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Entry 2023/11/11
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『ムービー・エンペラー』あらすじ感想解説。映画祭で評価される製作に奮闘するスターをシニカルに描く|TIFF東京国際映画祭2023-16

  • Writer :
  • 松平光冬

映画『ムービー・エンペラー』は第36回東京国際映画祭・ガラ・セレクション部門で上映!

香港の名優アンディ・ラウが主演を務める『ムービー・エンペラー』が、第36回東京国際映画祭ガラ・セレクション部門にて上映されました。

国際映画祭受けする映画作りを目指すスターの奮闘と悲哀を、現在の香港映画界への批評を盛り込みシニカルに描いたコメディをレビューします。

【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2023』記事一覧はこちら

映画『ムービー・エンペラー』の作品情報


(C)Huanxi Media Group Limited (Shanghai)

【日本公開】
2023年(中国映画)

【原題】
红毯先生(英題:The Movie Emperor)

【監督】
ニン・ハオ

【製作・脚本】
ダニエル・ユー

【共同製作】
ワン・イービン、ウィニー・リャオ、シン・アイナー

【共同脚本】
リウ・シャオダン、ワン・アン

【撮影】
ワン・ボーシュエ

【編集】
ドゥー・ユエン

【キャスト】
アンディ・ラウ、ニン・ハオ、パル・シン、リア・ゼイダン、ケリー・リン、レオン・カーフェイ(カメオ出演)、ウォン・ジン(カメオ出演)

【作品概要】
『クレイジー・ストーン/翡翠狂騒曲』(2006)の大ヒットで中国映画ヒットメーカーの仲間入りとなったニン・ハオと、同作をプロデュースしたアンディ・ラウが再タッグを結成。

アンディ扮するスターを中心に、香港映画界の内幕をシニカルに描きます。

本作は2023年11月17日の中国公開に先がけ、9月にカナダのトロント映画祭、10月に日本の第36回東京国際映画祭ガラ・セレクション部門にて、それぞれ先行上映されました。

映画『ムービー・エンペラー』のあらすじ


(C)Huanxi Media Group Limited (Shanghai)

香港映画界のスターながら、これまで賞に縁のなかったダニー・ラウは、“香港のアカデミー賞”と称される香港電影金像奨で悲願の主演男優賞を狙っていました。しかし今回も受賞を逃してしまいます。

どうしても映画祭で賞が欲しいダニーは、中国本土で名高い監督を招いて映画製作に着手。農民を主人公としたストーリーを企画し、役作りや製作費を出資してくれるスポンサーの獲得に乗り出します。

順調に事が進んでいたかのように見えていた矢先、ダニーを中心に思わぬトラブルが連発し……。

映画『ムービー・エンペラー』の感想と評価


(C)Huanxi Media Group Limited (Shanghai)

シニカルたっぷりに描かれる映画界の内幕

香港映画界の大スターのダニー・ラウは、国最大の映画祭の香港電影金像奨で主演男優賞にノミネートされるも、ライバルに奪われたばかりか、代理でトロフィーを受け取るという屈辱を受けます。

実在する香港の映画祭で、ダニーを演じるのがアンディ・ラウ、そしてライバルスターとして登場するのがジャッキー・チェンならぬジャッキー・シェン(写真での出演)という点で、本作は香港映画界が舞台の大いなるコメディ。

無冠の帝王という称号を返上したいダニーは、中国本土のアート映画で評価を得た監督リン・ハオを呼び寄せます。リンは農村が舞台のヒューマンドラマを企画し、ダニーに豚を飼う生真面目な農民役を演じさせることに。

「身障者役を演じればアカデミー賞が獲れる」、「賞が獲れる作品を撮るにはインディペンデント出身の監督に任せればいい」など、映画界にはシニカルな通説がまかり通っていますが(『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』ではそれら通説を徹底的にパロディにしている)、本作でのリンの言葉「世界が中国映画に求めるのは農民の生活だ」は、おそらく『初恋のきた道』(1999)、『あの子を探して』(1999)といった一連のチャン・イーモウ作品が世界的評価を受けたことで生まれた中国映画へのステレオタイプを、そのまま言い表しています。

金像奨で何度も主演賞を受賞しているアンディが無冠の帝王役というのも可笑しいですが、リン役を本作監督で中国本土出身のニン・ハオがセルフパロディ的に演じているというのも、毒が効いています。

第32回東京国際映画祭『初恋のきた道』チャン・ツィイー Q&A

時勢とお国柄によって変革する映画づくり

役作りで農村体験をしたり、中国の電気自動車企業から出資を取り付けるなど奮闘するダニー。しかし、そのスポンサー社長による作品への介入や、離婚調停中のダニーがつい魔が差して若い女性CM監督とのアバンチュールを求めたあまり、どんどん事態が予期せぬ方向へと進んでいきます。

本作は映画界全体への批評となっている一方で、映画製作において以前のやり方が通じなくなってきているという暗示もしています。もう大スターの権限で、多少の無茶や情熱で映画が作れるという時代ではなくなり、各方面への配慮やコンプライアンス事情も鑑みないといけないのだと。

ある意味それは、香港と中国の映画製作に対する考え方の相違でもあり変革とも捉えられる――ドキュメンタリー『カンフースタントマン 龍虎武師』(2023)でも描かれた、香港映画の現状の裏返しかもしれません。

カンフースタントマン 龍虎武師』(2023)

まとめ


(C)Huanxi Media Group Limited (Shanghai)

ダニー・ラウの中国名「劉偉馳」が、トニー・レオン(梁朝偉)とチャウ・シンチー(周星馳)をかけ合わせていたり、冒頭の金像奨のセレモニーでレオン・カーフェイやウォン・ジンら豪華スターが大挙カメオ出演しているなど、香港映画ファンなら楽しさ倍増するのは間違いない本作。

そもそも国際映画祭受けする映画を作る者たちを描く作品が、カナダのトロント映画祭や東京国際映画祭で上映されたというのが、なんともシニカルです。

はたしてダニーの悲願となる主演作は無事完成するのか?それとも……日本での一般公開は未定ですが、シニカルに満ちた、映画製作の悲喜こもごもの顛末が観られる機会を待ちましょう。

【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2023』記事一覧はこちら


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