連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第32回
映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。
今回紹介するのは、森見登美彦の小説『四畳半タイムマシンブルース』です。夏目真悟監督によりアニメ化が決定。2022年夏、Disney+にて独占配信、劇場公開が予定されています。
森見登美彦の人気小説『四畳半神話大系』と、上田誠が代表を務める劇団ヨーロッパ企画の代表作にして2005年には映画化もされた『サマータイムマシン・ブルース』が合体。その名も『四畳半タイムマシンブルース』が誕生しました。
森見登美彦と上田誠の関係は、これまで『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』『ペンギン・ハイウェイ』など、森見登美彦原作のアニメ化の脚本を上田誠が担当してきました。
監督は、テレビアニメ『スペース☆ダンディ』『ワンパンマン』の夏目真悟監督。キャラクター原案は、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケットをはじめ、『夜は短し歩けよ乙女』『謎解きはディナーのあとで』など数多くの書籍カバーを手がけてきたイラストレーター・中村祐介が担当します。
今作は、2010年に放送されたアニメ『四畳半神話大系』のキャラクターたちが再び登場し、タイムマシンでひと暴れする物語となっています。
映画公開に先駆け、原作のあらすじ、映画化で注目する点を紹介します。
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CONTENTS
小説『四畳半タイムマシンブルース』のあらすじとネタバレ
森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』(KADOKAWA、2020)
8月12日。京都の夏、タクラマカン砂漠のごとき熱帯地獄と化した四畳半の部屋で「私」と小津は、汗だくでにらみ合っていました。
事の発端は、昨日、私の部屋にやってきた小津が、クーラーのリモコンにコーラをこぼしたことから始まります。
大学の下宿先である「鴨川幽水荘」は、今にも倒壊しそうなほどのボロさで、各部屋にはクーラーなどはついていません。
唯一、私の部屋209号室にはクーラーが存在していました。明らかに大家に内緒で付けられたであろうクーラーは、学生たちにとって羨望の的となってきました。
3年生になり運良く209号室への入居を手に入れた私は、引っ越し数日後にまさかクーラーのない生活に戻るとは。当の小津は「うひょひょ」と悪びれもせず面白がっています。
そこに、1年後輩の明石さんがやってきました。彼女は学内映画サークル「みぞぎ」に所属し、その佇まいとは裏腹に、まったくクールではないポンコツ映画を量産する愛すべき人です。
廊下からピーピーガーガーと音がします。大家との直通スピーカーからです。「210号室の樋口くん、家賃を払いにきなさい」。
この鴨川幽水荘のヌシと称される樋口氏は、小津と明石さんが師匠と慕っている人物ですが、ボンクラ万年学生の何者でもありません。
小津は「16日の五山送り火見物に招くから、あなたも樋口氏に弟子入りしなさい」と訳の分からない勧誘をしてきます。明石さんが姉弟子になるのかと一瞬甘美を味わうも、私はお断りします。
そこで思いもよらない言葉が明石さんから発せられました。「私は行きません。ほかの人と行く約束をしましたから」。いったいどこの誰と!?
