連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第98回
映画『冬薔薇(ふゆそうび)』は、多彩な想像力で日本映画界を牽引する阪本順治監督が、主演・伊藤健太郎のために脚本を書き下ろしたオリジナル作品。
生い立ちや家族・友人関係など、伊藤健太郎との長時間にわたっての対話を経て阪本監督が書き上げた「寄る辺なき者たちの物語」です。
精一杯働きながらも生活は苦しい夫婦と、流されるままに生きているその息子。殺伐とした雰囲気の中、周囲の人々との関わりが問われます。伊藤健太郎が自己の内面をさらけ出して生まれた本作からは、役者としての彼のこれからの意気込みも見えてきます。
映画『冬薔薇(ふゆそうび)』は2022年6月3日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショーです。
CONTENTS
映画『冬薔薇(ふゆそうび)』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
阪本順治
【製作総指揮】
木下直哉
【プロデューサー】
谷川由希子、椎井友紀子
【キャスト】
伊藤健太郎、小林薫、余貴美子、眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司
【作品概要】
『北のカナリアたち』(2012)、『半世界』(2019)、『一度も撃ってません』(2020)を手がけた阪本順治監督が、『悪の華』(2019)や『今日から俺は!!劇場版』(2020)の伊藤健太郎を主演に迎え手がけたオリジナル脚本作品。
主人公・淳役を伊藤健太郎、淳の両親を小林薫と余貴美子が演じ、会話のない親子の寒々とした交流を描き出します。脇を固めるのは眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司。
映画『冬薔薇(ふゆそうび)』のあらすじ
夏の終わりの横須賀の街。
埋め立て用の土砂を運ぶ海運業を営むガット船「渡口丸」船長・渡口義一(小林薫)、船に関する事務をする道子(余貴美子)を両親に持つ渡口淳(伊藤健太郎)は、流されるままに生きている若者です。
専門学校にも行かず、半端な不良仲間とつるみ、友人や女から金をせびってはダラダラと生きていました。
時代とともに両親の仕事も減り、後継者不足に頭を悩ましながらもなんとか日々をやり過ごしている両親の仕事に興味も示さず、親子の会話もほとんどありません。
そんなある日、淳は不良同士の喧嘩で足に大怪我を負い入院。2ヶ月後に退院して実家に顔を出すと、仕事場に道子の弟・中本治(眞木蔵人)が雇われていました。
不況で職を失い、息子の貴史(坂東龍汰)とともに山梨から道子を頼って出てきた治。貴史もまた塾講師の職を見つけていました。
何も聞かされていなかった淳は、両親との距離感を感じて、面白くありません。
そんな頃、淳の仲間のリーダー・美崎の血のつながらない妹が、何者かに襲われる事件が起きます。そこで浮かび上がった犯人像は、思いも寄らない人物でした……。
映画『冬薔薇(ふゆそうび)』の感想と評価
「冬薔薇」のごとき新境地に挑む伊藤健太郎
本作のタイトルは「冬薔薇」と書いて「ふゆそうび」と読みます。文字通り「冬に咲く薔薇」のことであり、温室で育てられ咲いた花ではなく、冬枯れの中でしたたかにぽつりと咲き出した花を指しています。
映画『冬薔薇(ふゆそうび)』の主人公・渡口淳は、まさに冬薔薇のようです。
町の札付きのワルしかツルむ相手がいなかったり、自分のやりたいことがわからなかったりと、自身を理解しようとしてくれる者もなく、ある意味不運ともいえる道を歩んでいます。また両親とも不仲に近い関係で、特に父親とは腹を割って話そうとしない日々が続いています。
なぜそうなったのか。いつからなのか。渡口淳の幼い頃に何かあったのかと、気になり出す頃、どんどんと確信をついたストーリーが展開します。
伊藤健太郎と長時間にわたって対話をしたのち、本作の脚本を作り上げたという阪本順治監督。
監督の頭に伊藤健太郎像が刻み込まれ、そのイメージを膨らませて完成された本作を、精一杯演じた伊藤健太郎。そこには彼のこれからの芝居への意気込みが込められています。
主人公・伊藤健太郎を包み込むベテラン勢
不良息子の淳ですが、父の船で働く乗務員たちは皆一様に淳のことを気にかけていました。淳を責めるでもなく諫めるでもなく、ただ話を聞いて見守ります。
乗務員に扮しているのは、笠松伴助、伊武雅刀、それに石橋蓮司といったベテラン勢。言葉数は少なくとも、無骨な優しさがにじみ出るような演技を魅せていました。
また淳の両親役も、揃っていぶし銀の演技を披露しています。
淳の父親役の小林薫は、すれ違う親子の父親を的確に表現。息子の行動を理解できず、呆れ返って何も言う気もないという投げやりな言動ですが、それでも思うようにやらせてやりたいという想いが手に取るように伝わってきます。
またさらに目を引くのが、そんな父と息子の間に立つ母・道子役の余貴美子の演技。仕事に家事に追い立てられ、疲れ切っているのに、それでも凛とした強さがスクリーンに映し出されます。
母親ゆえともいえる「今の生活を守り抜く」という気骨あふれる想いが余貴美子の演技を通じて表現され、暗くなりがちな本作に一筋の明るさを加えているようです。
伊藤健太郎を包み込むようにして作られたオリジナル脚本作品『冬薔薇(ふゆそうび)』。「人生の孤独」を地でいく主人公・淳の姿に、現代の青年が抱えるリアルな悩みを見出せるのではないでしょうか。
そして苦しみながらも自分に正直に生きようとする青年に、冬薔薇の花の毅然とした美しさを彷彿させる場面も用意されています。
まとめ
『半世界』『一度も撃ってません』を手がけた阪本順治監督のオリジナル脚本作品『冬薔薇(ふゆそうび)』。
本作は、阪本監督が生い立ちや家族・友人関係など、伊藤健太郎との長時間の対話を通じて書き上げた「寄る辺なき者たちの物語」です。
伊藤健太郎をはじめ日本映画界を代表する実力派俳優たちが集結し、主人公親子の葛藤から主人公が辿る人生の落とし穴を鮮烈に描き出しました。
主人公が選ぶ自分の進むべき道は、これで良いのかどうか。鑑賞後には、彼の選択が問われることでしょう。
映画『冬薔薇(ふゆそうび)』は、2022年6月3日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。