連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第130回
ルイス・ベイヤードの原作小説を『荒野の誓い』『アントラーズ』のスコット・クーパー監督が映画化し、「ダークナイト」シリーズで知られるクリスチャン・ベールが主演を務めた映画『ほの蒼き瞳』。
引退した元刑事が、のちに作家として“史上初の推理小説”を執筆することになる若き日のエドガー・アラン・ポーと出会い、殺人事件の真相を追う姿を描いたミステリーサスペンスです。
本作の共同製作も手がけたクリスチャン・ベールが元刑事オーガスタス・ランドー役を演じ、若きエドガー・アラン・ポー役を「ハリー・ポッター」シリーズや『クイーンズ・ギャンビット』で知られるハリー・メリングが務めた本作。
本記事では、ネタバレを含むあらすじを紹介しつつ、映画に込められた作家エドガー・アラン・ポーの「“若き女性の死”を忘れられぬ者」としての肖像などを考察・解説していきます。
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CONTENTS
映画『ほの蒼き瞳』の作品情報
【配信】
2023年(アメリカ映画)
【原題】
The Pale Blue Eye
【原作】
ルイス・ベイヤード『陸軍士官学校の死』
【監督・脚本】
スコット・クーパー
【キャスト】
クリスチャン・ベール、ジリアン・アンダーソン、ルーシー・ボーイントン、ロバート・デュバル、ハリー・メリング、シャルロット・ゲンズブール
【作品概要】
ルイス・ベイヤードの原作小説を『荒野の誓い』(2019)、『アントラーズ』(2022)のスコット・クーパー監督が映画化。引退した元刑事が、のちに作家となる若き日のエドガー・アラン・ポーと出会い、殺人事件の真相を追う姿を描く。
本作の製作も務めたクリスチャン・ベールが元刑事ランドー役を演じ、若きポー役を「『クイーンズ・ギャンビット』などで知られるハリー・メリングが演じる。その他にジリアン・アンダーソン、ルーシー・ボーイントン、シャルロット・ゲンズブール、ロバート・デュバルなどが出演。
映画『ほの蒼き瞳』のあらすじとネタバレ
1830年。雪積もる山奥の家に一人の男が暮らしていました。
男の名はオーガスタス・ランドー。かつて刑事だった彼は、ストリートギャングの大物や売春婦殺人事件の犯人を逮捕するなど、ニューヨークでは伝説的な警官として知られていました。
3年前に妻に先立たれ、実の娘マッティも「駆け落ち」により行方不明になって以来、孤独な暮らしを続けていた彼の元に、ウェストポイントの陸軍士官学校で副校長を務めるヒッチコック大尉がやってきます。
ヒッチコックの頼みにより、士官学校の校長であるセアー大佐と面会するランドー。セアーとヒッチコックは、彼を呼び寄せた理由について語り始めます。
学校では昨晩、士官候補生・2年のリロイ・フライが首吊り死体として発見されました。くわえてその死体は学校内の病院へと運ばれた後、警備が離れた隙に何者かに心臓をくり抜かれてしまったのです。
ワシントンの上院議員の中には、不祥事による廃校を望む者も多い陸軍士官学校。学校の名誉を守るためにも、「秘密裏に事を進められる民間人」として元刑事のランドーに捜査を依頼しようとしたのです。
リロイの死体の首に残った縄の跡、指の腫れ傷といった「何者かと争った」と思われる形跡、検死した医師ダニエル・マークウィスが見落としていた頭部の打撲傷から、他殺の可能性に気づくランドー。またリロイの左手には、手紙の一部と思われる紙片も握られていました。
捜査を進める中、ランドーは一人の士官候補生に声をかけられます。死体の第1発見者である士官候補生ハントゥーンから事件の捜査を知ったその生徒は「フライを殺した人間は“詩人”だ」とだけ伝えると、その場を去っていきました。
