連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第41回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第41回で紹介するのは、LAの街を支配するギャングに挑む、覆面ヒーローを描くアクション映画『エル・チカーノ レジェンド・オブ・ストリート・ヒーロー』。
世間にはびこる悪の組織に、孤独に立ち向かう男。映画のヒーロー像の定番ですが、その主人公が覆面を付けて登場すれば、将にアメコミヒーローの定番です。
しかし覆面姿で活躍するのは、コミックのヒーローだけではありません。コミックが普及する以前から小説や映画、ラジオドラマなどで、様々な人物が顔を隠し世の悪に挑んできました。
そんな伝統的ヒーローの姿が、現代のロサンゼルスを舞台にハードに甦ります。
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CONTENTS
映画『エル・チカーノ レジェンド・オブ・ストリート・ヒーロー』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
El Chicano
【監督・脚本】
ベン・ブレイ
【キャスト】
ラウル・カスティーロ、ジョージ・ロペス、エイミー・ガルシア、ケイト・デル・カスティーリョ
【作品概要】
ロサンゼルスで暮らすメキシコ系住民を脅かす、凶悪なカルテルに1人で立ち向かう男を描く、初の本格的ラテン系スーパーヒーロー映画と呼ばれた、クライムアクション作品。製作・脚本は『NARC ナーク』(2002)『THE GREY 凍える太陽』(2012)など、ハードボイルドな作風で知られるジョー・カーナハンが務めました。
俳優・スタントマンであり、ドラマ「ブラックリスト」の第2班監督、「アロー」「スーパーガール」「レジェンド・オブ・トゥモロー」といった、ヒーロードラマの監督を務めた、ベン・ブレイの初の長編映画監督作品です。
ドラマ「ルッキング」の出演で人気となったラウル・カスティーロが主演を務め、コメディアンでもあるジョージ・ロペス、ドラマ「LUCIFER/ルシファー」「ラッシュアワー」のエイミー・ガルシア、『バッドボーイズ フォー・ライフ』(2020)のケイト・デル・カスティーリョら、ヒスパニック系俳優陣が脇を固めた映画です。
映画『エル・チカーノ レジェンド・オブ・ストリート・ヒーロー』のあらすじとネタバレ
雨の中、逃げる男を追って墓地に現れた覆面の男は、1つの墓の前に立ちつくします。彼は血にまみれた手で、ペドロ・エルナンデスの名が刻まれた墓に触れました…。
20年前のイースト・ロサンゼルス。夜の街をディエゴとペドロの双子のエルナンデス兄弟と、ホセの仲の良い3人の子供が走っていました。ホセはパーティーの開かれた邸宅に戻りますが、遅く帰ったために母親から厳しく叱られます。邸宅には銃を持った男たちが集まっていました。
ホセはギャング一家に息子で、ディエゴとペドロはギャングたちが騒ぐ邸宅の様子を見ていました。ホセの父でもある車椅子の男、シャドウが一家のボスです。するとそこに1台のパトカーが現れます。
パトカーから降りた警官は、好き放題に騒ぐギャングに臆せず、今日警官がギャングに待ち伏せされ撃たれたと告げます。彼らの関与を疑っているようですが、シャドウは何も答えません。
エミリオにストリートの処刑人、”エル・チカーノ”が現れたと告げ、覆面の男の姿が落書きされた交通標識を見せます。警告を残して去って行く警官。
警官が姿を消すと、残された覆面の男が描かれた標識を、忌々しそうに銃で撃つシャドウ。見つめていたエルナンデス兄弟は”エル・チカーノ”とは、アステカの伝説の戦士のように犯罪者を切り刻む、亡霊のような存在だと知っていました。
突然、車椅子のエミリオが何者かに襲われます。ギャングたちは散り散りになって探しますが、それをあざ笑うかのように、フードの付いたコートを着た、覆面の男がバイクでシャドウを引きずりながら現れます。
覆面の男”エル・チカーノ”は、アステカの戦士のナイフを取り出し、シャドウの胸に突き立てます。その光景をエルナンデス兄弟とホセも見つめていました。
ホセは父を殺された怒りの表情を見せます。”エル・チカーノ”を追って駆け出した、弟ペドロの後を追うディエゴ…。
