連載コラム「銀幕の月光遊戯」第54回
映画『子どもたちをよろしく』が、2020年2月22日(土)よりロケ地である群馬県のシネマテークたかさきにて先行公開されたのち、2020年2月 29日(土)よりユーロスペース、横浜ジャック・アンド・ベティ、2020年3月13日(金)よりテアトル梅田、京都みなみ会館ほかにて全国順次公開されます。
貧困、いじめ、虐待、自殺など、子どもたちを取り巻く過酷な環境に焦点を当てた人間ドラマ『子どもたちをよろしく』。
元文部科学省の寺脇研と前川喜平が企画し、隅田靖が脚本、監督を務めました。彼らがこの作品で訴えたかったものとは!?
CONTENTS
映画『子どもたちをよろしく』の作品情報
【日本公開】
2020年(日本映画)
【監督】
隅田靖
【キャスト】
鎌滝えり、杉田雷麟、川瀬陽太、椿三期、村上淳、有森也実、金丸竜也、大宮千莉、武田勝斗、斉藤陽一郎、山田キヌヲ、ぎぃ子、速水今日子、林家たこ蔵、外波山文明、小林三四郎、上西雄大、苗村大祐
【作品概要】
元文部科学省の寺脇研と前川喜平が企画を務め、貧困、虐待、いじめなど、現代の子どもたちを取り巻く社会の闇をあぶり出した人間ドラマ。
2007年に『ワルボロ』で監督デビューを果たした隅田靖がオリジナル脚本と共に12年ぶりに監督を務めました。
『愛なき森で叫べ』などの鎌滝えり、『半世界』などの杉田雷麟、映画初出演の椿三期をはじめ、川瀬陽太、村上淳、有森也実、金丸竜也、大宮千莉らが出演しています。
映画『子どもたちをよろしく』のあらすじ
東京にほど近い北関東のとある街。
優樹菜は、実の母親・妙子と義父の辰郎、辰郎の連れ子・稔(杉田雷麟)と共に暮らしていますが、辰郎は酒浸りで生活費を入れず、優樹菜が家族に内緒でデリヘルで働き家族を支えていました
妙子は優樹菜の父親と別れたあとは、とっかえひっかえ男を家に入れ、優樹菜は14歳の時に母親の恋人に性暴力を振るわれたという過去がありました。母は見て見ぬふりをし、優樹菜を救おうとはしませんでした。
辰郎との再婚に再起をかけた妙子でしたが、辰郎の一言一言に震え、優樹菜からは「どうしてそんなにお父さんが怖いの!?」と叱咤される始末。妙子はこっそり酒を飲んでは現実逃避を続けていました。
稔もまた、常に酒に酔い、すぐに暴力を振るう父に不満を感じていました。稔は、優樹菜に淡い想いを抱いてましたが、ある日、優樹菜の部屋のドアの前に「ラブラブ 48」というデリヘル店の名刺が落ちているのを見つけ、疑念を抱きます。
デリヘルで優樹菜の送迎を担当する貞夫は、妻に逃げられ重度のギャンブル依存症に陥っていました。一人息子・洋一の中学の給食費も払わず、修学旅行の費用も収めず、デリヘルのオーナーから借金を重ねては全てをギャンブルにつぎ込んでいます。
洋一は毎日、暗く狭い部屋でひとり、父の帰宅を待っていました。出ていった母がいつか戻ってくると信じることでなんとか心の平静を保っていました。
稔と洋一は、同じ学校に通う中学二年生ですが、稔と仲の良い同級生たちは、毎朝、登校時に洋一をいじめるのが常になっていました。ろくに風呂にも入れない陽一を彼らは「臭い、ゴミ男くん」などと言ってののしり、水たまりにはめたり、土手から突き落とすことを繰り返します。
政治家の娘の美咲は、洋一の父親がデリヘル嬢の送迎の仕事をしていることをどこからか聞きつけてきました。稔はデリヘルと聞いて、不安を抑えることができません。自分も洋一と同じ、いじめられる側になってしまうのではないかと恐れ、また、優樹菜がデリヘル嬢をやっているのは、家に金を入れない自分の父親のせいだと考えはじめます。
次第に追い詰められ、居場所をなくしていく洋一と稔。彼らがとった行動とは…。
映画『子どもたちをよろしく』の感想と評価
いま、子どもたちに何が起こっているのか
親による子どもの虐待や、学校内のいじめによる自殺など、子どもたちをめぐる悲惨な事件が後を絶ちません。
今、子どもたちに何が起こっているのか、子どもたちを支えるはずの大人は何をしているのか?
