連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第9回
映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。
今回紹介するのは『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』です。
情報化社会の恐怖を描く、志駕晃の人気小説「スマホを落としただけなのに」シリーズの、映画化第2弾。
連続殺人犯の浦野が捕まってから数カ月後、同じ現場から新たな身元不明の死体が発見されました。
浦野の証言で、浮上するブラックハッカーM。Mは、仮想通貨流出事件にも絡んでいました。
サイバーセキュリティ対策課の加賀谷学刑事は、殺人鬼・浦野善治とタッグを組み、事件解決を強いられます。
『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』映画公開にあたり、原作との違いを比較し紹介します。
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CONTENTS
映画『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』の作品情報
【公開】
2020年(日本)
【原作】
志駕晃
【監督】
中田秀夫
【キャスト】
千葉雄大、白石麻衣、鈴木拡樹、音尾琢真、江口のりこ、奈緒、飯尾和樹、高橋ユウ、ko-dai、平子祐希、谷川りさこ、アキラ100%、今田美桜、田中哲司、北川景子、田中圭、原田泰造、原田泰造、成田凌、井浦新
映画『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』のあらすじとネタバレ
暗い部屋で、パソコン画面だけが光っていました。フードを被った男は、慣れた手つきで海外のサーバーを経由し、警視庁のデータベースに潜入。公安部の機密文章を次々ダウンロードしていきます。どうやら男は、凄腕のクラッカーのようです。
県警のサイバーセキュリティ対策課に所属となった加賀谷学は、富田誠と稲葉麻美の結婚式に出席していました。彼女の、松田美乃里も一緒です。
麻美は、加賀谷が逮捕した連続殺人事件の犯人・浦野善治に、狙われていた女性です。間一髪で助かった麻美は、まだ浦野のことを怖がっているようでした。
加賀谷にお礼を言う麻美は、「次はお二人の番ですね」と微笑みます。曖昧に返す加賀谷。美乃里は、不満顔です。
麻美が浦野に狙われる原因を作った、スマホを落とした張本人・富田は、「スマホを落としたらどうですか?僕たちみたいに結婚できるかも」と、冗談を飛ばし幸せそうです。
結婚式の帰り道、美乃里は加賀谷の態度に「私との将来について何も考えてくれてない」と怒り、一方的に別れを告げ立ち去ってしまいます。
「ごめん」。それしか言えない加賀谷には、何か事情がありそうです。
そんな2人のやり取りをスマホ越しに監視する男がいました。男の顔には、痛々しい火傷の痕があります。
美乃里はカフェで、友人の優香を相手に愚痴をこぼしていました。店のフリーWi-Fiを使いSNSにアクセスするも、もう一度パスワードを問われます。
美乃里のパスワードは、近くにいた男のパソコンにも打ち込まれ、バックドアが作成されました。美乃里のスマホに入っていた写真が次々と開かれていきます。顔に火傷の痕がある男は、口元に笑みを浮かべます。
その後も、美乃里の携帯を乗っ取った男は、遠隔操作でカメラを起動させ、美乃里の行動を監視し続けます。
その頃、サイバーセキュリティ対策課では、室長の三宅が大騒ぎしていました。「俺のスマホに知らない明細が届くんだよー。見られてる気がするしー」。
捜査官の野崎は「乗っ取りですかね。パスワード変えて下さい」と冷たくあしらいます。
その時、丹沢山中で新たな死体が発見されたという報告が入ります。連続殺人犯の浦野が死体を埋めていた場所です。