現在のイースト・ロサンゼルス。刑事となったディエゴ(ラウル・カスティーロ)は、多くのギャングが殺された現場に現れます。そこには捜査を指揮するゴメス警部(ジョージ・ロペス)が既にいます。
ギャングの抗争劇と思われるこの事件に、FBIなど様々な捜査機関も介入しようとしていますが、ゴメス警部は街を守るためにも、自分たちの手で解決したいと考えていました。彼は信頼できる部下、ディエゴに捜査を命じました。
現場で生き残ったギャング、”サイレント”を尋問したディエゴは、彼の腕のタトゥーを見て衝撃を受けます。確認すると殺されたギャングたちにも、同じ場所に同じタトゥーがあります。
ギャングたちは皆、”MITO”(神話)の文字とある日付を入れていました。その日付はディエゴと双子の兄弟、ペドロの誕生日。そして”MITO”はアステカやマヤの神話を信じていた、ペドロのニックネームでした。
自分と異なり、弟ペドロは幼馴染のホセと同じく悪の道に入ったと、ディエゴは全てをゴメス警部に話します。彼は既に自殺した弟とは縁を切り、何をしていたか知らずにいましたが、タトゥーはペドロが仲間を集めていた証拠かもしれません。
そして今回のギャングたちの殺害に、今は”ショットガン”と呼ばれる、ホセの一味が絡んでいると思われます。真相を探るため、ディエゴに弟と事件との関係を追うよう命じるゴメス警部。
相棒のマルティネスと共に、サイレントをパトカーで連行中のディエゴは、彼らが入れていたタトゥーについて訊ねてみます。すると彼は、お前の弟はこの日が来ることを知って、我々に警告してくれたと答えます。
言葉の意味が判らぬディエゴに、弟は自殺でなく殺されたと告げるサイレント。さらに言葉を続けようとした時、彼は何者かに狙撃され殺されました。
パトカーから出て身を隠すディエゴとマルティネス。待ち伏せしていた者の狙いは、警官ではなくサイレントの口封じだと気付きます。
警察署ではゴメス警部がFBIに、ロス市警は容疑者の護送すら、満足に出来ないのかと責められていました。それを苦い顔で聞くディエゴとマルティネス。
FBIが帰るとディエゴは警部に、サイレントが最期に語った言葉を伝えます。ショットガンの組織の関与も含め、唯一の手がかりであるペドロの死について、探るようゴメスは指示します。
母と共にペドロの墓を訪ねるディエゴ。母から刑務所から送られた、弟の荷物の箱が残されていると知り調べます。中には「孫子の兵法」やフランス革命を著した本、ヒーロー物の「デアデビル」のコミックなどが入っていました。
箱の中には家族との写真もあり、彼はペドロとボウシングに打ち込んだ日々を思い出します。そして弟が、幼いころから友人のギャングのボス・ショットガンと、もう1人の男と一緒に写る写真があります。その男の顔は消してあり、裏に「汝の敵を知れ」と書いていました。
ペドロの死を悲しむ母に対し、ディエゴは弟の生き方を許せずにいました。母子はすれ違った思いのまま別れます。相棒のマルティネスに見つけた写真の画像を送り、調査を依頼するディエゴ。
観光客を相手に、米墨戦争とカリフォルニア併合の歴史と、その時抵抗した”チカーノ”(メキシコ系アメリカ人)について語るヘスースに、ディエゴは会いに来ました。子供のころから”チカーノ”文化と歴史を教えてくれた彼に、”MITO”のタトゥーについて訊ねます。
するとヘスースは、お前は知っているはずだと答えます。ペドロはリーダーとなる資質を持った男で、その周りには仲間が集まったと話し、彼が何かを計画していたと告げました。
そこにマルティネスから、ショットガンを見つけたとの連絡が入ります。話を切り上げ現場に向かうディエゴに、まだ伝えたいことがありそうな表情を見せるヘスース。
パトカーの中でマルティネスに、幼い頃自分と弟は、近所に住むショットガンと友人だったと告白します。そして彼の父でギャングのボス、シャドウは3人の目前で殺された過去を話します。
白昼堂々たむろするショットガンと一味のギャング。ディエゴは彼と抱き合い挨拶しました。
ディエゴは多くのギャングが殺された件を訊ねますが、ショットガンははぐらかして答えません。マルティネスの質問には、威圧的な態度で応じます。
そこでディエゴは例の写真を見せ、顔を消された人物が誰かと尋ねます。写真を見ると黙り込み、知らないとだけ答えるショットガン。
彼らと別れるとディエゴは、LAのギャングの実態を知らないマルティネスの挑発的な態度は、命を失うことになりかねないと注意します。そこにマルティネスへ電話が入ります。
