「浩さんの戦争は、終わりましたか?」
日本制作の実写ゴジラシリーズ作品としては『シン・ゴジラ』(2016)以来の7年ぶりとなる「ゴジラ」生誕70周年記念作品として、山崎貴監督が手がけた映画『ゴジラ-1.0』。
2023年に公開されると大ヒットを記録、第96回アカデミー賞で邦画・アジア映画史上初の視覚効果賞を受賞した本作は、2024年11月1日に初の地上波放送を迎えます。
本記事では、『ゴジラ-1.0』を劇場や動画配信で鑑賞した人々にとって最も話題となったであろう、映画ラストで典子の首に浮かんでいた「黒いアザ」についてクローズアップ。
典子の奇跡の生還の理由として登場するゴジラシリーズの歴史的文脈と、映画ラストでの典子のセリフと黒いアザによって完成する、皮肉かつ残酷な結末の形を考察・解説していきます。
CONTENTS
映画『ゴジラ-1.0』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本映画)
【監督】
山崎貴
【キャスト】
神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介
【作品概要】
日本制作の実写ゴジラシリーズ作品としては『シン・ゴジラ』(2016)以来の7年ぶりとなる「ゴジラ」生誕70周年記念作品。監督は「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズや『寄生獣』(2014)などを手がけてきた山崎貴監督。
主人公・敷島浩一を神木隆之介をはじめ、浜辺美波、吉岡秀隆、佐々木蔵之介、山田裕貴、青木崇高、安藤サクラなどと実力派キャストが揃った。
映画『ゴジラ-1.0』のあらすじ
特攻隊員の敷島浩一は、死を恐れ「機体に故障がある」と偽って着陸した大戸島の守備隊基地で、島の伝承に登場する恐竜のような海洋生物「ゴジラ(呉爾羅)」と遭遇。
守備隊員が次々と襲われ命を落とす中、恐怖に飲まれ応戦すらできなった敷島。かろうじて生き残り日本へと帰還するも、両親は空襲で亡くなり、天涯孤独の身になったことを知らされる。
焼け野原と化した東京で日々を送っていた敷島は闇市で、見ず知らずの女性から託された赤ん坊・明子を育てながら生きる典子と出会う。典子たちを見過ごせなかった彼は戦争の記憶に苛まれながらも、二人とともに家族のように暮らし始める。
終戦後、人々の心も生活も少しずつ復興へと向かおうとする中、突如として謎の巨大怪獣が出現する。その正体は、米軍の核実験で被曝し、放射能によって細胞が変異したことで巨大化したゴジラだった……。
映画『ゴジラ-1.0』典子の首のアザを考察解説!
典子の生還は「奇跡」などではなく
職場のある銀座で上陸したゴジラに遭遇し、乗車していた電車ごと襲撃を受けながらも生き残る。そして現場に駆けつけた敷島をかばい、ゴジラの放射熱線による猛烈な爆風の飲み込まれながらも、観客にとっても信じられない奇跡の生還を果たした典子。
しかし、病室で敷島と明子と涙の再会をした典子の首には、それまでの場面ではなかったはずの「黒いアザ」……どこか放射線被曝によって細胞変異が生じたゴジラの表皮を連想させる色をしたアザが浮かんでいました。
本作を手がけた山崎貴監督は映画ラストにて描写された典子の黒いアザについて、2023年12月に公開されたインタビューにて下記の通り語っています。
明言は避けたいと思いますが、なぜ典子はあんな目に遭っても死ななかったのかということですね。(中略)ハッピーエンドは嫌だけど、バッドエンドにもしたくないという着地点です。
(山崎貴監督・インタビューより抜粋)
典子の奇跡の生還は、本当に「奇跡」だったのか。典子は「死ななかった」のではなく、「死ねなかった」のではないか……。
