連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第129回
『マリッジ・ストーリー』『フランシス・ハ』のノア・バームバック監督が、「スター・ウォーズ」シリーズのカイロ・レン役で知られ、『マリッジ・ストーリー』でもタッグを組んだ経験を持つアダム・ドライバーを再び主演に迎え手がけた映画『ホワイト・ノイズ』。
作家ドン・デリーロの小説を原作に、家族と有害化学物質の流出事故と遭遇した大学教授の愛と死をめぐる物語を描いた、不条理と叙情に満ちた作品です。
共演者には、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)作品のローディ/ウォーマシン役で知られるドン・チードル、バームバック監督の公私のパートナーでもあるグレタ・ガーウィグが名を並べている本作。
本記事ではネタバレを含むあらすじを紹介しつつ、『ホワイト・ノイズ』というタイトルに込められた意味、作中に登場する謎の男“ミスター・グレー”の正体とモチーフなどを考察・解説していきます。
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CONTENTS
映画『ホワイト・ノイズ』の作品情報
Netflix映画『ホワイト・ノイズ』
【配信】
2022年(アメリカ映画)
【原題】
White Noise
【原作】
ドン・デリーロ
【監督・脚本】
ノア・バームバック
【キャスト】
アダム・ドライバー、グレタ・ガーウィグ、ドン・チードル、ラフィー・キャシディ、サム・ニボラ、メイ・ニボラ、ジョディ・ターナー=スミス、アンドレ・ベンジャミン、ラース・アイディンガー
【作品概要】
作家ドン・デリーロの小説を原作に、家族と有害化学物質の流出事故と遭遇した大学教授の愛と死をめぐる物語を描いた不条理劇。監督は『マリッジ・ストーリー』(2019)、『フランシス・ハ』(2012)のノア・バームバック。
主人公の大学教授ジャックを演じたのは、「スター・ウォーズ」シリーズのカイロ・レン役で一躍注目され、『マリッジ・ストーリー』でもバームバック監督とタッグを組んだ経験を持つアダム・ドライバー。
共演には、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)作品のローディ/ウォーマシン役で知られるドン・チードル、バームバック監督の公私のパートナーでもある『レディ・バード』(2017)のグレタ・ガーウィグ。
映画『ホワイト・ノイズ』のあらすじとネタバレ
Netflix映画『ホワイト・ノイズ』
第1章:波と放射物
ジャック・A・K・グラドニーは、“丘の上の大学”のヒトラー学科で教授を務め、北米一のヒトラー研究家として知られていました。しかし彼はドイツ語が話せず、春に開かれるヒトラー学会にはドイツから多くの研究者が訪問することから、必死にドイツ語会話を勉強していました。
彼は4度目の再婚相手と、お互いの連れ子たちとともに暮らしていました。
物忘れが激しく、自身の子どもの名前すらも怪しい妻バベット。ジャックの結婚相手“その1”と“その3”との間の子どもである長男ハインリッヒと次女ステフィ。バベットの結婚相手“その2”との間の子どもである長女デニース。そして、ジャックとバベットの間にできた次男で末っ子のワイルダー。
親子間・兄弟姉妹間で少なからず心の壁はあったものの、それでも平穏に日々を過ごしていたグラドニー家。しかしある時、ジャックはデニースから「バベットが薬を家族に隠れて服用し続けている」と聞かされます。
ジャックは二人きりになった際に薬のことを尋ねますが、バベットは「飲んでない」としか答えません。一方でデニースは「薬の瓶には“ダイラー(DYLAR)”とラベルが」「その薬は、どの薬品リストにも記載されていない」「彼女が『姿勢教室に行く』と言った日の中には、別の場所に行っている可能性がある日も存在する」とさらに説明します。
正体不明の男と寝室で遭遇する悪夢を見た翌日、ジャックは大学の同僚である化学科の教授に「今度自分が薬を持ってくるので、その成分分析をしてほしい」と頼みます。
またジャックも、エルヴィス研究を専門とする新任教授マーレイに「新設されるエルヴィス学科をライバルの教授コツァキスではなく自分が受け持つためにも、知名度のある君が僕の講座の講義に飛び入り参加し、PRに協力してほしい」と頼まれます。
約束通り、マーレイのエルヴィス学講義に飛び入り参加し、「エルヴィスとヒトラーはともにマザコンだった」という共通項からヒトラー学を論じるジャック。