8月11日。昨日は朝から映画の撮影が行われました。原案は小津と私。脚本・監督は明石さん。映画のタイトルは「幕末軟弱者列伝 サムライ・ウォーズ」。
21世紀の四畳半から幕末へとタイムスリップした男の物語。関わった人間をダメ人間へと変えてしまう男の才能で、幕末志士はみな怠け者に。歴史改変が起こり世界が滅亡してしまうというぶっ飛んだ内容です。
映画サークルの面々が次々に鴨川幽水荘を訪れます。その中でも尊大な態度で振る舞うサークルのボス・城ヶ崎は「ごわすごわす」と西郷隆盛を演じています。
主人公の男を演じるのは、上級生の相島です。小洒落た眼鏡をかけ気取ったやつで、城ケ崎同様、明石さんの脚本に文句を付けています。
坂本竜馬役の樋口氏は、「ニッポンの夜明けざよ」を連呼し、小津は白塗りでのたうちまわっています。撮影現場はひっちゃかめっちゃか、とてもまともな映画は出来そうにありません。
共演者たちがゾンビの群れのように「ええじゃないか」を踊ったところで、明石さんの撮影終了の声がかかりました。
その後、私は小津や樋口氏たちと銭湯「オアシス」へ行き、帰ってきたところで「コーラ事件」が発生、その晩はリモコンのお通夜がしめやかに行われたのでした。
実のところ、私にはこの日、皆に内緒で起こした行動がありました。「オアシス」を早めに出た私は、明石さんの後を追い、意を決して五山送り火見物に誘うつもりでした。
しかし、古本市で明石さんの姿を見つけたものの、結局最後まで声を掛けられず、諦めて帰宅したのです。
ここまでが昨日の出来事です。今日も顔を出してくれた明石さんは、昨日撮った映画の映像を見せてくれました。
そこに、マッシュルームのような髪型をし、なにからなにまでモッサリとした青年がやってきます。ちょうど部屋から出て来た樋口氏にむかって「あなたも来たんですか?どうやって?」と声をかけています。
誰も見たことのないモッサリ君は、樋口氏も初対面らしく「君は誰かな?」と聞き返します。モッサリ君は、パクパクと口を動かし、身をひるがえし去っていきました。
樋口氏と小津は連れ立って、家賃の支払いの件で大家さんの説得にと向かったようです。
私はその間も、五山送り火見物に明石さんを誘えなかったもどかしさと、いったい誰と行く約束をしたのか気になって仕方ありませんでした。
明石さんが、「おやっ」と映像を指さします。見ると、アパートの物干し台から今日見た格好の小津が覗いていました。昨日の小津は、白塗りをしてチャンバラをしています。「小津が2人いる!?」。
モッサリ君と入れ替わりに、城ケ崎と羽貫さんが樋口氏を訪ねてやってきました。「映画撮ったんでしょ、楽しみにしてるわ」羽貫さんの言葉に、私は驚きます。
「羽貫さん、昨日撮影現場にいましたよね?」。思えば今日は、なんだか話の噛み合わないことばかりです。
その時、城ケ崎が廊下に置いてある古畳を見つけます。黒光りした一畳に、ひとり掛けの赤い座席が真ん中に据え付けられており、その前にはレバーやスイッチのついた操作パネルが付いています。
「タイムマシンだったりして」。明石さんがぽつんと言いました。私たちがひとしきり笑い転げたあと、樋口氏と小津が戻ってくると悪ふざけは加速し、ためしに付いているダイヤルを昨日へと合わせ小津が座席に乗り込みます。
「小津よ、旅立つがよい!」。「合点承知!」。小津がレバーを引きます。すると、目の前の小津がグニャリと歪み、眩い閃光とともに小津の姿が忽然と消えました。
「もしかして本物…」。しばらくすると、先ほどと同じ閃光と渦巻く旋風とともに「タイムマシン」と小津が戻ってきました。
「みなさん、こいつは一大事ですよ。昨日に行って、映画の撮影を覗いてきました」。私と明石さんは、さきほどの映像を思い出し確認します。
「つまり、これは本物のタイムマシンというわけだ」。樋口氏の厳かな声が響きます。なにゆえそんなすごいものが、よりによってこんなところへに。
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小説『四畳半タイムマシンブルース』ここに注目!
上田誠『サマータイムマシン・ブルース』を原案とし、森見登美彦『四畳半神話大系』にもとづき書かれた小説『四畳半タイムマシンブルース』。
学生が暮らすオンボロアパート「鴨川幽水荘」に突如現れたタイムマシン。最初は壊れたクーラーのリモコンを救おうと気軽に昨日へとタイムスリップする主人公たち。
しかし、過去を変えれば今日の自分の存在も消えてしまうことに気付きます。果ては、宇宙消滅の危機にまで発展するかも!?
