエタイなどの華麗な武術で見せるものや、ワイヤーアクションやダンスなど動きを基に、視覚的に見せる作品が思いつきます。
その対極に、真剣勝負のタイマン勝負の殴り合いをうたう、ストリートファイトや地下闘技場を舞台にした、汗と血にまみれた世界を見せる映画も存在します。そんな”Donnybrook”(乱闘騒ぎ)を描いた作品、観る者に想像以上の衝撃を与えます。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020延長戦見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『デスマッチ 檻の中の拳闘』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
Donnybrook
【監督・脚本】
ティム・サットン
【キャスト】
ジェイミー・ベル、フランク・グリロ、マーガレット・クアリー、ジェームズ・バッジ・デール
【作品概要】
アメリカの作家、フランク・ベルの著した小説「Donnybrook」を映画化した作品です。バットマンの悪役ジョーカーに影響を受けた男が、2012年に『ダークナイト ライジング』(2012)を上映中の映画館で銃を乱射、70名が死傷した事件を元にした映画、『Dark Night』(2016)のティム・サットンが監督しました。
『リトル・ダンサー』(2000)でデビュー後、様々な映画に出演し『ロケットマン』(2019)や『SKIN/スキン』(2019)では、実在の個性的な人物を演じたジェイミー・ベル。そして悪役・脇役だけでなく、今や『パージ:アナーキー』(2014)や『パージ:大統領令』(2016)など、主役も務めるようになったフランク・グリロとの、W主演で見せる格闘映画です。
映画『デスマッチ 檻の中の拳闘』のあらすじとネタバレ
映画は優勝賞金10万ドルの乱闘大会、”Donnybrook(ドニーブルック)”の会場となる、金網に囲まれたケージを映し出して始まります。
その会場に向かう老人の操るボートに乗る、元海兵隊員のアール(ジェイミー・ベル)と、彼と同行する女デリア(マーガレット・クアリー)。
世界は変わった。犯罪者が支配し、皆が金は無く借金を抱え、誰もが嘘にまみれて生きている。必要なのは、自分の手を使って生きることだ。
そう語る老人の言葉に、黙って耳を傾けるアール。老人にドニーブルックの参加費は1000ドルかと聞かれると、うなずきます。
家族と再出発するために、アールは乱闘大会の賞金を必要としていました。彼は老人に参加費の出どころを聞かれると、自分の知る唯一の方法で得た、と答えたアール。
3人を乗せたボートは、河をゆっくりと進んでいきます……。
これに先立つ日、アールは銃砲店を襲い、突きつけた銃で店主を殴り金を強奪していました。
アールが自宅に戻ると、その前でまだ少年の息子のモーゼスと、幼い娘スカウトが遊んでいました。子供たちから、家に訪問者がいると聞いたアール。
彼が向かうと家の前には車が停まり、その中にデリアがいました。彼女は元海兵隊員で、戦場帰りのアールをからかいますが、彼はそれに構わず家に入ります。
家にはデリアの兄で薬物の売人、アンガス(フランク・グリロ)がいました。彼はアールの妻タミーに、薬を売っていたのです。
それを見て怒り、いきなりアンガスに殴りかかるアール。激しい乱闘になりますが、騒ぎを察して家に入って来たデリアが、争いを収めようと拳銃を上に向け発砲しました。
アールを殴り倒したアンガスは、その拳銃を掴むと彼の頭に突き付けます。しかし妹に諭され、何もせずデリアと共に立ち去ったアンガス。
身を隠していたタミーは姿を現すと、アールに詫びます。薬物依存症の彼女は、耐えられずアンガスを呼び、薬を得ようとしたのです。
彼女を責めること無く、子供たちと共に荷物をまとめ、家族で出発しようと告げるアール。
一方デリアと共に立ち去ったアンガスは、車を止めると妹に暴力を振るい怒鳴りつけて、先程の振る舞いを謝らせます。その一方で彼女にキスをし、そんの体を抱きしめるアンガス。