「群衆は死を締め出すこと」「群衆から離れたら死の危険が訪れる」「一人で死に向き合うのだ」「群衆が集まった理由は、群衆になるためだ」……ヒトラーが憑依したかのような、ジャックの演説はマーレイすらも感心させ、生徒たちは“群衆”となって彼を称賛しました。
その頃、運転手が酒に酔いながら可燃物を運んでいたタンクローリーが、有害な化学物質を運んでいた貨物列車と激突。爆発が巻き起こり、黒煙が空へと吹き上げる中、サイレンとともに防護服を身に付けた人々が事故現場へと駆けつけてきました……。
第2章:空媒毒物事象
事故の発生後、ジャックたち家族が暮らす街では、消防車や救急車などのサイレンが絶えませんでした。ラジオなどで情報収集を続けるハインリッヒをはじめ、子どもたちは危機を察知し始めていましたが、「ここは大丈夫だろ」としか答えないジャックは事態を軽視し続けました。
「霞」は「波状の黒雲」と訂正され、やがて「空媒毒物事象」へと訂正する報道。事故で空気中へと流出したのは“ナイロディンD”という有害化学物質であり、その物質に汚染された場合の症状は「息切れと吐き気」から「動悸とデジャヴ」「脳機能への障害」へと訂正され……。
「全住民は避難を」という指示がサイレンとともに流れても、それでも夕食を続けようとするジャックに対し、流石に危機を察したバベットは避難を家族全員へ呼びかけます。
「外にいる方はすぐに屋内へ」大渋滞の道路を進んでいたものの、家族が乗っていた車はガス欠寸前に。仕方なくガソリンスタンドへと立ち寄りますが、その際にジャックは毒雲から降る雨を浴びてしまいます。
車中で何かを口に入れ飲み込んだバベットを目撃するも、また誤魔化されてしまうジャック。巨大な黒雲の中では雷電が疾り続け、その恐ろしくも美しい景色を目にした人々の中には、車から降りて観察してしまう者もいました。
避難場所のキャンプ場へ到着したジャックたち。キャンプ場では「空媒毒物事象の雨に触れてしまった者」の招集を呼びかけていました。
「少しでも触れたら危ない、新世代の最新の毒物」だというナイロディンDの雨に、ジャックは2分半以上もさらされていました。「今回の災害での被害記録は、自分たちが研究する災害シミュレーションの予行演習となる」と語るスタッフ。
シミュレーション上においてジャックは「急を要する事態」であるものの、ナイロディンDの物質としての寿命は30年であり、データが足りないため詳細な診断にはできないとのことでした。
ジャックはキャンプ場内でマーレイと再会し「自分は毒雲のせいで早いうちに死ぬ」「バベットには言わないでくれ」「死はすでに、悪夢を通じて感じていた」と伝えます。
すると、マーレイは「人間は、殺す人間か死ぬ人間かの2種類」「誰かを殺せば自分の命の残高が増える」「暴力は生まれ変わりだ」「もしかしたら死を殺せるかもしれない」と語ると、隠し持っていたドイツ製の小口径拳銃をジャックに渡します。
翌朝。ジャックが目を覚ますと、キャンプ場内はパニック状態に陥っていました。避難所から避難する人々を掻き分けながら避難しようとする中、ジャックはステフィが落としたウサギのぬいぐるみを拾ってくれた男に、悪夢で遭遇した例の男の面影を感じとりました。
その後、「銃規制は精神統制」のステッカーを貼った車に乗る男たちに「生命力が高さ」を感じたジャックは、その車について行きます。道なき道を走り続けても前方の車に追いつくことはできず、しまいに車は川へと落ちてしまいました。
一時は流されてしまいそうになるも、ハインリッヒの機転により無事川を脱出し、草原、そして渋滞する車道へと戻ることができたジャックたち。やがて家族は新たな避難所へと無事に辿り着きました。
「建物から出ることは一切許されない」と通達された新たな避難場所では、「政府がナイロディンDの毒雲の中心に特殊な微生物を植え付け、物質を食べさせる」という噂が立っていました。
突如、テレビを抱えた避難者の男が、今回の災害報道におけるマスコミの行動への批判を演説し始めます。英雄かのように称賛される男でしたが、ジャックの姿を見ると「前に見たことがある」「あんたはそこ、俺はここにいた」……デジャヴを感じていました。
空媒毒物事象による災害が収束し、ジャックたち避難者に帰宅の許可が出たのは、それから9日後のことでした……。
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映画『ホワイト・ノイズ』の感想と評価
Netflix映画『ホワイト・ノイズ』
ミスター・グレーは“イエス・キリスト”?
