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Entry 2019/04/25
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細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】③

  • Writer :
  • 細野辰興

細野辰興の連載小説
戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】(2019年4月下旬掲載)

【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

第一章「舞台『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』は失敗作だったのか」

第二節「一枚のポスター」其の壱

これまでの『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』一覧はこちら

 「仮説が面白ければ事実に拘らなくても良いのッ。」
と日頃から標榜している『スタニスラフスキー探偵団』シリーズの主人公・風間重兵衛。細野監督の分身であるかどうかは兎も角、前作同様に今回も「面白い仮説」を優先し、有ること無いことを『スタニスラフスキー探偵団~日本侠客伝・外伝~』の中でも吠えまくっている。

演じるは尾方蓮二郎。年齢不詳。アラフォーにも見えるが、実は三十代前半と云う噂もある。俳優座、文学座、民芸、青年座、無名塾と云った大手の劇団には興味がないらしく若くして「劇団・必殺」を立ち上げるも客足が伸びず3年で空中分解。以後、フリーで渡り歩き現在に至っている。昔懐かしい「才能ある不良」の匂いを持っている怪優だ。

演劇一筋と云う訳ではないが、テレビ売りは一切せず、演劇中心で来た一刻者。女にもてる為に役者に成ったッ、と豪語して憚らず、一旦、役に入り込むと歯は抜くは毛は抜くは、ラブシーンだけには手は抜かぬは。小演劇界では「知る人ぞ知る」異端児と云って良いだろう。

『スタニスラフスキー探偵団RETURNS』では小道具の剃刀を本物とすり替え、相手役の南埜千草に自分の左頬を斬らせたとさえ云われている。その尾方がストレートに風間重兵衛を演じる訳ではないから面白い。尾方蓮二郎が尾形蓮司を演じ、尾形蓮司が劇中で風間重兵衛を演じているのだ。

更に風間重兵衛が、劇中で中村錦之助や東千代之介の「ニスケ」を演じもすれば、大川橋蔵や市川雷蔵の「ニゾウ」をも演じると云う趣向だ。

因みに、この「ニスケ二ゾウ」が解る人は相当の「邦画通」か年配の方と云って良いだろう。

 『スタニスラフスキー探偵団』シリーズのもう片方の主人公である蓋河プロデューサーも同様だ。演じるのは南埜千草、35歳。

美人だがフェロモンが足りないと思って悩んでいる節がある。ここ10年、杉村春子の様な芝居が出来る女優に成りたいッ、と明言し、取り組み成果も上げている本格派だ。気丈だがどこか気の良い部分もあり、母性本能をくすぐる男に弱い。その弱点を隠すためにワザとハードなキャラクターを気取っていたりもする。
酒好きだが飲むと泣いて騒ぎ過ぎる癖があるので最近は自重している様だ。私も実は酷い目に遇っている。

ブレイクしそうで、もう一つブレイクし切れないでいるが、コアなファンを掴んでいる矢張り「知る人ぞ知る」個性派俳優。

尾方同様、先ず南埜千草が女優・南千草を演じ、南千草が蓋河プロデューサーを演じる。そして蓋河プロデューサーが、劇中で美空ひばりを演じれば有馬稲子も演じ、淡路恵子、甲にしきをも演じると云う多重構造の趣向なので細野作品ファンには堪らないだろう。

因みに、いま列挙した女優陣の名前と順列にニヤリとした方は、かなりの「錦之助ファン」に違いない。

 そもそも『スタニスラフスキー探偵団』の初演終了時、2010年9月には細野監督の頭の中は続編の構想で溢れていた。一番有力だったのが『スタニスラフスキー探偵団〜ハリウッド死闘篇〜』。
黒澤明監督の『トラ・トラ・トラ!』(`70 9月 20世紀フォックス 監督・リチャード・フライシャー/舛田利雄/深作欣二 脚本・ラリー・フォレスター/小國英雄/菊島隆三/黒澤明)監督解任事件に材を取った超弩級篇だ。細野監督の中ではかなりプロットも出来上がり、私も事件に関しての下調べなどを命じられ「大宅文庫」の駐車場にキャンピングカーを停め資料集めに夜討ち朝駆けしたものだ。

