連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第51回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第51回で紹介するのは、歴史に名高い大海戦を描いた戦争映画『ミッドウェイ 運命の海』。
特殊効果やドキュメンタリー番組の演出で活躍し、『FLYING FORTRESS フライング・フォートレス』(2011)を監督したマイク・フィリップスの作品です。
第2次世界大戦に詳しくない人も知る、教科書にも名が記載されたミッドウェイ海戦。この戦いは今まで何度も映画化されてきました。
その戦いを従来に無い切り口で描いた映画が登場しました。あの激戦の裏で何があったかを、アメリカ側の視点で描いた作品です。
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CONTENTS
映画『ミッドウェイ 運命の海』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
Dauntless: The Battle of Midway
【監督】
マイク・フィリップス
【キャスト】
ジャド・ネルソン、C・トーマス・ハウエル、ジェイド・ワイリー、ジョン・エニック、アダム・ペルティエ、ジェームズ・オースティン・カー
【作品概要】
ミッドウェイ海戦を日本空母を攻撃した急降下爆撃機の搭乗員、索敵・救助活動に活躍した飛行艇のクルー、そして米艦隊上層部に姿を通して描いた戦争映画。特殊効果やドキュメンタリー番組の演出で活躍し、『FLYING FORTRESS フライング・フォートレス』(2011)を監督したマイク・フィリップスの作品です。
出演は80年代の青春スター、”ブラット・パック”の一員として人気を獲得し、以降幅広く映画やドラマで活躍を続けているベテラン、ジャド・ネルソンとC・トーマス・ハウエル。2人がホラーオムニバス映画『Theatre of the Deranged III』(2019)のジェイド・ワイリーら、若手俳優と共演した作品です。
映画『ミッドウェイ 運命の海』のあらすじとネタバレ
日に照らされた太平洋の海上。そこに1人の米海軍パイロットが漂っていました。彼は拳銃を掴むと自分の頭に向け、引き金を引こうとします……。
それに先立つ1941年10月3日、ハワイのホノルルの酒場でカウンターで、手紙を書いている軍人がいました。後から入ってきた男が、彼に声をかけます。
手紙を書いていた男、ノーマン・F・ヴァンディヴィエ少尉(ジェイド・ワイリー)と、後から現れたベネット(アダム・ペルティエ)は同期の米海軍パイロットでした。
久々に会い思い出と近況を語る2人。現在ノーマンは空母エンタープライズの、SBDドーントレス急降下爆撃機のパイロット、ベネットはPBYカタリナ飛行艇の機長を務めています。
しかしその年の12月7日の日曜日、日本軍がパールハーバーを奇襲します。アメリカが戦争に突入したことを、国民に向け宣言するルーズベルト大統領。
1942年6月4日、ミッドウェイ島北東約320㎞の位置に、米海軍第16任務部隊の旗艦空母エンタープライズは、空母ホーネット他の僚艦を従え進んでいました。
飛行甲板には出撃準備を終えたドーントレス爆撃機が並び、ノーマンは僚機のパイロットと会話を交わします。
クラーク・ゲーブルの映画『太平洋爆撃隊』(1931年製作の空母艦載機パイロットを描いた映画)など映画を話題に、気分を落ち着かせる2人。彼らに出撃命令が下りました。
ノーマンは後部銃手のリー(ジョン・エニック)が既に席についた、自分の爆撃機に乗り込みます。経験の浅い彼を落ち着かせようと語りかけるノーマン。
第16任務部隊の指揮官レイモンド・スプルーアンス少将(ジャド・ネルソン)や、マイルス・ブラウニング参謀長(C・トーマス・ハウエル)らが見守る中、艦載機は発艦していきます。
空中で編隊を組むと、飛行隊長のクラレンス・マクラスキー少佐に率いられ、日本艦隊目指して進撃を開始する急降下爆撃機部隊。
10時20分。マクラスキー少佐に率いられた、エンタープライズのVB-6、VS-6爆撃機隊は、高度約5800メートルを飛行していました。
敵は見つからず、VB-6爆撃機隊は高度を下げました。そのおかげで酸素マスクを外すことができたノーマンとリー。しかし空母に帰還するには燃料が心許なくなっています。