発見された死体の身元は、長谷川祥子と判明。浦野の犯行かに思われましたが、長谷川祥子の髪型が、茶髪のショートヘアだったことから、事件は暗礁に乗り上げます。
浦野がターゲットにする女性は、黒髪のロングヘアと決まっていたからです。
留置所の浦野に話を聞くために上司に呼ばれた加賀谷は、浦野との再会を前に、激しい動悸に襲われていました。
浦野は、加賀谷に自分と同じ匂いを感じ、執着していました。犯罪者と警察官と立場は変われど、2人は幼い頃に母親から受けた虐待の記憶に、心を苛まれていました。
「やっと会いに来てくれましたね」。留置所の浦野は、眼光鋭く髪は白く、細い指先はキーボードをタイピングしているかのように動かされていました。
加賀谷は、浦野と自分は違うと拒否しながらも、母親のことを聞かれると動揺してしまいます。「あの人とは、この10年、話をしていない」。
「あの人ですか」。その回答にどこか嬉しそうな浦野は、長谷川祥子を殺したのはM(エム)だと教えてくれます。
浦野の発言を決定づけるかのように、同じ丹沢山中で新たな死体が発見されます。その死体の身元は、吉見大輔という男性で、前に発見された長谷川祥子の恋人でした。
この2人のパソコンを復元した加賀谷は、Mとのメールのやり取りを入手します。Mは、本当に存在し、ダークウェブ上ではカリスマ的存在のブラックハッカーでした。
一方、美乃里は別れ話をしても連絡を寄越さない加賀谷にしびれを切らし、自分から呼び出します。
しかし、待ち合わせ場所にやって来た加賀谷を追うように、別の女性が現れ、なにやら深刻そうに話をし始めました。放って置かれた美乃里は、怒って帰ります。
美乃里とすれ違いばかりで焦る加賀谷でしたが、事件は思いもよらない深みへとはまっていきます。
最近、世間を騒がせていた仮想通貨流出事件にMの関与が確認されたのです。
580憶円相当の仮想通貨「レイラコイン」を流出させた実行犯は、JK16と名乗るホワイトハッカーによって、すべてマーキングされ、現金化が出来なくなっていました。
事件は収束に向かうと思われた時、JK16の元に犯人から脅迫状が届きます。そこには、Mの名がありました。その脅迫状の通り、JK16は、めった刺しの姿で船着き場で発見されました。
いよいよ、Mの正体を突き止めるため、浦野に正式に協力を仰ぐことになりました。厳しい監視下の元、浦野にパソコンがあたえられます。
「留置所で何が一番つらかったかって、パソコンがないことですよ」。殺人鬼が再び放たれました。
『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』映画と原作の違い
映画版『スマホを落としただけなのに』シリーズは、原作との違いが、絶妙なバランスで取り入れられ、ストーリーをよりシンプルに、分かり易く導いてくれます。
さらに続編の今作は、映画版独自の世界観の確立と、中田秀夫監督の遊び心もふんだんに散りばめられた作品になっています。
まずは、原作との一番の違い、主人公・加賀谷学について見て行きましょう。
加賀谷学の過去
映画では、前作に引き続き登場となった加賀谷学(千葉雄大)ですが、原作では「囚われの殺人鬼」で初めて登場します。しかも、名前は桐野良一といいます。
そして、映画での加賀谷は、幼い頃、母親からの虐待を受け、トラウマを抱えています。それは、殺人鬼・浦野善治(成田凌)と同じ経験でした。
前作で、自分と同じ匂いを加賀谷に感じた浦野。その感情は、今作の加賀谷への執着心に繋がっています。
ただし、原作では、桐野(映画では加賀谷)と母親は、距離感はあるものの、虐待の過去はありません。美乃里に、検査のため入院した母親の様子を見に行かせたりと何かと頼ったりもします。
刑事の加賀谷と殺人鬼の浦野。真逆の立場の2人が、実は同じ経験をしていたという設定が加えられた映画版は、誰もが犯罪者になり得るという恐怖を浮き彫りにしています。
浦野善治の名前
映画と原作で、名前が違う人物がもう一人います。殺人鬼・浦野善治です。
原作では浦野善治の本名は「浦井光治」であることが明かされます。映画では、前作から引き続き浦野善治のままで進みます。
