連載コラム「銀幕の月光遊戯」第1回
はじめまして。この度、「銀幕の月光遊戯」というコラムを担当することになりました西川ちょりと申します。
公開前の新作をいち早く取り上げ、その魅力に迫ってまいります。皆様が映画を選ぶ際のきっかけになれば幸いです。
第1回目に取り上げる作品は世界が注目するイスラエルのサミュエル・マオズ監督作品『運命は踊る』です。
息子の戦死の知らせを受けた夫婦と、前哨基地で単調ながらも緊張した日々を送る息子。家族3人の運命が、“Foxtrot(フォックストロット)”のステップのように交錯する…。
監督の実体験をもとに運命の不条理や人生のやるせなさを描き、第74回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員グランプリ)に輝いたヒューマンドラマです。
CONTENTS
映画『運命は踊る』のあらすじ
イスラエル・テルアビブのアパートに暮らすミハエルとダフナ夫妻のもとに、息子ヨナタンの戦死の報が届けられました。
ダフナはショックのあまり気を失い、軍人たちに薬を投与され、寝室に運ばれます。全てを一人で受け止めなくてはならないミハエル。
軍人たちはミハエルに健康を保つために一時間おきに水分をとるようにと告げ、親族に知らせるのを手伝いましょうか?と気遣います。
兄のアヴィクドルが駆けつけますが、ミハエルは親族に連絡するのはいいが、誰も呼ばないでくれと言い、母親が暮らす施設を訪ねます。
「ヨナタンが死んだ」と告げても母は顔色一つ変えません。意味がわかっているのかと問うと、理解していると母は応えます。そして、「アヴィクドル」と呼びかけミハエルを抱きしめるのでした。
ミハエルは娘のアルマに電話をかけますが、なかなかつながりません。親族を呼ぶべきだと助言する兄に、ミハエルは抵抗して大声をあげます。
葬儀に関する打ち合わせのため、従軍ラビがやってきました。話が進むにつれ、ミハエルにはある疑問が浮かんできました。「遺体はあるのですか?」そう尋ねてもラビははっきりと答えようとしません。
「遺体はないに違いない」と憤怒するミハエルを兄が「我々は無神論者だ。忘れるんだ」と慰めます。
そんな中、再び軍人が現れます。「フェルドマンさん、お詫びをしなければなりません。大変な間違いをしてしまいました」
実は戦死したのは、同姓同名の別人だったのです。抑えていたミハエルの感情が爆発してしまいます。
「今すぐ息子を連れ戻すんだ!」
ダフナが目覚めて、興奮する彼を必死でなだめようとします。ダフナは息子が生きていた喜びでいっぱいでしたが、ミハエルは軍隊を信用できないと言って、頑なに息子の帰宅を主張するのでした。
その頃、ヨナタンは、イスラエル北部の前哨基地で戦闘のない日々を送っていました。時折やってくる車を検問するのが主な仕事です。
身分証明書を確認し、通行を許可するだけの単調な日々。彼らが寝泊まりするコンテナは、毎日、少しずつ傾いており、突然大変なことが起こるのではないかと、不安を感じているのですが、皆、手をこまねているだけで、何もしようとしません。
そんなある日、検問所に若い四人連れが乗った車がやってきます。何事もなく手続きが終わろうとしていた矢先、思いがけない展開が待ち受けていました。
運命のいたずらに彼らは容赦なく飲み込まれて行きます。
映画『運命は踊る』の感想
緊張感を生み出す自在のカメラワーク
見終わって呆然としてしまいました。なんという物語か、なんと皮肉な展開か、なんと重厚で深いドラマか、そしてなんと見事な映像なのか!
