連載コラム「メランコリックに溺れたい」第3回『テッド・バンディ』
「シリアル・キラー」はお好きですか?
今日取り上げるのは、その語源となった連続殺人犯を描く、 ジョー・バリンジャー監督の映画『テッド・バンディ』。2019年12月20日(金)より東京・TOHOシネマズシャンテほか全国公開です。
1970年代を中心に30人以上の若い女性を殺害したとされるテッド・バンディは、その甘いマスクに法律を学んでいた高い知性も相まって、アメリカ犯罪史上でも屈指の“人気者”です。
過去に何度も映画化されたこの有名人に、バリンジャー監督はテッドと長年付き合った恋人の視点からアプローチしました。愛した人は殺人鬼なのか──?
CONTENTS
映画『テッド・バンディ』の作品情報
【公開】
2019年12月20日(アメリカ映画)
【原題】
Extremely Wicked, Shockingly Evil and Vile
【監督】
ジョー・バリンジャー
【キャスト】
ザック・エフロン、リリー・コリンズ、カヤ・スコデラーリオ、ジェフリー・ドノヴァン、アンジェラ・サラフィアン、ディラン・ベイカー、ブライアン・ジェラティ、ジム・パーソンズ、ジョン・マルコヴィッチ
【作品概要】
『グレイテスト・ショーマン』のザック・エフロンが、30人以上の女性を殺した実在のシリアル・キラーを演じた犯罪ドラマ。
テッド・バンディ役のエフロンのほか、 リリー・コリンズやジョン・マルコビッチらが脇を固めています。演出はテッド・バンディを題材としたNetflixオリジナルドキュメンタリーシリーズ『殺人鬼との対談 テッド・バンディの場合』を手がけたジョー・バリンジャー監督。
本作もNetflixオリジナル作品として製作され、アメリカはじめ各国ではネット配信のみですが、日本では劇場公開されます。
映画『テッド・バンディ』のあらすじ
1969年、ワシントン州シアトル。シングルマザーのリズ(リリー・コリンズ)は友人と出かけたバーで、ハンサムな青年テッド(ザック・エフロン)と出会います。
子供がいて新たな恋に踏み出すのをためらっていたリズですが、テッドはリズの幼い娘を可愛がり、3人は絵に描いたような家庭生活を送るようになります。
しかし、幸せな生活と並行するように、シアトルでは女性の誘拐事件が相次ぎます。現場で目撃された怪しい車はテッドの愛車と同じフォルクスワーゲン、犯人の似顔絵もテッドにそっくりでした。
さらに、テッドがロースクールに通うために引っ越した先のユタ州でも、女性の失踪が続きます。
不安になるリズ。テッドは「自分は無関係だ」と言いますが、ある夜、信号無視で警察に止められた際、車から手錠や目出し帽が見つかり、テッドは逮捕されてしまいます。
その頃には失踪した女性たちの遺体が続々と見つかっており、テッドは一連の事件の最重要容疑者と目されるように。被害女性が命からがら逃げた未遂事件では、裁判で有罪を宣告されます。
しかし、テッドは無罪を主張し続け、繰り返し刑務所や裁判所から脱走。ついには行方をくらませます。
テッドとの甘い生活の記憶と、過熱する「殺人鬼」のニュース報道に引き裂かれるリズ。酒に溺れるようになる中、1本の電話がかかってきます。
フロリダにいるテッドからでした。彼は2400キロも逃げ延び、そこでも複数の殺害容疑をかけられ、逮捕されていたのです。
テッドはあくまで冤罪と言い張り、弁護士の代わりに自ら代理人となって自分の弁護に立つことを表明。法廷には初めてテレビ中継のカメラも入ることになり、異例ずくめの裁判にマスコミは殺到します。
今や全米の目がテッド・バンディに注がれていました……。
二度目のテッド・バンディ
Ted Bundy(1978)本人の写真
ドキュメンタリストとして25年に及ぶキャリアを築いてきたバリンジャー監督にとって、テッド・バンディと向き合うのはこれが初めてではありません。
Netflixでドキュメンタリー『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』(2019)を手掛け、たっぷりテッドについて取材した後で、マイケル・ワーウィーの脚本に出会ったのです。
不当な殺人の有罪判決を暴くテレビシリーズでエミー賞を受けるなど、しつこく冤罪や司法制度の闇を照らしてきたバリンジャーは、ワーウィーの脚本で、これまでとは逆に「周りが無実だと信じているのに、罪を犯している人間」に興味を惹かれます。
リズの目を通すことで、“無実だったかもしれないテッド・バンディ”を描き、〈真実〉の本質を探究しようと考えたのです。その試みは、映画の冒頭に引用されるゲーテの格言「現実を想像できる者などほとんどいない」に表れているでしょう。
もちろんテッド・バンディが有罪判決を受け、1989年1月24日に死刑が執行されたのは周知の事実。無罪か有罪かハラハラさせる物語としては、本作は最初から圧倒的に不利です。
バリンジャーはそれを認めたうえで、「リズと同じように感情の起伏を体験してほしい」と願い、意図的に最後まで殺人そのもののシーンは描きませんでした。
テッド・バンディの名前がアメリカほど知られていない日本ではその効果はより高く、優しく快活な笑顔の青年を見ているうちに、観客はひょっとして……という気になるのではないでしょうか。日本でも冤罪は毎年のように明らかになっているのですから。
