連載コラム「銀幕の月光遊戯」第22回
第89回アカデミー賞作品賞受賞作『ムーンライト』(2016)のバリー・ジェンキンス監督が、ジェイムズ・ボールドウィンの小説を映画化。
1970年代のニューヨークのハーレムを舞台に、2人の若い黒人男女の純愛を見つめる『ビール・ストリートの恋人たち』がいよいよこの週末、2月22日(金)よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国順次公開されます。
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映画『ビール・ストリートの恋人たち』のあらすじ
1970年代のニューヨーク・ハーレム。
19歳のティッシュと22歳のファニーは強い愛情で結ばれていました。幼馴染として共に成長し、自然と愛を育んできた二人。ティッシュは「彼こそ私の人生で最も美しい人だ」と感じていました。
お腹に彼との子を授かっているのがわかり、テイッシュがそのことをファニーに告げたのは、面会室のガラス越しでした。今、彼は無実の罪で留置場にいるのです。
ある雑貨屋でのささいな出来事がきっかけで白人警官に目をつけられてしまったファニーは女性を乱暴したという罪をなすりつけられ逮捕されてしまったのです。
ファニーにはティッシュと友人のダニエルと一緒にいたというアリバイがあるのですが、ティッシュの証言は無効で、ダニエルは何もしていないのに警察に拘束されてしまいました。
その上、被害者の女性の行方がわからなくなっているのでした。
ティッシュに妊娠のことを告げられたティッシュの家族は彼女を祝福し、ファニーの家族を家に呼んで一緒に祝おうと考えました。
ファニーの家族はやってきましたが、ファニーの母親は厳しい顔つきをしていました。彼女はもともとティッシュのことを気に入っておらず、ファニーの受難をティッシュのせいだと思っていました。
妊娠のことを知ったファニーの母親は、ティッシュに近づくと、「お腹にいる子は精霊が殺してくれるわ」と言い放ちました。ファニーの父親が妻の頬をたたき、楽しくなるはずの土曜の夜は散々な結果に終わってしまいます。
若い白人の弁護士は懸命に努力をしてくれていましたが、消えた被害者を探しに行くにも、全て費用は自分たちが負担しなければならず、ティッシュは心配でなりません。
早く彼を刑務所から出してあげたい。二人の愛を守るために、ティッシュの父親、ファニーの父親は、費用を捻出するため懸命に奔走します。ティッシュの母は被害者がブエノスアイレスにいると聞いて、彼女と話をしにブエノスアイレスへと飛ぶのでした。
魂を試されるようなこの試練を乗り越え、恋人たちは互いの腕の中に帰ることが出来るのでしょうか。
映画『ビール・ストリートの恋人たち』の解説と感想
原作者ジェームズ・ボールドウィンについて
ジェームズ・ボールドウィンは、1924年、ニューヨーク・ハーレムで生まれました。20歳の時に作家を志し、1953年に処女作『山に登りて告げよ』を発表します。
1955年に『アメリカの息子のノート』、1956年『ジョヴァンニの部屋』、1962年『もうひとつの国』、1963年『次は火だ』と問題作を次々発表。黒人作家としてアメリカ文学に金字塔を打ち立てました。
著作家、劇作家、詩人、随筆家の他にも公民権運動における中心的人物のひとりとして活躍。
未完の原稿を基にした『私はあなたのニグロではない』(2016/ラウル・ペック監督)というドキュメンタリー映画が、昨年、日本でも公開され、話題を呼びました。
メドガー・エバース、マルコムX、マーティン・ルーサー・キング牧師という、公民権運動の活動家の軌跡を通して、アフリカ系アメリカ人の差別と暗殺の現代史を描き出した作品です。
本映画の原作はジェームズ・ボールドウィンが1974年に書いた『ビール・ストリートの恋人たち(If Beale Street Could Talk)』です。
1998年にフランスのロベール・ゲディギャン監督が舞台をマルセイユに移して映画化していますが、アメリカでの映画化は本作が初となります。
恋人たちの真っ直ぐな眼差しの美しさ
『ビール・ストリートの恋人たち』のティッシュとファニーが互いを見つめ合う、その真っ直ぐな眼差し、愛情と慈しみと敬愛が全て込められた熱い眼差しに、目が釘付けになっていました。
