連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第15回
1月初旬よりヒューマントラストシネマ渋谷で始まった“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、ジャンル・国籍を問わない貴重な58本の映画が続々上映されています。
第15回では、鬼才ゲラ・バブルアニ監督のノンストップ・クライム・アクション映画『ハイエナたちの報酬 絶望の一夜』を紹介いたします。
フランスの港町に住む貧しい男女3人。マフィアの裏金の取引を目撃した彼らは、それを奪い盗ろうと計画する。
いとも簡単に手に入ったかに見えた大金。しかしその後に、彼らの思わぬ展開が待ち受けていました。
『ディーパンの闘い』のヴァンサン・ロティエ、『13 ザメッティ』のギオルギ・バブルアニ、『ピアニスト』のブノア・マジメルが出演します。
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CONTENTS
映画『ハイエナたちの報酬 絶望の一夜』の作品情報
【公開】
2019年(フランス映画)
【原題】
Money
【監督】
ゲラ・バブルアニ
【キャスト】
ヴァンサン・ロティエ、ギオルギ・バブルアニ、ルイ=ド・ドゥ・ランクザン、ブノア・マジメル
【作品概要】
マフィアの裏金を巡り二転三転する緊迫した展開を描いた、クライム・アクション映画。
港町ル・アーブルで暮らすダニスと、エリックとアレックス兄妹は一攫千金のチャンスを狙っていました。
ある日政府の警察官僚メルシエが、マフィアから裏金を受け取ったと知ると3人はその金を奪おうとします。
邸宅に忍び込んだ3人が目にしたのは、自殺しようとするメルシエの姿。3人は首尾よく大金を手にしたが、思わぬ誤算が彼らを翻弄します。
監督は『13/ザメッティ』『ロシアン・ルーレット』のゲラ・バブルアニが務めます。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ハイエナたちの報酬 絶望の一夜』のあらすじとネタバレ
フランスの港町ル・アーブルの廃材置き場で働くダニス(ギオルギ・バブルアニ)とエリック(ヴァンサン・ロティエ)。2人をエリックの妹アレックスが迎えに現れます。
その頃、パトカーで自宅に送られた警察官僚のメルシエ(ルイ=ド・ドゥ・ランクザン)は、何者かの電話を受けます。
次期内務大臣とも噂されているメルシエは、ギャングのボス、サントウィッチ兄弟に酒場に呼び出されました。
サントウィッチ兄弟はメルシエに、麻薬の密輸に協力しろと迫ります。断ればメルシエと共にいた売春婦が薬物死したスキャンダルを公表すると迫ります。
しかし密輸に協力すれば報酬は渡すと、トランクに入った100万ユーロの現金を渡されます。
そのやり取りを酒場で働いているアレックスは偶然目撃し、彼女はメルシエの後をつけ、彼の邸宅を確認します。
酒場に入ったダニスは、裏社会の男ゴランに金を返しますが、約束分が払えません。
セルビアからの移民であるダニスは、母と亡き妻の残した乳児と共に貧しく暮らしています。
彼の友人で同僚であるエリックは、時に犯罪を犯す自堕落な生活を送っていました。
TVのニュースがメルシエの指揮による麻薬の密輸の摘発と、サントウィッチ兄弟の逮捕を伝えます。それを見たメルシエは動揺します。
メルシエはこの逮捕劇に関わっていません。しかしマフィアは彼を恨み、スキャンダルを公表するでしょう。
一方アレックスは兄のエリックに、酒場で大金の受け渡しを目撃し、それを受け取った男の住居を調べたと告げます。
一攫千金のチャンスを得た2人は友人のダニスにも声をかけ、金の強奪を計画します。
ダニスは銃を手に入れ、3人は車でメルシエの邸宅に向かい、忍び込みます。
邸宅で3人が目にしたのは、メルシエが鳴り響く電話を無視して酒をあおり、首を吊るためのロープを用意する姿でした。
スキャンダルの公表を恐れたメルシエは、自殺を図ろうと首を吊ると、様子をうかがっていた3人は慌てて救います。