『~座頭市首切り作戦~』と云う『影武者』(`80 4月 黒澤プロ/東宝 監督・黒澤明 脚本・黒澤明/井出雅人 主演・仲代達矢)での黒澤明監督による「勝新太郎降板事件」をモチーフにした企画もあった。

 次の公演は、しかし、『スタニスラフスキー探偵団』の続篇ではなく、何故か『マルクス愚連隊、原作者Jr.拉致事件なう。』(`11 12月 創作ユニット【スタニスラフスキー探偵団】 作/演出・細野辰興 主演・パスタ功次郎/和田光沙)と云う新作となった。
『椿三十郎』(`62 1月 東宝/黒澤プロ 監督・黒澤明 脚本・黒澤明/菊島隆三/小國英雄 主演・三船敏郎)『座頭市物語』(`62 4月 大映 監督・三隈研次 脚本・犬塚稔 主演・勝新太郎)『隠し砦の三悪人』(`58 12月 東宝 監督・黒澤明 脚本・菊島隆三/小國英雄・橋本忍/黒澤明)など傑作のリメイクが続く映画界。安易な風潮に異を唱える邦画フリークの兄妹が、成瀬己喜男監督の遺作『乱れ雲』(`67 11月 東宝 脚本・山田信夫 主演・加山雄三/司葉子)リメイク化を知り、プロデューサーを拉致すると云う実力行使で企画阻止に立ち上がる「映画愛」に溢れる話だった。

 乱雑に過去の名作傑作映画のリメイクをする大手映画製作会社。見かねて一石を投じようとした細野監督ならではの発想の「笑毒劇」と言って良いだろう。奇しくも創作ユニット【スタニスラフスキー探偵団】の「旗揚げ公演」でもあったので「続篇」よりはリメイクを揶揄するテーマの「新作」にしたかったのかも知れない。

兄役はユニット構成員でもあるパスタ功次郎。妹役は、『貌斬りKAOKIRI~』の劇中で映画オタクのウェイトスレを演じる和田梓役で評判を呼び、インディーズ映画やピンク映画、演劇などで著しい活躍を続け、最近では『岬の兄妹』(`19 3月 プレシディオ 監督/脚本・片山慎三 主演・松浦裕也/和田光沙)に主演し大きな話題と成っている和田光沙が劇しく溌剌と演じ、カオスを惹き起こした。

因みに『マルクス愚連隊、原作者Jr.拉致事件なう。』の「マルクス」とはあの『資本論』のマルクスであることに注目されたい。
「この世に存在する全ての物は『商品』に成れる」と云うマルクスの理論を逆手に取って「映画は作品か?商品か?」と云う命題を打ち出そうとした野心作ではあった。

 結局、『~ハリウッド死闘篇~』『~座頭市首切り作戦~』等の続篇企画は、創作ユニットが映画『貌斬りKAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』の製作に向かった為、なし崩しに成ってしまった。

やがて『貌斬りKAOKIRI~』が完成、公開され、次の出し物を決める段に成り、『~日本俠客伝・外伝~』が細野監督の中で最有力候補に浮上して行った様だ。

 何故、映画監督・黒澤明の悲劇から映画スター・中村錦之助に代わったのか。2014年11月、錦之助に遅れること17年後に高倉健が逝去したことと深い関係があるのではないか、と私、高井明は勝手に推理しドキドキが止まらなくなっている。
 
 とまれ、平成30年9月に今はなき高円寺の「明石スタジオ」で上演された『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一筋縄では行かない内容に約束通り踏み込んで行きたい。

 『スタニスラフスキー探偵団』待望の第2弾と云うことだからなのだろうか、登場人物も華やかに成っている。レギュラーである権謀術策に長けた映画監督&劇作家の鬼迫哲、看板俳優の尾形蓮司と南千草を始め、俳優部の飯尾明、向井一平、和田梓、真壁壽々子、蓬田稲子、日野昴太、演出助手の清水大たちは云わずもがな。名前だけ登場する人物も入れると第一作目とは比べ物にならない多彩さだ。
 主題となる中村錦之助を振り出しに、東映創立時代からの重役スターである片岡千恵蔵、市川右太衛門の両御大から始まり、大友柳太郎、東千代之介、大川橋蔵、美空ひばり、堺俊二、進藤英太郎、田中春夫、山形勲、薄田研二、杉恭二、星十郎、月形龍之介などの東映のレギュラー俳優陣は云うに及ばず、『貌斬りKAOKIRI~』のモチーフと成った天下の二枚目・長谷川一夫、別格の阪東妻三郎、鞍馬天狗の嵐寛寿郎、「シェイは丹下、名はシャ膳」の大河内伝次郎らの戦前戦後の大スターたち。