なんていう瞳をしているんだろう。人はこんなにも強く、暖かく、愛情を込めて人を見つめることができるのだ、こんなにも人を愛せるのだという、憧憬にも似た気持ちが沸き起こりました。
バリー・ジェンキンス監督はそんな二人を淡い色調で暖かく包んでみせます。ぼんやり浮かび上がる夜の街灯ですら、その優しい色合いで二人を祝福しているかのようです。
オシャレな二人は美しく、このような愛を生み出し育くむ人生とはなんて麗しいものなのか、そう表現したくなるほどです。
ところが、世の中には邪悪なものがおおっぴらに闊歩していて、どんなに美しいものも土足で踏みにじっていくのです。
差別主義者の警官によってファニーはありえない罪を着せられ逮捕されてしまいます。
本来ならこんな不当逮捕は許されないはず。すぐにでも釈放され、逆に訴え出ることも出来るようなひどい誤認逮捕ですが、こうしたことがまかり通る現実がそこにあります。
ファニーの友人であるダニエルも、自分が犯してもいない罪で2年も収監されていました。ダニエルは、陽気なキャラクターですが、罪を着せられたことで心に大きな傷を負っていました。
こうした黒人に降りかかる理不尽な現状は、決して過去の話ではなく、現在でも続いている深刻な社会問題なのです。
黒人一家の家族愛を描く
画面からは恋する二人をなんとか幸せにしたいという家族の思いが、ひしひしと伝わってきます。
ファニーの母親は狂信的で、話の通じない人ですが、ファニーの父親とティッシュの家族は、ファニーの罪をはらそうと奔走します。
ティッシュ家の家族は、ファニーを幼い頃から知っており、彼を信頼し、娘の婿として誇りにさえ思っています。その”信じている姿“は、真っ直ぐで、清らかで、逞しささえ感じさせます。
娘の幸せを心から願うことが、家族ひとりひとりを強くし、愛をさらに深めていくのです。建前やメンツでない本物の愛情がそこにあります。
本作は「黒人である」というだけで受ける理不尽で、屈辱的な現実を生々しく描いています。しかし恋人たちの純愛は簡単には崩れません。
恋人同士の揺るぎない愛、家族の慈愛を、バリー・ジェンキンス監督は高らかに謳ったりはしません。むしろ穏やかに控えめに表現しています。
しかしその根底に流れるのは、愛に勝るものは他にないという愛への強い信頼です。それは静かにひしひしと伝わってきます。
実はこれほど愛を見せつける映画はないのではないかというくらい、誇り高い愛の物語となっているのです。
『ムーンライト』に続く、ニコラス・ブリテルの音楽も、登場人物の心に寄り添うようなエモーションに満ちています。
まとめ
ティッシュを演じたキキ・レインは、オーディションで選ばれ、本作で長編初出演を果たしました。フィラデルフィア映画批評家協会賞ブレイクスルー演技賞受賞、ゴッサム・インディペンデント映画賞ブレイクスルー俳優賞ノミネートを果たすなど、高い評価を受け、今後の活躍が期待されています。
ファニー役のステファン・ジェームスは、『グローリー/明日への行進』(2014/エバ・デュバーネイ監督)で注目を集め、『栄光のランナー/1936ベルリン』(2016/スティーブン・ホプキンス監督)では、1936年のナチス独裁政権下で開催されたベルリンオリンピックで史上初の4冠を達成したアメリカ人陸上競技選手ジェシー・オーエンスを演じました。
バリー・ジェンキンス監督は二人が並んだときの相性の良さを絶賛しています。
ティッシュの母親シャロンには名優レジーナ・キングが扮し、貫禄たっぷりの演技をみせてくれています。
ファニーの友人、ダニエルに、テレビドラマ『アトランタ』の“ペーパーボーイ”役で人気のブライアン・タイリー・ヘンリーが扮しているのにも注目です!
バリー・ジェンキンス監督が前作『ムーンライト』に続き、またしても心に染み渡る深い愛の物語を生み出しました。
『ビール・ストリートの恋人たち』は、2月22日(金)よりTOHOシネマズシャンテ他にて全国順次公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の銀幕の月光遊戯は、2019年3月23日(金)より公開のイタリア・スイス合作映画『エマの瞳』を取り上げる予定です。
お楽しみに!