連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第61回
『舟を編む』『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の石井裕也監督が手掛けた映画『茜色に焼かれる』。
主演に単独では4年振りとなる尾野真千子を迎え、和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏らが脇を固めました。
尾野真千子が演じるのは、7年前に夫をアルツハイマー型認知症の高齢者の運転する車にひかれて亡くした「田中良子」です。
自身の信念のもとで賠償金も受け取らず、13歳の息子・順平とともに弱肉強食の社会の中でたくましく生きていく姿を描きます。
映画『茜色に焼かれる』は、2021年5月21日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開予定。
映画『茜色に焼かれる』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本】
石井裕也
【キャスト】
尾野真千子、和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏、大塚、芹澤興人、前田亜季、笠原秀幸、鶴見辰吾、嶋田久作
【作品概要】
映画『茜色に焼かれる』は、尾野真千子の4年ぶりとなる単独主演映画です。社会的弱者として世の中の歪みに翻弄されながらも信念を貫き、たくましく生きる母の良子を尾野真千子が体現しています。
監督は、『舟を編む』(2013)『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017)『生きちゃった』(2020)の石井裕也。共演には、息子の純平役を『ミックス。』(2017)の和田庵が演じるほか、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏らが顔を揃えました。
映画『茜色に焼かれる』のあらすじ
7年前、政府高官であり、アルツハイマーの病を持っていた高齢者が、車のブレーキとアクセルを踏み間違えて、交通事故を起こしました。
犠牲となったのは、自転車に乗っていた男性・田中陽一。
夫を亡くした妻の田中良子は、事故以来女手一つで息子の順平を育てています。
良子は、かつて演劇に傾倒していたことがあり、芝居が得意でした。
今は夫への賠償金は受け取らず、中学生になった純平と暮らし、施設に入院している義父の面倒もみています。
不況もあって良子が経営していたカフェが破綻しましたので、今は花屋のバイトと夜の風俗の仕事を掛け持ちする毎日。
家計は苦しいのですが、事情をよく知らない同級生から純平はいじめにあっていました。
いじめの事実を悟り、学校へ文句を言いに行く良子ですが、教師の対応はあまりよくありません。
花屋のバイトと風俗の仕事、そして風俗店の同僚・ケイのグチを聞いたりと、忙しい毎日を送りながらも、良子と順平は一生懸命に生きているのですが、世間は冷たい……。
そんな中で、彼女たちが最後まで絶対に手放さないものがありました。
映画『茜色に焼かれる』の感想と評価
弱肉強食の社会に立ち向かう
『茜色に焼かれる』のヒロインを演じるのは尾野真千子。
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017)や『ヤクザと家族 The Family』(2021)などで、存在感のある演技を披露している尾野真千子が、息子と2人で逆風にあいながらも力強く生きる母を演じます。
高齢者の運転による交通事故で夫を亡くした田中良子。相手が用意した賠償金も断り、細々と花屋のパートと風俗の仕事で生計を立てています。
好きでしているわけではない風俗の仕事は決して楽ではありませんが、良子は明るく気丈に振る舞っていました。
しかしそんな良子に、弱者に対して冷たい社会のルールと排他的な世間の物差しが立ち塞がります。
がっぽりと賠償金をもらったと思われ、息子・純平は学校でいじめにあい、良子は会社のルールに背いて廃棄処分の花を持ち帰ったからと、バイトをクビになりました。
ほかにもとばっちりのような不幸な出来事が重なります。
一生懸命に生きようとしているのに、なぜ理不尽な扱いを受けなければならないのか?
いつも笑顔で悩みも辛いことも決して顔に出さない良子が、映画の終盤には感情を爆発させました。
弱者に向けられる仕打ちに対する怒りが込められた尾野真千子の迫真の演技が光ります。
尾野真千子が描く愛と希望
『茜色に焼かれる』を手掛けたのは、『舟を編む』(2013)『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017)の石井裕也監督です。
石井監督が、生きづらさに疲れ切っていたときに、頭の中に「母親」というテーマが浮かんだそうです。
そして、人が存在することの最大にして直接の根拠である「母」が、とてつもなくギラギラ輝いている姿を見たいと思ったと言います。
長い人生において、人はみな、傷つき、悩み、苦しむことも多々あります。そんな時に頭に浮かぶのは、やはり母親の存在ではないでしょうか。
悩みに疲れ果てている時でも、太陽のように温かな母の笑顔を見ればほっとしたという体験は誰もが経験あることでしょう。
我が子への愛を胸に抱き、「頑張りましょ」と力強く笑う母・田中良子。
本作ではそんな母の姿を憎らしいほどリアルな自然体で、尾野真千子が表現しています。
そしてポスター画像にもなっている、2人乗り自転車で走る夕焼けの光景。
夕焼けは希望のある明日を連想させます。会話があまりできない自転車の2人乗りでも、夕焼けに向かって走る彼らの後ろ姿からは、確かな親子愛と明日への希望が見て取れました。
それも尾野真千子の持つ存在感ある演技力のせいかもしれません。
このように本作は、世知辛い世の中でもたくましく生きていく母の愛と希望がひしひしと伝わってくる作品です。
『茜色に焼かれる』という映画タイトルにもその思いは込められているようで、石井監督の思惑通りの出来栄えと言えます。
まとめ
あえて現在の世相に正面から対峙することで、人間の内面に鋭く向き合ったと言える作品『茜色に焼かれる』。
『ぼくたちの家族』(2014)など、家族の話を取り入れた作品を多く手掛けてきた石井裕也監督が、どうしても撮りたかったと言う、たくましく生きる母子の姿が存分に映し出されています。
悲しみと怒りを心に秘めながら、我が子への溢れんばかりの愛を抱えて気丈に振舞う母・田中良子を尾野真千子が熱演。
その母を気遣い日々の屈辱を耐え過ごす中学生の息子・純平を和田庵が好演しました。
はたして、彼女たちが最後の最後まで絶対に手放さなかったものとは何だったのでしょう……。
なぜ生きるのか、どう生きるのか。映画は、生きていくという意味を、1組の母子の姿を通して問いかけています。
生きづらい世の中で生きていくことは、ある意味冷たい社会との戦いでもあります。戦いに負ければ死が待っています。死にたくなければ、負けるわけにはいきません。
息子と共に夕焼けの中を自転車に乗る良子の姿からは、強い決意が感じられました。
堂々と胸をはって進む良子は生命力に満ち溢れ、観る人は真っ直ぐに生きていく勇気をもらうことでしょう。
映画『茜色に焼かれる』は、2021年5月21日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開予定。