索敵を続行するかはマクラスキー少佐の判断に委ねられ、ノーマンはそれを信じて飛行するしかありません
11時35分。リーはトイレを使うにはどうすれば良いか、ノーマンに訊ねました。小便用の管はあるが、この高度では使用しない方が良いと言われ、諦めたリー。
その時、海面に航跡が見えました。ついに日本艦隊を発見しました。マクラスキー少佐そしてVB-6爆撃機隊指揮官ベスト大尉機に続き、ノーマンの機体も急降下を開始します。
対空砲火をかいくぐり、ドンートレスは次々爆弾を投下します。命中弾を浴びた日本空母は大爆発を起こしました。
ノーマンの機体も空母赤城に迫り、爆弾を投下し命中させました。奇襲を受けた形となった日本艦隊ですが、直衛部隊のゼロ戦が投下を終えたドンートレスに迫ってきます。
ノーマンの僚機は撃墜され、リーは機銃を操作して反撃しますがゼロ戦から逃れられません。日本軍巡洋艦をかわすように飛行したものの、対空砲火を浴びたノーマンの機体。
被弾した爆撃機は高度を下げていきます。ノーマンは無線で墜落推定位置を報告すると、機体を着水させました。
13時。ミッドウェイ島西方80㎞の海上に、PBYカタリナ飛行艇の姿がありました。その機長はベネットで、次の命令を待ち待機していました。
すると海上に不時着した爆撃機の発見を告げる、味方からの無線が入ります。まだ日本海軍のいる危険な海域ですが、ベネットは部下に指示を与え、副操縦士のバンクス(ジェームズ・オースティン・カー)と共に飛行艇を離水させます。
ノーマンとリーは、海面に浮かぶ爆撃機にいました。はるか彼方から爆発音が響き、まだ戦闘は続いているようです。座席から離れた時に上空から迫るゼロ戦に気付くリー。
リーはノーマンを座席から救い出し、2人で海に飛び込みます。機銃掃射を受けた爆撃機は海中に沈んでゆきます。
リーは負傷しましたが、ノーマンは朝食までに救出されると励まします。水平線の向こうに、炎上する日本軍空母赤城・加賀・蒼龍のものか、3つの大きな煙の柱が立っていました。
第16任務部隊に戻ったドーントレス爆撃機の1機が、燃料切れからか着艦できずに、空母エンタープライズの目の前で不時着水します。
残る敵空母への攻撃の優先を求めるブラウニング参謀長に構わず、搭乗員の救出を命じるスプルーアンス少将。
ベネットの飛行艇ではクルーが、味方機の不時着水位置を推定し、記録していました。
日本艦隊に大損害を与えたとはいえ、フレッチャー少将指揮する第17任務部隊の空母ヨークタウンが攻撃を受け、戦闘能力を失いました。戻ってきた艦載機の数も減っています。
それでも日本軍に、さらに打撃を与えようと作戦を指導するブラウニング参謀長に、搭乗員や他の幹部から不満の声も上がっていました。
ベネットとバンクスの飛行艇は、漂流する味方を発見出来ずにいました。
一方海上ではノーマンが、眠ってしまったリーを起こし、傷の処置をします。気力を取り戻し、見つけた上空を飛ぶ味方機の編隊に対して叫ぶリー。
高空を飛行しているので、こちらには気付かないとノーマンはなだめます。味方機は残る1隻の日本空母・飛龍を攻撃したのか、爆発音が響き黒煙が立ち上ります。
海上を捜索するベネット機は、日本海軍のゼロ戦に遭遇します。防御機銃を発射して応戦し、ゼロ戦を追い払うことに成功したカタリナ飛行艇。しかし捜索を断念します。
戦場となった海は、夜を迎えました。漂流するノーマンとリーに、遠くから鳴り響くサイレンの音が聞こえます。それが何の音なのか判りません。
リーは喉の渇きを訴えますが、ノーマンも同じ状況でした。彼はS.T.コールリッジの詩「古老の船乗り」の話をリーに聞かせます。
道しるべとなるアホウドリを殺した船乗りに、次々と災いが襲い、仲間は次々死んで行きます。しかし最後まで残った者は救われました。
この物語の最後まであきらめず、神に救われた男のように頑張ろうとリーに語るノーマン。
空母エンタープライズでは、ブラウニング参謀長がスプルーアンス少将に、第17任務部隊のフレッチャー少将が指揮権を委譲すると連絡してきた、と報告します。
戦果は挙げたものの、昨日のような無理は出来ないと告げるスプルーアンス少将。
翌朝、ノーマンが目覚めた時リーの姿がありません。近くに彼の姿を見つけ、ノーマンは泳いで寄ります。彼はリーの傷の悪化に気付きました。