ストーリーは大体が『サマータイムマシン・ブルース』と同じで、コーラがクーラーのリモコンにこぼれるまで、銭湯で消えたシャンプーの謎や見慣れた銅像の歴史など、過去への介入で今があるという小ネタの伏線の回収ラッシュが爽快です。
『サマータイムマシン・ブルース』の登場人物は個性的で面白いメンバーでしたが、今作はそれに代わり『四畳半神話大系』のキャラたちが登場します。
『四畳半神話大系』のキャラも負けず劣らず変人で愛すべきメンバーたちです。登場人物が変わっても違和感なく楽しめる作品になっています。
また、京都が舞台になっていることで、寺での古本市や町並みの様子、映画サークルで時代劇を撮影したりと、はんなりとした雰囲気がSFと良く合っています。
愛すべきキャラクターたち
主人公の私は、しっかり者のようで流されやすく、悪友たちに振り回される姿に感情移入してしまいます。後輩の明石さんとの恋の行方にも注目です。
そんな私が密かに思いを寄せる明石さんは、学内映画サークル「みぞぎ」に所属し、ポンコツ映画を量産するパワフル女子です。本と「もちぐま」が好きな天然さんです。
そして、私の学生生活で最も縁を切りたい悪友・小津。他人の不幸をおかずに飯が喰える悪魔。傲慢で惰性であまのじゃく。でも憎めないという強者です。
私の隣人・城ケ崎先輩は「下鴨幽水荘」のヌシとして全住人から謎の尊敬を集める人物です。小津と明石さんも「人生の袋小路への危険極まる水先案内人」として師匠と仰いでいます。
タイムマシンの発明者であり、25年後の未来からやってきた青年・田村君。誰がみてもモッサリしているものの、案外怖いもの知らずで向こう見ずな性格。事の発端となった彼はいったい何者なのか。
その他にも個性的なキャラクターが続々と登場し、ひっちゃかめっちゃか暴れます。「また、余計なことを!」と思いっきりヤキモキさせられて下さい。
タイムマシンの使い方
物語の中心となるタイムマシンの存在。黒光りした畳に、赤い座席とレバーというシンプルな形です。
主人公たちは初め、未来へ行ってみたいとか恐竜を見たいなど、これぞタイムマシンの醍醐味を味わおうとしますが、試しに昨日を選択したことで右往左往することになります。
次妻合わせのために何度も昨日と今日を行き来するメンバーたち。タイムマシンのムダ使いでは?と思いきや、いきなり99年前にタイムスリップしたりと展開も面白いです。
どうにか元通りになり宇宙の危機を救ったかのような達成感に包まれつつも、私と明石さんは、「結局のところタイムマシンを使っても過去は変えられないのでは」という考えに行きつきます。
例えとして、生涯は1冊の本のようだと言います。すでに完成していていても、内容をいっぺんに知ることは出来ず、1ページづつめくって読み進めるしかありません。先が分からないことは、未来が分からないことと同じです。
それでも、最後のページのハッピーエンドを想像し、今を大事に行動をおこすことは必然なのかもしれません。
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アニメ『四畳半タイムマシンブルース』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
森見登美彦
【監督】
夏目真悟
【キャスト】
浅沼晋太郎、坂本真綾、吉野裕行、中井和哉、諏訪部順一、甲斐田裕子
まとめ
2022年、アニメ化が決定している森見登美彦の小説『四畳半タイムマシンブルース』を紹介しました。
アニメ化では、主人公「私」役に浅沼晋太郎、明石さん役に坂本真綾ら、2010年放送の『四畳半神話大系』でお馴染みのキャストが再び集結となります。
アニメ『四畳半神話大系』ファンも、映画『サマータイムマシン・ブルース』ファンも楽しめる合体作『四畳半タイムマシンブルース』。
初見でも楽しめる作品となっていますが、ぜひ元作もみてこの世界観にどっぷりとお浸りください。