テッドを疑っていた現実のリズ
ただ、残念なのは物語の中盤で、肝心のリズが“何もしない”こと。
テッドが収監され、シアトルからも離れ、物理的な距離が障壁になるのは仕方ないとは言え、中盤のリズは、テレビ中継を見る→泣く→テレビ中継を見る→飲む→泣く→テレビ中継を見る……の繰り返し。
原作となったリズことエリザベス・クリプファーの自伝「The Phantom Prince :My Life with Ted Bundy」(1981年出版)を手に入れられなかったため、彼女が実際に何を考えていたかはわかりません。
ですが、どうもリズのテッドへの疑いは映画で描かれているよりも深かったようです。
ワシントン州でテッドの捜査にあたったロバート・D・ケッペルによる「死体を愛した男」(1996、翔泳社)によると、リズは警察に通報し、本作で描かれたように「彼氏が似顔絵にちょっと似てる」どころではなく、再三にわたってテッドが怪しいと証言しています。
曰く、彼のアパートで女性の下着の入った袋を見つけた、ケガもしていないのに松葉杖やギプス用の石膏があった(テッドは狙った女性に声をかけるのによくケガ人のふりをした)。リズは警察を訪れ、テッドの写真さえ提供しています。
実際のテッドはまた、映画と異なり、しばしばリズに声を荒げたり、首を絞めて殺すと脅したこともあったそうです。それでいて現実のリズも、テッドが逮捕されて以降もしばらくは交際を続けており、2人の<愛>の関係は興味深いです。
もう一人の「殺されなかった」女性
テッドに「殺されなかった」恋人は、実はもう一人います。ワシントン州の危機管理局で働いていた時(失踪女性を捜索する仕事だった!)の同僚、キャロル・アン・ブーンです。
キャロルとの交際はリズとの二股状態でしたが、キャロルはリズと違い、フロリダに引っ越しまでしてテッドの法廷に通いました。弁護側で彼を擁護する証言台に立ち、彼の主張をマスコミに代弁し、当時のニュース映像でも「テッドの恋人」として扱われています。
テッドは裁判中に法廷でキャロルとの結婚を宣言。2人は刑務官にワイロを渡すことで塀の中での子作りさえ成功させてしまいました。
映画でも、カヤ・スコデラーリオ演じるキャロルは、リズがテレビを見て泣いている間、強烈な存在感を放っています。法廷に詰めかける多くの“ファン”を尻目に、テッドと熱い視線を交わす優越感さえ漂わせて。
なのに、ヒロインとしてバリンジャー監督の琴線に触れなかったのは、いざ死刑執行が近づくと別れてしまったからでしょうか。電気椅子へのカウントダウンが始まる頃、テッドの心に寄り添っていたのは弁護士の女性でした。
キャロルとリズ。テッドを愛し、翻弄された2人は、人がいかに簡単に“普通の顔”をした悪魔に取り込まれるかを如実に示してくれます。彼女たちがもし一人の人物だったら、と歯がゆく感じますが、それはbased on a true storyの映画では一線を越えた〈創作〉になってしまうのでしょう。
まとめ
結局、本作でいちばん魅力的なのはテッド・バンディです。
ザック・エフロンは好演し、ドキュメンタリー『殺人鬼との対談』の映像と比べてみても、時には気難しく時にはチャーミング、ダサくもハンサムにも見え、年齢の印象さえバラバラな〈カメレオン〉、テッド・バンディ本人に、驚くほど雰囲気が似ています。
刑務所の天井に開けた穴に痩せた体を滑り込ませるシーンは数々の脱獄映画を彷彿とさせ(テッドの愛読書も「パピヨン」です)、ボックス・トップスの「あの娘のレター」をBGMに裁判所の窓から飛び降りるシーンはまるでスティーブ・マックイーンのよう。検事が起訴したテッドを晒し者にしようとすれば、逆に舌も滑らかにマスコミを取り込んでしまう。
こんな人物に誰が惹かれずにいられるでしょうか。
映画の終盤、テッドが無理やり歯型を取られるシーンがあります。これは後に裁判で被害女性の尻に残された咬み跡と一致する証拠となり、テッドの“負け”が演出されるのですが、実際のテッドは自ら歯科用の椅子に座り、「ご自由に」と口を広げました。
バリンジャーが監督した『殺人鬼との対談』でもこの下りは描かれているので、意図的な〈脚色〉です。
映画化の過程において虚実は入り混じるものですが、リズの造形に顕著な〈演出〉と事実に依拠したがゆえの脚本構成のアンバランスさを思うと、いっそ、あるシリアル・キラーをモデルにしたフィクションにした方がよりテーマを探求できたのではと感じてしまいます。
それでも、テッド・バンディという“名声”を取ったのでしょう。映画もテッド・バンディから自由になれなかったと言えるかもしれません。
最後に、これも映画で描かれなかったことを付け加えると、テッド・バンディはその顔と巧みな言葉で女性をとりこにして車に乗せたわけではなく、卑怯にも背後から頭をいきなり殴って連れ去りました。死刑直前に余罪を口にし出したのは、改悛したからではなくただ執行を遅らせるためでした。その中で、テッドは被害者の一人の頭部を切断し、リズの家の暖炉で焼いた、と証言しています。
悪のカリスマと呼ばれるテッド・バンディ――セオドア・ロバート・バンディは、そういう〈人間〉でした。
次回のメランコリックに溺れたいは…
次回も、陰鬱憂鬱沈痛悲惨、トラウマ級の衝撃作から、見た後は一人になりたくなる異色作まで、積極的に取り上げていきます。
お楽しみに!