表だっては見えにくい子どもをめぐる家庭の問題、そうした問題を生む社会の歪んだ実情、そして何よりも頼るべき人もなく孤立する子どもたちの心の叫びを多くの人に投げかけたいと製作されたのが、映画『子どもたちをよろしく』です。
文部科学省で長らく子どもたちの実態と向き合ってきた寺脇研が企画・統括プロデューサーを、前川喜平がプロデューサーを務め、2007年に『ワルボロ』で監督デビューを果たした隅田靖がオリジナル脚本と共に12年ぶりの監督を務めました。
14歳のときに母親の愛人から性的虐待を受けた経験を持ち、今はデリヘルで働いている女性・優樹菜に扮した鎌滝えりは、NETFLIXオリジナル映画『愛なき森で叫べ』(2019/園子温)で主演に抜擢された期待の女優です。
優樹菜の義父の連れ子である稔を演じるのは、阪本順治監督の『半世界』で素晴らしい演技を見せた杉田雷麟。稔と同級生でクラスメイトにいじめられている洋一には、音楽の世界で活躍している椿三期が抜擢され、映画初出演を果たしました。
どうしようもないギャンブル依存症の洋一の父には、プロデューサーも監督も彼しかいないと切望した川瀬陽太が扮し、優樹菜の母親に有森也実、義理の父に村上淳と、個性的な実力派俳優が顔をそろえました。
隅田靖監督の演出は、登場人物ひとりひとりの個性を浮かび上がらせ、作り物でないリアルな人間の息遣いを感じさせます。彼らが絞り出す叫びに胸を締め付けられずにはいられません。
救いのない物語に心をかき乱されながらも、今の日本社会が抱える厳しい現実が確実に心の奥深くまで伝わってきます。
子どもたちが抱える問題
いじめられている洋一もいじめに加担している稔も中学2年生です。まだ自立できる年齢ではなく、大人に頼らなければ生きていけません。ですが、彼らの家庭は崩壊しています。
洋一の父はギャンブル依存症で、稼いだ金もすぐにすってしまい、借金を重ねるばかり。稔の父はアルコール中毒で、家族を暴力で支配しようとしています。
洋一の母は夫に愛想を尽かして家を出てしまいました。稔の母は、夫におびえるだけで、何も改善しようとせず、実の娘が風俗の仕事をしているのにも見てみぬふりをするだけです。
洋一も稔もこの現状を誰にも相談することができません。むしろ家庭の事情を知られたくないとさえ思っています。彼らはどんどん孤立していき、行き場のない不安や哀しみや怒りに包まれる様が、フィルムに強く刻まれていきます。
一方で、いじめる側の子どもたちにも様々な問題があることを映画は示唆しています。母の政治活動に利用され、派手な誕生日会を催される少女。中学2年生という多感な時期にこれがどれほど苦痛なことか想像するに難くありません。しかし、家庭内において彼女に拒否する権限はありません。
だからと言って、いじめでストレスを解消していいわけがありません。しかし、いじめる側が抱える問題も見過ごしてはならないことでしょう。
いじめっ子を演じているのは、大宮千莉、金丸竜也、武田勝斗という若くして経歴のある俳優たちですが、プロデューサーの寺脇研は、彼らとともに、多くのディスカッションを行ったそうです。
こうした子役たちのメンタルケアがきちんと行われていることも制作陣の子どもたちへの真剣な想いのあらわれであり、本作が信頼できる理由なのです。
大人たちが抱える問題
親としての役割を果たしていない大人たちが多数登場しますが、もはや彼らは、意志の強弱や心がけの問題を通り越して、なんらかの支援を受けなければならない段階にあるといえます。
カウンセリングや医療の範囲で接しないと、根本的にこの問題を抱えた大人たちを立ち直らせるのは難しいのではないか、と思わせます。
