連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第7回
映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。
今回紹介するのは、2020年10月23日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開予定の『朝が来る』です。
直木賞作家・辻村深月の小説『朝が来る』を、『あん』の河瀬直美監督が映画化。
辛い不妊治療のすえ、特別養子縁組により男の子を譲り受ける夫婦。男の子の産みの親は、まだ中学生の少女でした。
産みの親と育ての親。それぞれの人生が交差する時、事件は起こります。揺れ動く女たちの葛藤と、人生の選択とは?
映画公開を前に、小説『朝が来る』のあらすじ、映画化で注目したい点をまとめます。
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映画『朝が来る』の作品情報
【日本公開】
2020年(日本映画)
【原作】
辻村深月
【監督】
河瀬直美
【キャスト】
永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子、中島ひろ子、平原テツ、駒井蓮、田中偉登、佐藤令旺
小説『朝が来る』のあらすじとネタバレ
都内の高層マンションに住む栗原清和・佐都子夫妻は、何一つ不自由なく暮らしていました。
夫婦が共に41歳の時授かった息子の朝斗は、6歳の誕生日を迎えたばかりです。
佐都子はここ一ヶ月、マンションの固定電話が鳴ることを不思議に思っていました。三日に一度か、一週間に一度のペースで掛かってくる電話は、無言電話でした。
その日の電話はいたずら電話ではなく、朝斗の通う幼稚園からでした。朝斗が、ジャングルジムの上から、同じマンションに住む大空君を突き落としたという連絡でした。
幼稚園に迎えに行った佐都子に朝斗は不安そうな顔で抱き着き、「ぼく、押してない」と引き絞るような声で言います。傷ついた目をした朝斗に佐都子は確信しました。「お母さん、朝斗を信じるよ」。
翌日には大空君のママによって、マンション中にそのことが言いふらされているようでした。
こんな日がいったいいつまで続くのかと思っていた矢先、大空君が嘘を付いていたことが分かります。
佐都子は安堵し、泣きながら謝る大空君のママのことも許します。朝斗もまた大空君と遊べることが嬉しそうです。
佐都子は朝斗を信じ、本当の子供のように愛し、大切に育ててきました。
そんなある日、固定電話がまた鳴りました。「もしもし」。いつもの無言電話かと思ったその時、「子どもを、返してほしいんです。それがもし嫌なら、お金を用意してください」と、か細い声が聞こえてきました。
朝斗は、養子でした。清和と佐都子は、辛い不妊治療のすえ6年前、養子縁組の仲介団体「ベビーバトン」を通して、朝斗を譲り受けていました。
30歳で結婚した佐都子は、その後も仕事を続け、子どもはいつか出来たらいいなぐらいに思っていました。気付けば35歳になっていました。
佐都子の母親は保守的で世間体を気にするタイプでした。久しぶりに連絡がきたかと思うと、「女性が自然に妊娠できる年齢は34歳までだったんだってよ」とデリカシーのない言い方で病院行きを勧めてきます。
夫の清和の同意もあり、夫婦は病院で検査をしてみることにしました。そこで不妊の原因は、清和の無精子症と診断を受けました。
子どもはいてもいなくても、夫婦二人でもいい、そう思っていたはずでした。しかし、可能性は最初から閉ざされていたという事実は、2人の胸を強く締め付けました。
それからの不妊治療は、出口のない長く暗いトンネルのようでした。
「もうやめよう」。佐都子の言葉に、清和は嗚咽とともに熱い涙を流します。2人で生きるという決意は、穏やかな日々に戻れるようでした。
ある日、「ベビーバトン」という特別養子縁組団体があることをテレビ番組で知った佐都子と清和は、どちらかともなく話だけでも聞いてみようということになります。
訪れた「ベビーバトン」の説明会には、自分たちと同じ悩みを持った夫婦が集まっていました。
佐都子はそこで、養子縁組にも様々なケースがあることを知ります。問題は自分たちが思っている以上に複雑でした。
しかし、そこで出会った家族は皆、本当に幸せそうで、本当の家族のようでした。代表の浅見も親身になって向き合ってくれます。
とうとう、清和と佐都子の元に赤ちゃんがやって来ることになりました。2人は広島で産まれたその子を迎えに行くことにします。
初めて抱いた赤ちゃんを胸に、佐都子は長いトンネルを抜けて「朝が来た」と感じました。
産みの親と会うことは極稀なことでしたが、清和と佐都子は会うことを希望します。
朝斗を産んだのは、片倉ひかりという中学生の少女でした。この少女に、家族にどんな事情があるのかはわかりませんが、佐都子と清和は産んでくれたことにお礼を述べました。
「朝斗と名付けます。責任を持って育てます」。清和の言葉にひかりは、大粒の涙を流し「ごめんなさい、ありがとう」を繰り返すのでした。
片倉ひかりは、中学1年生の時、麻生巧とつき合い始めました。卓球部でどちらかというと地味なひかりは、バスケ部で人気者の巧が自分を好きだと知った時は、舞い上がる気持ちでした。
