連載コラム「銀幕の月光遊戯」第24回
ベトナム映画ニュー・ウェーブを牽引するスタッフ・キャストが集結!
「ベトナム映画祭2018」で好評を博した『漂うがごとく』が3月23日(土)より新宿K’Sシネマほかにて全国順次ロードショーされます。
第30回東京国際映画祭のCROSSCUT ASIA部門で上映された『大親父と、小親父と、その他の話』(2015)の監督で知られるファン・ダン・ジーが脚本を担当。ブイ・タク・チュエンが監督を務めました。
一組の新婚夫婦を中心に、満たされることのない想いを抱える若者たちのリアルな姿を描き、第66回ベネチア国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞した作品です。
映画『漂うがごとく』のあらすじ
ベトナム・ハノイ。旅行ガイド兼通訳として働くズエンは、タクシードライバーのハイと出会い、彼の純粋で素朴なところに惹かれて三ヶ月で結婚を決めました。
結婚式のあと、新郎のハイは料理店を営む実家で、友人たちに祝福されて酔いつぶれ、ウエディングドレスのまま二階で待っていたズエンのところへ担ぎ込まれました。
彼は朝まで目覚めず、その上、彼の母親から「タクシードライバーは夜遅くなる仕事だから、夜は眠らせてあげるように」と釘をさされます。
二人は自分たちのアパートに移り、ようやく二人きりになりますが、ずっと休んでしまったからとハイは仕事に出かけていきました。
ズエンは、式に来られなかった友達のカムに会いに行きました。「私は結婚式より葬式向きなのよ」というカムはずっと小説を書いています。
その帰り、カムの代わりに手紙を届けに行ったズエンは、受取人のトーに突然キスされ、部屋に連れ込まれると、床に押し倒されました。
必死に抵抗して、部屋を飛び出したズエンでしたが、ハイとは似つかない、危険で野生的なトーに、なぜだか魅了されている自分を感じて動揺します。
ハイの客には毎日のように賭博場に出かける男がいました。その日大勝ちした男は、3人もの女を侍らせてタクシーの後部座席に座り、「お前も好きなのを一人選べ」と声をかけてきました。ハイは黙ってそれを拒否し、目的地で彼らを下ろします。
別のある日、やはり男を賭博場に送り、終わるのを待っていたハイは、雨の中、外で楽しそうにサッカーをしている少年たちに混じってサッカーを始めました。
ところが彼の蹴ったボールが木にひっかかってしまい、それを取りに行って、木から落ちてしまいます。
実家で母の手厚い手当を受け、好物の食事も用意してもらい、ハイはすっかり子供に戻ったようでした。
その頃、ズエンはカムとトーと一緒に食事をとっていました。トーは二人に旅行にいかないかと誘います。カムは今は忙しいと断りますが、ズエンは即答を避けました。
迷った末に旅行に行く決心をしたズエン。旅行会社のツアーで通訳が必要になったので、遠出するとハイに言うと、彼は「言っておいで」と快く許可してくれました。
美しい風景に囲まれ、ズエンは旅の高揚感を味わいますが、女としての彼女の目覚めはやがてある悲劇を招くこととなります…。
映画『漂うがごとく』の解説と感想
鮮やかで象徴的なファーストシーン
優れた映画は大概、冒頭から心を持っていかれるものですが、『漂うがごとく』のフアーストシーンも非常に素晴らしいものです。
路上駐車されている車の一番うしろに一台の車が停車したかと思うと、カメラは歩道に沿って前進し、画面の奥には赤く光ったようなものが見え、爆竹のような音が聞こえてきます。
お祭りかと思いきや、画面切り替わって、飾られた風船を子どもたちが割っている姿が映し出されます。
赤い飾り付けをした店の中で男たちが祝杯をあげているのが見え、結婚式が行われたことがわかってきます。
画面切り替わって、女性が汚れた食器を勝手口から細い通路を通って洗い場に持っていくシーンでは、カメラはぴたりと女性の後ろについて行きます。
さらに別の通路から店内が見渡せるところに来た女性がその母親と思しき人のうしろに立つ姿を背後からとらえます。
母親の姿は女性に隠れているのですが、反対側にあるガラスに全身が映っています。母親は「花嫁にはまだ何もさせないよ」とこわばった声でつぶやきます。
空間の面白さは勿論のこと、冒頭のわずかな時間に、物語の情報をこれほど的確に表現出来るとは、と感銘せずにはいられません。
新婚夫婦の新居となる集合住宅、新婦の友人の住む家などの生活空間もベトナムのエキゾチックな雰囲気と相まって実に魅力的です。一見平穏なその空間にはどこか不穏な空気と、孤独の悲鳴のような気配が宿っています。
愛と性の間で彷徨う人々