60年代初頭に東映時代劇崩壊の切欠を作った黒澤明+三船敏郎の『用心棒』(`61 4月 東宝/黒澤プロ 監督/黒澤明 脚本・菊島隆三/黒澤明 主演・三船敏郎)コンビも勿論、暗躍する。

 以下、思い出すままに挙げてみよう。
志村喬、岡田茂、中島貞夫、山下耕作、加藤泰。市川雷蔵、勝新太郎、若山富三郎、仲代達矢、緒形拳、石原裕次郎、三國連太郎、小林旭。丘さとみ、大川恵子、桜町弘子、岩崎加根子、入江若葉、三田佳子、江利チエミ、浪花千恵子。北大路欣也、松方弘樹、近衛十四郎、山城新伍。マキノ雅弘、田岡一雄、伊藤大輔、内田吐夢、今井正、小国英雄、田坂具隆、深作欣二。珍しい処では菊田一夫に竹中労、渥美清、市川崑。

播磨屋一門(後の萬屋一門)からは錦之助の父親である三代目・中村時蔵、母・小川ひな、長兄である二代目・中村歌昇、次兄である四代目・時蔵、直ぐ上の兄・小川三喜雄(初代・中村獅童)、弟・中村嘉葎雄、二代目・中村獅童。錦之助の側近からは尾形伸之介、沢島正継。敵役としての俊藤浩滋、鶴田浩二。エトセトラ、エトセトラ。

そして、高倉健。

 さて、此処に以前より気に成っていた一枚のポスターがある。
記念すべき『日本俠客伝』第一作のポスターだ。


©︎東映

何故、気に成っていたのか。東京オリンピックの年の8月に公開された『日本俠客伝』のリアルタイムに乗り遅れた世代である私がしたり顔で解説をするよりも、細野監督が舞台『スタニスラフスキー探偵団~日本侠客伝・外伝~』でどの様にポスターのことを描いたのかを視て行きたい。それにより私が何故、気に成っていたのかもお判り頂ける筈だ。

これ以上の問答は無用にして幕を開けることにしよう。
   
◯ 小劇場
   「客入れ」の音楽から一転、賑やかに流れ出
   した籔中博章氏作曲の『創作ユニット【スタ
   ニスラフスキー探偵団】』のテーマ曲がカッ
   トアウトされ、同時に場内が明るくなると舞
   台上に二つの「場」が装置してあるのが判
   る。
   下手半分には、前作の「場」となっていた喫
   茶店・ルノワールの会議室。  
   上手半分には、舞台の楽屋が装置されてい
   る。
   その会議室に重苦しい表情で三々五々座って
   いる鬼迫哲、尾形蓮司、南千草、飯尾明、向
   井一平、和田梓、真壁壽々子、蓬田稲子、日
   野昴太ら総勢10人の男女たち。
   演出助手の清水も居る。

 次の公演の出し物について話し合っている鬼迫、尾形たち。議論は、『スタニスラフスキー探偵団』の再演か、それとも新作かで対立している。再演をやりたい尾形。本物の剃刀での「顏斬り」にウンザリしている南千草。新作をやるべきだッ、と云う成長した雰囲気を醸し出している飯尾。飯尾は助監督役に厭きて来ていたのだ。対話のやり取りから尾形と飯尾の世代交代の主導権争いと云う臭いも感じられる。

