連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第14回
世界各地の様々な映画が上映される「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催。2月7日(金)からはシネ・リーブル梅田でも実施、一部作品は青山シアターで、期間限定でオンライン上映されます。
前年は「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、上映58作品を紹介いたしました。
今年も挑戦中の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。第14回で紹介するのは、インドネシアのアクション映画『22ミニッツ』。
2016年1月14日10時40分に発生した、ジャカルタ爆弾テロ事件。多くの死傷者を出す惨事となりましたが、インドネシア国家警察が出動、発生から22分後に事態は制圧されます。
しかし事件はインドネシアの人々に衝撃を与え、事件に巻き込まれた人々、そしてその家族に深い傷を残しました。その姿を事件が始まる22分前から、制圧される22分後までに焦点を合わせ描かれた作品です。
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CONTENTS
映画『22ミニッツ』の作品情報
【日本公開】
2020年(インドネシア映画)
【原題】
22 Menit
【監督】
ユジーン・パンジ
【キャスト】
アリオ・バイユ、アダ・ファーマン・アキム
【作品概要】
実際のテロ事件を元に、テロリストと治安部隊の攻防を描くインドネシアのアクション映画。ケン・ラッツとミッキー・ロークが主演した、インドネシアを舞台にしたアクション映画『パーフェクト・ヒート』で、ハリウッドスターと渡り合う演技を披露したアリオ・バイユが、テロリストに立ち向かう主人公を熱演しています。
共演は「東京スクリーム・クイーン映画祭2016」の特別招待作品、『鮮血のレイトショー』に出演したアダ・ファーマン・アキムです。ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『22ミニッツ』のあらすじとネタバレ
実話に基づくこの物語は、2016年1月14日の早朝から始まります。
ラジオのDJはジャカルタの住人に、新たな1日の始まりを告げていました。グランドでは若い警察官ファーマン(アダ・ファーマン・アキム)がランニングに励み、会社に勤める男アナスは出勤前に兄に、自分の休憩時間に合わせて会社に来るよう伝えていました。
アナスは失業中の兄に、就職を世話をしようと手を尽くし、自分の紹介で兄の面接を有利に図ろうとしていました。そんな兄弟は老いた母と共に暮らしていました。一方ファーマンは将来を約束した相手、シンに電話しますが彼女は出てくれません。
アナスは朝食をとり、アナスの兄も面接に備え身なりを整えます。ジャカルタの街に繰り出す多くの人々の中に、リュックを背負った幾人かの男の姿がありました。
インドネシア国家警察の、対テロ特殊部隊の一員であるアルディ(アリオ・バイユ)は、娘エヴァのために朝食のパンを焼いていました。共働きの妻と幸せに暮らす彼は、今日は娘を学校に送り届けてからの出勤となります。
弟のアナスも家を出ます。助け合って生きる息子たちの姿は、母を安心させるものでした。兄には今回の就職は上手くいくと励まし、母は息子を家から送り出しました。
元警官であるシンの父は、ファーマンと娘の関係が壊れないか心配していました。将来についてよく考えたいだけ、母の様になりたくない、と言い残して出勤するシン。警官勤めで亡き妻に苦労を掛けた、父にはこたえる言葉でした。
アルディは娘のエヴァを学校に送り届けます。その時エヴァから手紙を渡されますが、読もうとするとエヴァから家に帰ってからにして、と止められます。娘に笑顔を見せ職場に向かうアルディ。
ジャカルタに暮らす若い娘ミサは、タムリン通りのサリナデパート前交差点に面したカフェで、パソコンを開き友人とチャットを楽しんでいます。勤め先での会議の時間まで、ここで過ごすつもりでした。また派手な雰囲気の女デッシーは、車に乗りタムリン通りを進んでいました。
出勤したアルディは道場で朝稽古に励みます。稽古を終えロッカールームに入った彼に手には、娘からの手紙が握られていました。
ラジオは今日もジャカルタの人々が活動を始めた、賑やかな1日が始まったと伝えていました。しかし、運命の時間が刻一刻と近づいていました。
アナスから連絡を受けた彼の兄は、弟の職場に向かいます。彼が交差点に現れると突然、爆発が起こりました。時間は10時40分。爆発の瞬間から時間は、22分間前にさかのぼります…。
…朝のトレーニングを終えたファーマンは制服に着替え、サリナ前交差点の警察官詰め所に現れます。彼はジャカルタ中心部の大きな交差点で、交通整理の任にあたっていました。
詰め所で同僚らと会話を交わすファーマン。自身にジャカルタから離れた島への転勤話があり、職場でキャリアを重ねるシンとの関係が、最近思わしく進んでいない事が、同僚らに格好の話題を提供していました。冷やかされながなも、彼は路上に出て車両を案内・誘導します。
彼はデッシーの乗る車の違反に気付きます。何かと言い訳をして違反を認めようとしないデッシーをに対し、車を降りるよう告げ、詰め所へと案内するファーマン。
彼はやっかいなデッシーを、詰め所にいる同僚に引き渡し違反処理を任せます。先程自分を冷やかした同僚に、面倒な人物を引き渡したファーマンは、にやりとした表情を見せ路上へ戻ります。うるさい英ての手続きを終え、同僚はぼやいていました。