しかも原作のラストでは、浦井光治という名は、自分が殺した「初代M」の名前だと判明します。さらに出国する際のパスポートの名前は、三田光雄となっていました。
本当の名前は最後まで明かされません。この成りすましのテクニックは、浦野の十八番です。
映画では、前作同様、浦野善治で通したことで、ストーリーに集中することが出来ました。
ちなみに、美乃里が務めている会社の社長の名前は、映画だと笹岡一ですが、原作だと、森岡一です。
登場人物の名前変更には、監督の意図が何かしらあるのだと感じます。
前作とのつながり
映画では、前作との繋がりが丁寧に盛り込まれています。富田誠(田中圭)と稲葉麻美(北川景子)の結婚式のシーンがそうです。
原作にはない展開ですが、2人の幸せな姿にほっこりします。「スマホを落とすと、結婚出来るかも?」。すごい名言も飛び出しました。
2人のM
ダークウェブ上で、伝説とされるクラッカーM。Mの死体は、原作では、浦野が死体を埋めていた丹沢山中で見つかります。
映画では、浦野の証言から隠れ家にあった冷蔵庫の中から見つかります。Mの残虐さが伺えます。
原作で、浦野はMについてこうも言っています。「Mはアノニマスみたいなものだ」と。匿名を意味するアノニマス。その名で活動するハッカー集団もあります。
1人のMがいなくなっても新しいMが出現する。事件は連鎖し、サイバーテロには終わりがないということでしょうか。
映画オリジナルキャラ
映画版では、お笑い芸人が演じるキャラクターが、非常にいい味を出しています。
サイバー犯罪対策室の室長・三宅卓也(飯尾和樹)は、室長にも関わらずIT関連に疎く、スマホも使いこなせていないおじさんです。
IT用語飛び交うスピード感ある犯行の数々を、三宅室長の絶妙な間の悪さでクールダウンさせてくれます。
部下の野崎捜査官(ko-dai)との掛け合いは、起きているIT犯罪を分かりやすく解説してくれます。
浦野を見張る刑事・吉原宏樹(平子祐希)は、浦野に執拗な嫌がらせを繰り返します。そのクズ刑事っぷりに、浦野に同情すら覚えます。
その他にも、浦野が逃走の際に、警察の制服を盗まれる西刑事(アキラ100%)が登場。ブリーフ一丁で転がる西刑事の側には、シルバーのお盆が落ちていました。
美乃里はスマホを落としていた!
原作では、美乃里はスマホを落としていません。映画でも、スマホ乗っ取りの手口は、カフェの偽フリーWi-Fiへのアクセスからでした。
しかし、映画では事件と関係のない所で、美乃里はスマホを落としていました。事件が起こる5年前、加賀谷との出会いのシーンです。
やはり、富田(田中圭)が言っていたジンクスは本当だった!?スマホを落とすと好きな人と結婚できる!?
ラストシーン
原作では、逃亡を成功させた浦野から、加賀谷への電話で終了となりますが、映画では、アジアの町を歩く浦野の後ろ姿をスマホに映す、謎の人物が登場しています。
これは、またまた続編を匂わすエンディングと言えるのではないでしょうか。
小説では続編「スマホを落としただけなのに 戦慄するメガロポリス」が、すでに発売となっています。
「戦慄するメガロポリス」では、桐野(映画では加賀谷)と浦井(映画では浦野)の、国家を揺るがすサイバーテロ対決。
そして、桐野は父の死の真相に迫ることになります。そこにはなんと、兵頭刑事が絡んでいるのでした。
まとめ
日本中を震撼させた、志駕晃の衝撃作「スマホを落としただけなのに」シリーズ。待望の続編映画化『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』を、原作との違いを比較し紹介しました。
狙われたスマホから流出する個人情報。名前、住所、生年月日、勤務先、パスワード、秘密の写真、浮気、趣味嗜好すべてが暴かれます。
そして、スマホのカメラを通して、あなたのプライベートが覗かれているかもしれません。スマホを落としただけなのに。
次回の「永遠の未完成これ完成である」は…
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