Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2018/11/12
Update

『イット・カムズ・アット・ナイト』感想と評価。「何か」によって極限の状況に追い込まれた映画的サスペンス手法の考察|サスペンスの神様の 鼓動3

  • Writer :
  • 金田まこちゃ

こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。

このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。

今回ピックアップする作品は、極限の状況下で、一緒に暮らす事になった、2組の家族が直面する恐怖を描いた作品『イット・カムズ・アット・ナイト』です。

主演と製作総指揮を務めたジョエル・エドガートンは、2015年に初の長編監督作となったスリラー『ザ・ギフト』が、全米で4週連続トップ10入りとなるヒットを記録しています。

ジョエル・エドガートンは、『ザ・ギフト』では脚本も担当しています。

監督は、2016年に長編デビュー作『Krisha』で、アメリカン・インディペンデント・フィルム・アワードの5冠に輝いた他、数々の映画祭で賞を獲得した、注目の新鋭トレイ・エドワード・シュルツ。

2012年の設立以降、話題作を連発し最注目の映画会社とも言われる「A24」と、新感覚のホラー映画と話題になった『イット・フォローズ』の製作陣が放つ、全米でも批評家から高い評価を受けた本作を、サスペンス的な面白さからご紹介します。

【連載コラム】『サスペンスの神様の鼓動』記事一覧はこちら

映画『イット・カムズ・アット・ナイト』のあらすじ


(C)2017 A24 Distribution,LLC
人類が危機的な状況に追い込まれた正体不明の感染から、家族を守る為に、山小屋で生活しているポール。

ポールは、妻のサラと息子のトラヴァイスに、生き残る為の、厳格なルールを守らせながら生活をしていました。

ある夜、ポールの家族がの住む山小屋に、1人の侵入者が現れます。

ウィルと名乗るその男は、ポールの家族が住んでいる事を知らずに侵入してきたと主張しますが、不審に感じたポールの手により、外の樹木に縛り付けられます。

しかし、ウィルは自分には家族がいて、家族と一緒に住んでいる住居には、食料と水がある事をポールに伝えます。

ウィルの持つ水と食料を交換条件に、ポールはウィルの家族を、自宅に招き入れる事にします。

ポールの決めた厳格なルールを守りながら、共同生活を送る2組の家族。

力を合わせて仲良く暮らしていた2組ですが、ウィルの息子アンドリューが、ポールのルールを破り、感染した可能性が出てきます。

しばらくは、別々の部屋で暮らすようになった2組の家族ですが、亀裂から生じた溝が深まっていき、ある悲劇が起こります。

サスペンスの仕掛け①「何が起きているのか分からない世界」


(C)2017 A24 Distribution,LLC
本作では、ポールと、その家族の視点で物語が展開します。

観客も、ポール達の視点でしか情報が与えられない為、世界中で危機的な「何か」が発生している事以外は全く分かりません。

世界中で起きていると思われる「何か」に関して、断片的な情報は与えられます。

本作の冒頭で、ポールの義父であるバドが感染し、ポールはバドを銃殺、その死体を燃やします。

また、ポールは夜の外出を禁止し、山小屋の奥にある「赤い扉」を夜は必ず閉じる事を義務付けます。

ポールが人間を、やたら警戒する事にも意味があるのでしょう。

このように、観客に与えられる情報は断片的で、全てにおいて不快に感じ「何か嫌な感じがする」情報ばかりとなっています。

確実に世界がおかしくなっており、おそらくポールも、何が起きているかは把握できていないでしょう。

例えば、ゾンビ映画のように「世界中をゾンビが徘徊しており、ゾンビに襲われた者もゾンビになる」という、ルールが明確な世界”ならでは”の恐怖もありますが、『イット・カムズ・アット・ナイト』は、起きている状況も、生き残る為の明確なルールも分からない恐怖が、作品全体から漂っています。

サスペンスをの仕掛け②「2組の家族に巻き起こる疑心暗鬼」


(C)2017 A24 Distribution,LLC
ポールはウィルの家族と、生き残る為に、共同生活を始めますが、異常な感覚となった世界では、この共同生活さえも恐怖に変わります。