デリアは兄の暴力と愛情による支配から、抜け出せずにいるようでした。
僅かな荷物とサンドバックを車に積み込み、アールは家族と共に出発します。ドニーブルックに出場するつもりの彼は、賞金でどこかに家を買おうと提案します。負けたらどうするのという妻の言葉に対し、負けないとだけ答えたアール。
アンガスとデリア兄妹が薬物の密造所を兼ねた家に戻ると、そこは火事で焼け落ちていました。薬物の製造中に誤って火事を起きていたのです。
薬物を作っていた2人の製造者のうち1人は死に、もう1人は茫然と座っていました。デリアは彼を慰めますが、アンガスは失敗を許さず、彼の頭に銃弾を撃ち込みます。
商品を失った兄妹は、取引相手のエルドンの家に向かいます。薬と密造所を失ったアンガスは、エルドンに貸した金を必要としていました。
アール一家は宿に泊まります。幼い娘スカウトも、父がドニーブルックに参加すると知っていました。
アールは賞金を得たら、妻のタミーにリハビリ施設に通わせると約束し、再出発しようと告げます。そしてタミーとスカウトは、この場所で待つよう伝えます。
ドニーブルックの会場には、アールが息子モーゼスと共に向かいます。タミーはモーゼスに、自分のペンダントを渡し別れを告げます。
その頃エルドンの家で目的を果たしたアンガスは、後始末を妹に任せ、外に出ます。暴行を加えられ、椅子に縛り付けた血まみれのエルドンの前で、パンツを脱ぎ出すデリア。
エルドンにまたがると、デリアは腰を動かし始めます。エルドンは彼女に、自分ではなく兄を撃つべきだと告げますが、彼女は動きを止めません。
彼が果てる瞬間に、銃を取り出したデリアはその頭を撃ち抜きます。
翌朝、警察は焼け落ちたアンガスの密造所を捜査します。刑事のドニー(ジェームズ・バッジ・デール)は、残された2つの遺体を見つめていました。
焼け跡からは密造されたドラックが発見されます。ドニーはこの惨劇を引き起こした人物を追おうと、決意を固めた様子です。
彼は次に、アールが襲った銃砲店を訪れます。店主は刑事に元海兵隊員のアールが、1000ドルを奪ったと訴えます。その額を聞き、ドニーブルックの参加費だと呟くドニー刑事。
アールと息子モーゼスの乗った古い車は、故障して停止します。アールは修理を試みますが、日が暮れても直りません。
そこにパトカーが現れます。警官から免許書と車両登録証の提示を求められたアールは、いきなり警官を殴り倒すと、パトカーを奪ってモーゼスと共に走り去ります。
翌朝アンガスとデリア兄妹は、自らの手でドラックを密造していました。そんな兄を慕い、寄りそってきたデリアの態度を、キモいと吐き捨てたアンガス。
一方アールは木にサンドバックを吊るし、トレーニングに励みます。モーゼスにパトカーは処分しなければならないと伝えると、彼は息子に拳を使う術を教えました。
刑事のドニーは旧知のスーパーの従業員、サラを訪ねてアンガスの居場所を問いただします。そして死体が残された、エルドンの家に現れます。
ドニーはエルドンを殺害したのも、アンガスとデリア兄妹だと見抜きます。文字通り悪魔のように凶行を繰り返すアンガスを追い、同僚を残し単独で動き出すドニー。
その頃デリアは1人で車を走らせていました。彼女は車を停めると、自殺を考え拳銃を取りだし、銃口を咥えて引き金を引こうとします。
しかし死ぬことが出来ません。彼女は改めて車を走らせると、アンガスの待つ家に向かいます。そしてアンガスに向け、いきなり発砲するデリア。
ドニー刑事は店でアンガスに近い男と接触し、情報を求めます。しかし男は悪魔の様に危険な男、アンガスに関わるべきではないと話し、何も語ろうとしません。
悪魔のような男だからこそ、アンガスは自分が殺すと告げるドニー。彼は男と共にドラックを服用しますが、それでも何も言わない男に業を煮やし、いきなり暴行を加えます。
男の首を絞めると、殺しかねない勢いでアンガスの行方を問いただすドニー。