ランドーは、病院で死体の警備にあたっていたコクランにも当時の状況を尋ねました。彼は警備中に見知らぬ将校から任務を解かれたこと、周囲が暗かったために顔は見えず、制服の肩章から「将校」だと判断したものの、その肩章は「右肩」にしかなかったことを明かしました。
その日の晩、酒場に訪れたランドーは「犯人は“詩人”だ」と伝えてきた例の候補生と再会します。候補生は自らを、エドガー・アラン・ポーと名乗りました。
「古くから心臓は象徴になり得る」「犯罪でもある“人の心臓をくり抜く”という労苦に耐え得るのは、詩人だ」……自らも「詩人」と名乗るポーが語る奇妙な推理にランドーは呆れ気味でしたが、仲違いするまでリロイと兵舎で同室だった士官候補生ラフバラーも調べるべきともポーは助言します。
翌日、ランドーはラフバラーを聴取。彼はリロイと仲違いしたのは「お互いに別の道を歩んだ当然の結果」であり、リロイは“悪党たち”と付き合っていたことを明かしました。
また、生前のリロイを最後に目撃したという別の士官候補生ストッタードからは、夜更けに遭遇したリロイに「将校はいたか」と聞かれたこと、外出の理由に彼は「断れない用事のため」と答えたことも聞き出しました。
二人の生徒の聴取後、ヒッチコックの元にコールドスプリングで牛と羊の惨殺死体が発見され、同じく心臓がくり抜かれていたという報せが届きます。ランドーは「同一犯とは限らない」と指摘したものの、ヒッチコックは警備の強化を進めます。
ランドーはポーに、紙片に書かれていた言葉を秘密裏に解読するように依頼。その後ランドーの家を訪ねたポーは、紙片に遺されたわずかな文字から推理した、破られた手紙の内容を語り出します。
「フライが握っていた手紙は事件の夜に、彼をおびき出すのに十分な内容だった」「破られたのは、送り主が誰か手紙から推測できるため」「黒インクで大文字のみで書かれているのは、その正体を偽ろうとしたから」が、ポーが推理した犯人の人物像。
また紙片の3行目では、唯一完全に判読できる単語「BE」の次に「L」から始まる単語が続くこと、「BE」の前には「T」で終わる単語が配置されていることから「DON’T BE LATE(遅れるな)」と記されていたこと。
そして4行目の「ME S」は前の行に記された「DON’T BE LATE(遅れないで)」の文脈から「COME SOON(早く来い)」であるとポーは解読しました。
対してランドーは、ポーがどうしても解けなかった紙片の1行目・2行目を解読し、彼の推理への“補足”をします。
2行目の「THEIR(彼らの/彼女らの/それらの)」は「THERE(そこ)」の綴り間違いであること、1行目の「NG」はリロイの死体が発見された現場「THE COVE BY THE LANDING(埠頭そばの入江)」の一部であったこと。
そして「候補生同士なら校内を含めどこでも接触できるのに、なぜ入江を指定したのか?」と考えた時、手紙の差出し人は学校外部の人間、それも制服などを着て校内に紛れ込むことも難しい“女性”である可能性を指摘します。
犯人の女性説を聞いたポーは、リロイが死んだ翌朝に食堂の外で見かけた女性を思い出します。ポーは「深い苦しみの中にいる謎めいた女性」であるその女性はリロイと関係があるのではと考えますが、その根拠は“詩的”なものでしかありませんでした。
その後、校内のベンチに残した置き手紙でポーを呼び出すランドー。
ポーは山奥にある貯氷庫に向かうと、「腐敗させずに心臓を保存するには、氷による冷蔵が不可欠」と睨んでいたランドーは貯氷庫の地下室で、地面に残っていたロウソクと血の痕、そして何かの図形を発見していました。
二人はランドーの知人であり、オカルトに関する歴史を専門とする教授ジャン・ぺぺの元へ。ぺぺが図形を魔法陣だとすぐに見抜く中、二人は“首吊り死体の心臓”が悪魔崇拝者による儀式の供物に用いられる場合があることも知ります。