それは写真を調べた結果報告です。ペドロとショットガンと共に写る人物は、ジョーズと呼ばれる服役中のギャングで、メキシコの麻薬カルテルのボス・エルガロの息子と噂される男でした。
ショットガンは間もなく出所するジョーズを、歓迎するパーティーを準備していました。彼らの関係は悪くないようです。そして民族主義者でもあるエルガロは、かつてのメキシコの支配地・カリフォルニアを、カルテルの勢力下に収めようと企んでいたのです。
強力な組織を持つエルガロにショットガンは服従し、縄張りのイースト・ロサンゼルスを差し出そうとしていました。それに反対する勢力を粛正した結果が、ペドロの仲間のギャングの大量殺人だと、ディエゴとゴメス警部は判断しました。
おそらくペドロは最初に始末されたのでしょう。ディエゴは弟が残した手帳を開きます。そこには革命について語る、フランクリン・ルーズベルトやカストロの言葉が記されています。
難しい顔をしていた彼の前に、共に暮らすヴァネッサ(エイミー・ガルシア)が現れます。弟の意外な一面を知ったディエゴに、刑務所での服役が彼を変えたと語るヴァネッサ。
弟はギャングに過ぎないと言うディエゴに、彼女はペドロはあなたの兄弟だと告げます。
ペドロは手帳に、メキシコ系アメリカ人の決意を書いていました。そして自分たちが暮らす地を守る意志を固め、集まった仲間は同じタトゥーで団結を誓ったのです。
ヴァネッサはディエゴが、弟の考えに影響され過ぎないかと心配します。ディエゴはペドロが残したアステカの戦士を描いた絵を見つめ、彼の夢の中にアステカの剣を持つ少年時代の弟と、覆面をした男が現れました。
目覚めた時に手にしていた、ペドロ宛の郵便物の住所に目を留めたディエゴ。
彼がその場所を訪れるとそこは貸倉庫でした。しかし倉庫は図面より狭いと気付きます。よく見ると隠し部屋が存在しています。
弟が残した隠し部屋にディエゴは入ります。壁にアステカ文明の絵が大きく描かれ、天井からサンドバッグが吊るされ、周囲に家族の写真が貼られていました。
そしてプロテクター入りのコートや、古いハーレーのバイクが置いてあります。さらに古代アステカ文明の図柄をあしらう、覆面があること気付きます。
その覆面を持って、ディエゴはヘスースの家を訪ねます。彼はこれを身に付けた男を、少年時代に弟と共に目撃していました。それはショットガンの父、シャドウを殺した男です。彼の正体が何者かと訊ねるディエゴ。
“チカーノ”の歴史に詳しいヘスースは、それは都市伝説として語り継がれる存在、”エル・チカーノ”だと告げます。彼が最初に現れたのは1943年6月にロサンゼルスで発生した、メキシコ系アメリカ人に対する白人たちの暴動、ズートスーツ暴動の後です。
新聞記事を示し、その後50年代から70年代にかけて、”エル・チカーノ”の存在は語り継がれていたと教えるヘスース。この地に暮らす”チカーノ”を虐げる者を処刑する、バイクに乗り現れる悪魔として、ギャングたちに恐れられていました。
ディエゴはペドロの残したノートを示します。彼はメキシコのカルテルが、LAに手を伸ばしていると気付いていました。兄のディエゴは正義の側から彼らと戦えるが、正義ではない自分は兄を補う方法で戦う、そんな決意を書き残していたペドロ。
彼は仲間を募り、戦いの準備をしていました。しかしショットガンらに先手を打たれ、命を落としたようです。ペドロが”エル・チカーノ”として闘う望みは潰えました。
その時ディエゴの電話に、ジョーズが出所しLAに向かっているとの連絡が入ります。引き続きエルガロのカルテルも乗りこんでくるはずです。彼はヘスースの元を去ります。
ストリートで傍若無人に振る舞うショットガン一味の集まりを、ディエゴとマルティネスは車の中から監視します。ギャングへの怒りを口にする相棒に、弟の自殺は確実では無くなった、殺されたのかもしれないと告げるディエゴ。
そこにジョーズが現れます。マルティネスは集音マイクを使い、ショットガンとジョーズの会話を聞き取ります。彼らは警察やFBI、あらゆる捜査機関と戦争をするつもりで、LAを手に入れようとしていました。
彼らの会話の中に邪魔な”MITO”は始末した、という言葉が出て来ます。やはりペドロは仲間と共に、ショットガンに殺されたのです。
突然銃弾が飛んできます。気付いたギャングたちが発砲してきました。銃弾が飛び交う中、ディエゴは車を走らせますが、マルティネスは負傷し出血が止まりません。
追手の車を銃撃し逃れたディエゴですが、マルティネスは命を落しました。