アールと息子のモーは、暗闇の木陰に隠した車の中にいました。そしてアンガスはナイフを使って妹に撃たれた銃弾を、ナイフを使い自らの手で取りだしていました。
翌朝、アンガスの元から逃げたデリアは、1人佇んでいました。草原のベンチに座る彼女に、両親に連れられた幼い女の子が声をかけてきます。
車が無く道を歩いていたアンガスを、見かねた年配の男が声をかけ、自分の車に乗せました。妹と待ち合わせをしていると伝えるアンガス。
男は自分の息子も妹を大切にし、今は成功して妻子を持ち、幸せに暮らしていると告げます。そして男は、人間が成功する理由について持論を語り始めます。
人間の成功は学歴でも軍歴でもなく、何世代も前から決まっている。豊かな環境で、愛情を持って育てられた人間だけが成功できる……。アンガスは男の話を黙って聞いていました。
アンガスは車を停めさせると、男の首にナイフを突き立てて殺し、車を奪いました。
自分を殺そうとした妹を追うアンガス。ショットガンの銃身を短く切断し、アンガスを殺そうとしているドニー刑事。そしてドニーブルックの会場を目指すアール父子。
彼らの運命は、激しく激突しようとしていました……。
映画『デスマッチ 檻の中の拳闘』の感想と評価
参考映像:『Dark Night』(2016)
『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』(1980)のような、明るく楽しいストリートファイト映画や、フランク・グリロも出演した『ウォーリアー』(2011)のような、胸熱の格闘サクセスストーリー映画を期待した人は、本作の余りに凄惨な内容に言葉を失うでしょう。
アメリカの各映画サイトでの本作の評価は、真ん中あたりの点数です。それは満点近い点数を付ける人と、0点に近い点数を付ける人に見事に2分され、それを平均した評価と受けとれます。
実に重いテーマに、大胆に切り込んだティム・サットン監督の作風が、観客の胸を打つと同時に戸惑いを与え、場合によっては警戒感や嫌悪感をもたらした結果でしょう。
デビュー作『Pavilion』(2012)で郊外に住む少年たちを描き、新たなガス・ヴァン・サントであると評されたティム・サットン。
『Dark Night』は映画館で発生した、オーロラ銃乱射事件を基にした作品です。この作品は映画祭で賞を受賞するなど高い評価を得る一方、その内容(映画関係者なら、条件反射的に拒絶する人もいるでしょう)は物議をかもしました。
社会の底辺で、虐げられていると感じる人物に焦点を当て、その人物と周囲を取り巻く環境をリアルに、時に息を飲む美しい映像を交えて描く。そんな彼の作風は『デスマッチ 檻の中の拳闘』にも、色濃く反映されています。
誰もが目を閉ざす白人貧困層の現実
本作の原作は、インディアナ州南部を舞台にした小説で、犯罪や格闘のバイオレンス描写に溢れた作品です。それを監督は架空の場所の、白人貧困層を描く物語にしました。
主人公は元海兵隊員の白人。登場するのも白人ばかり。ドラックに溺れる貧しい者や、武器を所持し犯罪に関わる者が描かれます。乱闘大会ドニーブルックの主催者は、ナチ呼ばわりされる人物。闘技場に巨大な国旗が吊るされ、国家が歌われるシーンは圧巻です。
将に隠れトランプ支持者とされる、白人保守貧困層そのものです。ポリコレを意識してあえて創造する、有色人種のキャラクターも登場しない映画です。アメリカだとこの時点で、拒否感を示す人もいるでしょう。
この描写について監督は、舞台となった地域には、現実として黒人が暮らしていないと説明しています。そして描かれることの少ないこの地に暮らす人々、実在しないアメリカンドリームにすがって生きる白人貧困層に、焦点を当てたかったと説明しています。
本作について監督は公の場で右翼的だ、と批判されてもいます。しかし監督も説明している通り、白人保守層を讃えるメッセージは存在しません(ラストで主人公が、自らを南北戦争の北軍に例えているのは、そんな誤解を避ける保険でしょうか)。
むしろ白人貧困層がこの映画を観たら、あまりにもリアルに描かれたみじめな姿に、嫌悪感すら覚えるでしょう。それくらい容赦のない描写が続きます。