6月5日6時。ミッドウェイ島北西180㎞の海上に、ベネットの飛行艇は待機していました。同じく7時、ミッドウェイ島の北方を第16任務部隊は進んでいます。
ブラウニング参謀長は、北方からダッチハーバーを空襲した空母2隻を含む、日本艦隊が接近しているとの報告を受け、作戦海図に敵空母龍驤、隼鷹の模型を並べます。
日本海軍の主力空母4隻を撃破したといえ、米海軍にとって予断を許さぬ戦況が続きます。そして漂流を続けるノーマンとリーに近づく巨大な魚影。
ノーマンは拳銃を手に警戒しますが、幸いにも魚の正体は人を襲わぬマンタでした。2人は出身地を語り励まし合いますが、その姿は広大な太平洋では、あまりにも小さな存在でした……。
映画『ミッドウェイ 運命の海』の感想と評価
参考映像:『太平洋爆撃隊』(1931)
この映画を日米海軍の正面からの決戦を描いた映画、と思った方は意外な展開に驚くでしょう。そしてこの映画を、爆撃機パイロットに焦点を絞った映画と思った方も、本編に関係無さそうな米軍上層部の内輪もめを見せられ、面食らった方も多いでしょう。
それこそが監督のこだわりが光る、この映画ならではの描写の数々です。戦争映画ファンのために、少々解説していきましょう。
第2次大戦では、海戦の主役は空母となりました。その空母の有用性に最初に気付いたのは日本海軍、といわれていますが、アメリカも早期から空母の運用を研究していました。
この映画の中でセリフに登場する、クラーク・ゲーブル主演の映画『太平洋爆撃隊』(1932)からも、米海軍内で空母と艦載機パイロットが重要視されていることが判ります。
そもそも飛行機が誕生した国こそアメリカ。戦前の米海軍は空母艦長、空母部隊指揮官にパイロット経験者を起用すると定め、飛行機の運用を理解した者が要職を占めるようになります。
真珠湾奇襲で太平洋戦争は始まりますが、当初は日本軍が一方的に暴れ回っている印象がありますが、米海軍も黙っていた訳ではありません。
アメリカ空母部隊の指揮官、ハルゼー中将は空母で敵の拠点を攻撃して逃げる”ヒットエンドラン戦法”で、日本軍をかく乱します。
その集大成が映画『パール・ハーバー』(2001)のクライマックスに登場する、ドーリットル空襲とも呼ばれる、空母から発進した爆撃機による東京初空襲でした。
このハルゼー中将を補佐した、空母作戦指揮のパイオニアと呼ばれる名参謀が、この映画でC・トーマス・ハウエルが演じたマイルス・ブラウニングです。
戦史に埋もれた人物を紹介した作品
テストパイロット出身のブラウニングは、ハルゼー中将(この人物も当時の米海軍の規定で、50歳を越えてからパイロットの資格を取りました)の絶大な信頼を得て、彼の参謀長となり作戦指導を支えました。
ブラウニングを信頼したハルゼーは、彼に”キャプテン”の地位を特別に与え、空母の艦長(キャプテン)と同じ権限を与えます。
よって『ミッドウェイ 運命の海』の空母エンタープライズには、本来の空母艦長のマレーとブラウニングの、2人の”キャプテン”が登場しています。
紛らわしく映画を見て混乱した方もいるでしょう。あらすじ紹介では、ブラウニングは”参謀長”と紹介させてもらいました。
さて、ミッドウェイ海戦を前に、ハルゼー中将は病気療養で入院し、第16任務部隊の指揮官はジャド・ネルソン演じる、スプルーアンス少将に交代します。
空母の指揮経験の無い彼が部隊を引き継ぐ条件として、ブラウニングたちハルゼーの幕僚が残り、スプルーアンスを支えることになりました。そしてミッドウェイ海戦を迎えます。
攻撃された空母の脆弱性を熟知していたブラウニングは、日本空母を発見すると即艦載機を出撃させます。この果敢な決断が米軍に大きな勝利をもたらしたと評されています。
ところが彼は攻撃的な指揮に徹し、爆撃機に充分な護衛戦闘機を付けずに飛ばし、帰艦が危ぶまれる距離で出撃させ、搭乗員の命より空母の安全を第一とするなど、部下の信頼を失いかねない作戦指導を行います。
この人物は性格にも難があり、傲慢で暴力的、おまけに酒乱と問題の多い人物でした。まるで日本軍にこそ相応しい(?)、絶対に上司にしたくないタイプの軍人です。エンタープライズ上層部の、妙にピリピリした雰囲気は、この事実を元に描かれました。
後に大将となり、「将の中の将」と評されたスプルーアンスは、彼の人格的な問題や他の将兵との軋轢を見抜き、ミッドウェイ海戦の後、自分の幕僚から彼を外します。