本作では、ポールとポールの家族視点のみで、物語が展開します。

よって、ウィルとその家族が何者なのかの説明もされません。

ウィルは、何かを企んでいるかもしれないし、何かを隠しているかもしれない。

それに加えて、2組の家族が共同生活を送る危うさがあります。

ポールの家族が、これまで生き残れたのは、ポールが決めた厳格なルールを守ってきたからです。

ルールが問題無く守られてきたのは、ポールを長とする、家族という仕組みが上手に機能していたからです。

そこへ、はっきりとした素性が不明のウィルの家族が加わる事で、これまで守られてきた、命を守るべきルールが破られる可能性があります。

また、ウィルも妻と息子を持つ家族の長、非常事態に優先するのは家族の命でしょう。

それはポールも同じ事です。

前述したように、『イット・カムズ・アット・ナイト』では、全体が把握できない、異常な世界が舞台となっており、人々は不安定な心理状況となっています。

サスペンスをの仕掛け③「トラヴィスの好奇心」


(C)2017 A24 Distribution,LLC
本作の鍵を握る人物として、ポールの息子である、トラヴィスの存在が挙げられます。

17歳のトラヴィスにとって、山小屋で暮らす家族の存在が世界であり、父親であるポールこそが、絶対的な規律となっていました。

そこへ、ウィルの家族との共同生活が始まり、これまで父と母のみだったトラヴィスの世界が一気に広がります。

特に、ウィルの妻であるキムの存在は、自分の生活に若い女性が加わった事で、トラヴィスには大きな変化となり、このトラヴィスが経験した「世界の変化」による、未熟ゆえの好奇心が、物語を大きく動かす事となります。

このトラヴィスの存在が『イット・カムズ・アット・ナイト』という作品を、他の密室を舞台にしたサスペンス映画とは、違う印象を与えています。

映画『イット・カムズ・アット・ナイト』のまとめ


(C)2017 A24 Distribution,LLC
映画『イット・カムズ・アット・ナイト』で描かれているのは、2組の家族の交流と、それによる、17歳の少年が経験する心の変化です。

これまで、父親のポールが決めたルールのみで生きてきたトラヴィスが、年齢の近いウィル夫妻と触れ合い、年下のアンドリューと出会った事で、自身の社会的立ち位置が変化し、自我に目覚めるという、つまり「もう自分は、子供じゃない」という意識が生まれるのです。

そして、ポールのルールを少しづつ破り始めるという、反抗期を迎えますが、これは誰もが経験する事です。

ですが、本作の異常な事態が起きている世界では、生き残る事が優先され、17歳の不安定さは非情に危険な要素となります。

誰もが経験する心理の変化を、異常な世界で見せる事により、その制御不能さから、観客の不安や恐怖を生み出す本作は、実に見事な手法です。

本作で主演を務めた、ジョエル・エドガートは、本作の監督である、トレイ・エドワード・シュルツの前作『KRISHA』を観て、人間の心理をえぐりだす描写に惚れ込み、自ら本作の製作総指揮に名乗りを上げたそうです。

目に見えない恐怖に疲弊していく人間の脆さと、それに伴う狂気。

そして、世界に巻き起こる「何か」の正体とは?

次回のサスペンスの神様の鼓動は…

2018年12月22日に公開される、『シシリアン・ゴースト・ストーリー』をご紹介していきます。お楽しみに!

関連記事

連載コラム

『ケイコ 目を澄ませて』あらすじ感想と評価解説。女性ボクサー映画を“小笠原恵子”を基に岸井ゆきのが熱く演じる|TIFF東京国際映画祭2022-8

第35回東京国際映画祭『ケイコ 目を澄ませて』 2022年にて35回目を迎える東京国際映画祭。コロナ感染症の影響も落ち着き、本格再始動を遂げた映画祭は2022年10月24日(月)に開会され、11月2日 …

連載コラム

短編映画『光関係』あらすじ感想と『幸福の目』評価解説。河内彰監督の描いた登場人物の心象とシンクロさせた映像|インディーズ映画発見伝24

連載コラム「インディーズ映画発見伝」第24回 日本のインディペンデント映画をメインに、厳選された質の高い秀作を、Cinemarcheのシネマダイバー 菅浪瑛子が厳選する連載コラム「インディーズ映画発見 …

連載コラム

三池崇史、荻上直子監督ら登壇!SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019のオープニングイベント開催|2019SKIPシティ映画祭2

第16回を迎えるイベントが、2019年も開幕! 7月13日に埼玉・川口のSKIPシティにて『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019』が開催、オープニングセレモニーには各部門のノミネート作品を手掛けた …

連載コラム

韓国映画『マルモイ ことばあつめ』感想レビューと評価。監督オムユナが朝鮮語を守ろうとした人々を描く|OAFF大阪アジアン映画祭2020見聞録12

第15回大阪アジアン映画祭上映作品『マルモイ ことばあつめ』 2020年3月15日(日)、第15回大阪アジアン映画祭が10日間の会期を終え、閉幕しました。グランプリに輝いたタイの『ハッピー・オールド・ …

連載コラム

スター・ウォーズや宇宙大作戦が育んだ「スペースオペラ」の礎と可能性|SF恐怖映画という名の観覧車3

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile003 映画好きでなくとも知っている映画シリーズ、「スター・ウォーズ」。 シリーズ7作目である『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015)で …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学