山崎監督自身の言葉からは「典子の肉体はゴジラがまとう放射線に被曝し、尋常ならざる再生力を誇るゴジラと同じ細胞変異が生じた」「典子の肉体の細胞も、過去のゴジラシリーズ作品で登場してきたゴジラの不死性の根源『ゴジラ細胞(G細胞)』と同じ状態になりつつあるのでは」と、ゴジラファンなら誰もが思ったはずです。
「人間のゴジラ化」というシリーズの歴史的文脈
ゴジラのタフさの根拠として登場し、多くのシリーズ作品で「常軌を逸した自己再生能力を持つ遺伝子を有する、ゴジラの肉体の細胞」として扱われてきたゴジラ細胞。
なお、初めてゴジラ細胞という設定が描かれた『ゴジラvsビオランテ』には、遺伝子工学の権威・白神博士がテロで命を落とした娘・英理加の細胞を組み合わせたバラの細胞に、さらにゴジラ細胞を組み合わせたことで怪獣化したビオランテが登場します。
ゴジラ細胞によって怪獣化した、人間の細胞……言い換えれば「人間が怪獣になった」という展開は、「同作に登場するゴジラは、ゴジラと牧悟郎が融合した姿ではないか」という説も浮上した『シン・ゴジラ』でも直接的な描写自体はないものの、人々にそう想像させうる作品であったことは確かです。
そもそも、シリーズの原点『ゴジラ』(1954)の時点でゴジラは「原爆の申し子」……核兵器のメタファーであると同時に、核実験により本来の生息地を追われた「核兵器の被害者=核兵器の犠牲となった者たち」のメタファーとして描かれています。
そして以降のシリーズでは度々「ゴジラもまた、核兵器による放射線被曝によって『怪獣』にされてしまった犠牲者」という設定が用いられてきたことで、「ゴジラは海から現れることからも『太平洋戦争下、海で無情な死を遂げた戦死者たちの亡霊』の象徴だ」という説も半ば既成事実に近い形で広く人々に知られるようになりました。
脚本段階では「典子の首に浮かぶ黒いアザ」という描写は予定しておらず、一応は「典子は奇跡的に生きていた」という結末で撮影していたものの、「なぜ典子は生きていられたのか」という素朴な疑問が湧いたことで、急遽アザの描写を挿入することにしたという山崎監督。
しかしながら、そのアドリブに近い描写が組み込まれたからこそ、「人間と怪獣は同一の存在であり、特に人間は怪獣と化すこともある」という表現を続けてきたゴジラシリーズの歴史の文脈に、『ゴジラ-1.0』も刻まれることになったのです。
まとめ/「浩さんの戦争は、終わりましたか?」
「浩さんの戦争は、終わりましたか?」……幻の極地戦闘機・震電を駆り「海神(わだつみ)作戦」の果てにゴジラ打倒に至り、苛まれ続けていた戦争の記憶を乗り越えた敷島に、病室で彼と再会した典子はそう尋ねます。
しかしながら、他でもない典子自身こそが、敷島にとっての戦争の記憶の象徴……ゴジラと同じ細胞変異を起こし始め「新たなゴジラ=新たな戦争」となり始めていることを、典子の首に浮かぶ黒いアザは映画を観る者に示唆します。
その描写は、太平洋戦争の終戦後も、長きに渡り多くの人々の人生を苦しめてきた「原爆症」こと原爆の放射線被曝による様々な障害・病気……「新たな戦争犠牲者」も象徴していることは言うまでもありません。
「浩さんの戦争は、終わりましたか?」……その典子の言葉と黒いアザによって、『ゴジラ-1.0』はハッピーエンドやバッドエンドという生ぬるい言葉では形容できない、あまりに皮肉かつ残酷な結末へと至ったのです。
編集長:河合のびプロフィール
1995年静岡県生まれの詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部として活動開始。のちに2代目編集長に昇進。
西尾孔志監督『輝け星くず』、青柳拓監督『フジヤマコットントン』、酒井善三監督『カウンセラー』などの公式映画評を寄稿。また映画配給レーベル「Cinemago」宣伝担当として『キック・ミー 怒りのカンザス』『Kfc』のキャッチコピー作成なども精力的に行う。(@youzo_kawai)。