3人は自殺するなら、必要の無い金をくれとメルシエに迫ります。自暴自棄になっているメルシエは、隠し部屋のトランクを彼らに引き渡します。
こうして3人は手に入れた金を等分して邸宅を去ります。しかし帰路エリックともめたダニスは車を降り、一人で自宅へ向かいます。
するとエリックは妹のアレックスと共に、メルシエの邸宅に引き返し、邸内で金庫を目撃した彼は、その中身をダニス抜きで手に入れようと企てます。
改めてメルシエの前に現れた2人。金庫の番号を教えろと迫るエリックにメルシエは呆れます。
メルシエは今まで無視してきた電話をとります。相手はギャングのシャルルで、シャルルがサントウィッチ兄弟を裏切って密輸を通報し逮捕させ、彼らに成り代わろうと目論んでいました。
シャルルはメルシエに、スキャンダルの証拠を渡そうと持ち掛けます。ただし期限は日の出まで。報酬として受け取った100万ユーロを貰うと伝えます。
100万ユーロが手元に戻れば、メルシエは破滅から救われます。
メルシエは隙をついてエリックとアレックスに銃を突きつけ捕え2人の金を回収します。しかし100万ユーロには、ダニスの取り分だけ足りません。
その頃、家路に向かうダニスに、車に乗ったゴラン一味が声をかけます。家までダニスを送ったゴランは、彼の持つカバンを取り上げ中身を確認します。
借金だけでなく全て奪おうとしたゴランに怒り、ダニスは彼を射殺し金を奪い返すと、母と幼い我が子と共に逃走します。
一方メルシエはアレックスを人質にして、エリックにダニスから金を回収するよう命じます。
エリックがダニスの家に向かうと、そこはゴラン殺害の現場として警察が捜査中でした。
近所の住人から行き先を聞いたエリックは、駅でダニスを捕まえ妹の命の為に金を渡せと迫ります。しかしダニスも、家族を逃がすために金は必要です。
ダニスは金を渡しませんでしたが、諦めてくれたエリックに密かに銃を持たせます。
メルシエに金が回収できなかったと電話で伝えたエリックは、妹を解放しないと警察に通報すると脅しますがメルシエは警察官僚です。妹を殺しても警察は自分の説明を信用する、とエリックを脅します。
メルシエは外で落ち合って話そうと提案しますが、メルシエが向かわせたのは汚れ仕事を行うヴァンサン(ブノア・マジメル)で、ヴァンサンを知らぬエリックは簡単に捕えられます。
エリックからダニスの乗った列車を聞き出すと、ヴァンサンはエリックに手錠をかけ、車のトランクに閉じ込め放置し、列車に乗り込もうと駅に向かいます。
人質となったアレックスは、メルシエの隙をつき手錠でつながれたパイプを外し、身を隠します。
ダニスは怪しい男が駅に入り込み、列車に乗り込む姿を目撃します。警戒した彼は金を隠し、その場所を母に告げます。
走る列車内でヴァンサンと向き合うダニス。しかしヴァンサンに乳児を奪われ、脅されたダニスの母は、金のありかを伝えます。
金を手に入れたヴァンサンは去りますが、ダニスは母とパリで落ち合って、家族でスペインへ逃亡しようと約束すると、列車を降りヴァンサンを追います。
エリックも近くにいたホームレスに車のトランクを開けさせて、手錠のまま走り去ります。
無事金が回収したと報告されたメルシエは、金とスキャンダルの証拠の交換方法をシャルルと相談します。
メルシエの隙をついてアレックスは襲いかかりますが、彼によって撃たれます。
エリックは祖父の家に転がり込み、手錠を切断させながら事情を話します。エリックは祖父から銃を借りるとメルシエ邸に向かい、ダニスとエリックは目的のメルシエ邸で合流します。
邸内ではメルシエとヴァンサンが、受け渡しの相談をし、証拠の半分をシャルルがメルシエ邸に持参、シャルルが金を受け取ると、残りはシャルルのアジトでヴァンサンが受け取る事になりました。
しかし金には発信機を付け、証拠が手に入ればシャルルを消す計画となり、ヴァンサンはシャルルのアジトへと向かいます。
孫の身を案じたエリックの祖父は、警察に通報します。
そしてダニスとエリックは、メルシエ邸へと乗り込みます。
映画『ハイエナたちの報酬 絶望の一夜』の感想と評価
大金を持ち帰るまで気が抜けない!