ひかりの両親は2人とも教師をしていました。受験とか、いじめとか真面目な話しかしない両親は、自分の子供に限ってという世間体を気にするタイプでした。
3歳上の姉・美咲は、親の希望する学校へ進学するも、家族に無関心でどこか妹を見下してる風でした。
ひかりは、そんな家族に反発するかのように、巧との関係を深めていきます。そして、ひかりは妊娠します。
貧血の検査で訪れた病院で、妊娠がわかった時にはすでに23週目に入ったところでした。中絶が可能なのは、21週と6日まで。
何よりも、母親のヒステリックな態度と、もう少し早く気付いていたらという発言にショックを受けるひかり。
両親に「ベビーバトン」のことを聞いたのは、妊娠8ヶ月の頃でした。子どもが欲しい家に、子どもを産んでも育てられない母親の赤ちゃんが引き取られ、その家の子どもとして育てられるという。
「嫌だ」。ひかりは声に出していました。しかし、両親はこの家では育てられないと言います。何もなかったように、高校を受験するよう勧めてきました。
ひかりは、広島にある「ベビーバトン」の施設に入ります。そこには、様々な理由で子どもを育てられない妊婦さんが出産までの間、共同で暮らしていました。
始めは戸惑うひかりでしたが、同じ状況の妊婦たちとの生活はひどく安心できるものでした。
お腹にいる赤ちゃんとの時間を大切にしよう。ひかりは無事、男の子を出産します。
受け渡しの時会った新しいお父さん、お母さんは、とても優しそうでした。
我が子と別れてから6年、ひかりはなぜ今になって佐都子の元へ「子どもを返して欲しい」と電話をしてきたのでしょうか?
ひかりが子どもを産んでからの人生は、出口のない長く暗いトンネルのようでした。
映画『朝が来る』ここに注目!
2015年刊行の芥川賞作家・辻村深月の小説『朝が来る』が、いよいよ映画化となりました。
長い不妊治療のすえ、特別養子縁組を選択した栗原清和(井浦新)と佐都子(永作博美)夫婦と、中学生で妊娠し、やむを得ず子どもを手放した幼い母親、片倉ひかり(蒔田彩珠)の物語。
2人の女性の人生の選択と葛藤を通して、母親になるということはどうゆうことなのか考えさせられる作品です。
育ての親・佐都子
小説では第一章「平穏と不穏」に、佐都子と清和夫妻と朝斗の親子関係がわかるエピソードが語られています。
幼稚園から、朝斗が友達をジャングルジムから突き落としたと連絡が入ります。「ぼく、押してない」という朝斗の言葉を、佐都子と清和は最後まで信じます。
佐都子はさらに、朝斗が嘘を付いていてもいいと思っていました。その時は一緒に謝りに行こう。そして、空気を読んで不安がる朝斗と根気強く向き合います。
この他にも、不妊の理由が夫にあった時も、佐都子は決して相手を責めることはしません。脅迫電話の相手が、朝斗の産みの親ひかりと分かった後も、大きな心で包みこみます。
妻として、母として、女性として強く真っ直ぐな女性・佐都子を、歳を重ねますます魅力的になる女優・永作博美がどのように演じるのか注目です。
産みの親・ひかり
中学生で妊娠し、子どもを育てることが出来ず、やむを得ず子どもを手放す片倉ひかり。
ひかりは、この年頃によくある親や世間への反抗期でもあり、大人のふりをする少女です。
真面目で、ひかりを「良い子」にしたい両親のもと、本当の自分とのギャップに悩み、窮屈に過ごしていました。そして、妊娠が発覚した後も、両親はひかりを否定し続けます。
ひかりは、ただ人を好きになっただけでした。家族より大切な存在が出来るという事、自分の中に宿った新しい命のぬくもりを初めて知りました。
戸惑いは大きなものでしたが、ひかりは懸命に向き合おうともがきます。「もっと、周りの大人が導いてあげていたら」と思わずにはいられません。
難しい役どころとなりました、ひかりを演じるのは、唯一無二の存在感で話題作への出演が続く、蒔田彩珠です。
佐都子とひかり
佐都子とひかりには、ある共通点があります。それは、自分の母親に理解されていないという点です。
佐都子の母親とひかりの母親は、どちらも世間体を気にする保守的な母親でした。
佐都子の母親は養子をもらうと相談したときも、「血のつながらない子だなんて」と反対します。
ひかりの母親は、言う通りにならない娘の行動に「どうして分かってくれないの」と、苛立ちを見せます。
母親との関係性が疎遠だった佐都子だからこそ、ひかりの気持ちが分かったのではないでしょうか。一見、対照的に見える2人ですが、実は似ていたのかもしれません。
まとめ
近日公開予定の映画『朝が来る』。公開前に、辻村深月の原作を紹介しました。
この物語は、2人の女性の人生の選択と葛藤、そして母親という存在の大きさが描かれています。
佐都子が、赤ちゃんを胸に抱いた時、「朝が来た」というセリフが印象的です。子どもは、家族にとって朝のような温かい光を連れてくる存在なのかもしれません。
血のつながりだけが家族ではない。あなたの家族は、血のつながりに甘えて、大事なことを言葉で話し合うことを疎かにしていませんか。
次回の「永遠の未完成これ完成である」は…
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