病院で目覚めたディエゴは、ゴメス警部が言い争う声を聞いていました。マルティネス殺害の件では証拠不十分で、ショットガンとジョーズは逮捕できない様子です。
病室に現れた警部は、ディエゴに詫びるとヴァネッサと母と共に、しばらく身を隠すよう勧めます。カメラも破壊され、逮捕に結びつく証拠がないと語るゴメス。
間もなくエルガロのカルテルも現れますが、警察に打つ手はありません。ゴメス警部は次に何をすべきか判らない、と呟きます。
退院したディエゴは母とヴァネッサに、安全のためLAから離れるよう告げます。ヴァネッサは自分の危険よりも、ディエゴの目に怒りしか見えないことが不安でした。
1人になったディエゴの元に、ヘスースから荷物が送られてきます。添えられた手紙には、君に必要であり、亡き弟ペドロが望んでいたものを送ると書いてありました。
中にはペドロが描いた”エル・チカーノ”の姿と、アステカ族の戦士のナイフが入っています。
ディエゴはペドロが用意した隠し部屋に向かい、自分が”エル・チカーノ”として単独で、凶悪なカルテルに立ち向かおうと決意します…。
映画『エル・チカーノ レジェンド・オブ・ストリート・ヒーロー』の感想と評価
参考映像:『HOMIE KEI ~チカーノになった日本人~』(2019)
オール・ヒスパニック・キャストで製作された本作。ハリウッド映画界は興行的に難しいと危惧し、製作には協力的ではありませんでした。そんな困難を乗り越え完成した本作の意義を、ニューヨーク・タイムズも紹介しています。
本作を紹介する前に”チカーノ”という言葉の意味を伝えねばなりません。19世紀、テキサス革命の後に誕生したテキサス共和国を併合し、それに続く米墨戦争でカリフォルニア州を含む、当時のメキシコ領の1/3を我が物としたアメリカ。
この過程は現在振り返ると、決して褒められたものではありません。しかしジョン・ウェイン主演の西部劇『アラモ』(1960)など、アメリカ側は英雄と冒険児の物語として語り継いでいます。しかしメキシコ側、メキシコ系住民から見た場合…言わずもがなの行為です。
これらの土地を併合した結果、多くのメキシコ系アメリカ人が誕生します。20世紀になると、彼らの2世はアメリカで低賃金で働く労働者となり、白人側から見て侮蔑的な意味を込めて、”チカーノ”と呼ばれるようになりました。
後に様々な歴史を経て、アメリカ国内で自分たちの地位や文化、民族的意識を獲得したメキシコ系アメリカ人。今や彼らは様々な意味を込めて、自分たちを”チカーノ”と呼んでいます。
現在の”チカーノ”の言葉の意味や扱いの一面は、ドキュメンタリー映画『HOMIE KEI ~チカーノになった日本人~』を見ると、参考になるかもしれません。興味を持った方はぜひこの映画や、関連する書籍やコミックをご覧下さい。
“エル・チカーノ”が守ろうとしたものとは
本作の劇中では、”エル・チカーノ”が最初に誕生したのはズートスーツ暴動の後、という聞きなれない言葉が登場します。
ズートスーツとはファッションで、決めたスーツに帽子を被り、ハイウエストのダボダボパンツを着用した姿です。マイケル・ジャクソンの衣装とか、映画ファンにはジム・キャリーの『マスク』(1994)の衣装と説明すると、判りやすいでしょうか。
1940年前後、アメリカで虐げられた人種の、2世以降の差別的な境遇に反抗的な若者たちの間で、このファッションが流行します。その中心はメキシコ系アメリカ人。他にイタリア系にフィリピン系、黒人に日系人の、アウトサイダー気質の若者の間に流行しました。
ズートスーツが70~80年代の学ランなど、後の日本の不良学生のファッションに影響を与えていますから、体制に反抗する若者のアイテムだと理解できるでしょう。
第2次世界大戦にアメリカが参戦すると、マイノリティーの若者には、普段は自分たちを虐げながら戦争への参加を強要する、アメリカ政府の態度に不満を感じる者も数多くいました。その中にズートスーツをまとった、メキシコ系アメリカ人もいたのです。
その姿勢は戦争に協力する白人層を中心としたアメリカ人に、実に不愉快なものでした。その結果1943年6月、ロサンゼルスで軍人を中心とする白人たちが、ズートスーツを身に付けた若者などの、メキシコ系アメリカ人らを襲う、ズートスーツ暴動が発生します。
この暴動を警察は黙認し、政府も責任は戦争に協力しない側にある、という姿勢をとります。暴動は一般のメキシコ系アメリカ人など、関係ない人々にも被害を与え、メキシコ政府が抗議し、当時戦争相手の日本は、プロパガンダ放送でアメリカの人種差別だと非難します。