デビュー作『13/ザメッティ』、そのハリウッドリメイク版『ロシアン・ルーレット』の監督・脚本を手掛けたゲラ・バブルアニ。
本作『ハイエナたちの報酬 絶望の一夜』は、前2作を発展させた作品になっています。
参考映像:『ロシアン・ルーレット』(2011)
『ロシアン・ルーレット』は裏社会で大金を賭けて行われる、命を懸けた死のゲームが舞台となる映画。
その奇抜なルール、死のゲームで繰り広げられる人間たちの描写が話題となった、ユニークなサスペンス映画です。
主人公は見事ゲームに勝利しますが、全く堅気の主人公が、裏社会の人間たちの中からどうやって大金を、しかも家族に害を与えずに持ち帰るかの戦いが始まり、さらに映画は面白くなります。
『ハイエナたちの報酬 絶望の一夜』の主人公も、大金を得たことで様々な思惑に翻弄されます。
『ロシアン・ルーレット』の後半部分をスケールアップした物語が、本作です。
犯罪が身近な世界で生きる主人公たち
『ロシアン・ルーレット』で描かれた裏社会は、死のゲームを主催して大金を動かす、巨大な現実離れした存在で、主人公の日常とは縁のない存在でした。
一方『ハイエナたちの報酬 絶望の一夜』の主人公たちが生きるフランスの最下層は、身近に裏社会のある世界です。
彼らが無頓着に犯罪に手を染めたのも、そんな環境が影響しています。
フランスも世界の例にもれず、上流層と下流層の格差が広がり社会の分断が進んでいます。
貧困層の若者が、上流層の警察官僚から金を奪う前半は実に痛快です。
しかし経済的にも、また犯罪者としても最下層の彼らは、上流階級の悪が反撃してくると、いいように翻弄される存在です。
本作は現在のフランス社会を反映して描かれた犯罪映画です。
殺人犯となったダニスですが、容赦なく迫る巨悪に知恵を絞って対決する姿は、応援したくなる存在として描かれています。
ダニスを演じたギオルギ・バブルアニは監督の兄弟で、『13/ザメッティ』でも主演を務めています。
グルジア系監督の描いたフランス社会
監督のゲラ・バブルアニは、グルジア(ジョージア)系フランス人ですが移民・難民ではありません。
グルジアで映画監督だった父の下、ゲラ・バブルアニは17歳の時に兄弟と共にフランスに留学します。
そしてフランスで映画監督なった彼は、『13/ザメッティ』で世界的注目を集め、ハリウッドへの進出を遂げました。
『13/ザメッティ』はグルジア系の移民、『ハイエナたちの報酬 絶望の一夜』ではセルビア系の移民を主人公とし、移民問題にゆれるフランス社会を独自の視点で描いています。
まとめ
『ハイエナたちの報酬 絶望の一夜』は、ゲラ・バブルアニ監督のファンには見逃せない作品になっています。
アンダーグラウンドな世界を、闇を駆使して描く映像は健在です。
また主人公と警察官僚との知力をつくした一夜の攻防は、大いに練られた脚本で描かれています。
警察官僚の手下、ヴァンサンを演じたブノア・マジメルの不気味な存在感も、この映画の大きな魅力です。
ミヒャエル・ハネケ監督の『ピアニスト』で彼のファンになった人は、本作の迫力ある姿に驚くこと間違いありません。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第16回はイギリスの密室SFスリラー映画『ゼイカム 到来』を紹介いたします。
お楽しみに。