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Entry 2020/06/08
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映画『河童の女』感想評価と内容考察レビュー。結末で描かれた意味をテレンスマリック監督の『地獄の逃避行(1973)』との比較から読む|映画道シカミミ見聞録49

  • Writer :
  • 森田悠介

連載コラム「映画道シカミミ見聞録」第49回

こんにちは、森田です。

今回は7月11日(土)より新宿K’s cinemaほかでロードショー公開予定の映画『河童の女』を紹介いたします。

ここでは、本作の源流にテレンス・マリック監督のデビュー作『地獄の逃避行』を位置づけて、「河童」と「女」それぞれに込められた意味を探っていきます。

【連載コラム】『映画道シカミミ見聞録』記事一覧はこちら

映画『河童の女』のあらすじ


(C)ENBUゼミナール

都会からほどよく離れた渓谷。主人公の柴田浩二(青野竜平)は、川辺の民宿で生まれ、町から一度も出ることなく、そこで働きながら暮らしていました。

しかしある日、社長の父親(近藤芳正)が見知らぬ女と駆け落ちして出ていってしまってから、平穏な日常に変化が訪れます。

社長の突飛な行動に傷ついた社員も辞めると言いだし、浩二はひとりで民宿を切り盛りすることになったのです。

存続の危機にさらされるなか、東京から“家出”してきたという美穂(郷田明希)と川で出会い、これ幸いと住み込みで働いてもらうことに。

どうにか経営難を乗り越えていくうちに、美穂への漠然とした同情はやがてひそかな好意に変わり、ついにはふたりで民宿をつづけていきたいと願うようになりました。

浩二が正直にそう告白すると、美穂は気持ちを受け入れたくともできない理由を打ち明けます。

彼女が言うには、家を出るまえに大きな“罪”を犯してきたというのです。

にわかには信じられないことでしたが、浩二は彼女にどんな過去があっても、この地に引き留めておこうと思いを新たにします。

それは彼が小学生のころ、川でみた「河童」にかかわる“罪の意識”とも重なりあい、ふたりはいわば“共犯者”の道を歩みはじめました。

合流する河


(C)ENBUゼミナール

本作は今泉力哉監督作をはじめ、異例のヒットを記録した上田慎一郎監督『カメラを止めるな!』(2018)に代表される数々の話題作を輩出してきたENBUゼミナール主催の「シネマプロジェクト」によって製作されました。

とくに「カメ止め」に顕著ですが、インディーズの垣根を超える精神、娯楽性、そして大団円を迎えるまでの巧妙なプロットといった“血筋”が、本作にも受け継がれています。

具体的には、本作ではそれを“河”が象徴しており、物語の支流が合流して大きな結末を形づくるための場所として機能しているのですが、ここからその源流にあたる流れを、すなわち美穂の「逃避行」の意義をみてきましょう。

河の源流


(C)ENBUゼミナール

辻野正樹監督によれば、浩二と美穂の邂逅は、このように捉えられます。

「何かに縛られている男が、女と出会った事で、それまでの自分を捨てて新しい世界を目指す」という物語なのです。人生には新しい世界を目指す勇気が必要な時があるという事です。(監督コメントより)

このテーマに影響を与えた作品として、テレンス・マリック監督の『地獄の逃避行』(1973)が挙げられています。

『河童の女』の真相は謎のままにしつつ、ここでは『地獄の逃避行』のあらすじに触れることで、作品の核心に迫っていきます。

田舎に生きる


(C)ENBUゼミナール

『地獄の逃避行』の原題は“Badlands”で、仕事も娯楽もほぼない退屈な田舎町を舞台にしています。

ごみ収集員のキットは道すがら声をかけた少女のホリーに一目惚れし、失業してもアプローチしつづけた結果、互いに愛しあうようになります。

しかしホリーの父親は、その関係を知って大激怒。キットは駆け落ちを決心し、ホリーを家から連れだそうとしますが、その際、勢いあまって父親を撃ってしまいます。

ホリーは実の父を殺されたわけですが、「長い孤独より、愛するひととの一週間を選ぶ」といい、ガソリンをまいて家を燃やし、キットとさびれた町を後にします。

一方、『河童の女』の舞台は見てのとおり片田舎ですし、浩二は兄から「東京に行け」と何度も諭されます。

兄には民宿を売り払おうとする別の思惑があるのですが、それがなくとも浩二は町を出ることに対し終始、罪悪感を抱いています。

2つの作品を比較するとより明らかですが、“田舎”とは物理的というよりは心理的に“閉ざされた世界”のことを指しており、そこで生きる人間にとっては「非日常」が解放のきっかけとなります。

両作品に共通するのはつまり、「女性との出会い」と「犯罪の気配」です。

犯罪から旅立ちへ


(C)ENBUゼミナール

本作にたちこめるその気配は濃厚です。

父は蒸発し、兄は借金まみれ、そして謎の女までもがあらわれ、見事に役者はそろっています。

逆にいえば、彼らはみな罪を抱えているからこそ、新しい世界を目指す勇気を持ちえている、とも考えられます。

罪が作品にシリアスな影ばかり落とすのではなく、どこかユーモラスにみえ、ときに希望さえ感じられるのは、今村昌平監督やポン・ジュノ監督の作風を思い起こさせるかもしれません。

道義的な基準はさておき、罪は人間の欲望を、生命を、もっとも輝かせる瞬間に立ち会わせることは、本作やそれら映画を観ればわかります。

源流にあたる『地獄の逃避行』では、ホリーのこの独白がその心情を的確にあらわしているでしょう。

私はテキサス生まれのつまらぬ娘 / 父は看板屋 / 一生は限られている / 私は急にゾッとした / どうなっていただろう / キットに会わず / 父も殺されず / あの家にいたら (『地獄の逃避行』より)

善悪の彼岸に棲む河童


(C)ENBUゼミナール

善し悪しだけで語ることができず、恐れたらいいのか、笑ったらいいのかわからないもの。

それはまさに「河童」です。

河童の伝承は日本各地にありますが、一説には「間引きされた子どもの遺体」が起源とされ、これは浩二の「罪の意識」とも大きくつながっています。

“河”は子どもが遺棄されるところでもあれば、人間が生きるのに欠かせない水をたたえるところでもある。

河川敷でずぶ濡れになっていた美穂に浩二が出会ったことは、生死が交差するイメージをよく示しており、善悪の彼岸にむかおうとする物語の予感に満ちています。

実際に河童がいたのかどうかは大きな問題ではありません。重要なのは、美穂が「河童+女」の役割を担っていることです。

天の国は近づいた

(C)ENBUゼミナール

罪をあつかった物語のおさめ方として、そもそも罪はなかったとするか(冤罪)、悔い改めたとするか(贖罪)のパターンがよく見受けられますが、本作はそのいずれにも“ノー”を突きつけます。

逃避行そのものに新しい世界(天の国)を目指す力を見いだす快作『河童の女』は、2020年7月11日(土)より新宿K’s cinema、7月18日(土)より池袋シネマ・ロサ他にて全国順次公開予定です。

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