ポーは候補生を洗い直し、そうしたオカルト関連に興味があるのは例の“悪党たち”のリーダー的存在にして、医師ダニエルの息子である分隊長アーティマスだとランドーに報告。また自らもアーティマスのグループに潜入することにします。
リロイの葬儀の日、参列したランドーはリロイの母から「彼の友人バリンジャーが兵舎で見つけて送ってきた」というリロイの日記を渡されます。
日記はどのページも謎の文字列・数列で覆われていましたが、各ページをとある溶液に浸すとその文字列・数列を記していた特殊なインクは消え、隠されていた日記の内容が浮かび上がってきました。
一方ポーはアーティマスに誘われ、バリンジャーを含む“悪党たち”とともにマークウィス家に訪れていました。そこで彼は、アーティマスの姉であるリアに恋してしまいます。
詩集を読み、ピアノの才能に優れたリア。ポーは墓地での逢瀬へと誘い、彼女もまたそれに応じてくれましたが、その際にリアは持病のてんかんの発作によって倒れてしまいました。
その日の夜、リアを自宅へと送ったポーはバリンジャーに襲われます。バリンジャーは「身の程知らずが」「リアに近づくな」と殺しにかかる勢いでポーを殴り続けましたが、危ういところをランドーが通りすがり事なきを得ました。
映画『ほの蒼き瞳』の感想と評価
誤解と謎多き作家エドガー・アラン・ポー
アメリカ・マサチューセッツ州ボストン出身の作家エドガー・アラン・ポーが残した作品群は、ヨーロッパではジョルジュ・ボードレールなどに、母国アメリカでもH・P・ラヴクラフトやレイ・ブラッドベリ、トルーマン・カポーティ、スティーヴン・キングなど錚々たる顔ぶれに影響を与えました。
そして“世界初の推理小説”と評され、作中登場の探偵オーギュスト・デュパンはのちにアーサー・コナン・ドイルが創作した“世界で最も有名な探偵”シャーロック・ホームズにも影響を与えた短編『モルグ街の殺人』(1841)も忘れてはならないでしょう。
しかしながら、1845年に発表した詩「大鴉」で一躍人気を得るなどの出来事はあったものの、生前のポーは決して恵まれた作家生活を送ることはありませんでした。
死後も、敵対関係にあったはずのルーファス・グリスウォルドが“遺著代理人”となり出版した作品集に彼が載せてしまった『回顧録』によって、「狂人」「薬物中毒者」などの誤った人物像が人々に植えつけられたポー。
一方で彼は、養父アランからの送金が途絶えたのがきっかけとはいえ、若くして賭博にのめり込み、その借金のせいで大学を辞める羽目になったこと。またポーの作家生活が安定しなかった原因には、飲酒の悪癖も相まって度々起こしていた仕事上でのトラブルと辞職も深く関わっていることも、史実として知られています。
本作で描かれたウェスト・ポイント陸軍士官学校時代についても「大学を辞め食い扶持に困ったポーは“偽名”で陸軍に入隊し、当時の下士官の最高級・特務曹長にまで昇進したものの、結局自ら本名を明かした」「のちにアランの計らいにより、ポーが希望していた陸軍士官学校に入学できた」という史実に基づいています。
26歳の時にまだ13歳であった従妹ヴァージニア・クレムと結婚するも、のちに死別。多くの出版社を作家・編集者として渡り歩き続けるも、常に生活は困窮していたポー。
泥酔状態で発見されたのちに危篤状態へ陥り、1849年に40歳で亡くなった彼の死の真相は、当時の死亡証明書や診断書が全て紛失されたこともあり未だ謎とされています。
繰り返される“若き女性の死”の運命
『ほの蒼き瞳』は、校則により詩や小説を読むのを禁じられたが故に、より一層“創作”という自身に課した運命と深く対峙していたであろうポーの陸軍士官学校時代に注目し、「ポーはいかにして、生涯の創作のモチーフとして描き続けた“若き女性の死”を見出したのか?」に思いを馳せた作品といえます。
