読んで美味しいと話題の五十嵐大介の人気コミックスを韓国で映画化!
映画『リトル・フォレスト 春夏秋冬』がシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート心斎橋他にて2019年5月17日(金)より公開されます。
冬から春、夏、秋へと季節は移ろい、再び冬へ。故郷での特別な一年が、春を迎えるための新たな一歩となる…。
都会の生活に疲れ、生まれ故郷に戻ってきたヒロインをキム・テリが演じ、『私たちの生涯最高の瞬間』、『提報者 ES細胞捏造事件』のイム・スルレ監督がメガホンをとりました。
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CONTENTS
映画『リトル・フォレスト 春夏秋冬』のあらすじ
ソウルの大学に進学し、故郷を出たヘウォンは、就職も恋愛も思うように行かず、逃げるように故郷に戻ってきました。雪が積もった冬の日のことでした。
帰ってきたことを誰にも知られたくなかったのですが、すぐに親戚のおばさんにみつかってしまいます。さらには旧友であるジェハとウンスクにも再会します。
ジェハはソウルで会社員をしていたのですが、理不尽な扱いばかりする会社を見限り、故郷に戻って、農業を営んでいます。ウンスクは地元の銀行に就職し、一度も地元を出たことがないため、都会に憧れを抱いていました。
そんな彼らと心を通わせながら、自然に囲まれた故郷でヘウォンは、農作物を自ら育て、実った野菜を料理して食べる毎日を送り始めます。
季節は冬から春へ、そして夏、秋へと移ろい、再び冬が巡ってきました。生まれ育った故郷で一年を過ごしたヘウォンは、新たな春を迎えるために、一歩踏み出す決心をします。
映画『リトル・フォレスト 春夏秋冬』の解説と感想
自分の力で生き抜くこと
本作は五十嵐大介の大人気コミックを原作としています。日本でも橋本愛主演で映画化されていますが、日本版が「春夏」、「秋冬」の二部作だったのに対し、韓国版は四季すべてを一作におさめています。
セットやCGなどを一切使わず、実際の四季の風景をありのまま撮るために、クランクイン、クランクアップをそれぞれ4度ずつ繰り返したそうです。
韓国の四季の美しい光景が目の保養をしてくれるのは勿論のこと、陽の光の暖かさや、風が通り過ぎる気配、さらには土の匂いまで、本物の自然の感触がスクリーンから漂ってくるかのようです。
“癒やし”という言葉は昨今、コマーシャリズムにまみれた印象がありますが、本作が与えてくれる「癒やし」にはそうした意味合いはまったく感じられません。
生きるとはかくあるべきという説教臭さや、思想の押し付けのようなものもなく、都会と比較した田舎礼賛映画でもありません。毎日食事を作り、食べるという行為を丁寧に見せ、、”人が自分の力で生きていく姿“をユーモラスに爽やかに描いています。
手作り韓国料理の素晴らしさ
寒い冬の夜、人知れず故郷に帰ってきたヘウォンは、空腹を覚え、冷蔵庫を開けますが、当然のごとく何も入っていません。彼女は外に出て、雪に埋もれた白菜を掘り出して、スープを作ります。
それを実に美味しそうに飲むヘゥオン。体がみるみる温まっていく様子が伝わってきます。翌日は、白菜をフライパンで炒め、小麦粉ですいとんを作ります。また別の日は、花や青菜に小麦粉をまぶして天ぷらにします。
茹でたスパゲティの上に花びらをまぶしているので、見た目の美しさのためだろうかと思っていたら、その花びらも一緒に食べるのです。食べられるんだ!とスクリーンに目がくぎづけに。
他にも具沢山のサンドイッチや、チヂミ、じゃがいもパンなど季節ならではの美味しそうな献立が次々に登場。柿をどっさり剥いて、干し柿を作ったり、栗の甘露煮をこしらえて非常食として瓶詰めしたり、玉ねぎをくり抜いて詰め物をした料理など手間暇かけたものも登場します。
農作物を育て料理するというスウォンの行為は母から娘への確かな伝承の証です。母はしたいことがあるからと娘がソウルに行ったのを機会に家を出ており、回想シーンにしか登場しませんが、親の務めとして子供に生きる力、術を伝え、子もそれをしっかりと受け取っています。
そこには限りない愛が溢れており、だからこそ、なお一層、ヘゥオンが料理をする姿が眩しく、出来上がったものの美味しそうな様子に心が踊るのです。