真っ直ぐ前に伸びる道を進む車。車の前方のてっぺんあたりにカメラを置いて、長回しで撮っています。整備されていない道。何か危険なものがないか思わず凝視してしまいます。緊張感の伴う静かな幕開けです。
チャイムを押す指のショットと続き、ドアを開ける女のアップ。彼女が崩れ落ちると画面の両脇から出てくる軍人の手。カメラは左手にパンして、戸惑って動けない男性の姿を捉えます。
夫婦が息子の死亡の知らせを受けるシーンがこのような独創的な映像で描かれることに興奮をおさえきれません。
まるでカメラが運命の鍵を握っているかのように、時には俯瞰で、時にはぐるぐるっと自在に周り、人間の感情の揺れを捉えていきます。
イスラエルの兵役事情と映画が持つ普遍性
イスラエルのユダヤ人は18歳になると男女問わず徴兵義務があるのだそうです。この物語の重要人物ヨナタンもそうして兵士となった一人。
無事に戻ってきて欲しいという強い願いと不安があるからこそ、ドアの向こうに軍人がたっていた時の家族のショックは計り知れません。
イスラエル社会が抱える様々な問題がそこに見え隠れしていますが、これは彼らだけの特殊な事象ではありません。
ちょっとしたボタンの掛け違いや、ちょっとしたタイミングのずれで人生が変わってしまう…。
「運命」という名で呼ぶしかないこのままならぬ行き違いは、誰にでも、どんな家庭にでも起こりうるからこそ、衝撃的であり、身近な問題として、身につまされます。
タイトルの「踊る」の意味
一方、辛くて重いテーマでありながら、生命の息吹に満ちているのもこの映画の素晴らしさです。
原題の「Foxtrot」とは、社交ダンスのステップのことで、映画の中で複数の人間がこのステップを踏んでいます。
ステップ、音楽、ダンス、跳躍する身体。手をつなぎリズムを取ることから生まれる高揚、一縷(いちる)の希望。
このステップに込められた隠喩は様々な解釈が可能でしょう。どんなにステップを踏んでももとの場所に戻ってくることから、運命から逃れられないという「負」のイメージが一般的かもしれませんが、そこに生命の証、生命の躍動を感じずにはいられませんでした。
人間の身体が躍動する様は、やはり美しく感動的なのです。
『運命は踊る』というタイトルは近年の邦題の中では出色の出来。
見事な構成の中、「Foxtrot」のステップのように人々の運命が交錯していきます。
サミュエル・マオズ監督とは
監督を務めるのはイスラエルのサミュエル・マオズ。2009年のデビュー作『レバノン』は、自身の戦争体験をもとにしており、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)を受賞しています。
それから8年。満を持しての二作目である本作もヴェネチア映画祭で銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞。連続受賞の快挙となりました。
イスラエルでの公開の際に、右寄りの政治家から「この映画はイスラエルにとって有害だ。政府機関であるイスラエル映画基金から制作資金を与えられるべきでなかった」と攻撃を受け、ヨーロッパ各国でも大きく報道されたといいます。
日本でもカンヌ国際映画祭でパルムドール(グランプリ)を受賞した是枝裕和監督の『万引き家族』が同様の批判を浴びたことは記憶に新しいところ。
『万引き家族』が大ヒットしたように、本作もアカデミー賞外国映画賞のイスラエル代表に選ばれ、イスラエル・アカデミー賞であるオフィール賞では、8部門で受賞するなど、圧倒的な支持を得ました。
2018年、『ヴァラエティ』誌が毎年発表している”観るべき10人の監督”に選出されるなど、今、最も世界が注目している監督の一人です。
まとめ
ミハエルを実力派俳優として国内外に知られるリオール・アシュケナージが演じ、妻のダフナをジャン=リュック・ゴダールの『アワーミュージック』や、ソフィア・コッポラの『マリー・アントワネット』で知られるサラ・アドラーが演じています。
若い兵士を演じた俳優たちの佇まいも忘れることができません。
三部に分かれた構成も見事で、年末の映画ベスト10では各所で名前を見出すことになるでしょう。
映画『運命は踊る』は、9月29日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館を皮切りに全国順次ロードショーされます!
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の銀幕の月光遊戯は、10月27日(土)より公開のリチャード・ギア主演の『嘘はフィクサーのはじまり』をご紹介いたします。
お楽しみに。