連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第77回
今回取り上げるのは、2023年4月17日(金)より池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺、6月9日(金)よりシネ・リーブル梅田、アップリンク京都、6月17日(土)より元町映画館ほか全国公開の『プーチンより愛を込めて』。
1999年末から1年間、ロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンに密着したウクライナ出身のドキュメンタリー監督が、彼の素顔を映し出します。
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映画『プーチンより愛を込めて』の作品情報
【日本公開】
2023年(ラトビア・スイス・チェコ・ロシア・ドイツ・フランス合作映画)
【原題】
Putin’s Witnesses
【監督・脚本・撮影・ナレーター】
ビタリー・マンスキー
【編集】
グンタ・イケレ
【キャスト】
ビタリー・マンスキー、ウラジーミル・プーチン、ミハイル・ゴルバチョフ、ボリス・エリツィン
【作品概要】
ロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンの素顔をとらえた、2018年製作のドキュメンタリー。
大統領選挙PR用に撮影を依頼されたウクライナ出身のビタリー・マンスキー監督が、引退を宣言したエリツィンの指名を受け1999年12月31日、プーチンが大統領代行に就任してからの1年間を追った映像を編集。
2018年のカルロビ・バリ国際映画祭では、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しました。
映画『プーチンより愛を込めて』のあらすじ
1999年12月31日、ロシア連邦初代大統領ボリス・エリツィンが辞任し、代行としてウラジーミル・プーチンを指名。
3カ月後に行われる大統領選挙までの間、ロシアの新しい憲法と国旗は、この若き指導者に引き継がれることに。
大統領選挙への出馬表明も公約発表もしないまま、プーチンはロシア中を周り、“選挙運動”を展開していきます。
実質エリツィンの後継者として当選がほぼ確約されていたプーチン。選挙活動では控えめな印象を醸していたものの、正式に大統領となって以降、徐々にその本性が露わとなっていき……。
大統領就任はすでに仕組まれていた
本作『プーチンより愛を込めて』は、現ロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンの素顔に迫ったドキュメンタリーとなっていますが、密着したのは1999年末から翌年までの約1年間。
当時は大統領候補だったプーチンの選挙用PR動画として撮影を担当したのは、ウクライナ出身で国立テレビチャンネルのドキュメンタリー映画部部長のビタリー・マンスキーで、本作はその映像をベースに製作されたもの。
1999年12月31日に、大統領辞任を突如表明したボリス・エリツィンが「20名ほどの候補の中から熱心に口説いて」代行にプーチンを指名。理由こそ明言しないものの、自分の意志を継いで民主国家を形成してくれるであろうという期待を寄せていたのは、想像に難くありません。
マンスキーは、そのエリツィンの自宅にもカメラを向けます。観ていたテレビにゴルバチョフ元初代ソ連大統領が映ると、途端に表情が曇る様子は、2000年当時の両者の関係ならでは。
選挙活動の一環として、かつての小学校の恩師の自宅を訪ねるプーチン。本来はプーチンが来ることはサプライズだったのに、先にSPが来てしまったため、結局やらせのようになってしまう。
選挙において、いい人アピールをすることで票集めをするのは万国共通のセオリー。エリツィンという強力な後ろ盾があったとはいえ、恩師を訪ねること以外にも、プーチンは第一次チェチェン紛争地を慰問する様子を撮影させていきます。
そして2000年3月26日の開票日。エリツィンの自宅で開票結果を見守るマンスキーら取材クルー。プーチンの当選は分かり切っていたことでした。
プーチンにお祝いの電話をかけるエリツィン。代理の者から折り返すと言われて待つも、電話のベルが鳴ることはありません。
諦めて外出することにしたエリツィンは取材クルーに言います。「プーチンが勝てば、報道の自由は確かなものになるだろう」
ロシアの変貌を“執拗に”捉える
ところが大統領に就任するや否や、ソ連時代の旗や国歌を復活させ、報道機関を解体させて国有化するなど、報道の自由を確約していたエリツィンとは真逆を行くプーチン。
ドキュメンタリー作家は、被写体の信頼を得てからでないとカメラを回しにくいもの。しかし時として、被写体が映されたくない姿や隠したい本心を引き出すには、“執拗に”ならざるを得ない場合もあります。
冒頭での、嫌がられながらも自分の家族にカメラを“執拗に”向けていた(成り行き上とはいえ、入浴中の娘に迫るのにはさすがに驚いたが)マンスキーは、折り返しのお電話を待つエリツィンを“執拗に”撮り続け、そして徐々に旧ソ連化させていくプーチンの本心を、やんわりとながらも“執拗に”引き出そうとします。
「若さや過去は戻らないが、生活が昔より悪くならないように良くすることはできる」、プーチンが言う「昔」とは旧ソ連時代ではありません。それは、続けて「国民の大半はソ連時代を懐かしく思っている」と言い切っている点でも明らか。
民主のはしごを外され、「あの男はアカだ」と憤るエリツィン。大統領になったことで、プーチンは懐古主義を現実のユートピアに変えていったのでしょうか。
なぜプーチンがウクライナ侵攻をしたのか。本作からはその、“はじまりのはじまり”が見えてきます。
最初の選挙活動に尽力していた人物たち。妻リュドミラとは離婚し、ある者は野党に移行し、ある者は体調不良で病床に伏せたり、あるいは殺害されたりと、その大半は何らかの形でプーチンの下を去っています。
そしてプーチンに“執拗に”迫ったマンスキー監督もまた、ロシア政府から逮捕状を出されています。
本作は、皮肉を込めた『プーチンより愛を込めて』という邦題が付けられていますが、ここはやはり、マンスキー自身を指す原題『プーチンの証人』がしっくりきます。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューのほか、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)