連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第52回
2021年2月11日(木・祝)よりロードショーされている映画『ファーストラヴ』。
父親を殺害した容疑で女子大生・聖山環菜が逮捕されました。
事件を取材する公認心理師の由紀は、夫我聞の弟で弁護士の庵野迦葉とともに彼女の本当の動機を探ろうとしますが、二転三転する環菜の供述に翻弄され、真実が見えなくなっていました。
精力的に仕事をこなす由紀を支える優しい夫・我聞(がもん)に窪塚洋介。大学生の時に由紀と付き合い、その心の傷を知る庵野迦葉(あんの かしょう)に中村倫也と、北川演じる由紀を挟んでそれぞれの愛の形を持つ男性陣が気になります。
従弟の迦葉(かしょう)を実の弟のようにしてかわいがり、由紀の心のキズを察しながらも優しく接する男性・真壁我聞(まかべ がもん)。彼を演じる窪塚洋介にクローズアップします。
映画『ファーストラヴ』とは?
原作小説は、島本理生の第159回直木賞に選ばれた『ファーストラヴ』です。家族という名の迷宮を描いた傑作長編小説を映画化したのは、『十二人の死にたい子どもたち』(2019)『望み』(2020)の堤幸彦監督です。
『スマホを落としただけなのに』(2018)の北川景子ほか、『屍人荘の殺人』(2017)の中村倫也、『今日も嫌がらせ弁当』(2019)の芳根京子に、『源氏物語 千年の謎』(2011)の窪塚洋介といった実力派俳優が集結しました。
公認心理師の真壁由紀は、女子大生・環菜が父親を殺害した事件の取材をしますが、取材を進めるにつれ、事件の裏にある環菜の歪んだ家庭環境を知ることになり、自身の持つ過去の記憶も蘇って苦しむことになります。
演技派へ成長した窪塚洋介
窪塚洋介が映画『ファーストラヴ』で演じるのは、女子大生・環菜が起こした父親殺害事件を取材する真壁由紀の夫、写真家の真壁我聞です。
1979年生まれの窪塚洋介は、俳優をはじめ、ビデオ監督やカメラマンとして活動しています。
これまでには、1998年のドラマ『GTO』の教師いじめの黒幕や、2000年のドラマ『池袋ウエストゲートパーク』でのGボーイズを束ねるリーダーの安藤タカシ役など、反抗的な尖った役をこなしてきましたが、2011年の『源氏物語 千年の謎』では、神秘的な安倍晴明を演じて演技の幅を広げました。
本作で由紀とバディを組んで事件を調査する弁護士は、弟として育った従弟の迦葉です。しかも由紀とは大学の同窓生という間柄……。この2人、過去に何やらありそうと思われます。
嫉妬や猜疑心から暴力も振るいかねない立場の我聞ですが、まるで神様のようにおおらかでした。
本作の複雑な相関図において、物静かで大人しいイメージの‟真壁我聞”は、実はトラウマを持つ由紀と迦葉の心のキズを埋める重要なポスト。
経験を積み重ねて培ってきた窪塚洋介の人間としての“円熟味”が、‟真壁我聞”という優しい男性にピッタリとマッチしたキャスティングです。
妻を愛し弟を理解する我聞の愛
写真家・真壁我聞と由紀の出会いは、我聞の写真の個展に由紀が訪れた時でした。
カメラに向かってほほ笑む父と娘の写真を食い入るように見つめて泣いていた由紀。
見ていないようでしっかりと見てしまった我聞はその時、「この子は誰かに心を傷付けられたんだ」と思います。
当時の我聞は4人家族でした。父と母、そして従弟の「庵野迦葉」。
迦葉は、父を亡くし母に置き去りにされて飢え死に寸前だったところを、伯母夫婦にあたる我聞の両親に引き取られたのです。
一人っ子だった我聞は、迦葉を本当の弟として可愛がっていましたし、迦葉も我聞には心を開きます。我聞の写真の個展を由紀に教えたのも迦葉でした。
そして、我聞はモテる迦葉から、「大学で気になる女の子に声をかけてナンパした」という話を聞いていました。
由紀が我聞の個展に出向いたのは、迦葉とわだかまりが出来た後でした。その後我聞は由紀と付き合いますが、何も知らないので、2人を引き合わせて紹介します。
我聞さん、まるでピエロじゃない、と思うところですが、迦葉のことを良く理解している我聞は、2人の様子から、一目で迦葉が話していた女の子は由紀だと悟りました。
由紀は結婚後も、実父に対するトラウマと迦葉との過去という2つの秘密を我聞に隠したつもりでしたが、我聞は全て分かっていました。
分かっていて、由紀も迦葉も2人が話したくないのならそれでいいと、由紀と迦葉の過去を許していたのです。
我聞には“無言の説得力”があり、何事にもゆるぎなく堂々としています。由紀にしろ、迦葉にしろ、自分がいないとダメになることが分かっているからこその“ゆるぎなさ”だったのでしょう。
2人を見守る我聞には、海より深く、空よりも広い家族愛を感じます。