旅役者であった両親の元に生まれたポー。父デイヴィッドは家族を残して蒸発し、母エリザベスもポーが幼い頃に結核により亡くなっています。映画作中でも、若くして亡くなった母と夢で交信するポーの姿を通じて、彼の心には幼い頃から“若き女性の死”のモチーフが存在していたことを描いています。
そして、“若き女性の死”というモチーフをポーの一生涯にわたる“運命”そのものにまで決定づけてしまった出来事として、「病により心そのものが死に取り憑かれてしまった若き女性リアとの恋」を本作は映し出しました。
リアへの告白の場面にて、ポーが歌った詩。「自身の夢想を書き取った詩」であるというその詩の中に現れた女性の名“レノーア”を、ポーは「リアそのものだ」と信じていました。
“レノーア”……その名は、1843年にポーが発表した詩「レノーア」、そして前述の詩「大鴉」の作中にも登場し、いずれの詩においても“若くして亡くなった恋人の女性”として描かれています。
“レノーア”という女性の名には、1842年から母エリザベスの死因でもある結核を患い、1847年に亡くなるまで病に苦しみ続けた若き妻ヴァージニアにポーが感じとった“運命”が投影されているといわれています。
母エリザベスと、妻ヴァージニア。結核という同じ病で亡くなったのも相まって、否が応でも「自分は“若き女性の死”から逃れられない者なのだ」「自分は“若き女性の死”を忘れられない者なのだ」という“運命”を感じとったであろうポー。
そもそもなぜ、わざと放校処分を受けることで1831年に陸軍士官学校を去ったポーは、その2年後に当時13歳だった従妹ヴァージニアとの結婚を願ったのでしょうか。
母の死という“若き女性の死”を幼き日に経験したポーが、自身の“創作”を強く意識したであろう陸軍士官学校時代に“若き女性の死”と再び遭遇したことで、自身の“運命”そのものといえるモチーフに改めて気づいた一方で、「“運命”は繰り返される」と創作世界ではない“現実”の世界で痛感したのではないか。
そして“運命”を繰り返すまいと、母よりも、リアよりもはるかに若い、生命力に満ち溢れた少女ヴァージニアとともに生きたいと願ったのではないか。しかし願い虚しく、ヴァージニアも病により24歳の若さで亡くなり、ポーの創作・現実の両世界に課せられた“運命”は確固たるものになってしまったのではないか……。
その生涯に残された謎たちをつなぐ、空白の陸軍士官学校時代を想像する中で、『ほの蒼き瞳』は“若き女性の死”という“運命”に翻弄されたポーの人物像に迫った作品でもあるのです。
まとめ/“ほの蒼き瞳”が見つめ続けた“運命”
映画の結末においてポーは、娘マッティを自殺へと追いやった士官候補生たちへの復讐を果たし、その中で自身が愛したリアへ殺人の濡れ衣を着せたランドーに怒りを露わにしながらも、それでも彼の罪を警察に告発することはありませんでした。
ポーがそのような決断をしたのは、マッティの死という“若き女性の死”を経験し「いつかは全て忘れ去られる」と口にしながらも娘の死を記憶し続けるランドーの姿に、自身に課せられた「“若き女性の死”を忘れられぬ者」としての“運命”を重ねたからなのかもしれません。
そして、原作小説『陸軍士官学校の死』から改題された映画のタイトル『ほの蒼き瞳(The Pale Blue Eye)』。そのタイトルは、映画作中にてポーがリアへの告白の際に歌った詩からも窺える通り、ポーの瞳を指していると考えられます。
「青ざめた/青白い」とも訳せ、「死」をイメージさせるPale Blue。
それは、母エリザベスの死を機に“若き女性の死”に取り憑かれ、リア、そしてヴァージニアと「“若き女性の死”を忘れられぬ者」という“運命”に翻弄されながらも死を見つめ続けたポーの瞳にこそふさわしい色彩といえるでしょう。
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ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。