無論ズートスーツの若者に、ナチや日本に協力する意図は無く、政府への反発は自然な心境の結果でした。しかし平時に搾取の対象にした移民たちを、非常時に不満分子として敵視するアメリカ国家の姿勢は、マイノリティーには耐えがたいものでした。
その時立ち上がったのが、”エル・チカーノ”であるという設定です。彼がメキシコ系アメリカ人を守ろうとした相手は、決してギャングだけではない、とお判り頂けましたか。
実のところヤクザと闘うオジサンのお話です
という孤高のヒーロー、”エル・チカーノ”ですが、中身は刑事といえどただの人、「バットマン」のブルース・ウェインのような大富豪でもありません。
バイクを駆って悪と戦う姿は、将にドルフ・ラングレン版『パニッシャー』(1989)。それ以上に恨みを糧に地味かつ真面目で、正直姑息な手段でギャングに立ち向かう、トーマス・ジェーン版『パニッシャー』(2004)の方が、本作に近いかもしれません。
個人的にはどちらも好きですが、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)誕生以前の、アクション色の強いB級映画の前者と、リアルを追求した結果、地味の極みになった後者の『パニッシャー』。本作にはその雰囲気が漂います。
さらに劇中で、”エル・チカーノ”に憧れた主人公の弟が持っていたアメコミが「デアデビル」。MCU誕生以前の、ベン・アフレック主演の映画『デアデビル』(2003)も、これまた地味な作品ですから…社会派を目指すヒーローは、どうにも華がありません。
同様に地味な作品となった感のある本作ですが、もっとも大きな批判の対象は、敵となるメキシコカルテルの描き方でした。まるでアメリカの白人保守層が抱く、中南米から流入する移民=犯罪者だ、というイメージそのままの描写と受け取られました。
これは製作陣が敵も味方も、ヒスパニック系俳優陣を起用を望んだ結果、このような物語になったのかもしれません。
ダニー・トレホ主演の『マチェーテ』(2010)、『マチェーテ・キルズ』(2013)の様に、敵は馬鹿げた振る舞いの白人(ロバート・デ・ニーロにメル・ギブソン!)にすれば、風刺としても皮肉的なギャグとしても、多くの人に受け入れられたことは確かです。
メキシコ系アメリカ人に、様々な形で焦点を当てた本作は、その結果としてアクション映画にしては真面目で地味、その上物議をかもす結果をもたらしました。
まとめ
独特の味わいを持つヒーロー映画『エル・チカーノ』、アクション映画、ハードボイルド映画好きな方にはお薦めです。メキシコ系アメリカ人の世界、ヒスパニック系俳優に興味のある方には、なおお薦めの作品です。
本作で主人公や、その弟が口にする”アメリカ”は、国としてのアメリカではなく、大陸として、そしてそこに住む者の大地としてのアメリカ。その意味するところは映画から伝わってきます。
本作にラストに登場するケイト・デル・カスティーリョ。日本での知名度は低いですが、彼女は中南米やアメリカのヒスパニック系向けのドラマに出演し、絶大な人気を誇る女優です。
さて、映画ファンなら俳優のショーン・ペンが2015年、脱獄したメキシコの麻薬王エル・チャポ(ホアキン・グスマン)とのインタビューに成功し、それが翌年の逮捕につながった…というニュースを覚えている方がいるかもしれません。
そのインタビューを仲介したのが、ケイト・デル・カスティーリョ。逃亡中の麻薬王も、ヒスパニック界の大人気女優で、おまけにドラマでカルテルのボスを演じている、彼女に声をかけられると喜んで、ホイホイ出向いたのかもしれません。
ラストシーンでの、そんな彼女の登場は出オチであり、同時にヒスパニック系観客へのサービスですから、そのつもりでご覧下さい。
メキシコは女優さんも、麻薬カルテルのボスも、やることのスケールが違います。反社の人の闇営業に出たとか、反社の人と一緒に写真に写ったとかで騒いでいる、日本の芸能界とはあまりにも次元が違い過ぎて…これはもう、参りましたと言うしかありません。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第42回は第2次大戦下の独ソ戦で、最大の戦場となったレニングラード包囲戦の秘話を描く戦争映画『脱走特急』を紹介いたします。お楽しみに。
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