暗い家庭環境が人の心に残す大きな傷跡を描いた本作の中で、唯一、真っ当で優しい愛の形と言えるでしょう。
映画『ファーストラヴ』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【原作】
島本理生:『ファーストラヴ』(文藝春秋)
【監督】
堤幸彦
【脚本】
浅野妙子
【キャスト】
北川景子、中村倫也、芳根京子、窪塚洋介、板尾創路、石田法嗣、清原翔、高岡早紀、木村佳乃
映画『ファーストラヴ』のあらすじ
ある大学のトイレで、一人の男性が胸を刺され倒れているのが発見されます。
その頃、血まみれのナイフを持ち川端の道を歩く一人の女性がいました。アナウンサー志望の女子大生、聖山環菜(芳根京子)です。
彼女は、トイレで倒れていた父であり画家の聖山那雄人(板尾創路)を殺した容疑で逮捕され、大きくメディアで報じられました。
その頃、公認心理師の真壁由紀(北川景子)の元にある本の執筆依頼が入りました。
それは、聖山環菜が画家の父を刺殺した事件について、被疑者である聖山環菜を取材し1冊の本にまとめて欲しいというものでした。
彼女について取材の依頼を受けた由紀は、彼女への接見を決意。
環菜の弁護士は、国選弁護人として選任されたのは、由紀の夫・我聞(窪塚洋介)の弟である弁護士・庵野迦葉(中村倫也)でした。
迦葉と由紀は大学の同級生で、過去に因縁を持つ間柄。彼女は戸惑いながらも迦葉に接見希望を申し出て、ついに環菜と対面します。
「あの子はくせ者だよ。心が読めない」という迦葉の言葉に身構えながら、由紀は最初は公認心理師の立場として冷静に環菜を観察します。
環菜は「動機は自分でもわからないから見つけてほしいぐらいだと言った」と言いました。そして「私、嘘つきなんです」とも言います。
迦葉の言葉通りに環菜は感情の起伏が激しく、本心を全くみせない女性でした。
由紀と迦葉、それぞれが環菜との接見や手紙のやり取りを進めていき、2人が環菜から聞いた話の内容を突き合せますが、つじつまの合わない部分があることに気づきます。
「環菜は本当のことを話していない」と由紀は考えました。それを踏まえて、由紀と迦葉は環菜や彼女の父親の那雄人の知人らから家庭環境について話を聞くようにしました。
環菜は小学生の頃から、画家である父親の絵のモデルをしていました。環菜は美しい少女でしたので言い寄る生徒もいたそうです。
接見で環菜の自嘲気味な男性関係を聞き、由紀は思わず「あなた、本当に好きになった人とつきあったことはある?」と尋ねました。
由紀の言葉に環菜は「ゆうじくん……。」とつぶやき、涙を流して取り乱しました。
その様子を呆然と見るしかない由紀でしたが、環菜が本当に好きだったと思われる「ゆうじくん」が環菜の心の傷を解く鍵だと気付きます。
しかしその後、環菜の周囲を調べていくうちに、由紀自身の忘れようとして閉じ込めたはずの過去と対面することになりました。
その思い出したくもない記憶は、庵野迦葉との出会いと別れにも繋がり、未だに夫・我聞に秘密にしていることがさらに由紀を責めます。
まとめ
女子大生が父親を刺し殺した事件を追う映画『ファーストラヴ』。
事件を調べるうちに蘇る過去のトラウマを抱え悩む公認心理師・由紀。彼女と協力して事件を追っている弁護士の庵野迦葉は、由紀の元恋人であり、由紀の夫・真壁我聞の弟です。
因縁のように複雑な相関図になる間柄ですが、この辺りも原作に忠実に描き出された作品でした。
真壁我聞にフォーカスして『ファーストラヴ』をおさらいしました。
子供の頃に負った家庭内のトラウマと迦葉との過去を抱え、それを我聞に秘密にしていることで悩む由紀は、車に撥ねられそうになり、病室で看病する我聞に初めて打ち明けます。
「なんとなくわかっていたよ」。責めるでもなく、なじるでもなく、傷ついた心をそっと労わってくれる我聞の言葉。
由紀が結婚しても、夫である我聞のことを「我聞さん」と呼んで、尊敬の念を持っているのもわかるような気がします。
そして、我聞は弟である迦葉に対しても優しかったのです。
子供の頃、迦葉が我聞の家に来て記念写真を撮る時に、笑わない迦葉を笑わせて素敵な記念写真を撮った我聞。さりげない男の優しさがいっぱいです。
本作において、少女買春や絵のモデルの強要と方法は違っても、無垢な少女の心を傷付ける行いをしたのは父親たちでした。またそれを知りながら容認しているとも言える母親たち。
酷い大人たちばかりで、温かな家庭とは縁遠い家族の姿がさらけ出されます。そんな中、家族に対してトラウマを持つ由紀と迦葉にとっては、我聞はかけがえのない愛を与えてくれる人だったのです。
神様のような心の広い大人の真壁我聞は、とても印象深い役どころで、窪塚洋介の新境地とも言えるでしょう。