その後も米海軍の航空作戦を指揮したブラウニングですが、ますますアルコールに溺れ、パイロットに危険な空母発艦運用を強い、溺れた乗員の救助を拒み、挙句の果てに同僚の妻と不倫、略奪婚を行うという、軍人より奇人・変人エピソードの類いが豊富になります。
そして空母艦長を務めた際の、事故を口実に指揮権を取り上げられ、ついに閑職に回されます。本来なら歴史的大勝利をもたらしたと評価されるべき人物が、不祥事から米海軍の歴史から抹殺されたような扱いを受ける結果となりました。
という奇妙な人物をこの映画は控え目ながら、知る人が見れば絶対に納得する、問題児であった一面をしっかり描き出しているのです。
日の当たらない激戦の実像を描く
映画のラストで紹介しているように、戦死した実在のSBDドーントレス急降下爆撃機パイロット、ノーマン・F・ヴァンディヴィエ中尉(戦死後昇進)の姿を描いた作品でもあります。
といっても不時着水から死に至るまでの姿は、無論創作です。海難事故映画『パーフェクト・ストーム』(2000)同様の、こんな最期だったのかもしれないという描写です。
そして戦闘というものを、戦いに勝った、負けたで終わる物語として記憶しがちですが、実像はそうではないと本作は丁寧に描写しています。
6月4日の海戦に大勝利した米海軍も、敗北して一目散に逃げたかに見える日本海軍も、その後様々な駆け引きを繰り広げています。判断を1つ間違えれば戦況は変わるかもしれない、そんな緊迫した状況が続く有様を描いています。
本作は激戦後の双方の動きを詳細に追った、初めての映画ではないでしょうか。たとえば戦闘終了直後から、もっと米海軍が積極的に追撃していれば、日本軍に大きな損害を与えられたとする評も現れました。
しかし本作を見ると事態はそう単純ではなく、スプルーアンス少将の決断は間違いでは無かったとする、後に主流となる評価の理由を教えてくれます。映画では描き切れなかった航空機の損耗、弾薬・燃料の不足も考慮すればなおさらです。
ミッドウェイ海戦を扱った映画は多数ありますが、本作を見ればその視点がより広がることは確実。ドキュメンタリー作品でもこのような一面を紹介したものは少ないでしょう。
そして激戦の影に、裏方として索敵や救助に活躍した人物、人知れず命を落とした人物もいることを、この映画は改めて教えてくれるのです。
なお映画に登場する日時は、日本時間でも現地時間でもありません。米本土のいずれかの時間と思われますので、参考にして下さい。
まとめ
戦争映画ファンなら、間違いなく注目している『ミッドウェイ 運命の海』。低予算映画だと軽く見ていませんか? あの大海戦の意外な事実、隠れた人物を紹介した作品として、ぜひ見逃してほしくない作品です。
なお本作の戦闘機や艦艇の描写にCGを使用しています。それが少し低予算感がある、アサイラムが製作したようなモンスター映画よりはレベルが上だけど、大作映画と比べるとちょっと……と実感した方も多いでしょう。
実はこの映画のCGは、CGTraderというリトアニアの会社が、事前に製作しストックされた3Dモデルを購入し使用して製作されました。
これによりゼロから3DのCGを製作する従来のやり方と比べ、この規模のVFXを利用した従来の作品と比べ、100万ドル以上の費用を節約できたと、マイク・フィリップス監督は語っています。
製作者が自分の作品に望む、満足できる質に到達するには課題もあるでしょう。この作品が画面全体の色彩に補正を行い、独特の色調を持っているのもこれが理由と思われます。
しかし小道具を買う、借りる感覚で、CGの航空機や軍艦を映画に登場させることが可能となったのです。技術の発達と共に、映画の作り方が確実に変わってきていることを示す、一つの事例としても注目して下さい。
ところで本作のもう一つの主役である飛行機、PBYカタリナ飛行艇は『アルキメデスの大戦』(2019)にも、冒頭で日本軍と米軍の違いを表現する、象徴的な役割で登場します。
そして『アルキメデスの大戦』で日本海軍の戦艦大和を攻撃する、米海軍第5艦隊の指揮官こそ、大将に昇進したスプルーアンス提督だったのです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第52回はクリスティーナ・リッチ主演の大人の恋愛映画『別れる前にしておくべき10のこと』を紹介いたします。お楽しみに。
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