連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第76回
今回取り上げるのは、2023年3月17日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開の『妖怪の孫』。
歴代最長在任総理大臣となった故・安倍晋三とは一体どんな人物像だったのかを、ブラックユーモアや風刺アニメーションを交えてひも解いていきます。
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映画『妖怪の孫』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【監督】
内山雄人
【企画】
河村光庸
【企画プロデューサー】
古賀茂明
【音楽】
岩代太郎
【アニメーション】
べんぴねこ
【ナレーター】
古舘寛治
【作品概要】
『新聞記者』(2019)を手がけた映画製作会社スターサンズと、『パンケーキを毒見する』(2021)の内山雄人監督が再タッグを組んだドキュメンタリー。
連続在任日数2,822日を誇り「歴代最長在任総理大臣」となった故・安倍晋三の生い立ちの秘密に迫ると同時に、彼が日本という国家に遺したものは何だったのかを検証します。
2022年6月11日に死去したスターサンズ社長の河村光庸が企画し、元経産官僚の古賀茂明が企画プロデューサーを担当。また風刺アニメーションを「パンパカパンツ」シリーズなどで知られる作家べんぴねこが、『パンケーキを毒見する』(2021)に引き続き手がけます。
映画『妖怪の孫』のあらすじ
連続在任日数2,822日という、日本の憲政史上最も長く首相を務めた安倍晋三元総理は、タカ派的な外交政策とアベノミクスに代表される経済政策を行い、高い人気を誇った半面、物議を醸す言動やスキャンダルも絶えませんでした。
「昭和の妖怪」と呼ばれた元総理の岸信介を祖父に持つ彼は、いかにして長期政権を築いたのか? 彼の何が多くの国民を惹きつけたのか? そして2022年7月8日に、なぜ彼は凶弾に倒れなければならなかったのか?
アベノミクスを踏まえた今後の経済発展や、政治と行政のモラルの低下、そして戦争ができる国になろうとしているニッポンの本当の姿、その根本にあるもの……。
メディア研究家に元ニューヨークタイムズ東京支局長、政治ジャーナリスト、憲法学教授、民族派右翼団体代表、ひいては匿名官僚といったさまざまな識者の証言に、ブラックユーモアや風刺アニメーションを交えて紐解いていきます。
“妖怪”と“お化け”を身内に持つ者
『妖怪の孫』は、『新聞記者』、『i 新聞記者ドキュメント』(2019)などの日本の政治に疑問を投げかける作品を次々発表してきたプロデューサーの故・河村光庸が、『パンケーキを毒見する』(2021)に続いて内山雄人監督と放った政治ドキュメンタリーです。
『パンケーキを毒見する』(2021)では、東北のイチゴ農家に生まれ、叩き上げで政治家となった菅義偉を痛烈に斬りましたが、本作ではいよいよ河村が“本丸”と称した安倍晋三に迫ります。
父に元外相の晋太郎、父方の祖父に元衆院議員の寛、大叔父に元首相の佐藤栄作、そして母方の祖父が岸信介元首相という、まごうことなき政治家一家に生まれた安倍。
ですが幼少時は、岸の外相秘書官および総理秘書官を務めた父が母を帯同して地元の四国に行くことが多く、乳母兼養育係の久保ウメと暮らしていたといいます。
「うちには家庭の温もりがなかった。たまに親父がいると“お化け”みたいだった」と、ジャーナリストの野上忠興との単独インタビューで語った安倍。そんな“お化け”に喩えた父に対し、祖父の岸は「昭和の“妖怪”」と呼ばれた人物でした。
岸が“妖怪”と呼ばれた所以は、その風貌と獄中からの奇跡の復帰を果たしたことだけにとどまらず、首相となってからもアメリカ・CIAとの癒着をはじめとする数々の黒い疑惑を持ちながら、政財界を操り続けていたから。
“お化け”への反発心が強かったという安倍は、一方で心酔していた“妖怪”の帝王学に則り、政治家への道を歩んでいきます。
孫は祖父を超えたか?
巧みにメディアをコントロールして選挙に勝てる地盤を築き、「大胆な金融政策」「機動的な財政運営」「民間投資を喚起する成長戦略」の“三本の矢”を備えた政策「アベノミクス」を打ち立てた安倍。
ほかにも、2013年の「特定秘密保護法」や2015年の「安全保障関連法」など、日本のこれまでの安全保障政策を見直した法案を次々と成立させてきた原動力。それは、心酔する祖父を超えるには改憲しかないという思いがありました。
しかしながら、強行でどんな手段も厭わないその政治姿勢に反対意見は上がり、森友・加計問題、桜を見る会、虚偽答弁、さらに財界との癒着など、さまざまな疑問や批判を浴びることにもなります。
黒い疑惑が絶えなかった祖父の生きざまを、彼の帝王学を信じた孫もまた受け継ぐことになるというシニカル。そして、ジャーナリストの鈴木エイトによる、「旧統一教会と自民党との癒着の起源が、祖父の岸にある」という指摘。
祖父が紡いだ糸が、孫の悲劇を生んでしまうという結末も、またシニカルなのかもしれません。
本作を観ていると、祖父・岸と孫・安倍の関係性は、親子二代でアメリカ大統領を務めたジョージ・H・Wとジョージ・Wのブッシュ父子をどこか想起させます。
大学時代は成績が悪く、初立候補した1978年のテキサスの議員選では敗北するも、タカ派の選挙参謀を多数ブレーンに従えて1994年のテキサス知事選に勝利した子ブッシュ。
その余勢を駆って大統領にまで上り詰めた彼の原動力は、尊敬する父に認められ、追い越したいという思いからだったとされています。
しかし、そのタカ派な姿勢と企業との癒着疑惑などが批判の的となり、さらにはイラク戦争を勃発させ、一時は歴代大統領史上最悪の不支持率を記録してしまうことに。
一方の安倍も「要領の良さでこなした」と自ら述懐する学生&会社員時代を経て政治家となり、尊敬する祖父のように首相になるも、タカ派的なその政策は決して完璧とは言えませんでした。
政治家とは叩かれてナンボの職業。国民の税金から給料が支払わている以上、それは避けて通れませんし、長期政権になるほど批判・不満の声が高まるのは自明の理といえます。
『ブッシュ』(2008)
今だからこそ“事実のみ”で検証する
安倍にまつわる数々の謎や疑惑は、彼の死によって有耶無耶になってしまった感はありますし、内山監督も本作制作を続けるか否かの判断に迫られたと語ります。
それでも、「“反安倍”を掲げる気は全くない。むしろ、何をしたかという事実のみをきちんと並べてみたかった」という強い気持ちが、作品の完成へとつながりました。
監督は加えて、「今のテレビでは絶対できない。この種の検証をテレビでは全くやらなくなった」と、テレビメディアの現状を憂いています。作中での、2000年に下関市で起きた安倍宅火炎瓶投擲事件の真相を追及したジャーナリストの山岡俊介の証言などは、まずテレビでは取り上げられないでしょう。
元NHK局員で現ジャーナリストの堀潤が、テレビでは伝えられないことを2本の映画『変身 Metamorphosis』(2013)と『わたしは分断を許さない』(2020)にせざるを得なかったように、日本のメディアは巨大な圧力に屈するしかないのか?
“妖怪の孫”の手に抗う者は潰される運命にあるのか?……それでも内山監督は、“抗う者”としてメッセージをラストに残しました。
2023年に行われる、統一地方選および国政の補欠選挙。誰を支持するか、誰に一票入れるかの見極めを、本作でしてみてはいかがでしょうか。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)