連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第112回
最前線で活躍する刑事から警察音楽隊に異動させられた男の奮闘をオリジナル脚本で描き出した『異動辞令は音楽隊!』。
2020年に公開されてブームを巻き起こした『ミッドナイトスワン』で世界各国から注目を集めた、内田英治監督のオリジナル脚本です。
警察音楽隊のフラッシュモブ演奏に着想を得たという内田英治監督。主演のベテラン刑事に阿部寛を迎え、警察音楽隊という特殊な組織を題材に、人生の転落と再生を見事に描き出しています。
警察の仕事は音楽隊なのか? 納得のいかない人事異動に嘆く刑事の行く末はどうなるのでしょう。
映画『異動辞令は音楽隊!』をネタバレありでご紹介します。
映画『異動辞令は音楽隊!』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原案・脚本・監督】
内田英治 『ミッドナイトスワン』
【主題歌】
「Choral A」Official髭男dism
【キャスト】
阿部寛、清野菜名、磯村勇斗、高杉真宙、板橋駿谷、モトーラ世理奈、見上愛、岡部たかし、渋川清彦、酒向 芳、六平直政、光石 研 / 倍賞美津子
【作品概要】
『ミッドナイトスワン』(2020)の内田英治監督が、警察音楽隊のフラッシュモブ演奏に着想を得てオリジナル脚本を作り上げ、自ら手掛けたヒューマンドラマ。
長いキャリアの刑事から警察音楽隊に異動させられた男の奮闘を描き出しています。
主役の鬼刑事に阿部寛、音楽隊のトランペット奏者・来島春子を清野菜名、サックス奏者・北村裕司を高杉真宙、捜査一課の若手刑事・坂本祥太を磯村勇斗が演じています。
主題歌は、メンバーの楢﨑誠が、かつて島根県警察音楽隊でサックスを演奏していたという「Off icial髭男dism」が担当。
映画『異動辞令は音楽隊!』のあらすじとネタバレ
町では頻繁に高齢者を狙ったアポ電強盗事件が起こっています。
手ぬるい警察の捜査にじれていたのは、部下に厳しく、犯人逮捕のためなら手段を問わない捜査一課のベテラン刑事・成瀬司です。
警察の名をかたり、現金のあり場所を電話で聞き出し、宅配業者を装って家の鍵を開けさせてるという、高齢者を狙う悪質なアポ電強盗事件。
主犯に心当たりのある成瀬は、その男の手下とにらむチンピラ・西田を令状も取らずに締め上げます。
「今の警察は馬鹿ばっかりだ」と普段からぼやいていた成瀬は、犯罪捜査一筋30年の鬼刑事で、一言目には「コンプライアンスの遵守」と行動を制限する上層部と何かといえばぶつかっていました。
同行した部下の坂本からも、「このやり方は違法行為ですよ」と非難されました。
成瀬は母親の幸子と二人暮らし。最近、母の物忘れがひどく、離婚した元妻と暮らす高校生の法子が時々、「大好きなおばあちゃん」の世話をしに来てくれます。
西田に非難された日も、家に法子はやって来て、「大好きなおばあちゃん」にご飯を食べさせてくれています。
けれども、仕事の鬼の父には反抗的で、高校の文化祭におばあちゃんを連れて行くという約束を忘れていることに激怒されました。
娘とバトルになり、携帯電話は着信拒否をされ、仕事一筋の刑事バカの成瀬もさすがに落ち込みました。
そんなときに、本部長の五十嵐に呼び出され、異動辞令を言い渡されました。
「捜査二課ですか、それともマル暴?」。半分ふてくされたように聞く成瀬に、「いや、音楽隊に行ってもらいたい」と五十嵐はにこやかに言い放ちます。
刑事一筋にやってきた成瀬は耳を疑い、「音楽などできない」と言いますが、「子供の頃に和太鼓を習っていたじゃないか」といわれ、唖然とします。
「ちょっと上に楯突いただけで異動ですか?」と詰め寄ると、五十嵐はハラスメント対策室に届いた、同じ勤務室内の人物からの「成瀬に対して精神的圧迫を感じている」という投書が理由だと答えました。
不本意ながらも音楽隊への異動を受け入れるしかない成瀬。しぶしぶ音楽隊へ出勤することとなりました。
バスに乗って辿り着いたのは、緑に囲まれた田舎町。事務所はボロボロの小屋で、練習場を借りる予算がないからと、隣の教会が音楽の練習場でした。
音楽隊の隊員の一人、自動車警ら隊と兼務する元刑事志望のサックス担当の北村裕司は、音楽はまるでやる気がありません。
子育てと交通課の仕事を両立させているトランペット担当の来島春子は、威圧的な成瀬を敵対視します。
成瀬の指導係を任された交通機動隊員広岡達也は、パーカッションを担当し、自他とも認めるパンク狂いでした。
皆を取りまとめるのに適した人材と言える音楽隊隊長の沢田高広は、指揮者でもあり、成瀬と同じで広報課勤務。
沢田は音楽隊のことを一通り説明したあと、「警察の仕事もやりますが、音楽隊だから音楽をやってもらわねばなりません。和太鼓をやったことのある成瀬君には、パーカッションを担当してもらう」と告げました。
