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Entry 2023/06/01
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『658km、陽子の旅』あらすじ感想と評価解説。キャストの菊地凛子がヒッチハイクで自分の殻を破るヒロインを演じる|映画という星空を知るひとよ157

  • Writer :
  • 星野しげみ

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第157回

映画『658km、陽子の旅』は、父の訃報を受け、東京から青森県弘前市の実家までヒッチハイクをすることになった陽子(菊地凛子)の物語です。

人付き合いの苦手な陽子の東京、福島、宮城、岩手、弘前を辿る旅が始まります。行く先々で出会った人々との交流や心温まる数々の出来事が陽子を待ち受けていました。

主演を務めるのは、『バベル』(2006)の菊地凛子。監督は、『夏の終り』(2013)『私の男』(2014)などの熊切和嘉です。

詩情豊かに繊細な女性を描いてきた熊切監督が、心を閉ざして生きてきた陽子像を原案者の室井孝介と一緒に掘り下げて、ドラマチックな内容へと昇華しました。

孤立した心を抱く主人公が、癒され立ち上がっていく姿を描いた一夜のロードムービー『658km、陽子の旅』は、2023年7月28日(金)から渋谷ユーロスペース、テアトル新宿他全国順次公開

【連載コラム】『映画という星空を知るひとよ』一覧はこちら

映画『658km、陽子の旅』の作品情報


(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会

【日本公開】
2023年(日本映画)

【監督】
熊切和嘉

【原案】
室井孝介

【共同脚本】
室井孝介、浪子想

【音楽】
ジム・オルーク

【出演】
菊地凛子、竹原ピストル、黒沢あすか、見上愛、浜野謙太、仁村紗和、篠原篤、吉澤健、風吹ジュン、オダギリジョー

【作品概要】
『#マンホール』(2023)『私の男』(2014)の熊切和嘉監督と『バベル』(2006)の菊地凛子が、『空の穴』(2001)以来22年ぶりにタッグを組んだ『658km、陽子の旅』。

過去と対峙しながらたった一人でヒッチハイクをする主人公を菊池凛子が演じます。共演には竹原ピストル、黒沢あすか、風吹ジュン、オダギリジョーら実力派が多く集結しました。

本作は『嘘を愛する女』(2018)『哀愁しんでれら』(2021)などの話題作を輩出する映画オリジナル企画コンテスト「TSUTAYA CREATORS’PROGRAM(TCP)」の関連作品で、2019年に開催されたTCP2019脚本部門の審査員特別賞を受賞しています。

映画『658km、陽子の旅』のあらすじ


(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会

42歳の独身女性・陽子。人生を諦め、なんとくなく過ごしてきた就職氷河期世代の在宅フリーターです。人と直接関わりあうことも無く、毎日を過ごしています。

そんなある朝、従兄の茂が突然陽子のアパートへやって来て、かつて夢への挑戦を反対され、20年以上疎遠になっていた父の訃報を告げます。

呆然とする陽子ですが、そのまま茂の家族とともに、東京から故郷の青森県弘前市まで彼らの車で向かうことにしました。

けれども、休憩に立ち寄ったサービスエリアでアクシデントがおこり、茂一家は陽子を置き去りにして車で行ってしまいます。

陽子は出発前日に携帯電話を落として壊してしまい、今は持っていません。所持金もほとんどなく、茂や実家とも連絡方法がつかめず、途方に暮れます。

頻繁に現れる父の幻と対峙する陽子は、父との最後の別れに間に合うよう、ヒッチハイクで故郷を目指します。

父の出棺は明日正午、果たして陽子は間に合うのでしょうか。

映画『658km、陽子の旅』の感想と評価


(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会

42歳独身、青森県弘前市出身の陽子。ひょんなことから着の身着のまま、所持金はほとんどなく携帯電話もなしでヒッチハイクで青森へ向かうことになりました。

人との関わりを避け殻に閉じこもっている陽子が、東京から青森までの658㎞を旅するヒッチハイカーになったからさあ大変です。

陽子は、見ず知らずのドライバーに「乗せてください」のひとことがなかなか言えません。

ですが、どうしても実家に辿り着きたい一心で陽子は勇気を奮って‟お願い”をし続けました。そのかいあって、陽子を車に乗せてくれる人はポツポツ現れます。

毒舌のよくしゃべるシングルマザー、訳ありだけれど陽気なヒッチハイカー、下心ありそうなライター、親切な夫婦と、旅の途中で出会う人々も千差万別。陽子にとって最初はみな‟救いの神”のように思えたことでしょう。

旅に出る前と旅を終えた後の陽子の印象はまるで別人です。一夜にして様々な人との出会いを体験した陽子は、成長を成し遂げ、自分の殻を破ったのではないでしょうか。

そんな陽子を演じるのは、菊地凛子。何に関しても無感動でとっつきにくい陽子に、些細な仕草にもふっと笑いがこぼれるような親しみやすさをインプットさせています

物語の前半、頻繁に陽子の前に現れる父の幻も、陽子の頑なな心を解きほぐす役目をしています。ちょっとおとぼけな父を演じるオダギリジョーの出演で、物語は微笑ましいものになっています。

陽子は、父の幻と対峙しながら実家へ向かってヒッチハイクをします。温かな人の真心に触れ、心癒されて決してあきらめないという気持ちが生まれたと言えます。

どうしても行かねばならないという使命感のようなものが、陽子を強くしたのでしょう。人の目を見て話せない陽子が、まっすぐに人の顔を見れるようになり、前向きに歩き出す姿は必見です。

まとめ


(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会

菊地凛子にとっては、初の邦画単独出演となった映画『658km、陽子の旅』をご紹介しました

東京から青森までの658㎞を、ヒッチハイクで向かわねばならなくなった陽子の一夜のロードムービーを描きます。

最後の別れをするために父の出棺に間にあいたいと願う陽子。自分の殻に閉じこもっていた彼女が、どんどんと人と接するようになっていきます。

何もかも出遅れている陽子ですが、絶望も挫折も死ぬほど味わった辛い旅の終わりには、普通の人では得られないものを得るはずです

窮地に追い込まれた時人は強くなれます。本作は人が秘め持つ‟真の強さ”‟本当の優しさ”を感じ取れる作品と言えます。

映画『658km、陽子の旅』は2023年7月28日(金)から渋谷ユーロスペース、テアトル新宿他全国順次公開

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星野しげみプロフィール

滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。

時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。



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