連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile047
いつの時代の映画界でも人気のある、「敵討ち」「逆襲」あるいは「復讐」へと突き進む者を鮮烈に描く“リベンジ”映画。
アメコミ映画界からは世界から大絶賛を受けた『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)が、アクション映画界からは『ザ・フォーリナー 復讐者』(2019)が劇場に待ち構えている2019年のゴールデンウィーク。
そんな白熱する「令和」の“リベンジ”映画前線に、日本からはサスペンス色が濃厚なノワール映画が出陣します。
今回のコラムでは、一昔前の和製ハードボイルド映画を想わせる、後悔と贖罪の旅路を描いた映画『キュクロプス』(2019)を、モチーフとなった絵画の物語を交えながらご紹介していきます。
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CONTENTS
映画『キュクロプス』の作品情報
【公開】
2019年5月3日(金)(日本映画)
【脚本・監督】
大庭功睦
【キャスト】
池内万作、斉藤悠、佐藤貢三、あこ、杉山ひこひこ
映画『キュクロプス』のあらすじ
妻・亜希子(あこ)とその愛人を刺し殺した罪で刑務所に服役していた篠原洋介(池内万作)は、長い刑期を終え出所します。
冤罪の可能性に気がついていた刑事の松尾(佐藤貢三)に篠原の妻を殺害した真犯人の正体がヤクザの若頭・財前(杉山ひこひこ)であることを聞いた篠原。
彼は松尾と財前の舎弟である西(斉藤悠)と手を組み、財前殺害の計画を立て始めますが…。
反逆のハードボイルドと重厚なサスペンス
『ジョン・ウィック』(2014)などのように、鮮やかな手並みで復讐の対象者たちを殺害していく爽快さや、怒りの残虐な表現方法が近年の“リベンジ”映画の流行と言えます。
しかし、映画『キュクロプス』では敢えて近年の流行に逆らうかのように、その劇中で描かれているのは、傷だらけになっても「生と死」に立ち向かっていくハードボイルドさ。
そして、復讐の意味や、遺されたものの使命を深く問いかける重厚な物語が展開されていました。
真っ赤に燃える復讐の炎
本作の主人公である篠原洋介は、様々な“リベンジ”映画とは異なり、特別な能力や才能など何一つ無い一般人です。
銃の扱い方すら知らない篠原が、「ヤクザ」という、どんな汚れ仕事も引き受けるその道のプロである財前を執拗に狙うのは、ただただ復讐のため。
怒りという感情による爆発力はあるものの足元はお留守な篠原が、様々な出会いの中で「復讐」の様相が変容していく物語。
傷つき、恐れながらも、自分なりの復讐を見つけていく様はまさにハードボイルドそのものであり、骨太のヒューマンドラマでもあります。
そんなどこか松田優作時代のバイオレンス/アクション映画を連想させる『キュクロプス』は、サスペンス/ミステリーの物語としても秀逸であり、二転三転する妻の殺害の真相については鑑賞の最中で必ず衝撃を受け、鑑賞を終えた後には静かなる余韻と満足感に浸れます。
湿気の多い、纏わりつくような雰囲気と、真っ赤に燃える灼熱のような篠原の復讐劇が魅力的な作品です。
重厚な物語に深みを生み出す俳優たち
『キュクロプス』の重厚な復讐劇に深みが存在するのは、何と言っても俳優たちによる巧みな演技の貢献によるものでしょう。
実写映画『寄生獣』(2014)にて前編の主要な敵役である「A」を演じるなど、90年代以降に数多くの作品に出演した池内万作を主演に迎え、どんな作品でもその姿を多々見かける名バイプレーヤー・佐藤貢三が共演を務めている本作。
各俳優がハードボイルドな世界観を作っていく中で、特に注目したいのが、主人公の復讐相手である財前の舎弟・西を演じた斉藤悠です。
「口の悪いチンピラ」という印象を誰も抱くであろう西が、物語が進んでいくにつれ掴みどころのない怪しさを徐々に見せ始めます。
それでいて、終盤に差し掛かると意外な面を見せ始め、コロコロと印象が変わる西。
彼の印象の変化こそが物語の「胆」となる深層部分に直結しており、演技のみで本作の「物語」を的確に表現する斉藤悠にはただただ驚嘆します。
主人公を演じた池内万作の苛烈さと儚さを表裏一体とするその演技と併せて、本作を彩る俳優たちこそが『キュクロプス』の世界観を構築しているのだと納得させられます。
オディロン・ルドンの『キュクロプス』
本作では、20世紀初期に活躍した画家オディロン・ルドンによる絵画《キュクロプス》が重要なモチーフとなっています。
この絵画ではギリシア神話に登場する一つ目の巨人「キュクロプス」と、巨人が恋する裸の女性「ガラティア」が描かれており、パッと見では単眼のキュクロプスに吸い込まれるような恐ろしさを感じます。
ルドンと言えば、中期から後期にかけて神話や宗教の世界観を美しい色彩で描いたことでも有名ですが、初期の作品には気球のバルーンの部分が見開いた「眼」で描かれた『眼=気球』や、切り落とされた宗教人の首を描いた『殉教者の首』など、モノクロの色彩で描かれた退廃的とも言える作品を多く遺している人物でもあります。
幼少期に味わった孤独や戦争への従軍経験、顕微鏡で見た微生物など、様々な要素がそのような作品を彼に描かせた原因として挙げられてますが、そんな退廃的な世界観をその内に孕むルドンが描いた『キュクロプス』には意外な意味が込められていました。
『キュクロプス』の意味
ルドンによって描かれた「キュクロプス(巨人)」は「ポリュペモス」という名があり、兵士を次々と食べる恐ろしい物語や、絵画にも描かれているガラティアに恋する男を殺害するなど恐ろしい「怪物」と表現されることが多い存在でした。
しかし、パッと見では恐怖を感じるルドンの『キュクロプス』ですが、良く見るとポリュペモスはガラティアに優しい眼差しを向け、口も微笑んでいるように感じ取ることが出来ます。
人を食べる巨人を描きながらも、初期の作品のような退廃的色遣いを用いることなく、むしろ自然豊かな華やかな色彩と風景によってポリュペモスの純愛を表現しており、これまでの巨人の印象を完全に覆しています。
敢えて単眼の怪物を華やかに穏やかに描き、ルドン自身の世界を見る目の変化を指し示したように、映画『キュクロプス』でも「観方の違い」が重要視されます。
ぜひ、『キュクロプス』を鑑賞する際には、自身の心の中にある眼を両眼とも開いたうえで鑑賞に臨んでみてください。
まとめ
ルドンの描いた絵画《キュクロプス》のように、「パッと見」の物語とは全く異なる物語の全容が描かれた映画『キュクロプス』。
そこに待ち受けるのは、絵画のように優しい物語なのか。
ヒューマンドラマであり、“リベンジ”映画でもある本作の「熱」と「暖かさ」を感じ取ることが出来るのは、鑑賞した人だけ。
2019年5月3日(金)よりテアトル新宿他で上映される本作をぜひ劇場でご覧になってください。
次回の「SF恐怖映画という名の観覧車」は…
いかがでしたか。
次回のprofile048では、キアヌ・リーヴス主演で描かれるクローン技術の暴走を描いた『レプリカズ』(2019)を、クローン技術を題材に扱ったこれまでの映画たちを交えつつご紹介させていただきます。
5月8日(水)の掲載をお楽しみに!
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