マーレイの「人は脳内で未来を予見する」という作中の言葉通り、ジャックが夢を通じて“モーテルでの遭遇”を未来視した人物であり、ジャックの精神、そして彼とバベットの夫婦関係を掻き乱す存在として登場した謎の男“ミスター・グレー”。
彼はバベットが服用していた“必ず訪れる死への恐怖と不安”を解消できる薬の失敗作“ダイラー”を自身も服用し、薬物中毒に陥っていました。
その状況からも、新薬研究のプロジェクト・リーダーとして失敗し、“ダイラー”が失敗作だと理解しながらも服用してしまうほどに自らも“必ず訪れる死への恐怖と不安”に苛まれていたことが察せます(そもそも「新薬研究のプロジェクト」自体が真実かも怪しいですが)。
作中の描写内で提示された情報からは、「元研究所の職員と思われる、薬物中毒の売人」として映るミスター・グレー。その一方で、同じく作中の描写を振り返ってみると、彼は非常に有名な“ある男”をモチーフに描かれているのではと気づけます。
それは、キリスト教の“神の子”にして“救世主”ナザレのイエスです。
“薬物中毒の聖人像”は何を啓示する?
作中で繰り返し映された、ミスター・グレーの右手の甲の刺し傷の跡。“聖痕”を連想させるその傷に加え、彼の髪型、ジャックとの会話における“アメリカ以外の国から来た異邦人”としての振る舞いからは、どこかイエスその人、あるいは“聖人”をイメージさせられます。
また“ミスター・グレー”という仮名も、キリスト教において白は「降誕節、復活節」などイエスの“誕生”と“復活”を祝う色であり、対して黒は葬儀に用いられるなど“死”を象徴する色であることから、白と黒がともに存在し混ざり合った色グレーに「“生”も“死”も経験した者が持つ色」をイメージすることが可能です。
それらは、あくまでも“イメージ”に過ぎません。
しかしながら、もしミスター・グレーがキリスト教で長らく語り継がれてきたナザレのイエスや“聖人”をモチーフとしていたら、信仰の重要性を説くものの、キリスト教が語る逸話の数々は一切信じていない修道女マリーの「聖人がいるのなら連れてきて」という言葉が、より痛烈な皮肉となるのです。
まとめ/“静かな雑音”だけが残る時、“安眠”は
Netflix映画『ホワイト・ノイズ』
本作の題に冠された「ホワイト・ノイズ」は雑音の一種で、人間が聴覚で感知する様々な周波数の音を同じ強さで混ぜ合わせ、再生したノイズのこと。「シャーッ」「ゴーッ」と擬音で表されることが多く、ブラウン管テレビの砂嵐や換気扇の回転音などがホワイト・ノイズの具体例としてよく挙げられています。
「人が聴きとれるすべての周波数が、均等に混ざった音」であるために、人によって快・不快の基準となる音の特徴が失われ、言うなれば“静かな雑音”とも表現できるホワイト・ノイズ。近年では、集中力を高める効果や安眠効果があるとして話題にもありました。
映画作中では、“死”もまた“音”の一種であり、それは“静かな雑音”であるホワイト・ノイズなのではないかと言及されています。
「内容の脈絡も意味も分からない会話」というノイズばかりを発し続けている、ジャックを含む登場人物たち。また近代以降の社会では音のみならず、色彩や文字といった“記号”そのものが生活に溢れ返り、もはやノイズと化していることも、ジャックがたびたび訪れる大型スーパーを通じて描かれています。
そうした膨大なノイズの中に潜み続ける、“静かな雑音”ホワイト・ノイズ。もし他者が発するノイズも、心臓の鼓動など自身から発されるノイズもすべて消え去った時、“安眠”をもたらすそのノイズだけが残るのでは……『ホワイト・ノイズ』という題には、そのような意味が込められているといえます。
……なお、ホワイト・ノイズを構成する多種多様な周波数の音を長時間聴き過ぎてしまうと、耳鳴りや難聴などの聴覚障害を引き起こす可能性があるとのこと。
もし“静かな雑音”こそが“死”だったとしても、その音だけが延々と流れ続ける世界に置かれた者に“安眠”は訪れるのか。その答えは、作中におけるマーレイの「ある意味変じゃないか」「死を思い描けるって」の言葉通り、想像すること自体がバカバカしいのかもしれません。
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ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。
photo by 田中舘裕介