成瀬は刑事課にはいない、刑事路線からのはぐれ者たちの群れに迷い込んだと気付き、愕然としました。
映画『異動辞令は音楽隊!』の感想と評価
成瀬を変えた警察音楽隊
社会の悪を取り締まり、民間人の生活を守るために日夜活躍する警察官。事件を追う刑事となれば、捜査一筋に我を忘れて打ち込む熱血漢も多いことでしょう。
本作の主人公、成瀬もそんな熱血漢のひとりでした。事件が起これば捜査に没頭し、家庭を顧みません。
その見返りとして妻は家を出て行き、現在は認知症に近い状態の母と二人暮らしです。たまに母の様子を見に来る成瀬の娘は反抗的な態度のまま。母はすでに亡くなっている父の死を理解できません。
30年の優秀な刑事人生とは裏腹な崩壊した家庭がそこにありました。
成瀬の家庭状況は彼を一層仕事に追い込み、「コンプライアンスの遵守」などと言うきれいごとでは捜査は出来ないと、キャリアから培ってきた持論を威圧的にぶちまけます。
これが災いし、警察組織の中でも主としてPRを担当する音楽隊に異動させられました。
警察の中の音楽隊! それは現場を踏み歩いてきた刑事にとっては場違いなところで、サラリーマン社会でいうならば窓際族にも値する異動だったのでしょう。
辞令を受けて実際に音楽隊に行ってみれば……、一生懸命に音楽隊をやるという気持の隊員はほとんどいません。
交通課や警ら隊という一般の仕事と兼務していることもあり、音楽隊の隊員は忙しく、また成瀬のように左遷のような状況できた隊員もいるため、隊員たちのチームワークもいまいちでした。
苦々しい思いで音楽隊勤務をする成瀬でしたが、楽器に触れ、音を出し、曲を演奏するうちに、次第に心も和んできます。
音楽隊着任してすぐの成瀬と、定期演奏会に向けてドラムをたたき出す成瀬との間に起った心の変化。
それは成瀬が自分の殻を一つ破って成長した証とも言えます。
キャストの努力が光る演奏シーン
音楽隊が舞台だけあって、本作には数々の名曲が登場します。『聖者の行進』、『宝島』、『アメイジング・グレイス』……。そして、演奏のメインとなる『IN THE MOOD』。
どの曲もストーリー中の大事な場面で使用され、その効果は大きいものでした。演奏会でも演奏されるこれらの曲は、キャストたちが一生懸命に練習し、吹き替えなしの演奏を披露しています。
ドラムは「触るのも初めて」という阿部寛。吹奏楽部1年生が始める基礎練習から特訓を重ね、日本や海外のプログラマーの動画を見て、見せる叩き方を研究したそうです。
作中、成瀬が演奏会のチケットにナンバーリングで整理番号を押していくシーンでは、退屈な作業をする成瀬の動きが、ガチャガチャ、トントンと、いつのまにかリズミカルになり、足元もドラムを踏むように動かします。
阿部が演じる成瀬が、ドラムに熱中し出したことがわかる姿にクスッと笑えました。
また、来島春子は、音大出身のトランぺッターです。アクションからコメディ、演技力を求められるドラマまで、幅広い役を演じ、ギターやベース、ドラムなど一通りこなせる清野菜々は適任なキャスティングといえます。
そして、いやいや音楽をやっていた北村裕司。扮するのは高杉真宙ですが、担当するサックスを猛特訓のすえ、犯罪撲滅キャンペーンでの演奏シーンで見事なソロカットを実現しました。
音楽隊の隊員を演じるにあたって、キャストそれぞれが担当楽器を猛特訓していたのは事実ですが、それは語らずとも一目瞭然。
ストーリーの展開を楽しむのと同時に、キャストたちが奏でる演奏が心に響くことでしょう。
まとめ
『異動辞令は音楽隊!』は、地味な活動をする音楽隊への異動を命じられたベテラン刑事の物語。
パワハラで威圧的、暴力的な直情型の刑事が音楽隊で演奏することで、人の繊細な心が理解できる刑事へと変化を遂げます。
人びとの暮らしを守るため社会の悪と戦うのがメインの警察ですが、心を癒して勇気を与えるという意味では音楽隊は必要と思われます。
それは自衛隊も消防隊も同じこと。PRを兼ねながらも音楽を聞く人の心を癒し、また同じ隊員たちの士気高揚に務めるのが大切な仕事なのです。
これまでいろいろなタイプの刑事役をこなしてきた阿部寛ですが、本作では一風変わった刑事を演じました。
バイタリティと優しさにあふれる演技の両方ができる阿部だからこそ、成瀬役はハマったといえます。また、体格の良さも抜擢された理由かも……。
演奏会の隊員の定位置ではドラムはステージ中央の一番奥に設置されました。センターの位置でドラムの前に座っているだけなのに、一際目立つ阿部。
ドラムを叩くカッコいい姿をぜひご覧ください。
なお主題歌「Choral A」は、メンバーの楢﨑誠が、かつて島根県警察音楽隊でサックスを演奏していたという「Off icial髭男dism」が担当します。髭男ファンはお見逃しなく。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。