ファーマンは交差点の横断歩道を通行する、様々な人物に目をやります。中にはリュックを背負った人物や、袋を下げたアナスの姿がありました。
突然カフェが爆発します。そして警察官詰め所も爆破されました。茫然とするファーマンの前で、人々が逃げまどいます。その瞬間は10時40分、そしてまた時間は、22分前に戻ります…。
…出勤したアナスは、同僚のためにコーヒーや食事を買いに外に出ました。それを口実に職場を離れ、面接に来る予定の兄に電話連絡する目的もありました。その頃道場での稽古を終えたアルディは、ジャカルタ警視庁の治安対策会議に参加します。
カフェにいるミサは、チャットで友人と他愛無い会話を続けていました。目の前に居る白人の男性も、同じようにパソコンで会話している事に気付きます。
屋台で時間を潰していたアナスの兄は、目の前にいるリュックを持った険しい表情の男に気付きます。そこに弟からの電話が入り、彼は屋台を後にします。
ミサのいるカフェの店内は、外国人観光客や親子連れなど、いつもと変わらぬ人々がいました。1人の男が店内から出て行きますが、彼女が気に留める事はありませんでした。次の瞬間、カフェの店内で爆発が起きました。
交差点を渡っていたアナスも、爆発に遭遇し驚きます。時間は10時40分、そして時間は改めて22分間さかのぼります…。
…ジャカルタの警察本部の会議に参加していたアルディは、強盗事件発生の連絡を受け、会議を抜け1人、車で現場へと向かいます。
その頃2人の男が、サリナ前交差点に面するビルに忍びこみ、屋上に上がると自動小銃を用意します。その仲間が、警察官詰め所のそばにリュックを置きました。
10時40分、ジャカルタの中心部のこの場所で、カフェが爆破されます。カフェの中にいたミサは、目の前の白人男性や親子連れなど、多くの人々が負傷し助けを求めて叫び、中には意識のない者がいる光景を目撃します。
続いて警察官詰め所が爆破され、人々は逃げまどいます。我に返った警官のファーマンは、人々の誘導を開始します。その時混乱する交差点の真ん中には、アナスがいました。
そして屋上の2人のテロリストは、逃げまどう交差点の人々に対し銃を向けます。それは10時40分、ここから時間は動き出します…。
映画『22ミニッツ』の感想と評価
綿密な取材を基に描かれたテロ事件
2016年1月14日、イスラム国を自称するISILが関与して行われた、ジャカルタ爆弾テロ事件。犠牲者は死者4名と負傷者24名にのぼり、実行犯4名は射殺されました。
その実際の事件を映画化した作品ですが、監督のユジーン・パンジは、この映画を70%の実話と30%のフィクションで作った、と語っています。映画の脚本を準備するにあたり、警察当局からの支援を受け事件を研究しました。
実際の事件が22分で解決した事から、事件を発生の22分前にさかのぼり、様々な人物の視点で描いた『22ミニッツ』。インドネシア映画らしい派手なアクションを控え、リアルな展開で描いた銃撃戦は見応えがあります。
そしてインドネシア警察の協力を受け完成した作品は、特殊部隊の装備や行動など、アクション映画ファンやミリタリーファン、サバゲー愛好家には見逃せない作品となってます。
決してプロパガンダ映画ではありませんが…
完成すると映画が警察寄りの視点で描かれていると、事件発生からの全ての行動は、一切警察に落ち度が無いように描かれている、これはいわばプロパガンダではないか、との質問がインドネシアの取材者から寄せられました。
監督は警察のプロパガンダではない、と断言していますが、当時のジャカルタ警察署長(事件後警察長官、内務大臣と地位を築いていきます)が率いる対テロ機関を、好意的に描いた事実を否定していません。
無論犯人やイスラム教徒を、必要以上に貶めるメッセージは無く(そもそもインドネシアは、世界最大のイスラム教徒人口を抱える国)、事件の経過はリアルに描かれています。しかし警官を愛する人のいる、良き家庭人と描くのは、うがって見れば作為的に感じられます。
さらに映画に製作に対しジャカルタの大通りである、実際の事件現場での撮影を許可したり、警察が全面的に協力しているのを見ると、関係機関から好意的な取り計らいを得た上で、完成した映画である事は間違いありません。
まとめ
リアルな描写の影に、プロパガンダではないものの、スローガン性が感じられるアクション映画『22ミニッツ』。ラストに登場するハッシュタグの付いたメッセージに、明らかに製作側の強い意志が感じとれます。
といってもあからさまな政治宣伝や、ことさら「敵」を貶める内容ではなく、作品は娯楽に徹した作りです。例えるならボストンマラソン爆弾テロ事件後に作られた、ピーター・バーグ監督の『パトリオット・デイ』のインドネシア版映画、と紹介するのが正解でしょう。
この映画の製作者が警察や権力者に忖度したのか、協力すれば大がかりな映画が作れると踏んで製作したのか、はたまた事件に対する関心や愛国的ムードが、商売につながると睨んで製作したのか、実のところ良く判りません。
しかしこの作品が、事件の影響醒めやらぬ時期に、ある種の熱情に駆られて、同時に観客の熱情をあてにして、作られた映画である事は間違いありません。映画は時代を映す鏡、後世に本作はどのような視点で人々から見られるのでしょうか。
何はともあれ、様々な背景を利用して、通常では考えられない場所でロケを敢行、警察の全面協力を得て描けたアクション映画であることに、間違いはありません。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第15回は呪われた船に乗った人々を襲う恐怖を描くホラー映画『死霊船 メアリー号の呪い』を紹介いたします。
お楽しみに。