 議論が煮詰まりかけた時に鬼迫が『~日本俠客伝・外伝~』の話を持ち出した。

◯ 小劇場(の続き)
向井「ニホンキョウカクデンガイデン!?って」
真壁「ガイデン?外務省とか商社の話?」
鬼迫「ニホン、キョウカク、デン、でも判らん
 か?」
和田「『日本侠客伝』ッ、高倉健の大ヒット任侠映
 画シリーズ!」
鬼迫「そう。そのシリーズ第一作ッ、『日本侠客
 伝』。その外伝を『スタニスラフスキー探偵団』
 の第2弾としてやりたいッ。」
千草「剃刀で顔を斬らない話なら賛成しますけど」
和田「一作目が、何と言っても一番好きですッ。」
飯尾「バックステージものですか?『日本俠客伝』
 の。どうせなら『仁義なき戦い』のバックス
 テージの方が話題になると違いますか?」
向井「健さんが『仁義なき戦い』に出演する気に
 なっていたって云う話、知っている?」
飯尾「ええ!?どの役で?」
向井「それが、諸説あってだね」
鬼迫「(遮って)『日本侠客伝』で、主役交代事件
 があったんだが、知らんか?」
飯尾「高倉健が主役を降りたんですか?!」
向井「主役は、文太さんじゃない!」
鬼迫「『仁義なき戦い』じゃないッ。『日本侠客
 伝』の話だ!!或る大スターが降りて健さん
 が主演に抜擢されたんだ。」
飯尾「健さんが、抜擢?!」
一同「?」
尾形「俳優の積りなら健さんの歴史ぐらい勉強して
 おけよ」
飯尾「じゃあ、降りた大スターって誰なんですか?
 知っているなら教えて下さいよ」
尾形「餓鬼じゃあるまいし、鬼迫さんに失礼なこと
 が出来るかよ」
   
   鬼迫、二人を無視して筒から一枚の大きな用
   紙を取り出す。映画のポスターだ。
   机の上にポスターを開き壁に貼る。
   ドスを左手で逆手に持ち、少し捲られた袖か
   ら零れる刺青も鮮やかな中村錦之助と長ドス
   を持っているらしい高倉健の二人が、共通の
   或る方向を睨んでいる着流しも鮮やかな男伊
   達のポスター。

向井「任侠鉄火やくざの花道をいく!獅子のような
 稲妻のような、男の中の男を描く!」
和田「江戸っ子健に、錦兄ィが惚れた!」

   と惹句を読みながらポスターのポーズを再現
   する二人。

和田「飯島洋一さんから借りたんですね」
鬼迫「良く見てみろ。オカシイところが有るとは思
 わんか、このポスター。」

   判っている和田が答えを言おうとするが止め
   る鬼迫。
   皆、三々五々、再度ポスターに注目する。
   その眼差しが注がれる黒地のポスターに着流
   しの中村錦之助と高倉健の何処までも美しい
   雄姿が光っている。

一同「…(更に凝視して)」

【この節】続く

【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

*この小説に登場する個人名、作品名、企業名などは実在のものとは一切関係がありません。作家による創作物の表現の一つであり、フィクションの読み物としてご留意いただきお楽しみください。

細野辰興のプロフィール


©︎Cinemarche

細野辰興(ほそのたつおき)映画監督

神奈川県出身。今村プロダクション映像企画、ディレクターズ・カンパニーで助監督として、今村昌平、長谷川和彦、相米慎二、根岸吉太郎の4監督に師事。

1991年『激走 トラッカー伝説』で監督デビューの後、1996年に伝説的傑作『シャブ極道』を発表。キネマ旬報ベストテン等各種ベストテンと主演・役所広司の主演男優賞各賞独占と、センセーションを巻き起こしました。

2006年に行なわれた日本映画監督協会創立70周年記念式典において『シャブ極道』は大島渚監督『愛のコリーダ』、鈴木清順監督『殺しの烙印』、若松孝二監督『天使の恍惚』と共に「映画史に名を残す問題作」として特別上映されました。

その後も『竜二 Forever』『燃ゆるとき』等、骨太な作品をコンスタントに発表。 2012年『私の叔父さん』(連城三紀彦原作)では『竜二 Forever』の高橋克典を再び主演に迎え、純愛映画として高い評価を得ます。

2016年には初めての監督&プロデュースで『貌斬り KAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』。舞台と映画を融合させる多重構造に挑んだ野心作として話題を呼びました。


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