そんな絶望感を生活感あふれるリアルな映像で描く一方で、悪魔的な存在である宿敵、それを規則を無視して追う刑事、宿敵と妹との関係。史劇のような展開とのギャップに、表面的に組み立てられた物語にすぎない、と断じる意見もあるようです。
絶望に生きる人の寓話
様々な批判に晒されながらも、その一方で熱く支持する声も多い本作。そういった人々はこの作品は、アメリカの現実を背景にした寓話であると、見抜いているのでしょう。
子供を連れた主人公の、どこか現実離れした危険な旅路は、物語の英雄がたどる苦難の一部として受け取るべきエピソードです。
腹を撃たれても平気で、出会った者は子供すら容赦なく殺害するアンガスは、『ノーカントリー』(2007)でハビエル・バルデムが演じた殺し屋同様、怪物的人物として捉えるべき存在です。
妹との複雑な関係や、刑事との対決はそういった視点で捉えるべき出来事です。元々はアンガスが、なぜこのような人物に育ったのかを説明する描写もありましたが、監督はそれを除くことを選んだと、説明しているフランク・グリロ。
その結果アンガスが、より悪魔的な存在になったことは確かです。グリロはこの人物を演じる際、彼が相手に接近しそのパーソナルスペースを犯すことで、相手に威圧感を与えることを意識して演じた、と語っています。
本作は格闘技映画のように見えて、実はほとんど格闘シーンがありません。しかし全編が暴力に包まれています。ところが直接的な残酷描写も僅かです。それでいて見る者を打ちのめす、圧倒的な暴力描写を体感して下さい。
主人公のアールは、宿敵を倒し賞金を得て家族との生活を再出発させました。しかし賞金額は10万ドル、命を賭けるにも、その後の人生を生きるにもあまりに安く、その出どころと払った犠牲を考えると、とても手放しで喜べるものでもありません。
それでも、大切な人を失ってもなお、前に進むしかない家族の姿。そこにあるのは悟りのような希望でしょうか。それとも絶望でしょうか。
主人公を演じたジェイミー・ベルは、『SKIN/スキン』(2018)で本作と同じような世界に生きる白人、しかし白人至上主義者から更生する、アールとは裏表のような存在の、実在の人物を熱演しています。この作品もぜひ、併せてご覧下さい。
まとめ
観る者を打ちのめす映画『デスマッチ 檻の中の拳闘』。この衝撃を受け入れられる人には、最高の作品です。どうか格闘B級映画と油断しないように。
2019年話題の映画『ジョーカー』と『パラサイト 半地下の家族』。格差社会を描いた問題作と言われていますが、貧困層も暴動を起こせば社会を動かせる、金持ちが自分を蔑むようなら、殺すことだって出来る、という「ファンタジー」を提供した映画ともいえます。
一方本作は、貧困層が上流階級に反撃するどころか、むしろ現実世界では貧困層同士がいがみ合い、傷付けあって暮らしている絶望を、寓話として鋭く突き付けた作品です。
この映画が好きだという格闘家がいたら、テクニック的には?が付く人物だとしても、闘争心とハングリー精神あふれる人物だろうなぁとか、登場人物に感情移入した熱いキャストで吹替版を作れば、より燃える内容になるだろうなぁとか、色々想像してしまいました。
この映画を観た以上、フランク・グリロを”「キャプテン・アメリカ」シリーズの、誰も覚えていない悪役”とか、ジェイミー・ベルを”DC映画『グリーン・ランタン』(2011)と並ぶマーベル問題作、『ファンタスティック・フォー』(2015)に出た奴”とか、決して2度と言いません。
そんな決意を固めさせてくれた、衝撃的な問題作ですから……どうか覚悟して観て下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」は…
次回の第3回はロシア発のスパイ・アクション映画『ザ・スパイ ゴースト・エージェント』を紹介いたします。お楽しみに。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020延長戦見破録』記事一覧はこちら