連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第35回
『トイ・ストーリー4』(2019)の共作者でもあった俳優ウィル・マコーマックが手掛けたNetflixオリジナル短編映画『愛してるって言っておくね』。
今なお続く学校での銃乱射事件の凄惨な現実をほぼセリフのない12分間で描いた本作は、2021年、第93回アカデミー賞最優秀短編映画賞を受賞しました。
今回は、学校で起こった銃乱射事件に子どもが巻き込まれてしまった両親の悲劇を描いたNetflix短編映画『愛してるって言っておくね』をご紹介します。
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CONTENTS
映画『愛してるって言っておくね』の作品情報
【公開】
2020年(アメリカ映画)
【原作】
If Anything Happens I Love You
【監督】
ウィル・マコーマック、マイケル・ゴヴィア
【作品概要】
学校で銃乱射事件が発生し、突然の悲劇で我が子を失った悲しみと虚無感にさいなまれる両親の心のうつろいを描いたNetflix配信のショートアニメ。
2018年にフロリダ州、マージョリー・ストーンマン・ダグラス高等学校で発生し、生徒教職員あわせて17名の死者を出した銃乱射事件をモデルとしたとされる本作は、2021年アカデミー賞最優秀短編映画賞にノミネートされました。
なおアメリカのNetflixでは、本作は、世界子どもの日である11月20日に配信されました。
映画『愛してるって言っておくね』のあらすじとネタバレ
2人の夫婦が向かい合う長テーブルで会話もせずに夕食を取っています。
言葉のない彼らの間に、彼らの感情を表す影が立ち込めました。2人の影は、言葉を交わさない2人の代わりに激しい口論を繰り広げます。
皿にのったミートボールを見て、妻は夫に何か語り掛けようとしますが、彼は黙って席を立ち去りました。
夫は外に出て、壁に塗られた青いペンキに目をやり涙します。彼の影が、ペンキ跡を優しく包み込みます。
洗濯物を取り込む妻。半開きになった子供部屋のドアをさみしそうに閉じます。
ビールを飲みながらぼんやりとテレビを観る夫。
洗濯機から子供服を取り出した妻は、それを抱えたまま泣き崩れてしまいます。
棚の上にあったサッカーボールが転がっていき、それがレコードにぶつかり曲がかかります。
音楽がかかった子ども部屋で飼い猫が丸まって寝ていました。
壁に飾られた3人家族の写真を、2人の影が抱きしめます。
レコードから飛び出した娘の影が、猫とじゃれ合い始めました。そんな娘の影を2人の影が優しく抱きしめます。
映画『愛してるって言っておくね』の感想と評価
喪失の痛み
最初のカットが映し出したのは画面の左右、テーブルの端と端に座る夫婦の姿です。
ふたりの心が離れている様子を視覚的に表現している光景は、映画では度々見受けられますが、目の向いている方向、同じ家に住んでいるのにも関わらず、お互いに顔も見合わせずに、関心すら示さない様子を柔らかな絵のタッチで表現しています。
テーブルを照らすライトは丸みを帯びた優しい光で辺りを照らしますが、同時にうつむくふたりの憔悴しきった心の灯の弱々しさをも表現しています。
ふたりの間に立ち込めたお互いの影が、ふたりの代わりに激しい口論を繰り広げます。
ふたりは微動だにせず、うつむいたまま、全身に虚無感が漂っています。
ふたりの様子とは対照的に、影はお互いを激しく罵り合います。
ふたりの間に何が起こったのかを理解してから見ると、一連のシーンがエリザベス・キュブラー=ロスの提唱した死の受容プロセスが複雑に対応していることが分かります。
何も出来ないほどの抑うつ状態にあるふたりに対して、その影はお互いの行動を顧みて罵り合うほどの怒りを抱えているのです。
そして洗濯機の中から娘のTシャツを見つけ、母親が泣き崩れるシーン、娘を直接思い出させるTシャツのみが、モノトーンで描かれてきたアニメーションの中で鮮やかな青色で印象的に映し出されます。
そこから始まる回想シーンでは、3人家族だった頃の様子が順に描かれていき、現在の喜怒哀楽を失った姿とのギャップに痛ましさを覚えます。
そしてこの夫婦に起こった悲劇が明らかになる次のシーン。
娘が中学校に上がり、ひとりで登校するようになったある日のこと。
両親は変わらず、娘を送り出しますが、過去を回想しに来たふたりの影は、その後に起こる悲劇を知っているため、娘の後を必死に追いかけます。
何度も何度も、必死に引き留めようとしても娘は影を通り抜けてしまいます。
「あの時」への深い後悔がひしひしと伝わるこのシーンには、大切な人と望まぬ形で別れてしまった誰しもがする「たられば」を抒情的に描いています。
本作は、実際に銃撃が起こった様子を直接的な描写として描いていませんが、銃声と子供たちの悲鳴と共に、画面に映し出されるアメリカ国旗が、銃社会アメリカを痛烈に表現しています。
個人の銃保有を、建国の理念として保障するアメリカに対するメッセージとして、銃の直接的描写ではなく、銃保有の権利が、文字通り引き金となって起こる悲劇を想起させた秀逸な描写でした。
しかし、本作がテーマとして伝えたかったのは、政治的メッセージではなく、残された家族の再生の物語。
悲劇により親族を失った者は笑うことが許されないのかという葛藤に対する答えが、本作のエンディングを通して描かれていました。
個人的なドラマに普遍性のある短編アニメ
参考動画:『Grab My Hand:A Letter to My Dad』(2019)
亡くなった家族への喪失感を描いた短編アニメとして、本作との共通点も多いのが、現在放送中のドラマ「バットウーマン」でレギュラー出演中の俳優キャムラス・ジョンソンが手掛けたショートアニメ『Grab My Hand:A Letter to My Dad』(2019)。
昨年各地の映画祭りにて19部門の映画賞を受賞したこの作品は、彼の父親が親友を亡くした時の様子を5分間で描いたショートアニメです。
大切な人を失った父親へ宛てたメッセージの中で、その人と過ごした思い出を誰かと共有することで喪失感、寂しさが和らいでいく様子を見事に表現しています。
両作品とも心寂しい作品でありながら、悲しみから立ち直る人間の強さを讃えるような陳腐な感動ドラマに収斂されないところに、作り手の志の高さを感じます。
どちらも、個人が見舞われた悲劇を描いており、それゆれ観客の同情を誘っているのだとも考えられますが、作品が個人的な喪失感にフォーカスしたことで、誰しもに当てはまる普遍的な訴求力を有しているのです。
まとめ
ほぼセリフのない短編アニメーションの中で、銃社会アメリカで起こった悲劇と残された家族の深い悲しみ、そこから立ち直るささやかな希望を見せるエンディングまで、見事12分間に凝縮された傑作でした。
娘を失った現実に、始めは目を背けていた両親が、様々な葛藤を越えて立ち直りを見せるまでのプロセスをモノトーンの影や回想といった抽象的な演出で見せたのは、アニメーションならではの技法です。
表現されるものの純度の高さゆえに辛さ、痛ましさがダイレクトに伝わってくる作品です。
直ぐに視聴できるとはいえ、気軽に観られるような内容ではありませんが、鑑賞後には、喪失感や後悔がほんの少し和らぐことでしょう。
『愛してるって言っておくね』は、現在Netflixにて配信中。
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