しかし、彼らは決して自分から今の生活習慣を脱したいと、SOSを出すことはしません。
外からは、彼らはただ怠惰で自堕落な人間に見られがちなので、誰も進んで彼らに助言することもありません。
それどころか、洋一の父に前借りを頼まれたデリヘル事務所の社長はいつもあっさりと数万円を渡しています。
これは決して彼が気前がいいからではなく、貸した金に利子を付けて高額をせしめようという魂胆なのです。返せない時にはなんらかのペナルティを与えて、何がなんでも返済させるつもりなのでしょう。
身近な人間に手をさしのべてもらえないだけでなく、このように搾取され、いいように利用される大人たち。一度陥った負のサイクルから抜け出すことができません。しわ寄せは全て子どもたちに重くのしかかってきます。
地域のコミュニティーが機能をなしていない現代の日本社会では、こうした家族に救いの手はなかなか届きません。
本作では大勢の人間が劇中で泣きますが、大人はまるで子どものように泣きじゃくり、子どもたちは慟哭します。
今の日本のリアルな姿を観て、あなたは何を考えるでしょうか。
まとめ
シアターセブン舞台挨拶での寺脇研
大阪のシアターセブンでの試写会では、上映後、寺脇研氏の舞台挨拶がありました。
一足先に映画を観た人の中には、「作り話じゃないの?」という人もあれば、「現実はもっとひどい」と言う方もいたそうです。
子どもに観せてもいいのかと悩んだという寺脇氏。映倫ではPG-12指定にもならなかったのですが、誰にでも見てくださいと軽々しくいえないのは、実際に経験のある方にはつらすぎると思われたからです。
しかし、映画を実際に見た方で、今度は自分の子どもを連れてくるという方や、映画にエキストラで参加した小学六年生は、友だちにも見せたいと語り、また、同じようにつらい経験があったという女性はこの映画が制作されたことに感謝の意を述べられたといいます。そうした声を踏まえて寺脇氏は以下のように話されました。
「災害が起これば、ボランティアとして一肌脱ごうという人がいる。世の中捨てたものじゃないと思わされます。災害は可視化されますが、本作で描いたような貧困やいじめといった子どもに関わる悲惨な実態は見えにくい。学校や行政は一生懸命やっているが、公務員には守秘義務があり実情をぺらぺらしゃべることはできません。こうした映画を観てもらって自発的になにかやれないかと考える人が増え、一人ひとりが少しずつ行動を起こせばなんらかの形ではねかえってくると思う。本作のタイトルは『子どもたちをよろしく』ですが、よろしくするのは全ての大人です」
貧困対策も東京が中心になりがちで、東京と地方の格差はどんどん開くばかり。寺脇氏の地方の人にも見てもらいたいという思いが通じ、全国50館近くの映画館での上映が決まりました。
映画『子どもたちをよろしく』は、2020年2月22日(土)よりロケ地である群馬県のシネマテークたかさきにて先行公開されたのち、2020年2月 29日(土)よりユーロスペース、横浜ジャック・アンド・ベティ、2020年3月13日(金)よりテアトル梅田、京都みなみ会館ほかにて全国順次公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
2020年2月28日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリー他にて全国公開される中国映画界・新時代の旗手ビー・ガン監督の映画『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』を取り上げる予定です。
お楽しみに。