素晴らしきキャスト陣
ヘゥオンに扮したキム・テリは、眩しいくらいの笑顔とユーモラスで爽やかな演技をみせ、観るものに清々しさを感じさせます。
パク・チャヌク監督の『お嬢さん』(2016)のオーディションで1500分の1の競争を勝ち抜いて抜擢されたあとも『1987 ある闘いの真実』(2017/チャン・ジュナン)といった話題作やイ・ビョンホンと共演した連続ドラマ『ミスター・サンシャイン』(2018)などに出演し、確実にキャリアアップし、韓国を代表する女優へと成長しています。
ジェハに扮したリュ・ジュンヨルは、『タクシー運転手~約束は海を超えて』(2017/チャン・フン)で、悲劇に巻き込まれる気のいい大学生を演じたかと思えば、『THE KING ザ・キング』(2017/ハン・ジェリム)では、主人公を守る裏社会の人間を演じるなど、幅広い演技力には定評があります。本作では、人生に迷いながらも、自分の信じる道を進もうとする青年を瑞々しく演じています。
ウンスクに扮しているのは、多数のドラマで活躍し、今回イム・スルレ監督に見出され、映画初出演となったチン・ギジュです。コメディー・リリーフ的な役割だけでなく、繊細で多感な少女像を作り上げ、もっとスクリーンで姿を観たいと思わせる好演を見せました。
この3人が交流するさまが生き生きと描かれ、3人の役者の息もピッタリです。
そして、思い出のシーンにしか登場しない不在の母親にはムン・ソリが扮しています。イ・チャンドン監督の『ペパーミント・キャンディー』(1999)で映画デビューし、同監督の『オアシス』(2002)で重度脳性麻痺の障碍者を演じて国内外の映画祭で多くの賞を受賞。二作とも最近、4Kレストア・デジタルリマスター版が日本でも公開されましたので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。
イム・スルレ監督作品は『私たちの生涯最高の瞬間』(2008)、『飛べ、ペンギン』(2009)に続き3本目の出演となります。韓国を代表する名女優ですが、大阪アジアン映画祭2019でグランプリを受賞した『なまず』(2018/イ・オクソプ)といった、若い作り手のインディーズ作品にも出演するなど、多方面で映画界に貢献しています。
そんな彼女が母親役だからこそ、娘のみならず、ジェハやウンスクたちに対してもどこかで優しく見守っているような、そんな安心感を与えてくれるのです。
まとめ
現代の韓国の若者の就職難や生き辛さについては、社会現象としてイ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』(2018)や、『金子文子と朴烈(パクヨル)』(2017/イ・ジュンイク監督)で金子文子を演じたチェ・ヒソが主演した『アワ・ボディ』(2018/ハン・ガラム/大阪アジアン映画祭2019で上映)などの映画でも言及されています。
本作には、ジェハのサラリーマン時代が少し語られますが、スウォンのソウル時代については恋愛部分がほんの少し語られるだけで、彼女が競争社会で疲労困憊したであろう部分はあえて描かれていません。
イル・スルレ監督はこの作品が人々にとって「休息となれば嬉しい」と発言しています。苦しくつらいときは少しばかり休んでもいい、一度つまずいても、人間は何度もやり直すことができる、という若い人々に対するエールが作品には込められています。
また、スウォンの母親は、早くに恋愛して結婚したため、やりたかったけれどできなかったことがある、それを今から始めてみる、遅いかもしれないけれど、と手紙を残して家を出ていったのですが、イ・スルレ監督は、ここにもやりたいことをするのに遅すぎることはないというメッセージを込めているのではないでしょうか。
人生に迷えるすべての人へ贈る、特別な四季の物語『リトル・フォレスト 春夏秋冬』は、シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート心斎橋他にて5月17日(金)より公開されます。
次回のコリアンムービーおすすめ指南は…
公開前から話題沸騰の『神と共に 第一章:罪と罰』を取り上げます。
お楽しみに!