『漂うがごとく』は、一人の女性を中心にして、複数の人間が愛と性の間で彷徨う姿が描かれています。
初夜に酔っ払って寝てしまった新郎はその後も妻の前では眠り続け、彼が性的不能者であることが示唆されます。
新婦であるヒロインは、友人に新郎の素朴なところに惹かれたと語り、彼のことをおとなになりきれていない幼子のようだと表現していますが、いくつかのエピソードが、彼がまだ無邪気な幼子そのものであることを証明しています。
新郎は街角でサッカーをする子どもたちや、タクシーの客の娘といった幼い少年、少女といるほうが生き生きとしていて、親離れも出来ていないのです(冒頭で表されていたようにその母も子離れしていません)。
新婦の友人は、新婦に同性愛的な感情を抱いているかのような気配を漂わせています。
彼女は新婦が肉体的に満たされていないのを感知し、その不満を満たすのに最適な男性にわざわざ近づけます。
その倒錯的な行為からこの女性の孤独が激しく浮かび上がってきます。
脚本のファン・ダン・ジーは「満たされない渇望や人間の欲望をさらけ出す」ことがテーマだと述べています。
また、ブイ・タク・チュエン監督は以下のように述べています。
「本作は、人間誰もが隠し持っている孤独、そして決して満たされることのない人間の願望や欲望とは何かを深く考えさせてくれるはずです」(アジアフォーカス・福岡国際映画祭2016パンフレットより)
窓から入ってくる自然光だけの、あるいは、ろうそくや最小限の照明だけで照らされた仄暗い部屋の中で、時に自身が黒い影のようになって日々を営む彼女たち。
スクーターに乗る大勢の人々の波に飲み込まれ、進むことも、後退することもできないタクシーのように、人々は今いる自分の場所で戸惑い、とめどない不安に囚われていることが、静かな調子で伝わってきます。
全編に溢れる水の気配
人々の渇いた心とは対象的に、画面には常に水が溢れています。
ふいに降り出す雨、どしゃぶりの中でも気にせずサッカーに興じる子どもたち、お風呂、シャワー、広がる湖に海。そして洪水。
とりわけ街が洪水に見舞われている中、ゆっくり進んでいくタクシーは、夜の街の灯と車のヘッドライトで甘美に輝き、水の音が静かにあたりに響きます。
水分といえば、女友だちが剥くフルーツの瑞々しさも見逃せません。
また、この女ともだちの家では風邪を治すために布を被った香草蒸し風呂を習慣としているのですが、ここでもなめらかな布の感触とともに、蒸気と汗が想像できます。
女二人は、裸になって、布の中に入り、スレンダーな体を丸くして背中を向けあって座っています。仄かなエロティシズムがこぼれ落ちてきます。
女性のセクシュアリティに関する主題を静かにかつ大胆に描く本作は、ベトナム映画の可能性を大きく広げる作品となっています。
まとめ
ヒロインのズエンを演じたドー・ハイ・イエンは、17歳の時にトラン・アン・ユン監督の『夏至』(2000)に出演し女優デビュー。『モン族の少女 パオの物語』では主演し、プロデューサーも務めました。
ズエンの女ともだちカムには、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『インドシナ』(1992)でデビューし、『ミスターノーバディ』(2009)などの出演作があるリン・ダン・ファムが扮しています。
プレイボーイのトー役のジョニー・グエンは、グエン・クアン・ズン監督の長編デビュー作『チュオン・バの魂、肉屋の皮』(2006)、同監督第2作、『死神のキス』(2008)でそれぞれ主演を務めました。
『The Rebel 反逆者』(2007)では主演とアクション監督を務め、ハリウッド映画『スパイダーマン2』ではスパイダーマンのスタントマンを務めるなど、アクション俳優としても活躍しています。
ズエンの夫、ハイを演じるのは、グエン・ズイ・コア。ベトナム国内で最も人気のある歌手の一人でもあるそうです。
一筋縄ではいかない4人の複雜な関係をみつめ、満たされない想いを抱きながら彷徨う人々とベトナムの現在を描き、第66回ヴェネツィア国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞しています。
『漂うがごとく』は、3月23日(土)より新宿K’s cinemaほかにて全国順次公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の銀幕の月光遊戯は、2019年3月23日(金)より新宿k’s cinemaにて、『漂うがごとく』と同時ロードショーされるベトナム映画『ベトナムを懐(おも)う』を取り上げる予定です。
お楽しみに!